Shadow Corridor 回廊に迷い込んだ1人の少女 作:楠崎 龍照
明かりで周囲を照らしたが、そこは今まで私が見たことの無い回廊だった。
「どういうこと?」
前とは全く別の回廊を前に不安になりつつも、引き返すことは出来ない故、外縁の回廊へ足を踏み入れた。
だが、この回廊には怨念蠢く存在が支配していた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」
私は床に座り込み、脇腹に突き刺さった平鎌の柄を持って、一息つく。
「うっ……ぐぅ!!」
そして、勢いよく平鎌を引き抜いた。
肉の生々しい音が耳を舐め、全身に裂ける痛みが襲いかかる。
「い……たぁ……!!」
赤い血がポタポタと滴る。
私は必死に傷を抑えて出血を止めようとした。
だが、天狐の面の力は驚くべき程で、開いた傷も瞬く間に閉じ、出血も完全に止まった。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
私は台座にもたれ掛かり、息を整えた。
まさか、過去に戻ったらこんな訳の分からないことになるとは……。
「参ったなぁ……」
私は苦笑いする。
自分から行くと言った手前、投げ出すこともできない。
だが、まさか過去に戻っただけで予想していない出来事が幾つも起こるなんて、誰も予想できないだろう。
「……ちょっとだけ、ここで休憩しよう……」
だが、来てしまったものは仕方がない。
今は、体に伝わる疲労感を掻き消すため、ここで少しだけ休憩を取る事にした。
私は目を瞑る。
意識は混濁していき……。
夢の扉を開けてしまう。
「ねえ、皆遊ぼうよ!」
藍色の着物を着た少女は元気よく山の梺まで降りてきた。
手には大量の山菜や果物を抱えていた。
「あ、ヒバナちゃんだ!」
「ヒバナちゃん!遊ぼう!」
「おう! 遊ぼうぜ!!」
ヒバナと呼ばれる少女の姿を見た、少年少女は笑顔で受け入れた。
「今日もいっぱい持ってきたの! 皆にあげる!」
ヒバナは笑顔でそれらを村の同年代の子供達に振舞った。
子供達も笑顔で「ありがとう!」と言って受け取り、ヒバナと共に楽しそうに、昔ながらの遊びをしていた。
「あ、ヒバナちゃんが鬼ー!」
「皆隠れろー!」
「んふふ! じゃあ、行くよー! いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお!」
「……」
「……」
だが、子供達の様子を遠くから見ていた大人達の表情は穏やかではなかった。
「あえ……?」
私は目を開けた。
あ、やば……寝てた。
私は天狐の面を脱いで、ヨダレを拭い、パシパシする目を擦った。
「何の夢……?」
私はさっき見た夢を思い返す。
あの女の子、ヒバナって……。
……。
さっきの夢は、ヒバナの過去の……?
あんな可憐で可愛く元気な女の子が……。
「……」
私は立ち上がり、部屋から出た。
戸を開けると、目の前の開かずの窓から夕日が差していた。
柵から下を覗いてみると、水が張っていて奥に続く道があった。
「降りる感じか……また濡れる……」
失禁どうこうじゃくても、普通にパンツ持ってくれば良かった。
それか水着。
「(むー、やってしまったなー……)」
私は再び後悔をしながら、下に降りる場所を探そうとした。
まず、近くにあった戸を開けようとするが、堅く閉ざされており開ける事ができない。
「……」
私は助走をつけて、思いっきりタックルをかました。
扉はバゴンと音を立てて吹っ飛ぶ。
私は勢い余って地面に転げてしまった。
「いたた……」
立ち上がり、前を見るとそこにあったのは、ヒグラシの回廊で見たことのある、大きな勾玉が置かれていた。
「……ここにも、この部屋あるんだ」
私は台座に置かれている大勾玉を手に入れた。
……血痕(霊魂の淵叢)であった場所、絶対にあの奥に何かある。
あそこまで絶対に行かないと!
……行けるか不安だけど……。
「とりあえず、この回廊から抜け出さないと……!」
私は真っ直ぐな廊下を歩いていると柵がない場所があり、そこから水が音を立てて滝のように流れていた。
「あー、結局濡れるやつかぁ……水着かパンツゥ……」
そう言ったが仕方がない。
私は水に濡れながら飛び降りた。
バシャンと水が跳ね、下半身どころか全身がびしょ濡れになった。
一応、リュックサックや、中に入っている入れ物は全部完全防水のやつなので、大丈夫ではあるが……。
「わっ、冷た……!!」
足から頭に伝わる冷たい感覚に私は驚く。
私は足が水に浸かりながら、上から見えた場所まで向かう。
その場所につくと、台座の上に鏡が置かれていた。
私は迷わず鏡に触れる。
「少しだけ明るいところに着た……」
そこは六畳の部屋だ。
タンスが2つが壁の端に置かれ、行李がある。
私はタンスを即座に確認し、使えそうなカメラ、爆竹、長靴を手に入れた。
……びしょ濡れで少しばかり気持ち悪い……。
私はリュックを開けて、何か無いかと確認した。
すると……。
「え、水着あるじゃん!? なんで!?」
リュックサックのサイドポケットには、競泳水着と替えの服らしき物があった。
そして、その服には1枚の紙があった。
紙にはこう書かれてある。
多元宇宙一大好きなアリスへ?
帰ってきた時、全身に水が付着した痕跡と、水の香りがありました〜?
恐らく、あの幽世にて水責めにあったのだと考え、私から防水性のある水着と服を用意しておきます〜?
もし、見つけたら着てみるといいですよ〜?
あ、競泳水着なのは、私の趣味です〜?
後でハイレグが深いとか言わないでくださいね〜?
文句は一切受け付けませんのであしからず〜?
必ず生きて帰ってきて、その水着を私に見せてくださいね〜?
─ルキア─
と、パソコンで書いたのでは無いのかと疑いたくなるレベルの綺麗な字で書かれていた。
その文面を見た私は少しだけ涙腺が緩みつつ、苦笑いをしてしまった。
それに文面でも語尾に「?」が付くのね。
「ありがとう、ルキア」
私は静かに感謝し、早速びしょ濡れになった服や下着を脱いで───。
─シャン……シャン……シャン……シャン……シャン……─
─ドタドタドタドタドタドタドタドタ─
「(あー、まじかー……)」
ていうか、やっぱりいるよね。
神楽鈴と走り廻る徘徊者。
この2人は回廊の定番ね。
そう思いつつ、私は急いで行李の中に避難する。
とりあえず、この中でルキアから貰った服を着ようと考えた。
「この競泳水着、絶妙にキツイ……。ホントにルキアの趣味じゃん」
競泳水着を着て、その上に服を着た。
服を着替え終えた時には、徘徊者達はどこかへ行ったようで、静寂に包まれている。
「よし、それじゃあ、勾玉も持ってる事だし、コンパスも持ってるし、さっさとゴールに向かおうかな」
行李から出てコンパスを取り出した私は、指針の先に向かった。
「えーと、こっちか」
私は部屋を出て廊下に出る。
回廊にしては珍しく結構明るい場所だ。
柵から身を乗り出して上空を見ると、空が見えた。
「……ん?」
私はその空模様に違和感を覚えたが、気のせいだと感じ、コンパスの指針を示す場所へと歩く。
渡り廊下を歩き、1つの戸を開けて中に入る。
「雰囲気的にはヒグラシの回廊っぽいな」
壁や天井を見ながら歩いていると、ボロボロの障子の横にオープンラックが配置されて、そこに赤い液体の小瓶があった。
しかも、そのオープンラックに襖が横たわるように置かれており、徘徊者の死角になっている。
「(小瓶!)」
小瓶を取った私は、コルクを抜き、リュックから空っぽの水筒を取り出して、赤い液体を全部水筒に入れた。
ぶっちゃけ、小瓶のまま持ち歩くより、水筒に入れた方がいい。
まぁ、天狐の面を被ってる私には、この赤い液体はいらないと思うが、念の為ね。
あと空っぽになった小瓶もついでに持っていく。
「さて、徘徊者の気配は……なさそうね……」
携帯電話のライトを使い、徘徊者の気配を探り、安全だと判断した私はボロボロの障子を開けて、回廊の奥へと進む。
途中に他の道があったが、コンパスの針を見て前身する。
「なんか……ヒグラシの回廊と深淵を足して2で割ったような回廊だなぁ……」
私は名も無き回廊を見ながら呟きながら、戸を開けた。
「何ここ?」
私は外縁のような所についた。
屋敷が明るく照らされて、ヒグラシがカナカナと鳴いている。
外はちょっとした中庭のような感じになっており、今までの回廊とは一風変わった場所だった。
だが、私はそれよりも一番に気になった事があった。
私は柵から飛び降りて中庭に出て、空を見上げる。
「やっぱり……!」
さっき感じた違和感に間違いないと感じた。
巨大な金魚になったヒバナの母に追いかけられた時の空模様は、夕焼けに真っ赤に染まっていたのに、今私がいる空は、薄青い晴れ模様になっている。
「どういうこと……」
アリスが転移した瞬間に、不気味な神楽鈴の攻撃で鏡のガラスが割れた為、この幽世から遠く離れ、常世に限りなく近い、まさにこの世界の外縁とも言える場所に飛ばされたのだ。
そんな事は露とも知らないアリスは、無駄に不気味な感情に苛まれる。
「……え、こわ……」
私はボソッと呟いて、屋敷に戻ろうとした。
どこからか、泣き声の主の声が聴こえた為、抜き足差し足忍び足で戻った。
「……」
私は部屋にあるタンスや棚から、アイテムを探した。
……何この葉っぱ……。
小皿に丁寧に乗せられた緑色の葉っぱを手にした私は訝しげな表情で見つめる。
「大麻? 麻薬?」
まず初めにそれらの単語が思い浮かんだ。
だって、見た感じが明らかに……うん。
「いや、この端末で見よう」
私は携帯端末を取り出して、葉っぱを写した。
その説明文が画面に表示される。
緑色の葉っぱ
緑色をした何かの葉っぱ
スタミナの回復速度が大きく上昇する。
噛み続けていると、爽やかな香りが口いっぱいに広がる。
「何かの葉っぱ……って……」
これを見ても、葉っぱ自体は分からんのかい!
ただ、この説明文を見た感じ、麻薬では無いようだ。
私はこの葉っぱもリュックに入れる。
「後は……何じゃこの長靴……」
オープンラックをみると、長靴が置かれていた。
それも携帯端末で確認する。
厚手の長靴
丈夫な厚手の長靴
水場でも通常の速度で移動できるようになる。
また、足元のダメージから身を守ることができる。
濡れた足場でも滑りにくく、寒さや害虫などから足を保護する。
「おー、これいいね!」
私は厚手の長靴を履き替えた。
少し音が気になるが、まぁ大丈夫だろう。
「後は、爆竹と鍵、光石か。いいねー!」
それら全てをリュックに放り込む。
その時だ。
─シャン……シャン……シャン……シャン……シャン……─
神楽鈴の音が聴こえる。
あぁー、面倒くさいなぁ……。
私はさっき拾った爆竹を取り出して、それに火をつけ、窓から外に放り投げた。
「(……)」
念の為に私は、カメラを取り出して構える。
ていうか、このまま
そう感じた私は、奴が外に出たのを確認してから足音をなるべく立てずに、このエリアから離れた。
幸い、私の足音は爆竹の音に掻き消され、奴が私の存在に気がつく事は無かった。
「……この回廊……何か変だな……」
私は疑問を呟きながら、急いで別のエリアへと走る。
コンパスの針に向いている方向を進んでいると、下りの階段に差し掛かった。
私は嫌な予感がし、ため息を吐く。
「え、マジ?」
血痕もどきの回廊パターン?
私は恐る恐る下に降りた。
地下は当たり前だが漆黒の闇に包まれており、ライト無しでは何にも見えない。
「うわぁ、何このヒグラシの回廊と深淵の回廊と
こういう回廊ってホラゲーだと全クリした後のスペシャルステージ的な立ち位置じゃないの?
私はあまりの絶望に素っ頓狂な事を心の中で感じつつ、地下を歩いた。
床は木造ではなく完全な土で出来ている。
……だから何だと言う話だけど……。
ダメだ。
あまりのショックと絶望に頭がおかしくなっている。
「……そもそも、これゴールあるのかな……?」
私は、ふと思ってはいけないような事を頭に浮かんでしまった。
いや、ある。
絶対にある。
そう思わないとやってられない。
「……うわぁ、水が流れてる……」
しばらく歩くと、水の流れる音が聞こえてきて、地面が浸水している場所にたどり着いた。
コンパスを見ると、浸水している廊下に向いている。
「水着着ててよかった。ルキア、ホントにグッジョブ!」
私はルキアにグッジョブをして、水に浸かった。
長靴のお陰もあり、私は濡れることなく浸水している廊下を歩く事ができた。
「徘徊者の音、聞こえないな……」
歩いている時に、ふとそんな事が頭に浮かぶ。
よくよく考えてみれば、今のところ神楽鈴の徘徊者、走り廻る徘徊者、そして声だけだが泣き声の主。
この3体しかいない。
忍び寄る徘徊者や、警鐘の徘徊者、錫杖の徘徊者、童遊戯の徘徊者等に遭遇していないのだ。
この回廊にはいないのかな?
「あ、よかった。登り階段がある」
コンパスの記す先には階段があり、1階に上がる事ができた。
「わっ!? 凄い!!」
1階に上がった直後に見えた景色に私は思わず声をあげた。
私の目に広がる光景は、薄青い晴れ模様の中に緑生い茂る山々が見えた。
しかも、その山々を見下ろせる様な光景に、私は思わず見蕩れてしまった。
ただ、あの山々もかなりの標高をしていそうなのに、それをも見下ろせるとは、ここの回廊?城?はどれほどの高さなのだろうか?
「ていうか、この
行ってみたいような行ってみたくないような……。
……本当にここは何なの?
謎が深まるばかりだ。
そんな時だ。
─ドタドタドタドタドタドタ─
走り廻る徘徊者の足音が聞こえてくる。
私は急いで近くにある部屋に避難して、奴がどこかへ行くのを待った。
─くぁwせdrftgyふじこlp─
走り廻る徘徊者はブツブツと訳の分からない言葉を発しながら、所構わず破壊し尽くしてどこかへ走っていった。
「……行ったかな?」
私はゆっくりと扉を開けて、再度歩き始めた。
『…………………………………………』
地下やら1階やらを歩き回っていると……。
「わー、今度は何ここ……?」
歩いていると、今度は珍妙奇天烈にも程がある場所にたどり着いた。
そこは中心部がポッカリと大きく開けた場所だ。
近くにある柱を掴んで下を見ると、結構深い。
……何この巨人専用ぼっとん便所みたいな所。
何の用途があって、この場所を作ったの?
多分、この回廊で1番意味不明な場所かもしれない。
「……」
いま私は地下にいたので、1階へとあがった。
……このぼっとん便所みたいなエリアからしてみれば、地下もクソもない気がするが……。
「あれ?」
1階に上がった時、私は窓から見える奥の部屋に緑に光る物が見えた。
もしかして、勾玉?
別にいくつあっても困るものでは無いし、念の為に取っておこう。
そう思った私は走ってその場所へと向かった。
扉があったが、どうせ鍵が閉まってるだろうと思い、タックルでぶっ壊す。
そして、その扉の先の部屋に勾玉があった。
「よし、勾玉ゲット!」
笑顔で勾玉を手にした。
その時だ。
『ぐぅぅああああああああああああああああああああああ!!!!!』
「……!?」
地中から這い出るような男性の断末魔が、この回廊を響かせた。
私の全身に鳥肌が走る。
悪寒、嫌な汗が滲み出た。
更に薄青い晴れ模様の空が、一瞬にして血のような赤い色に変貌した。
夕焼けなんかじゃない。
本当に赤い、不気味すぎる赤色に変わったのだ。
回廊の壁が赤い血の色に染まる。
誰がどう見てもただ事でない事態に、私は恐怖からか少しだけ涙目になった。
「……こ、れ……」
私は本能で感じ取れた。
憎悪振りまく影と、同格……いや、それ以上の存在が来ている。
私は急いでその場から離れた。
コンパスをチラ見しながら、針の示す方を全力で走る。
怖い。
ただただ怖い。
「逃げ、ないと……!!」
全力疾走だった。
だが、必死に走る私の前に、ソレは現れた。
「ひっ……!?」
私は立ち止まり、後退る。
『化け物を出せ!!! 殺してやる!!!』
ソレは、異形の怪物としか言い様がない姿をしていた。
1人の人間の体に複数の歪み、憎悪や苦悶に満ちた顔が生えていて、多数ある腕には桑や刺股、鋤といった昔に使われていただろう農具を持っていた。
『残忍な化け物め!!』
「……ぐぅ、うっ……ギィィ……!!」
憎悪振りまく影のように、私の視界が赤黒くノイズ掛かったようになり、耳鳴りも酷くなる。
私はヤツの見ないようにしながら、先程手に入れた勾玉に力を込める。
天狐の面の力を見せる時だ。
「……くらえ!!」
私は勾玉を放出した。
すると、その勾玉は緑色の残光を走らせながら、弾丸の如きスピードで化け物へと飛んでいき……。
『うぐぁああああああ!?』
奴に直撃した。
化け物は、断末魔をあげて怯む。
今だ。
私は全力で化け物の横を通り抜けた。
逃げないと、本当に死ぬ。
恐怖に精神を蝕まれつつも、全身全霊で逃げた。
しばらくすると、後ろから男の声が聞こえてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
コンパスを横目に一心不乱に走る。
その甲斐あってか、私は祭壇まで辿り着くことが出来た。
「やった。着いた……!!」
私は半泣きの状態で笑顔を浮かべ、勾玉を5つ祭壇に乗せようとした。
「え……?」
ごッ!っと鈍い音が聴こえたと思いきや、私の頭に激痛が走り、気がつけば私は壁まで吹っ飛ばされていた。
「……?」
何が起きたのか、理解するのに数秒かかった。
『村の子供に手をかける残忍な化け物め!!』
私は、あの化け物に後ろから桑で後頭部を殴られたのだ。
最悪な事に、殴られた衝撃で天狐の面が頭から離れてしまった。
これでは治癒ができない。
『殺してやる!!』
化け物が近づいてくる。
にげないと
私は立ち上がろうとしたが、足に力が入らず立ち上がる事が出来なかった。
更に頭痛と吐き気まで襲ってくる。
「……ぁ……ぁあ……」
視界が赤黒く染まる。
意識が呆然としていく。
『殺してやる!殺してやる!!』
化け物は鉈や刺股で私の全身を殴り始める。
もう、痛みは感じなかった。
「や……え……」
呂律が回らない中で、私は必死に叫ぶ。
だが、化け物は私を殺す事をやめなかった。
『こうすれば、お得意の神通力は使えまい!!』
突如化け物はそんな事を叫んだ。
すると、先程まで殴打していたのを止めて、私の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「……ぁ」
体が動かない。
抵抗できない。
終わった。
化け物は刺股を持って、光を失った私の眼に向けて突き刺そうとした。
「……」
意識が消えかけている私には、何が起きているのか理解できない。
ただ、これだけは分かった。
もう、私は死ぬのだと。
みんな……ごめん……。
救えなかった……。
だが、アリスの死を……あの神々が許すはずがなかった。
アリスが死ぬ瞬間、彼女のリュックに入っていた白玉が突如光り輝いた。
『……!?』
これには化け物も驚き、突き刺すのを中断した。
そして、リュックから出てきた白玉は1つの存在に形を成した。
『……』
背中から翼のような鰭を生やし、両肩に真珠の意匠が見られ、二本足で立つ神々しい姿をした龍。
だが、それは少し薄くノイズが走っている。
空間の神龍ルキアの分体である。
ルキアの分体は、怒りに満ちた形相で化け物を見た。
『なぁ、私達のアリスに手を出して……どうなるか分かっているんですよね』
普段のルキアからは想像もつかない、低く冷たい声で化け物に問うた。
『化け物が遂に本性を見せた!! 残忍な化け物め!! 殺してやる!!』
それでも、この光景を見た化け物は狂ったように叫び、ルキアの分体に鎌を振り下ろした。
『黙れ。喋るな。あの世に堕ちろ』
それを見たルキアは、振り起こされた鎌を右手で払い除け、化け物の腹に左ブローを入れた。
─空破─
『!?』
左ブローを入れた時、そこの空間にガラスが割れるような音ともに空間に大きなヒビが入った。
『……邪魔だ
ルキアの言葉と共に空間が割れ、漆黒の空洞が姿を見せた。
そして、強烈なブローを食らった化け物は、漆黒の空洞の中へと吹き飛んだ。
それを見届けたルキアは開いた空洞を閉じて、アリスの元へと向かった。
『……』
意識不明の重体……ほぼほぼ死に浸かっている状態のアリスに、ルキアは直ぐに天狐の面を被せた。
『無事でいてくださいね〜?』
いつもの口調に戻ったルキアの分体は、アリスの体に触れて、神の力で回復を早めた。
「あれ……?」
私は目を覚ました。
……確か、私……あの化け物に殴られて……。
モヤがかかっている記憶を必死に思い出そうとする。
結果……。
「あれ? 私死んだ?」
頬を抓る。痛い。
後頭部を摩る。痛くない。
近くにあった燭台の火を触れてみる。熱い。
「死んでない……?」
何が起こったの?
何で生きているの?
私はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、この世界に入る前に神様達から宝石を貰ったのを思い出し、リュックを漁った。
「あれ? ルキアから貰った白玉がない!」
白金玉と金剛玉があったのだが、白玉が無かった。
……私は神様達に言われた事を思い出す。
『1度だけ死を身代わりにしてくれますよ〜?』
「ってことは、死ぬところをルキアの白玉が身代わりになってくれたのかな?」
私はそんな結論を出した。
でも、どうして、あの化け物がいなくなったのだろうか?
いや、いなくていいけど……。
「考えても仕方ないか!」
今、私はこうして生きている。
それで十分だ。
あの化け物には二度と会いたくない。
憎悪振りまく影と、あの化け物をどちらに会いたいかと言われたら、迷いなく憎悪振りまく影を選ぶ。
私は勾玉を祭壇に納め、開いた扉の奥へと足を踏み入れた。
「……」
まさか、あの化け物が出てきたりしないよね?
警戒心MAXの私は拳を固めて、目の前にある扉をゆっくりと開けた。
「……!」
さっき見たような、この世界を展望できる場所に出た。
あの化け物が出た時のように、血のような赤い空ではなく、薄青い晴れ模様に戻っていた。
「……綺麗」
私はボソリと言葉が漏れた。
さっき見た景色よりも近く感じた。
青い湖が見えて、巨大な山の頂上には雲が掛かっていた。
「……ホントに何なんだろう、この回廊……」
私は肘を柵に着いて、この壮麗な景色を眺めながら言葉を漏らす。
しばらくして、私の後ろにあった台座に置かれている鏡に触れて、この場所から抜け出した。
『……………………………………』
時が少しだけ遡る。
『……あれ? これ……』
反転世界で捜索していたギルティアは、突如空間に異常が起こった事に気がついた。
その空間は異様の一言で、あの世に限りなく近い場所に歪な丸い空間が形成されていた。
油を垂らして円状にした後に、円の端に水を少しだけ滴らせたような感じだ。
そして、その空間に1つの魂が見えた。
『……もしかして……!!』
ギルティアはまさかと思い、空間に穴を開けてディアルナとルキアを無理矢理引き連れた。
『わ〜、どうしたんですか〜?』
『いきなりはビックリするからやめて欲しいなぁ』
『ねぇ、この空間にいる、この魂って……』
異議を唱える2柱を無視するギルティアは、それをを指さした。
その指さす先を2柱の神も眺める。
すると、2柱は目を丸くして驚いた。
『え、アリス?』
『アリスちゃん!?』
歪んだ空間の中に、アリスに瓜二つの魂があった。
その魂を見た二柱は目に見えてテンションが上がる。
『いましたね〜?』
『うん! よかった!』
喜ぶ二柱が、ギルティアは深刻な表情を見せた。
『でも、ここにどうやって入るか……ですよ』
その言葉に、先程の喜びが消え去り、お通夜ムードになる二柱。
『ホントですね〜?』
『自分の無力を呪うよ……』
『……』
三柱は、神でありながらも自身の無力に嘆きながら、アリスの魂を眺めるしか無かった。
続く
怨念蠢く影
感知範囲:不明
スピード:不明
発見時の速度:不明
危険度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
概要
正体不明。
絶対に会ってはいけません。
目を合わせただけで呪い殺されてしまいます。
また、持っている農具を用いて物理的にも殺してきます。
全ての攻撃が通用しません。
カメラのフラッシュ、勾玉の放出で怯ませれば多少の時間稼ぎはできると思われます。
この世界に対して、想像を絶する程の怨念を抱いています。
絶対に近づいてはいけません。
少なくとも『徘徊者や人間風情』では勝てる相手ではありません。
どれだけその人間が強い魂を、持っていようとも不可能です。
また、回廊内に彷徨う徘徊者の魂を抜き取り、その身体を乗っ取って回廊内を彷徨くこともあります。
怪しげな徘徊者がいた場合、挑もうと思わずに絶対に逃げてください。