勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

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"武装船団"とのわゆ作中で呼ばれていた彼らの話


カルガモ艦隊

 

 塩飽諸島(しわくしょとう)は瀬戸内海、香川県と岡山県の間に浮かぶ28の島々である。

 その島々の中に櫃石島(ひついしじま)という島があり、2015年の人口は172人、おもな産業は漁業で、瀬戸大橋が掛かる島の中では最も人口の多い島であった。

 そんな櫃石島であったが、7.30天災後に隣島の岩黒島との間に壁が現れてしまったのだ。

 壁の外は白い怪物、バーテックスが遊弋する危険地帯であることから四国臨時政府は全島避難を決定、泣く泣く命と同じくらい大事な船を、そして家を手放して島民は坂出市に避難をしたのである。

 そうして無人となったこの島は壁に近く、補給路として瀬戸大橋が通ることから陸海4つの警戒部隊を擁する前哨拠点として活用されることになったのだった。

 陸は陸上自衛隊四国混成団直轄部隊である櫃石警備隊(ひついしけいびたい)であり、海はというと海上自衛隊ではなく“海上警備隊”海上警戒群の三個警戒隊である。

 

 呉に地方総監部を置いていた海上自衛隊と、海上保安庁は第六管区海上保安本部を失って指揮官ほか多くの人材・艦艇を失い組織の運営も怪しくなるほどであった。 

 四国に居て生き残った自衛官や海上保安官らの尽力により海上警備隊四国総監部が立ちあげられ、また、船や職を失った漁業関係者らの再雇用先として“海上警備隊”は産声を上げたのである。

 壁の中を“内海(うちうみ)”、壁の外の瀬戸内海を“外海(そとうみ)”とし警備防衛を担う新組織は指揮官の多くが海保出身であった。

 ゆえに、この先祖返りのような名称に批判の声もあったがコーストガードではなく、敵と戦うための“リトル・ネイビー”であるという“海上警備隊”は旭日の隊旗を掲げて対バーテックスの最前線に身を投じた。

 

 

「出航用意!」

 

 艇長の号令で、軽やかに出航ラッパが吹奏され、もやい索が岸壁のボラードより外される。

 掃海艇が艇首に設けられたバウスラスターにより素早く離岸し、そのあとに小さな灰色の哨戒艇が続いていく。

 

「両舷、前進微速!」

 

 海上警戒群第2警戒隊所属の艇隊は櫃石島南部の櫃石基地を出港し、下津井瀬戸大橋付近の洋上で停泊し、六口島(むくちじま)を回って洋上の壁沿いに櫃石基地に帰港する。

 ()()()のために一度分解され掃海具を下ろした掃海艇を旗艦として、住民から買い上げた漁船に12.7㎜重機関銃を取り付けただけの哨戒艇4隻からなる5隻の警戒艇隊により敵が接近するとされる下津井瀬戸を常時監視しているのだ。

 島々の間ということもあって流れが速く隊伍を組むのが難しいながらも、船乗りたちは単縦陣を組んで海をゆく。

 

 創隊から2年間休みなくこの巡回航路を守り続けており、その日も3つの警戒隊は監視を行っていた。

 第2警戒隊旗艇である掃海艇なおしま、哨戒艇11号・12号・14号・15号の“カルガモ艦隊”は双眼鏡で本土方向と上空を絶え間なく監視する。

 大きな掃海艇の後にひと回りもふた回りも小さい哨戒艇が連なって出航していくさまがカルガモの親子のように見えることから“カルガモ艦隊”と呼ばれるのだ。

 

 パトロールが始まった当初、本土からの生存者が船で脱出してくることも考慮され、本土に対してスピーカーを用いた呼びかけが行われていた。

 しかし陸、海ともに脱出してくる生存者の姿はなく、時折、船の残骸などが流れ着くくらいである。

 1年ほど前に原形を保った漂流漁船が発見され移乗して調べるも、3人の遺体があるばかりだった。

 漁船登録番号を調べたところ沖縄(ON)の船で、黒潮に乗って脱出を図るも機関が故障して漂流中に食料が尽きて餓死したものと思われる。

 この漁船の発見が最後の漂流船発見例となり、以降は漂流物も見つからなくなってきたことからスピーカーを使った本土への呼びかけは終了した。

 それでも、多くの隊員たちは願うのだ。

 

__誰か一人でも助けたい、いつか本土に帰れるその日まで。

 

 警戒隊は大橋を過ぎて数時間停泊し、本土の岸および1キロ圏内に設けた警戒ラインである“Pライン”を超えるバーテックスがいないか監視する。

 本土から櫃石島までは1キロ程しかなく、結界たる壁まで約3キロしかないため下津井漁港や鷲羽山にバーテックスの姿を見た場合、到達まで数十分しかないのだ。

 異状がなければ次の警戒隊と入れ替わるように六口島を経由して帰港する。

 先に出航していた第1警戒隊の旗艇である“ひらしま”から引き継いで1時間ほど経って陽が落ちようとするころ、六口島北方2キロ倉敷方面の洋上に白い群れが現れた。

 カモメなどの海鳥を誤認したものではなく、明らかに大きなもので数は50を超える。

 

「本艦60に敵影多数!」

「対空戦闘用意!」

 

 掃海艇“くめじま”の報告を受けた櫃石島の警戒隊は18時14分、バーテックス接近警報を発令した。

 警報は四国政府を通じて“大社”にも伝わり、香川県内にサイレンとして鳴り響く。

 待機していた第3警戒隊の哨戒艇が岸壁を離れていくのを横目に櫃石警備隊は瀬戸大橋沿いに設けられた重MAT陣地や無反動砲陣地に就いた。

 そして海上警備隊の基地で働く役務(えきむ)の業者など脱出する民間人の護衛につく。

 櫃石警備隊と三個警戒隊は勇者と呼ばれる少女が出撃できるまでの時間を稼ぐためだけに、その命を()とするのだ。

 

「ここが我々の死に場所だ!対空戦闘用意!」

 

 哨戒艇14号(元:第二正栄丸)の艇長である坂崎1尉が叫んだ。

 その声に去年入隊したばかりの若い海士が銃架に据えられたキャリバー50に飛びついた。

 天災時に高校3年生だった彼の士気は高く「今まで何度も訓練で反復した内容を使う時がやってきたのだ」と、目は輝いていた。

 一方、元海上自衛隊員は“内海”にいる護衛艦の76㎜砲が一切効かなかったことを知っている。

 ここにいるすべての艦の火力を集中させてなお、バーテックスは倒せないことも。

 

「撃てっ!」

 

 Pラインを超えてきたものに対し、掃海艇の「バルカン砲」こと20㎜多銃身機関砲JM61が火を噴いた。

 曳光弾の火線が夕闇に延びて、海面に激しく水柱が立つ中を敵は動ずることもなく、ただ齧ろうと歯を鳴らして近寄ってくる。

 搭載火器の射程と威力こそ20㎜機関砲に敵わないが、FRP製の漁船を改造した哨戒艇は敏捷性に優れており23ノット(約43㎞/h)から30ノット(約55㎞/h)ほど出るため、少しでも敵を引き付けようと走り回る。

 右へ左へと旋回する艇から振り落とされまいと射手は撃ち切ってなお必死に銃にしがみつく。

 一方、木製の掃海艇は14ノット、およそ時速25キロ程度と遅いため全速を出した哨戒艇に追い付けない。

 そこで哨戒艇が近接して敵をかく乱し、火力と射程に優れた掃海艇がその後方より援護射撃をするという組み合わせである。

 

 六口島の東方海上を壁へ、壁へと敵を引き付けながら南進する第2警戒隊、そこに六口島をぐるりと回りこんで南側にいた第1警戒隊が増援として戻ってきた。

 旗艦である掃海艇ひらしまは壁の外に取り残された数少ない“非分解艦”なのだ。

 海上警備隊が創隊される前、他の掃海艇が壁越えのために分解されて櫃石島漁港で組み上げられているときにも外海でバーテックスの監視にあたっていたベテラン艦である。

 速度を頼みに突進していく哨戒艇の後ろから大きく蛇行して近づき、20㎜機関砲を敵の手前に撒きながら離脱する。

 

「当てなくてもいい、壁まで引き付けろ!」

 

 わざわざバーテックスに当てる必要はなく、()()を見せてやるだけで勝手につられて向かってくる。

 あとは壁際まで引き付ければ、どういうわけか突然きびすを返して逃げていく。

 効きもしないのに上下左右に揺れる海上で当てようと、回避運動をやめて狙いを付けようものならあっという間に喰われてしまう。

 ひらしま艇長の松井3佐はそうした勘所を知っているのだ。

 カンが外れて敵が逃げないようならば、その時はおしまいである。

 海上交通の守り神である金比羅(こんぴら)宮にある掃海殉難者の碑に艇長以下、全乗組員の名前が刻まれるだけだ。

 

「とーりかーじ!」

「とーりかーじ、ヨーソロー!」

「もどーせー!」

 

 バーテックスの群れは波を蹴立てて逃げる警戒隊を追ってそそり立つ壁の手前まで迫って来ていた。

 植物の根で隙間なく編まれた()()に挟まれ、退路はない。もはやこれまでか……。

 

 見張り員の叫びを聞いた松井3佐が後ろを見ると、逃げ切れなかった“くめじま”の船体にバーテックスが群がっていた。

 最後の抵抗とばかりに主機(もとき)のジーゼルエンジンが爆発し、甲板上の機関砲弾がパパパと弾けるように誘爆する様子だった。

 鈍足ながらも敵発見地点から6キロの距離を必死に蛇行し、その身をもって数十分を稼いだのだ。

 

 その後も哨戒艇4号(元:第八景福丸)哨戒艇11号(元:誠仁丸)、哨戒艇6号(元:順天丸)、哨戒艇15号(元:新洋丸)と次々と力及ばずに餌食になってしまう。

 体当たりで船室の壁が割れて尻もちをついたところを喰われ、最期の時まで重機関銃を撃ちながら喰われ、部下が喰われるのを前にして自衛用の64式小銃でバーテックスに殴り掛かった艇長……。

 

 坂崎1尉の哨戒艇14号も他の艦と同様に4、5匹の敵に執拗に追い回されていた。

 

「艇長!15号がやられました!」

「月ヶ瀬!……他に構うなっ!」

 

 江田島で同期だった月ヶ瀬1尉の指揮する哨戒艇15号が白い敵によって見えなくなる。

 今すぐ回頭して敵を討ってやりたいがM2機関銃は有効打にならない。

 つぎは我が身、死はもう目前にやって来ていた。

 壁を目の前に減速しようにも行き足のついた船は止まらず面舵一杯、激突を避ければ敵に追いつかれる。

 激突か捕食かの二者択一と思ったその時、奇跡が起こった。

 

 神樹の結界に触れたバーテックスが哨戒艇を無視して木々で出来た壁をすり抜けていったのだ。

 九死に一生を得たと思っている暇はない、情報を内海の護衛隊に引き継がなくてはならない。

 第2警戒隊旗艦である“くめじま”を失い、生き残った哨戒艇は“ひらしま”の指揮下に入って爾後(じご)の行動に移る。

 先刻まで10隻いた二個警戒隊は、6隻にまでその数を減らしていた。

 

 一方、内海の海上警備隊第1護衛隊は“敵機見ゆ”との報せに旗艦“さみだれ”以下4隻の護衛艦と巡視船を新設された“新居浜基地”から出航させていた。

 壁を抜けて侵攻してきた敵の一群をレーダーで捉えて、瀬戸大橋付近で迎え撃とうと思った瞬間に敵が姿()()()()()

 目前にして突如消えた敵の捜索が始まろうとしていた時、警備隊司令部から「戦闘終了」との連絡が入る。

 これに困惑したのは護衛艦や巡視船のクルーだけではない、陣地で息を潜めていた陸上自衛隊櫃石警備隊の隊員たちも同様だった。

 敵を見ていないものからすると、まるで()()に踊らされていたかのようなあっけない幕引きである。

 だが、彼らが知覚できない()()()()()()、神樹の作り上げた異空間である樹海の中で5人の少女たちが“勇者”として初陣を迎えていた。

 しかし同日、櫃石島西方1キロの海上で散った若き命について触れるものはほとんどおらず、見目麗しい少女勇者は大社と四国政府により華々しいデビューを飾り、人々は熱狂し毀誉褒貶することになるのだ。

 

 後に「警戒隊の主たる任務は監視・通報であるから以降、遅滞戦闘は()()()()()()()」という命令が下ることになった。

 

 __戦って殉職した隊員たちは犬死だったのか?

 

 坂崎1尉は連日のように少女勇者の活躍を伝えるニュースを見て時折思うのだ。

 簡素な部隊葬も終え、整備の済んだ哨戒艇が喪失した艇の穴を埋めるように配置につく。

 

「出航用意!」

 

 今日もラッパの音と共に哨戒艇は港を出る。

 




今話は海上自衛隊もとい海上警備隊の話で、掃海艇と買い上げ漁船の戦いという事で短くなりました。

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