勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

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讃岐富士

 2018年10月某日

 香川県綾歌郡綾川町(あやうたぐんあやがわちょう)の病院に、シュウジたちは来ていた。

 JR善通寺駅から琴平駅で降り、そこから琴電(ことでん)に乗って綾川駅より徒歩数十分のところにある病院には、精神に傷を負った者たちが収容されていた。

 天災発生後に精神に変調をきたすものが多く現れ、なかでも間近で人が喰われて街が崩壊するような経験をしたものが不眠や恐怖、アルコール依存、フラッシュバックを訴え始めたのである。

 大災害や戦争、あるいは事件事故によって3週間以内に発症する急性ストレス障害(ASD)や、1か月くらい経ってから心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症するのは自然なことであり、四国政府はカウンセラーによる相談窓口を開設した。

 ところが1年もすると、従来の「短期精神病性障害」や、麻痺・失語などの“身体症状が短期間現れて機能を阻害する”「転換性障害」、感情がマヒして無気力・無反応になる「うつ病」といった症状と少し異なる点が目立ってきたのである。

 「PTSD」の場合、心的外傷体験からおよそ1か月後くらいに発症し、約()()が3カ月以内に回復して、それ以上持続する場合は()()と判断される。

 だが、天災経験者の疾患は、転換性障害やうつ病のような無気力無反応、PTSDのような不安・回避・過覚醒(不眠・いらだたしさなど)といった症状が一向に回復せず、むしろ時間経過とともに症状が進行していったのだ。

 とても空を恐れるようになって、軽度の者は空に対して忌避感を持つ程度(回避)であるのだが症状の進行に伴って、転換性障害のように身体症状が発症し動けなくなったり幻覚や幻聴といった症状が発生し、最終的には発狂して自我の崩壊に至る。

 避難民において症状の個人差はあれど、共通するのが一様に「空を怖がる」ということであり、厚生労働省はこの精神障害を「天空恐怖症候群」と命名して専門の医療施設を四国中に設けたのであった。

 治療法はPTSDなどと同じく、薬物療法や催眠療法・認知行動療法といった精神療法であった。

 ステージ1から4へと4段階に分類されたこの病は、当初は薬物療法で抑えきれるものと考えられていた。

 しかし抗不安薬や抗うつ薬といった薬の数にも限界があり、生産も間に合わなくなり、服用したとて思うように効果が出ないということもあって、多くの患者が自宅療養、避難民であれば避難所療養が求められたのである。

 その間にも、天災前と大きく変わってしまった生活というストレス源や、天空恐怖症に対する流言飛語と差別によって症状は悪化し、あっという間に療養所に入らないといけないようなステージ3相当の患者が心療内科や精神病院を圧迫し始めた。

 テレビでも病床使用率が連日報じられ、県外出身者や患者とその家族に対し「キ○ガイになるのはバーテックスの毒のせい」や「天恐がうつる!」などといって石を投げるという事件などが頻発した。

 

 あの晩以降に発症した36普連新隊員の彼らも、当初は隊舎にて起居して医務室の医官によるカウンセリングを受け、あるいは善通寺市内の一般病院に部外通院も行っていた。

 しかし、以前よりあった反自衛隊系市民団体が、制服姿で通院する「天恐自衛官」をつけ回し嫌がらせをするようになったのだ。

 もともとインフルエンザ流行時に「マスクをつけて駐屯地外を行進されると威圧感があって怖い、やめろ」と苦情を入れてくるような集団であったため、いつものことではあったのだが、精神的に弱り切っていた彼らにとってはそれが追い打ちとなって居室から出られなくなってしまったのである。

 いよいよ部外通院ができなくなった彼らは、17年に綾川町に新設された“心と体の医療センター”に収容されることになったのである。

 本土で家族を失い身寄りがなくなってしまった彼らを見舞いに来るのは、あの夜を共にした同期たちだけであった。

 外光が入らないよう樹脂製のシャッターが窓に内側から取り付けられ、蛍光灯しか明かりのない標準的な“天恐病棟”の一室に叫び声が響く。

 枯れ木のような手足、薄いブルーの入院着、そして覚醒して睡眠もまともにとれていなさそうな弱々しい瞳の青野の前には、左肩から上が無くなった南の幻影が立っていた。

 血が乾いてどす黒くなった迷彩服とだらんと垂れ下がった青白い右手が、どうしてお前たちだけが生きているのか?といっているように感じ、自責の念にさいなまれていた。

 

「南2士……許してくれ……うわあああ……」

 

 ベッドの上でフラッシュバックに苦しむ青野に、シュウジと安示は悲痛な表情となる。

 前までお土産を片手にテレビや雑誌の話題で盛り上がっていた彼だったが、どんどんフラッシュバックの間隔が短くなり病状が明らかに()()なっている。

 ここにいる同期たちは皆、投薬治療とカウンセラーや医師による認知行動療法をしているはずだ。

 

「先生、抗うつ剤は使ってくれてるんですか?」

「彼以外にもSSRI投与してるがどうもよくならん。今までの症例とは違う」

 

 シュウジの質問に、担当の医師はそういった。

 医師と一緒に同期で苦しみを分かち合うことでストレスの原因となる心の悩みを解決しようとするが、ステージ3になるともはや会話を続けるのも難しい。

 隣の部屋の同期の一人はもっと症状が進み、声も出なくなって虚空をうつろな瞳で眺めているだけだ。

 常に怯えているような青野の反応が、少し変わる瞬間があった。

 テレビに乃木若葉が登場した時、発作が一時止まって画面をじっと見つめているのである。

 

「前に話したけど、あいつらの仇は若葉ちゃんが討ってくれるから、俺達もあの子らを信じようぜ」

「シュウジ……」

 

 安示は、丸亀城で今日も訓練に励んでいるだろう従妹の少女を思う。

 勇者チームの遠距離射撃担当として、華奢な手で金弓箭(きんきゅうせん)を持って走り回っているのだろうか。

 それに比べて、勇者や苦しんでいる者に対し、自分たちは何の力になれるのだろう。

 この問いかけはシュウジや安示だけではなく、あの天災を生き残った自衛官たちがずっと悩んでいることだった。

 シュウジたちは面会時間が終わると、近くの綾川のショッピングモールに行って買い物をして帰ろうとしていた。

 その時、フッと思い出したのが教育隊時代にみんなで散策したことであった。

 どういうわけかシュウジや安示といった1区隊4班のメンバーは、琴電綾川駅からバイパス沿いに一駅分歩いて滝宮(たきのみや)天満宮に行ったのだ。

 

「あれ、なんで滝宮天満宮に行ったんだっけ?」

「幹候受験合格祈願だったよね」

「それだ!」

 

 前期教育隊にいても、22才以上大卒という条件を満たしていれば一般の人に混じって一般幹部候補生を受験することが出来る。

 受かれば来年から幹部候補生学校へ行って、曹長スタートとなる一発出世ルートである。

 両襟に付ける桜花章が幹部候補生の証である丸い台座付きのものに変わり、襟に曹長の階級章が付くのだ。

 1区隊には、2等陸士から幹部になってやろうと企てたやつが数人いた。

 2週間ほど前から班長らに延灯させてもらい過去問をしていた彼らは、試験の日曜日、朝から制服で会場に向かった。

 それを見ていたシュウジら外出組は、散策ついでに同期たちのために願掛けに行ったのだ。

 滝宮天満宮は讃岐守(さぬきのかみ)であった菅原道真(すがわらのみちざね)公ゆかりの地であり、学業の神様ということもあり合格祈願には最高のロケーションだ。

 賽銭を入れて手を合わせたり、境内にある「撫で牛」と呼ばれる牛の像を撫でたり、不幸を身代わりしてくれる「なでうそ鳥」とよばれるトーテムポールのような雰囲気の鳥の像を撫でたりといろいろとやった。

 受験した彼らの結果は散々であったが、来年にリベンジを誓う者や誰よりも早く陸曹になってやると決意を新たにした者と、いい経験になったのではないだろうか。

 

 腕時計を見ると、まだ11時30分を回ったところだった。

 

「今回も行く?」

「そうだね、今度はあの子たちのことをお願いしようか」

 

 シュウジの提案に安示は乗って、バイパス沿いをテクテクと歩く。

 通行人もかなり減っているようで、天災前の日曜日であればショッピングモールに来る客などで、もうちょっと交通量が多かった気がする。

 思い出の滝宮天満宮に着くと、真っ先になでうそ鳥の前に向かう。

 果たして神樹の力で戦う勇者に道真公や(うそ)の加護があるのかどうか定かではないが、たった一回だけでいいので身代わりになってくれと願った。

 

 

 

 参拝を終えて住宅街の中を抜ければ、最寄り駅である滝宮駅だ。

 大正15年に作られた歴史ある木造駅舎が特徴で、白と淡い水色に塗られたレトロな駅舎がのどかさを演出している。

 切符を買って有人改札を抜け1番ホームで琴電琴平行の電車を待っていると、スマホに入っているメッセージアプリの通知音が鳴った。

 

 タマ:ちょっとした山に登りたいんだけどおすすめある?

 

 シュウジがグループトーク画面を開くと、この間知り合って連絡先を交換した現役勇者である土居球子がメッセージを送って来ていた。

 丸亀城に一番近い山と言えば、土器川(どきがわ)を挟んで向こうの青ノ山(あおのやま)飯野山(いいのやま)だろうか。

 

 シュウジ:青ノ山なんてどう?丸亀城に近いぞ。

 タマ:この間登ったんで、別のやつ

 シュウジ:じゃあ飯野山は?

 

 飯野山は美しい円錐形であることからも讃岐富士という名で呼ばれ、標高が422mほどの山で登山道も整備されていてハイカーも多い。

 

 タマ:前に登ったことがあるぞ

 シュウジ:そうなんだ?登ったことないから分からない

 タマ:地元なのに知らないのかよ!

 

 シュウジがとっさに出した“讃岐富士”は、五岳山(ごがくさん)と共に第110教育大隊歌にも登場しよく見る景色ではあるが、実際に登ったことはない。 

 むしろ善通寺の裏手にある五岳山のうちの三山である香色山(こうしきざん)筆ノ山(ふでのやま)我拝師山(がはいしさん)のほうが、体力錬成コースとしてよく登っている。

 山の中や道路をランニングシャツやランニングパンツ姿の一団が隊伍を組んで走っていたら、それは駐屯地外で体育訓練中の自衛官だろう。

 シュウジは他にどこがいいのか考えるが、勝手知ったる香色山や我拝師山は丸亀城から遠く、わざわざ電車に乗って善通寺駅まで来てもらわないといけない。

 さらに往復に時間がとられて丸亀城の門限に関わってくるので、活動時間は短くなる。

 

 ヤス:杏ちゃんから聞いたけど、タマちゃん一人で登ってるの?

 

 悩むシュウジの隣にいた安示が、グループトークに参加してきた。

 ミリタリーオタクらしいJAS(ヤス)-39というスウェーデン製の戦闘機、グリペンのアイコンである。

 

 

 タマ:時々体力をつけてやるためにあんずと登っているぞ、若葉と友奈は外出日が合わないしな

 あんず:若葉さんたちは自主練してるので。今度の休みはタマッチ先輩をお願いします。

 タマ:こら~タマを子供扱いするな!

 

 怒った絵文字スタンプと共に、しばらく書き込みが止まる。

 画面の向こうで、杏と球子がドタバタとじゃれあっているのが見えるようだ。

 その後、同じメンバーで登るのもつまらないだろうし、いい機会だし山に登ろうかという話になった。

 

 シュウジ:参加者は俺とイヨちゃん、タマっち

 タマ:あんずも来てくれるぞ

 ヤス:まじ?

 あんず:タマッチ先輩だけだといろいろ不安なので、私も行きます

 ヤス:やっぱり勇者になると体力つくんだね

 あんず:そうですね

 

 安示は親戚の集まりの時、いつも少し離れたところで本を読んでいた杏の姿を思い出す。

 年少の男子たち数人で神社の敷地やら野山を探検していたけれど、杏ちゃんは病弱なので走り回れないものとして距離を置かれていた。

 酒が入って盛り上がる大人たちに挟まれて居心地は良くなさそうだが、下手に連れ出して外で倒れたら大変だ。

 年長者の安示ははしゃぎまわる小学生らを連れていろんな所を回り、近所の駄菓子屋でお土産を買って帰る。

 “伊予島探検隊”は、ポリ袋いっぱいに水あめやらきな粉棒、ゼリーといった駄菓子を詰めて帰ってくるのが流れとなっていた。

 中学生、高校生のお小遣いであるからあまり無理はできなかったのだが、戦車の食玩をすこし我慢すれば何とかなるし、つまらなさそうに本を読んでいた彼女の笑顔を見るために張り切っていた。

 杏としても親戚の集まりでの唯一の楽しみが探検隊の“戦果発表”だったことから、安示の気遣いがいかに喜ばれていたか窺えようものだ。

 

 タマ:じゃあ来週の日曜日の朝、丸亀城二の門前で集合な

 シュウジ:時間は?

 タマ:9時半くらい

 あんず:あんまり早いと外出できないんです

 ヤス:大丈夫、僕らも外出時間決まってるから

 シュウジ:電車があるんで0945(まるきゅうよんご)くらいで

 タマ:?

 あんず:タマっち先輩、自衛隊では数字4桁で時間を表すんですよ

 タマ:ややこしいぞ

 ヤス:そうかなあ?

 

 翌週、シュウジたちは9時10分の電車に乗り、27分に丸亀駅で降りると丸亀城の大手門の前に向かった。

 勇者発表後の丸亀城は“見える警備”が行われるようになり、城が軍事拠点であることを実感させてくれる。

 警備線だろう黒いワイヤーが石垣上に張られ、大手二の門には見えるだけでも藍色の装具を着けた立哨(りっしょう)がふたり、動哨中の歩哨が4人くらいいる。

 あくまで大社から警備業務を委託された民間企業なので、武器といっても特殊警棒やさすまたくらいしか持っていないだろうが。

 門前を塞ぐ拒馬(きょば)がコロコロと警備隊員に引かれ、中から二人の女の子が出てきた。

 拒馬とは鉄骨をX字型に組み合わせキャスターが付けられた可搬式の対車両障害で、トラックなどでの車両突入を阻止できるため、駐屯地の営門にも置かれている。

 

「おーっす!」

「おはようございます」

 

 いつも着ているオレンジ色のマウンテンパーカーにチャコールのトレッキングパンツという球子と、ブラウンのカーディガンに萌黄色のスカート、厚手のタイツというかわいらしい山ガールスタイルの杏。

 シュウジは思ったより“ガチ”な山ガールスタイルに驚き、安示は女性向けアウトドアファッションって一式そろえるのにどれくらいするんだろうか?と考えた。

 

「思ったよりオシャレだよな」

「そうだね。本格的だなあ……」

「あんずは可愛いからな!」

「もう!タマっち先輩っ」

 

 一方、男性陣は山に登るとあってグリーン系の地味なジャケットにカーゴパンツ、タンカラーのバックパックという野暮ったい服装である。

 ありていに言えば、「有り物で揃えました」というスタイルで、迷彩長袖シャツの上に外出用のソフトシェルジャケットやウインドブレーカーを着て、演習用のパックを持ってきたのである。

 いかにもハイキングに行きますといった服装の4人は、あらかじめ呼んでいたタクシーに乗って登山口まで向かう。

 タクシー会社も荷物が多いということでミニバンタイプの車を回してくれていたので、ゆったりと乗ることが出来た。

 

「タクシーだと……やるなシュウジ」

「ふっふっふ、これが大人の時間節約術というものだよ」

「あの、いいんですか?」

「大丈夫、僕らも給料もらってるから」

「そうそう、まーかせて!」

 

 丸亀城から飯野山まで5キロ程で歩いても1時間弱であるが、タクシーを使えば20分ほどで着く。

 車やバイクといった私有車を持っていない外出中の自衛官は、()()としてやたらタクシーを使うようになるのだ。

 今までタクシーを使うという選択肢を考えていなかった球子は「さすが大人だ」と感心するとともに、大社からの給料をアウトドア道具やらお菓子に費やしていて貯金がない事を思い出す。

 タクシー代がシュウジと安示の割り勘だということに申し訳なさそうにする杏に、二人は言う。

 大人が、勇者で年下の女の子たちにしてあげられることなんて、ほんの少ししかないんだから……と。

 

「運転手さん、飯野町登山口まで」

「はい、了解」

 

 目的地を告げた助手席のシュウジは、いろんなところから刺さる視線が気になっていた。

 二人と合流し、北堀に面した歩道上で荷物の積み込みをしてる時からずっとである。

 丸亀城警備の歩哨たちは当然のこと、石垣の上や天守のほうからも見られている気がする。

 

「シュウジ、どうしたの?」

「なんか見られてる気がするんだよな、警備以外にも」

「天守のそばの石垣、わかる?」

「あー、あれは若葉と……ひなただな」

「ふたりとも、気になってたんですね」

 

 どうも、残留していた勇者と巫女ひとりにまじまじと見られていたようだ。

 球子やシュウジの反応から気づかれたと知るも、天守のそばの人影こと乃木若葉と上里ひなたは特に目立つリアクションをすることもなくじっと窺っていた。

 

「ほう、あれが球子と杏が言ってた二人か」

「心配なんですか?」

「まさか。杏の従兄とその友達だから悪いようにはしないだろう」

「実は、私たちが四国に帰ってきたときに話した自衛隊の方なんですよ、覚えてないんですか?」

「そうだったのか……」

 

 きつい脱出行とバーテックスへの怒りで、あの時の記憶がまだらボケというかぼんやりとしていた若葉はひなたに言われてようやく思い出した。

 

「あっ!」

「思い出しましたか?」

「ああ、あの人か!」

 

 そんな石垣上の留守番若葉ちゃんとひなたのやりとりを知るよしもないシュウジは、個人を特定した球子に感心する。

 

「よくここから誰か分かったな」

「勇者になればこんなものだゾ」

「たしか、ひなたさんは勇者じゃないよね。あとの二人は?」

「安兄さん、友奈さんは検査、千景さんはいま帰省していていないんです」

 

 路肩駐車スペースを発進したタクシーは市役所の脇を抜けて右折、県道33号線に乗って土器川を渡って川べりを走れば、あっという間に高松自動車道が見えてくる。

 高松自動車道の高架をくぐって住宅街を通過すれば、駐車場と飯野町登山口である。

 タクシーを降りた一行は登山口の看板のある石段を軽やかに登り始める。うっそうと茂った木々の間のなだらかな登山道をゆくと時折、街が見える。

 休みということもあってハイカーも多く、四国中の有名人となった二人はすれ違うたびにあいさつされて、時には写真撮影を求められてしまう。

 歳が離れている二人は短髪に刈り込んでいて細マッチョ体形ということもあって、どうも護衛かマネージャーだと思われているようである。

 

「イヨちゃん、今、どれくらい登ったんだ?」

「おおむね160メートルくらい。3合目まであとちょっとだね、杏ちゃん、大丈夫?」

「安兄さん、これくらいなら大丈夫です」

 

 腕に付けたGショックの高度計で高度を測った安示が、杏に声を掛ける。

 割と速いペースで登っている球子やシュウジたちについて行けているところを見るに、日々の練成が現れているのだろう。

 

「無理はしてない?」

「これでもタマっち先輩、ゆっくり登ってくれてるんですよ」

「そうだぞ、シュウジこそタマたちに合わせて無理してないか?」

「なにおう、まだまだ余裕!」

 

 3合目を過ぎ、分岐を南側に進んで山をぐるりと回るように登っていく。

 ここから木々の切れ間が大きくなって、所々で丸亀、善通寺を一望できるようになってきた。

 海辺の工場のクレーン、丸亀城、土器川の向こうの田畑、その中に見えるスタジアム、さらに向こうには五岳山や金比羅さんのある大麻山(おおさやま)が広がっている。

 

「もうちょっと南に神樹様があるんだけどなぁ」

「そうだね、ここからじゃちょっと見えないよね」

「タマたちは海とあそこの間で敵を食い止めないとだめなんだな」

「そう思うと、丸亀城っていい位置にあるんだよね」

 

 善通寺や琴平から南東に行ったところにまんのう町という街があり、満濃池と呼ばれる大きな池がある。

 その岸に国営の讃岐まんのう公園があるのだが、7.30天災の折、その近くに太く天まで伸びる大樹が突如出現したのである。

 その樹木が神樹様と崇められるようになって以降、公園は大社へと「売却」という形を取って管理を委譲された。四国政府から数十億円で購入した土地には大社の“本庁”がおかれ、今では多数の神官や巫女が勤務している

 

 大社本庁はともかく、神樹は勇者たちにとっては力の源であり、人類にとっては今の生活を維持するに足る石油や食料資源などの供給源であるから最重要防衛目標なのだ。

 その重要度たるや、例えるならば原子力発電所と食料生産プラントと油田アンド石油精製施設をひとつにしたようなものである。

 兎にも角にも、海より来たるバーテックスを何としても樹海化した丸亀市内で食い止めて神樹への攻撃を阻止しなくてはならない。

 防御目標の確認という動作に、シュウジたちはかつての区隊長の名言を思い出す。

 

「景色を見てただキレイだなぁ……で終わるのはただの人だ、自衛官はあらゆる地物を見て興味を持て」

 

 興味とは、「状況が起こったときにどのように行動する」といった()()であるとか、移動する際の目印(ランドマーク)の設定とか作戦遂行に必要な()()のことである。

 こうした興味の持ち方から、球子や杏にも戦闘員としての心構えがあるのだなと二人の自衛官は感心した。

 25キロ行進訓練のさなか、遠くに見える大麻山の山頂で二人はそれを教わったのだ。

 

 そんな一幕もあったものの、8合目の分岐点まで景色を楽しみつつ登っていく。

 

「何やってるんだよ、みみっちいぞ」

「水は貴重だから、こうして飲む量決めてるんだよ」

 

 途中、シュウジたち自衛官コンビは、喉を潤すためにペットボトルのキャップに水を入れて2杯だけ飲む。

 ガブガブと水を飲む癖をつけてしまっていると、体が水分を欲しすぎてしまうのだ。

 

「作戦行動中、水を補給できるとは限らないから。梅を想像するのも限界があるし」

「曹操ですね」

「ソーソーだ!ソーソー……ってなんだ?」

「タマっち先輩、中国の将軍だよ」

「へーっ」

「曹操って三国志か。杏ちゃん博識だなぁ」

「僕も高校の漢文でやるまで知らなかったよ」

 

 よくわかっていない様子の球子をよそに、シュウジは伊予島コンビを見て思った。

 

 __やっぱり読書家はいろんな本読んでるから知識量が多いな。

 

 元ネタは、『世説新語(せせつしんご)』に記されていた『梅林止渇(ばいりんしかつ)』という故事である。

 水が手に入らない状況下で行進する兵士の士気を保つために、曹操が「この先に梅林があって実がなってるぞ」と言って唾液を生じさせて喉の渇きをごまかしたという話だ。

 余談であるが、自衛隊では夏季の訓練時に熱中症予防で梅肉をタブレット状にしたものが配られることがあるのだが、食べてしまうと塩辛いので喉が逆に乾く。そのため匂いだけ嗅いでおくとリアルで「梅を望んで渇きを(とど)む」経験ができるのだ。

 シュウジは、同室の幹候受験者の過去問を見せてもらったときにこの話を知った。

 同時に、科目も多く難しすぎて、大学中退でもいけるかな?なんて考えは吹っ飛んだ。

 

 分岐点で、急斜面だが距離が短いコースと、距離は長くなるが山を回りこむように登っていくコースに分かれる。

 

「タマっち、どうする?」

「前はこっちの短いほうに行ったし、今日はあんずもいるからこっちにするか」

 

 なだらかな斜面を登っていく途中で、坂出や瀬戸大橋のほうがよく見える。

 大橋の向こう側には海上に壁が帯のようにそそり立ち、光を浴びて薄緑色に輝いていた。

 

(あした)に仰ぐ讃岐富士、夕べに映ゆる五岳山~」

「山ほど高き(いさおし)をうけて御国(みくに)を守らんと~」

 

 登りながら隊歌を口ずさむシュウジ、続くように安示が歌い出す。

 

「集う精鋭、今ここに~厳たり110教大隊(ひゃくじゅうきょうだいたい)~」

 

 景色の良さからテンションが上がっている二人を見て、球子や杏も気分が上がってくる。

 

「やっぱり、みんなで登ると賑やかだな!」

「そうだね、安兄さんもシュウジさんも楽しそう!」

 

 素晴らしい見晴らしもここまでで、山頂は木々に囲まれていて昭和天皇の歌碑、巨人の足跡が残る岩と小さな薬師堂があるばかりだ。

 途中で休憩を何度か挟んだものの、登山口から山頂までおおむね1時間ほどで到着した。

 見るものも少ないため、スマホで記念写真を撮ったあと多くのハイカーに囲まれながらも下山し始めた。

 14時も過ぎ、腹が減ってきたため何を食べようか考えていると、あるアイディアがシュウジの頭をよぎる。

 

 __せっかくの外出なんだし普段食べられないもの食べよう。

 

 そこで、土器川の川べりにある骨付き鳥の名店『一亀(いっき)』に寄って帰ることにした。

 

「もう昼過ぎだな、帰りは骨付き鳥食べて帰ろう。城暮らしで食べてないだろ?」

「やったー!タマはヒナだぞ」

「杏ちゃんは?」

「私もタマっち先輩とおんなじです」

「シュウジは親だよね」

「なにぃ?」

 

 「親」は弾力があって噛み千切るにもガッツが必要だが、噛むたびに滲む肉汁が益荒男(ますらお)たちに満足感を与えてくれる。

 一方「ひな」はやわらかいので箸を使って切り分けることが出来るため、好みが分かれるのである。

 

「待て、話せばわかる……3対1かよ!」

「ヤスっ、こいつを連れていけ!」

「はっ!……悪く思うなよ」

 

 こうして不用意な質問から「親」か「ひな」かという骨付き鳥の宗教戦争に巻き込まれてしまったシュウジは、よくわからない寸劇と共に連行されていき「改宗」させられることとなった。

 それでも、骨を紙ナプキンで掴み、ピリッと辛みの効いたタレ油を付けて大胆にかぶりつく骨付き鳥は美味しい。

 

 ここで杏がお土産に持って帰った骨付き鳥が『第一次丸亀城骨付き鳥闘争』の幕を開けることになるのであるが、それはまた別の話。




天空恐怖症やPTSDに関する症例と治療法、神樹様顕現と大社は独自設定です。
のわゆ原作では千景が高知県の集落へと帰省している時期です。

本当は石垣上に高嶋ちゃんを出したかったけれど、書き終わってから検査入院中ということに気づいた。高嶋ちゃんなら手を振ってくれるはず……。

参考資料(敬称略)

新橋スリープ・メンタルクリニック HP
http://www.sleep-mental.com/index20.html
杉浦こころのクリニック HP
https://sugiura-kokoro.com/treat/syoujyou13.html

YAMAP 飯野山
https://yamap.com/mountains/125

新米勇者のおしながき1

隊歌参考音源
2015 第15普通科連隊・第110教育大隊 合同入隊式 #2
https://youtu.be/qBxak4WEUAY?t=571

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