残滓のうち、ひとつ 作:花見饅頭@クー
序文
──むかしむかし、あるところ。
手付かずの自然が未だ残る、発展途上の文明が息衝くヴォーダインと呼ばれる異界。
ヴォーダインは未発達な世界であったが、成熟の時を迎える間もなく滅びの危機に瀕していた。空は年中重苦しい黒雲に覆われ、それなのに何故か降らない雨のせいで大地はあちこちがひび割れていた。
そこに住まう人々はどう手を尽くしても改善されない環境に辟易しつつも、それが世界そのものの寿命による破滅だということには気付かなかった。ヴォーダインの民は異世界の存在を知らなかった故に、世界そのものが消滅する、なんてことは物語の中の話でしかなかった。
滅多に途切れない暗雲も、乾き切った池沼も、避けられない終末を知らない人々にとっては長い天災でしかない。どれだけ努力しても良くならない世界に民が絶望するのも仕方のないことだった。
ただ、終末が知らぬ間に訪れるよりも、飢えと乾きがこの世界の生命体の命を残らず刈り取るほうが先なことは、誰が見ても明らかなのだ。
ヴォーダインの民の選択は、やがて逃避だけになった。
最後の最後で彼らが選んだのは、世界中の全ての命のうち、ひと握りの存在だけを──来もしない──未来に託すことだった。
人々は最後の都市──砂上の楼閣、人類の方舟として、ストィンという都市に世界中の智者を集わせることを決めた。
半ば自棄での施行だったが、それは朽ちつつあるヴォーダインの民の心に僅かばかりの火を灯すことにも繋がった。方舟たるストィンの設立に伴い、ある程度の頭を持つものは躍起になって才能の証明に勤しみ、彼らの旅の道程にある村々は旅糧に預かろうとあらゆる手を尽くした。
──そして、ストィンへの旅人の数も尽きてきた頃。
いよいよ収束に向かい、ひび割れていく空と大地の下。
微かに崩れ、端の端から虚無へと溶け落ちていく世界の全ての間隙から、
世界中の誰も知らない完全に未知の概念として──消し去ることの出来ない事実として。
ヴォーダインはその死の瞬間まで知らなかった"外"の存在を知らされることとなる。
救いでも滅びでもない。ただ自然現象のような、終末の最初に起きる災害として。
「滅びが始まるのだ」と、金色の瞳をした旅人は言う。
すべての生命体は救世主を心待ちにしていた。
せめてあの厚い雲のひとかけらでも崩れて雨になってくれれば乾いた地面を湿らすことが出来るのに、とただ指を咥えて空を見るばかりだった──