Shadow Corridor 回廊に迷い込んだ1人の少女   作:楠崎 龍照

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鏡にダイブした瞬間、辺りが暗闇に包まれた。
気づくとそこはさっきまで私がいた場所ではなく、どこまでも暗闇が支配するヒグラシの回廊だった。
私の見た事がない徘徊者に若干の不安を感じつつ、未来を変えるという希望を抱かせ、不安と焦燥感を拭い、回廊へと足を踏み入れた。





2話 ヒグラシの回廊 ─異変─

 

 

 

 

 

 

「ったぁぁ……」

 

ダイブした事で、私は顔面から地面にぶつかった。

私は頭を擦りながら、よっこらせっと立ち上がる。

視界に映るのは、今は懐かしいヒグラシの回廊だ。

深淵の回廊やら、血痕みたいな回廊と比べたら、あまりに癒しな回廊である。

私は実家のような安心感に微笑み、台座に置かれた鏡を手に取った。

 

「さて、勾玉集めるか」

 

勾玉を探す為に、スタート地点の戸を開けた。

すると、私の目の前に1枚の紙が貼られている。

お爺ちゃんの張り紙だ。

 

「前にも見たから、今回は見なくて良いや」

 

そう考えて私はそそくさと散策にでようとした……が……。

 

「んん?」

 

張り紙に書かれた一文に違和感を感じて、再度張り紙を確認する。

張り紙の、ある一文には、こう記されていた。

 

 

─ここから更に奥に進むためには、勾玉を"五個"集めて奥の祭壇に納める必要がある。─

 

 

「ご……?」

 

私はフリーズした。

何か勾玉要求数が増えるんだけど?

 

「時戻したら難易度上がった……」

 

私はお爺ちゃんの張り紙を呆然と見続けていると……。

 

 

─カンッ、シャリン…カンッ、シャリン…カンッ、シャリン…─

 

 

と錫杖の徘徊者から発される音が聴こえてきた。

わー、居るよ……。

蟲使いが……。

肩をガクリと降ろしつつ、錫杖の徘徊者がどこかへ行くのを待った。

 

「あ、そうだ……」

 

私は錫杖野郎がいなくなるまで暇だから、リュックから天狐の面と金メダルを取り出して、それらを装着する。

天狐の面は目の部分に穴がなく、被れば視界が完全に無くなると思ったのだが、不思議なことに視界が変わらず見えているのだ。

それはまるで、何も被っていないようだ。

 

「これ凄いな」

 

私は面を被ったまま感心する。

いつの間にか、錫杖の音も止んだので、回廊探索を開始した。

 

「さてと……どういう感じで行くか……」

 

私は一本道を歩きつつ、部屋を片っ端から散策する。

その姿は泥棒のそれとなんら変わらないだろう。

 

「タンスには……なんだこれ?」

 

タンスの中にハチマキを見つけた。

白と紫の紐を捻って作られたハチマキだ。

 

「あ、そうだ。こういう時にこそ、あれを……!」

 

私は神様に貰った端末を取り出して、ハチマキを撮した。

 

画面には「ねじり鉢巻き」と記載されて、その下に説明文が現れた。

自分の体力を削ることで、永遠に走ることができる。

 

「なるほど……一応、カバンに入れておこう」

 

 

 

─ゆーやけこやけでひがくれてー─

─やーまのおてらのかねがなるー─

 

 

 

「…………え?」

 

私は全身に鳥肌が立つのを感じた。

部屋の外から、男の子と女の子と思われる歌声が聞こえてきた。

夕焼け小焼けの歌だろう。

私は携帯のライトをつけると、それが不自然に点滅をし始めた。

 

「は、徘徊者?」

 

またもや新たな徘徊者の登場に、私は心の中で絶望しつつ、歌声の主がいなくなるのを待った。

 

 

─おーぉててつないでみなかえろー─

─かーらーすといぃっしょにかえりましょー─

 

 

「……」

 

怖いというより不気味だ。

……ていうか、神楽鈴と走り廻る徘徊者は?

さっきから見た事も聞いたこともない徘徊者が出てきて、オーソドックス徘徊者どもがいない。

まさかのリストラされた?

それは、それでなんか寂しい。

 

「……やっと居なくなった?」

 

私は襖を開けて廊下をチラリと確認する。

灯されている燭台の火も明滅することなく、赤い色で回廊を照らしていた。

私は廊下を歩き、再び様々な部屋を散策し始めた。

タンスにあるカメラと光石をリュックにしまい、勾玉を探し回る。

 

 

─ゆーやけこやけでひがくれてー─

─やーまのおてらのかねがなるー─

 

 

だが、それを妨害する存在が再びやってくる。

先程の夕焼け小焼けを歌う徘徊者だ。

このまま、部屋に入ってやり過ごそうと思ったが、この徘徊者の姿を一目見ようというくだらぬ好奇心に煽られた。

 

「……」

 

いざとなれば、このカメラで怯ませれば問題ない。

そう思いカメラを構えて、奴が来るのを待った。

 

 

─おーぉててつないでみなかえろー─

─かーらーすといぃっしょにかえりましょー─

 

 

そして、歌う徘徊者が現れた。

その姿に私は驚きの表情になる。

 

「え、普通の子供じゃん!?」

 

2人の姿は現代の子供の服装をしており、背中にはランドセルを背負っていた。

まさに、学校帰りの小学2年生の男女そのものだ。

……能面さえ被っていなければ……。

 

 

─あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ─

─あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ─

 

 

私を見るや否や、2人は壊れたラジオのように同じ言葉を発して走り出した。

子供だからか、スピードはそれほどでも無かった。

 

「よし、カメラで……!」

 

姿を見れたから満足。

私は構えていたカメラを子供に向けてパシャっとフラッシュを焚いた。

 

 

─バリアバリアバリアバリアバリア─

─きかないきかないきかないきかないきかない─

 

 

「は!?」

 

2人は両手をクロスして親指を立て、そう言い放つ。

本当にバリアを張っているのか、私が焚いたフラッシュが効いていなかった。

 

 

─あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ─

─あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ─

 

 

2人は、狂ったように"遊ぼ"と連呼しながら追いかけてくる。

 

「ちょっと待てぇ! そんな能力聞いてない!!」

 

私は文句を上げて逃走を図る。

後ろから2人の追いかけてくる音が聴こえる。

追いかける速度が遅いのが幸いだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

長い廊下を走って、直ぐに小部屋へと隠れる。

お願い、どっか行け……!

私は心の中で祈りながら鏡を構える。

 

「来る……?」

 

心臓の鼓動が全身に伝わるのを感じながら、あの徘徊者が過ぎ去ることを願った。

 

 

─どこ? ここどこ?─

─こわい、パパ、ママ、どこ?─

 

 

先程の声とは打って変わって、非常に弱々しい声が聴こえてくる。

そのギャップに私は全身に鳥肌が走った。

 

 

─くらい、こわい、こわいよ、パパ、ママたすけて─

─いやだ、こわいこわいこわいこわいこわい─

 

 

涙声が聴こえてくる徘徊者。

その瞬間だった。

 

 

─たすけてえええええええーーーーーー!!!─

─おうちにかえりたいよおおおおおおーーーー!!!─

 

 

「う゛がぁ……!?」

 

鼓膜を貫くのではないかと思える程の大音量の金切り声に、私は歯を食いしばり、両手で耳を抑えながら蹲った。

あまりの声に周囲の燭台の火が消え失せるほどだ。

 

 

─……………………─

─……………………─

 

 

10秒程たったと思う。

2人の金切り声は止み、静寂に包まれた。

……に思えた。

 

 

─カンッ、シャリン…カンッ、シャリン…カンッ、シャリン…─

─ドタドタドタドタドタドタドタ!─

─シャン……シャン……シャン……シャン……シャン……─

─カナカナカナカナカナカナカナカナカナ─

 

 

「(は?)」

 

徘徊者と音が聴こえてきた。

あ、でも神楽鈴と走り廻る徘徊者はいるのね。

なんか良かった。

私は謎の安心感を抱いた。

 

まるでそれは、初めての高校デビューで知らない人ばかりの中で、中学の頃に見知った人を見つけた時のようだ。

 

「(もしかして……さっきの金切り声に反応してやってきたのかな?)」

 

私はそんな考察をしている中で、ある音に気づいた。

 

「(ん?ちょっと待て、なんでヒグラシの声が聴こえてるの?)」

 

錫杖の徘徊者の音、走り廻る徘徊者の音、神楽鈴の徘徊者に混じってヒグラシの鳴き声が聴こえているのだ。

ヒグラシが鳴いているフロアは、この回廊にあるにはあるが、それもかなり限定的な場所。

いま私がいる場所からは、かなりの距離があると思う。

それなのにも関わらず、何故かヒグラシが鳴いているのだ。

 

「え、何? ヒグラシの徘徊者とかいるの?」

 

新徘徊者の連続に私は戸惑いつつ、徘徊者共がどこかに行くのをジッと待つことにした。

ていうか、待つ以外の行動がとれない。

とりあえず、あの2人の子供の徘徊者の名は、

童遊戯(わらべあそび)の徘徊者と呼ぼう。

 

 

─ゆーやけこやけでひがくれてー─

─やーまのおてらのかねがなるー─

 

 

しばらく待っていると、再び童遊戯の徘徊者は何事も無かったように夕焼け小焼けを歌ってどこかへ行ってしまった。

この温度差よ……。

 

他の徘徊者もそれぞれ散り散りにどこかへ行った。

あれだけ騒がしかったのも、不気味なまでに静かになった。

 

「……よし、今のうちに!」

 

私は携帯のライトで照らしながら、勾玉を探しに回廊を歩き回った。

正直、血痕みたいな回廊や、深淵の回廊と比べたら、本当に可愛いものだ。

癒しの回廊と言ってもいい。

燭台があるから、さほど暗くはないし、地下から2階の立体的な回廊な訳でもない。

 

「……あぁ、心の癒しだよ……」

 

私は回廊を歩きながら穏やかな表情で呟いた。

最早末期である。

 

「ていうか、ここで勾玉集めまくれば深淵とか血痕(霊魂の淵叢の事)で集める必要無いよね」

 

私は究極の発想に至る。

そうだよ。ヒグラシの回廊が1番難易度低いんだから、ここで勾玉を大量に持っとけば、絶対楽じゃん!

確か、このまま全部の回廊で勾玉が5つ必要なら、ヒグラシ、深淵、血痕で合計15個。

よし、この回廊に勾玉が15個ある確証はないけど、集められるだけ集めよう!!

 

「そうと決まれば……!」

 

私は靴を脱いで、早歩きで部屋を駆け巡った。

その中には見知った部屋もあり、懐かしささえも覚える。

そして、勾玉の部屋を見つけた。

 

物置部屋と思われる場所だ。

オープンラックが縦に並べられており、そこには鍵やコンパスが置かれていた。

端には行李が置かれていて、緊急用に隠れることが可能だ。

だが、その部屋には鳴き声の主が勾玉の前で泣いており、鍵やコンパスを取るのが難しい。

 

「(……やってみるか)」

 

私は携帯電話を取り出して、設定でフラッシュをONにする。

そして、私はわざと足音を強く立てる。

 

 

『……そこに、そこにいるの……!?』

 

 

私の足音に反応した鳴き声の主は私目掛けて走ってくる。

 

「ここにいるよ!!」

 

冷や汗をかきつつ、強気な表情を浮かべる私は即座に携帯のカメラでフラッシュを焚く。

部屋全体が閃光に包まれ、その光に飲まれた鳴き声の主は両手で顔(能面)を隠して怯んだ。

 

「はあああああああ!!!」

 

それだけでは終わらせない。

大声をあげながら、燭台を手に持った私はそれを使って、鳴き声の主を薙ぎ払った。

天狐の面の影響だろうか?

薙ぎ払われた鳴き声の主は勢いよく宙を舞い、行李に激突する。

行李はバキバキと音を立てて壊れ、鳴き声の主はピクピクと痙攣していた。

ただの事故現場である。

 

「……!!」

 

その隙をついて、私は勾玉とオープンラックにある鍵、コンパスを持ってその部屋から逃げた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

私は近くにあった小部屋に逃げ込んで、興奮する全身を落ち着かせた。

息が荒く、全身から汗が滴り落ちる。

手の震えも止まらない。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……スーーっ……ふぅぅぅ……!」

 

私は深呼吸をして、全身から沸騰する水の如き興奮を抑え込んだ。

直ぐに立ち上がり、勾玉をデパートで購入した小箱に入れて小部屋から出た。

 

 

─シャン……シャン……シャン……シャン……シャン……─

 

 

「神楽鈴の徘徊者か」

 

この世界の顔的存在の徘徊者に私は安堵しつつ、奴が去るのを待とうと考えた。

が……。

 

よくよく考えたら、別に隠れて待つ必要ないよね。

神楽鈴の動きや能力は分かっているし、おびき寄せて逃げた方が良いのでは無いだろうか?

金メダルも持ってるし。

 

「よし、やるか」

 

私は神楽鈴の徘徊者に聴こえるように、バンっと力強く扉を開けて、思いっきりジャンプした。

全体重をかけて着地した為、ドスンっ!!とでかい音が轟いた。

 

 

─シャン……シャン……シャンシャン……!─

 

 

私から発した音に反応するように神楽鈴の徘徊者は、鈴を2回鳴らす。

 

「(さぁ、来い。私が相手してあげる)」

 

強気な態度をとって、携帯電話をカメラモードにして構える。

 

 

─シャン……シャン……シャン……シャン……シャン……シャン─

 

 

音が近くなってきた。

私は汗を滴らせて、その時を待つ。

 

 

『……!!』

 

奥から神楽鈴の徘徊者が姿を見せる。

その瞬間にカメラを押して、フラッシュを焚いた。

 

「食らえ!!」

『……!?』

 

神楽鈴の徘徊者は手で能面を隠して怯む。

その隙をついて、私は全力で神楽鈴の徘徊者を蹴り飛ばして逃走する。

 

「快適!」

 

金メダルの効果は絶大だ。

いつもより、2倍ぐらいの速さを得ている。

このまま、戸を蹴破りながら回廊を走り回った。

その姿はまさに走り廻る徘徊者そのものである。

 

「えやぁ!!」

 

鍵がかかった扉すらも、タックルでぶち破って勾玉をかっ攫うことができた。

確かに要求数は増えたが、その分、こちら側がそれ以上の恩恵を得ているため、言うほど難しくなさそうだ。

 

現に、いま勾玉は3つも手に入れている。

同じ部屋にある2つのタンスから勾玉を2つ手に入れたからだ。

今の所、かなり好調だ。

 

「……徘徊者はいないよね? よし……!」

 

私はヒョコッと部屋から顔を出して辺りを確認する。

回廊を灯す燭台の光は変わらず、煌々と周囲を照らしていた。

それを見た私は全力で走り出した。

しかし、その行動が仇となる。

 

突然、視界が赤いノイズに覆われ、頭を殴られたような感覚に襲われる。

 

「ちょっ!?」

『いた、そこにいた……!!』

 

泣き声の主の声が聴こえた。

やっちまった。

走ったせいで泣き声の主に気づかれてしまった。

私は泣き声の主の存在をすっかり忘れており、迂闊に走ったことを後悔した。

だが、泣き声の主がいるということは、近くに勾玉があるという証拠でもある。

 

「さぁ、来い……!!」

 

泣き声の主は障子をぶっ壊して、私の方に突撃してくる。

だが、それをフラッシュによって妨害。

そのまま、私は走り出して台座に置かれた勾玉を掠め取った。

 

「4つ目!!」

 

私は走りながら勾玉を小箱に入れようとした……が。

 

 

─ゆーやけこやけでひがくれてー─

─やーまのおてらのかねがなるー─

 

 

「最悪なタイミングで……!!」

 

しかも、フラッシュが効かないやつ!!

私は動きを止めて、鏡を取り出した。

勿体ないと若干思ったが、私は転移する。

ただ、転移した瞬間に思ったことがある。

これ、童遊戯の徘徊者に他の徘徊者を集めさせてから転移した方がよかったのでは?

と。

 

「あーもう、おばかー!」

 

私は視界が真っ白になりながら、悪態をつく。

後悔先に立たず……。

だが、塞翁が馬と言うべきか。

転移した先は、ヒグラシが鳴き続ける勾玉のある比較的大きめの部屋だ。

 

「(っしゃ! いい所に転移した!!)」

 

私はガッツポーズをし、直ぐに木製のボックスをあけた。

そして、そこにあった勾玉を取った。

これで5つ目。

一応、これで祭壇前の扉を開くことができるが、深淵の回廊の血みたいな回廊の分の勾玉分も取っておこうと言う事で、勾玉を探し続ける事にした。

 

「……」

 

─カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ─

 

ヒグラシが止めどなく鳴いている。

私は携帯電話のライトを着けて、徘徊者がいないかを確認した。

ライトは煌々と前方を照らしていた。

 

「徘徊者はいないね……」

 

私はこの部屋から出る前に、近くにあったタンスを確認する事にした。

泥棒スタイルで下から順にあけてみる。

中にはトカゲの尻尾が入っていた。

 

「(お、いいのあるじゃん!)」

 

私はソレをリュックに入れて、部屋を出た。

 

─カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ─

 

ヒグラシが鳴いている。

ライトは点滅することなく、私の前を照らしていた。

無論、燭台の光も明滅している様子もない。

進むなら今のうちだろう。

 

「(このまま真っ直ぐ行って、勾玉があるか確かめてみよう)」

 

そう思ったその時だ。

 

 

─カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ!!!!!!─

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!?」

 

角から能面を被った巨大なヒグラシ(大きさでいうと走り廻る徘徊者と同じぐらいの大きさ)が姿を現し、凄い耳障りなヒグラシの鳴き声をあげて私に突撃してきた。

唐突過ぎる登場、しかも角から出てきた巨大ヒグラシに私は多分この世界では、初めてあげたであろう悲鳴をこの回廊中に聴こえるレベルで轟かせて、腰を抜かした。

 

「ちょっとぉ!!! イヤアアアアアアアアアア!!!!!」

 

完全に腰が砕けた私は、床を出来損ないの芋虫のように這いずる形で逃げようと藻掻いた。

情けない話、ちょっと涙目で恐怖に顔が歪んでいただろう。

だって、完全に油断してる状態で死角から大人と同じぐらいの蝉が出てきたら腰抜かすって!!

 

「イヤイヤ来ないでええええええええええええ!!!」

 

私の悲痛な叫びも、能面を被ったヒグラシの徘徊者になんて届くはずもなく、私はヒグラシの徘徊者の餌食となった。

だが、トカゲの尻尾切りを持っていたおかげで、私は徘徊者に殺られることは無く、別の部屋に転移された。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 

転移された場所は勾玉が近くに置かれている物置小屋のような場所だ。

私はその部屋にある行李に入って、張り裂けそうな心臓を治めた。

 

「(待って、あの時ライト点滅してなかったよね? 燭台の火だって……!)」

 

私は涙や鼻水をタンスに入っている着物で拭い、状況を整理する。

ライトも燭台も、徘徊者が近くにいることを知らせる点滅が無かった。

だのに、何故ヒグラシの徘徊者がいたのだろうか?

少しだけ考えて出た結論はこうだ。

 

ヒグラシの徘徊者が近づいても、ライトや燭台の光は点滅しない。

 

という事だ。

つまり、ヒグラシの鳴き声だけを頼りにしろと言うことになる。

そんなもんヒグラシが鳴いてるところだと判別不可能じゃん!

さっきみたいに!

もう本当にビックリした。

失禁しなかったのが奇跡だとさえ思える。

 

「(あー、替えのパンツとズボン持ってくれば良かったな……)」

 

予想もしてなかったくだらない後悔を胸に、私は行李を出て、タンスを確認する。

中には赤い液体が入った小瓶があった。

私はそれを飲んで勾玉が置かれている鍵が掛かった部屋目掛けて走り出し、タックルでぶち壊した。

 

「(六つ目!)」

 

この調子で勾玉を15個集める為、ヒグラシの回廊内を駆け回った。

 

 

2時間後

 

 

「(これで、15個目!! やっとだよぉぉホントに長かったぁぁ!!)」

 

私は鏡を使った先の近くにある、勾玉部屋で15個目の勾玉を手に入れた。

ヒグラシが鳴いているが、多分普通の鳴き声でヒグラシの徘徊者ではないだろう。

 

「(よし、あとは祭壇まで向かうだけね!!)」

 

私は一安心して、祭壇まで向かった。

このまま、祭壇に勾玉を納め、鏡の近くで奈落に落ちる。

前のようになるだろう。

そう考えていた。

だが、そうはならないと知らしめられる。

 

 

 

「(何でそうなる訳よおおおお!!)」

 

 

─あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ─

─あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ─

 

 

童遊戯の徘徊者に追いかけられていた。

やばい、このままじゃあ全ての徘徊者が呼ばれる。

私は奴らの死角に入り、そのまま小部屋へと逃げた。

正直、行李があればそこに入りたかった……。

 

「……」

 

私は息を殺して身を潜める。

いま奴に対抗する手段は、天狐の面の力を使い、勾玉を放出させることぐらい。

よくよく考えてみれば、これまだ試してなかった。

色々とポカをやらかしていることを悔やみながら、奴らが発狂してどこかへ行くのを待った。

 

「……」

 

 

─ママ助けてええええええええ!!!!!─

─パパのシチューが食べたいよおおおおおおおお!!!!!─

 

 

「ぐぅ……」

 

恐ろしい金切り声。

私は耳を塞いで蹲る。

この声ヤバいでしょ……!!

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

童遊戯の徘徊者の悲鳴を聞きつけた徘徊者達がワラワラとやってくる。

この徘徊者の力が地味にウザイ……。

私はこのままジッと、徘徊者達が去るのを待っていた。

しかし、タンスが目に入ったので、私は音を立てないように赤ちゃん歩きでタンスまで近づき、下からあけた。

なんか、大蜘蛛がいっぱい出てきたが気にせずに、中身を見る。

 

「(!? 鏡あるじゃん!!)」

 

鏡を取って、すぐにそれを使用した。

 

 

 

転移した先は、長方形の部屋だ。

前にはタンスが2つ配置されている。

私はそのタンスを見て、爆竹を2つ、光玉を1袋をリュックに詰めて、コンパス取り出して祭壇まで走った。

 

「(童遊戯の徘徊者に、他の徘徊者が呼ばれているから、今のうちに祭壇に!!)」

 

私は周囲の事を一切構わずに、コンパスが示す方向に全力で走った。

童遊戯のおかげで、徘徊者に一切会わずに祭壇近くまで行くことが出来た。

そして、祭壇のある場所まで……。

 

「……え?」

 

私は祭壇の部屋の前で立ち止まる。

……誰かいる。

 

祭壇の前に誰かがいた。

神楽鈴の徘徊者……みたいだけど……。

何かが違う。

生気が抜けたように項垂れて、着物には血痕らしき赤黒い模様が付着していた。

この徘徊者は右手に神楽鈴を持っているだけで鳴らしてすらいなかった。

そして……左手には平鎌と思われる農具を持っている。

 

アイツは……ナニ?

 

私は得体の知れない化け物の前に、全身から鳥肌が立った。

 

 

『……』

「!?」

 

私の存在に気づいたのだろう。

ゆっくりとこちらを振り向く。

 

 

『…け………せ、…し……る!』

「うっ!?」

 

能面から覗く赤く光る眼光を直視すると、キーーーーンとする耳鳴りと共に、視界が真っ赤なノイズに包まれる。

 

「この感覚……まさか……!!」

 

私は以前に感じたことのある感覚に恐怖を感じつつ、必死に携帯電話を取り出してフラッシュを炊いた。

 

『……!?』

 

フラッシュを諸に食らった神楽鈴の徘徊者?は両手で顔を覆って怯む。

私はその隙を付いてよろめく足取りのまま、祭壇まで向かい、5つの勾玉を納めた。

祭壇の後ろにあるヒグラシと思われる紋章がある扉が開き、私は頭を抑えながら走った。

 

 

『…………………!!』

 

後ろから神楽鈴の徘徊者?が走ってきているのが分かる。

私は床が抜けるところまで全力で走る。

 

『……………………!!』

 

神楽鈴の徘徊者?は左手に持っていた平鎌を私目掛けてぶん投げた。

 

「っ!!?」

 

刃物が肉に突き刺さる生々しい音が聴こえたと思いきや、私の脇腹辺りに激痛が走る。

それでも、諦めずに走った。

だが……。

 

「……!?」

 

床が抜けることは無く、鏡が置かれている所までたどり着いた。

辺りはロウソクや異様な顔を象った石等が祀られていて、神聖な場所であることが伺える。

いや、そんな事を感じている場合では無い。

後ろからは異様なオーラを放つ神楽鈴の徘徊者?が追いかけてくる。

 

私は意を決して、目の前に置かれている鏡に触れた。

 

『──────────!!!!!』

「!?」

 

私が鏡に触れた時、神楽鈴の徘徊者?は大声をあげて生み出した桑を鏡目掛けて投擲した。

 

鏡によって転移した瞬間に、その投げられた桑は鏡に命中し、粉々に砕け散った。

逃げられた事を悟った神楽鈴の徘徊者?から、ドス黒いオーラが溢れ、そのオーラはどこかへ消えていく。

 

抜け殻となった神楽鈴の徘徊者は、持っていた神楽鈴を床に落とし、崩れるように倒れ伏す。

 

 

 

あの時、最後に言った言葉……。

その声は1人ではなく、大勢の男性が一斉に同じ言葉を発しているようだった。

それは私の耳に強く残った。

 

 

『化け物を出せ!!! 殺してやる!!!』

 

 

 

 

 

 

鏡は映し出されたモノをだけを露にし、隠された世界の不確実性は、境界の向こう側に無限に広がる。

不確実性は可能性となり、あらゆる距離をも飛び越える。

 

だが、もし……その鏡を使った瞬間に割れてしまったら?

そうなれば、誰も知りない、知りえない、外の縁へと飛ばされてもおかしくはないだろう。

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

 




童遊戯(わらべあそび)の徘徊者
感知範囲:神楽鈴の徘徊者と同じ。
スピード:神楽鈴の徘徊者を少し遅くした程度。
発見時の速度:警鐘の徘徊者よりちょっと早いくらい。
危険度:★★★
危険度(修羅):★★★★

概要
学校帰りの小学生の姿をした徘徊者。
必ず男女一組で行動しており、夕焼け小焼けを歌っている。
発見すると─あそぼ─と連呼しながら追いかけてくる。
子供な為かスピードは結構遅い。
バリアを貼って、カメラのフラッシュを防ぐ事ができる。
一定時間以上、発見時の状態を保っていると発狂し、その回廊内にいる全ての徘徊者を呼び寄せる。
ぶっちゃけ大したことは無いが、とある徘徊者(うめぼし)がいると地獄と化す。

修羅だと、防犯ブザーを鳴らして追いかけてくる。

──────────────────────

ヒグラシの徘徊者
感知範囲:神楽鈴の徘徊者と同じ。
スピード:神楽鈴の徘徊者と同じ。
発見時の速度:神楽鈴の徘徊者と同じ。
危険度:★★★
危険度(修羅):★★★

概要
超巨大なヒグラシの姿をした徘徊者。
"ヒグラシの回廊"と"?域"にのみ存在するリージョン徘徊者。
虫嫌いには地獄以外の何モノでも無い。
─カナカナカナ─と鳴いて徘徊している。
近くにいてもライトや燭台の光は点滅しない為、鳴き声だけで判断しないといけない。

ヒグラシの鳴き声が鳴いている場所では、被ってしまい非常に聞き分け辛い為、注意が必要。
それ以外は神楽鈴の徘徊者と同じ。


──────────────────────


神楽鈴の徘徊者?
感知範囲:不明
スピード:不明
発見時の速度:不明
危険度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

概要
正体不明。
絶対に会ってはいけません。

目を合わせただけで呪い殺されてしまいます。
また、持っている農具を投げつけて物理的にも殺してきます。

全ての攻撃が通用しません。
カメラのフラッシュで怯ませれば多少の時間稼ぎはできると思われます。

この世界に対して、想像を絶する程の怨念を抱いています。
絶対に近づいてはいけません。
少なくとも『徘徊者や人間風情』では勝てる相手ではありません。
どれだけその人間が強い魂を、持っていようとも不可能です。
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