宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》 作:朱色の空☁️
次元波動理論をその身に宿し、その神髄を授かり、その身を波動エネルギーに適合させた神殺しの船2隻。
溢れ出すエネルギーが未制御の波動防壁と化し、攻撃は塵芥となり、この大宇宙に存在を示すその姿は、もはや神が憑いたナニカと例えられるだろう。
「前方白色彗星、距離250000!」
「デスラー艦長、行きますぞ!」
「あぁ……!」
舵輪を掴み、艦長帽を目深に被り、機関長に目を配る。
「ドライヴの面倒はキッチリ見ております。人類の力、思う存分に振るってやってください」
「感謝する。デウスーラ・エアレーズング、発進。AAAWunderへ続け!」
メインノズルから鋭く細く青白い噴射炎が吐き出され、艦隊を押し出していく。
それは微速、半速、原速、強速と突き動かしていき、視界の先にある滅びの方舟へ向かっていく。
人類の存亡を賭けた戦いが、今、始まった。
______________
光の速度は、秒速29万9792.458キロメートル。
これは一切の歪みの無い通常空間で「通常物質で構成された物が発揮できる最高速度」であり、この原則が崩れることはない。
だから人類は超空間航行で「空間を歪める」ことで、光の速度を突破しているように見せている。
ワームホールで2点間に直通通路を作り出し、光の速度でも時間のかかる距離をショートカットしているに過ぎないのだ。
だがNHG級は、その原則の外側に踏み出した。
4隻の神殺しが、光を追い抜いていく。
否、AAAWunderとデウスーラ・エアレーズング、2隻の筈だ。
そう、実体として飛んでいるのは2隻のみ。
後続の2隻は残像、超光速に達した2隻に追いつけない光の残光だ。
通常空間を歪めるのでもなく、ワームホールに頼るのでもない。
嘗てアインシュタインが唱えた「光速は変わらない」という原則が適用される
すなわち、
「次元イナーシャルキャンセラー全開! 現在、光速の1.01倍で航行中!」
木星宙域から飛び出し、青白い艦体となったAAAWunderとデウスーラ・エアレーズング。
その両舷に取り付けられた異形のオーバードウェポンを展開すると、小さな小羽が生えたような姿となった。
しかしそれは羽などという可愛いものではない。
設計局が生み出した「全てを焼き尽くす暴力」だ。
「マルチプル・バルス用意!」
第2船体、中央船体、そして艦尾に取り付けられた「それ」が稼働を始め、扇が広がり始める。
扇の骨に当たる部分から48センチVSPSC____小型ローエングリンと
ユニット1つに扇が5枚で計65門、それを両舷で1セットとなり130門。
これを3セット装備する事で390門。
第2世代艦艇用のオーバードウェポンとして考案されたはいいが、「1対多数で絶大な威力を保証するがそれ以外の全てが壊滅的すぎる」ためにボツとなった。
しかし、原初ツインドライヴの莫大なエネルギーと「僚艦がただ1隻」の状況がこの危険物の使用を可能とし、この桜花作戦に投入される事となった。
「マルチプル・バルス1番から6番、エネルギー充填80%」
「12時方向33光秒先、カラクルム級多数を確認。射程圏内まで約30秒!」
「デウスーラのマルチプル・バルス展開を確認!」
互いの艦底を合わせるように陣形を変え、デウスーラもマルチプル・バルスを展開した。
莫大なエネルギーを吐き出しながらも、それでも尚余るエネルギーがマルチプル・バルスに注がれていく。
全390門の砲身から光が溢れ始め、それは放たれた。
「全方位射撃開始ッ!!」
2隻合わせて780門、一撃でカラクルム級を撃ち抜けるレベルの豪雨が宇宙に生まれた。
誓って言うが、これは主砲だ。
対空兵装の様に数をばら撒く物ではない。
主砲である。
そして恐ろしい事に、
つまり放たれたのは亜光速に迫る陽電子ではない、光速を超えた波動エネルギーだ。
波動エネルギーに適合した艦体から飛び出したそれは、陽電子などという
「う"わ"っ!?」
咄嗟に船外服のヘルメットのシールドを下げるが、余りの閃光にスクリーンから目を逸らした。
波動砲並みの閃光が暗く冷たい宇宙を焼き、数百にも上る爆炎が花火のように広がっていく。
全長500mを超えるカラクルム級が、1000mを超える巨艦アポカリクス級が、ナスカ級が、ククルカン級が、ラスコー級が、メダルーサ級が、イーターⅠが、たった2隻の圧倒的な暴力の前に消え失せた。
さらに周辺の空間が帯電し、雷雲のように辺り一面に放電を撒き散らしていく。
七色星団を思い出す程の荒れ放題の宙域を生み出し、彼らの戦場は何人たりとも寄せ付けぬ魔の領域となってしまった。
何の悪戯か、その力はイスク・サン・アリア条約で固く禁じられた「発展型波動砲」であり、嘗てAAAWunderに向けられた「拡散波動砲」に相当する物であった。
「進路上の敵艦隊消滅!!」
レーダー上で敵艦のマーカーがごっそりと消えて森が叫びに近い声を上げ、光速を超えた神殺しはさらに力を吐き出していく。
「全砲門、オーバードウェポン、スタンバイ!」
艦体各所に増設されたアタッチメントに取り付けられたローエングリンにどっとエネルギーが流れ込み、ものの1秒で発射態勢に入った。
主砲、副砲、オーバードウェポンが個別に発射範囲と余るほどのエネルギーが振り分けられ、掃討準備に入った。
光速を超える今はまともに狙って当てる事ができない。
だから、それに舌を巻くリクとハルナは、後先考えずに吐き出す事にした。
「目標、目の前の全部!!」
「いや雑だな!? ああもう射撃範囲固定!!」
2人の目の前にホロスクリーンが表示され、意思1つで射撃範囲が固定されていく。
照準を合わせるのではなく広範囲を押し潰す様に範囲を指定していくが、もたもたしていたら超光速が状況を塗り替えていきやり直しになってしまう。
残念なことに、超光速時に実弾兵器は使えない。
波動エネルギー適合状態ではない物質は超光速を超えられず、ミサイルや魚雷を撃っても発射管から外には出られないのだ。
「撃てぇぇぇえええッ!!」
きっと誰も意図したものではない。
誰も想定して設計したものでもない。
ただ、そっと祈りを込めただけだ。
だが、「波動エネルギーが放たれますように」と願ってはいない。
艦体からひたすら排出される波動エネルギーが主砲へ流れ込み、陽電子ではなく波動エネルギーが放たれた。
「重力勾配の異常変動検知! 波動砲とは比べ物になりません!」
「周辺空間のエントロピーに大規模な変化を確認しています。低エントロピー、極めて非平衡状態になっていきます!」
滅茶苦茶な折れ線を示す勾配グラフに新見が「轟音」に負けない大声で報告を上げた。
原初ツインドライヴの余剰次元振動が適合状態物質を伝い与圧空間で放たれ、空気の振動となったのだ。
「第2波来ます!! 総数2000!」
「両舷波動砲用意! 超光速を維持しつつ、敵艦隊を突破する!」
迷うな、断ち切れ、人類の未来は自分達の双肩に乗っている。
覚悟を示せ、それが例え、遥か未来の災厄となろうとも。
切り開くのだ、未来を、明日を。
「バーガー! ノイ・デスラー砲発射体勢!」
輝く艦体にぽっかりと空いた艦首砲口、そこに太陽と見間違うほどの光球が生まれた。
溢れ出る波動エネルギーが、まるで魂が還るように吸い寄せられていき、黄金と化した。
世界が、光に包まれてゆく。
幻想とも呼べるその「神すら殺しうる力」、バーガーは力強くコッキングレバーを引いた。
(腰引けてんじゃねぇぞ俺! コダイもムツキのバカップルもその娘も撃ってるんだぞ!?)
「目標、AAAWunderと同期! 対ショック対閃光防御ォ!」
「撃鉄用意、エネルギー充填完了!」
『バーガー、いけるか!?』
「当たり前だろうが! ノイ・デスラー砲、撃てェアッ!!」
神殺しに違わぬ咆哮がカラクルム級を抹消し、続いてAAAWunderが放った二条の光も、残されたものを何一つ許さず消し飛ばした。
もはや、それは兵器による破壊ですらない。
存在そのものを消し飛ばし、宇宙に定められた法則すら書き換える何か。
一つ間違えれば、災厄となり得る。
神にも等しい力を宿しながら、その神を殺すために生まれた二隻の艦。
だが──。
その手綱を握るのは、人間だ。
怒りもする、恐れもする、迷いもする。
それでも、自分たちが何のために力を振るうのかを忘れない。
だからこそ、神殺しは神にはならない。
人間の手に握られている限り、神殺しはヒトの枠から完全に外れることはない。
「彗星に突入します!」
眼前に迫る白い闇、白色彗星。
アケーリアスが遺したとされる破壊兵器であり、文明リセット装置である滅びの方舟は、その見えざる手を伸ばしていく。
超指向性重力場__小惑星を容易に砕き、ありとあらゆるものを吸い寄せるそれのど真ん中に飛び込まんとするAAAWunderとデウスーラ・エアレーズングは、その背後に従臣を従えた。
「「スーパーチャージャー起動ッ!」」
2隻の幻影とと呼べる量子仮想体が出現し、6隻ずつ従え光を置き去りにしていく。
宇宙で最も速いと名高い光を追い抜き、空間衝撃波が高圧ガスを怯ませる。
だが数の暴力を思い知れとガスはうねり、超光速を止めるべく行く手を阻む。
このまま突き進めば、如何に原初ツインドライヴ艦と言えどもひとたまりもないだろう。
だがしかし______
「航路情報よし!」
「ワープ!」
量子仮想体の1つが実像に重なり、1秒も待たずにワープ体勢に入った。
眼前を防がれようが、タコ殴りを仕掛けられようが、事前に目の前を観測できればどうとでもなる。
考える役は地球が担ってくれている。
神殺しと地球を結ぶ超空間通信が周囲の状況を絶えず送受信し続けることで、突発的なワープすら可能としているのだ。
そのまま超光速でワームホールに突っ込み、大荒れの重力場がガス雲の動きを乱した。
酷く熱せられたように沸き立ち、赤熱し、制御から引きちぎられたガスが散っていく。
阻むがよい、全て轢き潰してしんぜよう。
ワープアウトした2隻は超光速を維持し、更にマルチプル・バルスを放った。
もはや「1人波動砲艦隊」であるNHG級が2隻、あらゆる妨害を力でねじ伏せ、ついにガス雲を突っ切った。
その艦尾には、揺らめくように輝く光の輪があった。
かつて、ジェット戦闘機が大気圏内で音速に迫ったとき、機体を覆うように円錐状の雲や霧が生じることがあった。
ベイパーコーン。
大気が急激な圧力変化に晒され、局所的に凝結することで生じる、音速の称号だ。
ならば音すら存在しない世界である宇宙で、光速という絶対的な境界を越えたものには、何が現れるのか。
星間物質が艦体の進行に巻き込まれる。
亜光速域で無理矢理圧縮され、電離し、莫大な熱を帯びる。
さらに一部では、通常の物理学では成立しないほどのエネルギー状態へと押し上げられ、核融合反応すら誘発されていく。
原子が崩壊し素粒子へと還る原子も見られ、あらゆる波長の放射線がぶちまけられていく。
青白い艦体の周囲で、星間物質が光へ変わる。
それは艦首から広がる霧ではないく、艦尾に残された巨大な光の輪。
光速を突破したという事実そのものが、宇宙空間に刻み付けられている。
名を与えるなら「ブライトコーン」。
それが、光速の壁を踏み越えた神殺しに与えられる、もう一つの称号だった。
「12時方向より、カラクルム多数接近! 敵艦数計測不能です!!」
「構うな! このまま突っ切る!!」
再び砲口に光が宿り、黄金へ変わる。
敵に時間を与えるな、超光速で盤上を叩き壊し、相手の体制が整うよりも前に方舟内部に強行突入するのだ。
「波動砲、撃てッ!!」
再び吠え、進路上のカラクルム級が消えた。
狩り残した敵艦は主砲とローエングリンの掃射で消し飛ばし、方舟内部___プラネットキャプチャーに侵入した。
未知の超技術で座標が固定され、絶望のなかを揺蕩うだけの星たちが、そこにあった。
月と同規模の衛星、地球と同規模の惑星は霧のような何かに覆われ、恒星を失い死の星となり久しく、超光速の希望が流星のごとく飛び去っていくのを眺める。
まさに墓場、果ての地。
だが彼らは、光を残酷と共に置き去りにしていく。
「座標確認! 侵入可能ポイントです!」
次元潜行艦隊の偵察で見つかった侵入口___厳密には入り口ですらないが、それは巨大な蓋だ。
もとは門だったと思われるそれは今は固く閉ざされ、何人たりとも立ち入れない。
「超光速航行解除! 全発射管開け!」
光が追い付き、全てのミサイル発射管、魚雷発射管が解放された。
波動掘削弾、侵食弾頭ミサイル、ガミラシウム弾頭魚雷が顔を出し、ただ1点を狙いに定めた。
「掘削弾、撃て!」
「ガミラシウム弾頭、放て!」
AAAWunderが波動掘削弾を、デウスーラ・エアレーズングがガミラシウム弾頭魚雷をそれぞれ発射した。
波動エネルギーの振動が堅牢な蓋をひび割れさせ、ガミラシウムの強力な核反応がさらに脆くする。
ダメ押しの侵食弾頭が突き刺さり、重力子が物質を崩壊させてようやく小規模な穴が開いた。
「出力全開、破孔に突入して侵入する!」
波動防壁が艦首へ集まり、ひたすら排出される波動エネルギーが吸い寄せられるように集まっていく。
眩い光の盾となったかと思えば、それが延伸し、衝角のような形を取った。
「艦首防壁制御フィールド消失! 溢れています!」
「やはり今の人類の技術を遥かに超えている……ッ! デウスーラも同様か!」
波動防壁を持たないはずのデウスーラ・エアレーズングの艦首にも、同様に衝角らしきものが生まれていた。
防壁も持たずに、どうして____
誰も知らない最後の乗員、彼がエアレーズングにいるとしたら。
(やれやれ、老骨に鞭を打ちおって)
致死密度のL結界で生存し続けたあの人間が、エアレーズングに宿っていたのだ。
「おっしゃあッ!! 行くぞコダイ!」
「ああ! 全艦突入!!」
その小さな破孔____第2世代艦1隻がギリギリ通れるレベルの小さな穴に、輝く槍と化した神殺しが突き刺さった。
血しぶきのように蓋の破片が飛び散り、追い打ちとしてほぼゼロ距離で主砲を乱射。
千枚通しで傷口を抉る様な所業、しかし滅びの方舟のサイズから見れば毒虫に刺された程度のアクシデントであり軽傷も軽症、方舟崩壊には全く至らない。
「撃ちまくれェッ!!」
デウスーラ・エアレーズングは格納されていた全ての砲塔を展開し、有り余る出力に任せて一斉に砲撃を行うが、2500m級を捻じ込むほどの大穴を拵えるのは一息にできることではない。
それに、火力を正面に完全に集中させる事もできない。
無理に押し入ろうとする2隻を引きはがす為にイーターⅠがアポカリクス級に率いられて迫りつつあるのだ。
単分子ブレードと波動防壁中和能力を持つ死の投げナイフ、当たればただでは済まない。
「全艦、イザナミ級発艦! 特攻艦の迎撃を開始!」
手札を切るには早い。
しかし、方舟内部に押し入る前に死ぬくらいなら、今ここで切らせてもらおう。
AAAWunderの両舷第2格納庫からイザナミ級が次々に発艦し、両艦の艦尾に着いた。
第2格納庫は、本来30m級の機体を格納するようにはできていない。
しかしガリレオでの突貫工事を受け、「イザナミ級しか搭載できなくなる」事と引き換えに1個大隊36機の搭載を実現したのだ。
彼らはすぐさま陣形を整え、各々の得意とする武器を構えてイーターⅠを乗せたアポカリクス級を睨む。
バイザー越しではない双眸が睨み目となり、機体越しにパイロットの覚悟が伝わる様だ。
そして、死神___イーター1が発艦し始めた。
『ノウゼン、迎撃開始』
神殺しが如何に覚醒しようが、波動エネルギーに適合しようが、結局はオバケでも何でもなく物質の塊だ。
単分子などという究極の刃物を突き立てられれば、貫通するだろう。
それを許すな、神殺しに仕える兵として、全部叩き折れ。
粒子がその身に漲り、ゲシュ・タム機関が唸りを上げ、真紅のイザナミは赤い流星となり飛び出していく。
長刀、斧、ライフル、素手、真正面から真っ二つに、柄の部分の艦橋を潰し、推進機関を爆ぜさせ、大火力で大破させたり、地球最高峰の精鋭は1機も損害も出さずに80隻のイーターⅠを叩き折ろうと奮闘する。
しかしこちらは40機に満たない数、向こうはこちらの倍以上_____
「撃て」
青白い陽電子の光がイーターⅠを撃ち抜き、死の刃はただのデブリへと変わった。
『改イソカゼ……!』
「撃ち漏らしはコッチで叩きます。おかわり来ますよ!」
『まだいるっていうのかこのクソナイフ!?』
『二個小隊を敵母艦への打撃に回します。減った分のフォローを願います』
既に広域索敵で、イーターⅠを積載したアポカリクス級が2隻接近している。
イーターⅠを積んでいようがいまいが、1240mの巨大空母はデスバテーターの搭載機数も圧倒的だ。
旧AAAWunder航海艦橋で構えるリクとハルナは、呼吸を合わせ、意思を合わせ、魂を合わせた。
「「サバーニャ全力稼働!」」
主翼で出番を待ち続けた改イソカゼが一斉に発艦し、20機がイーター1へ、10機が破孔への砲撃に参加した。
もとから悠々と通れる巨大な穴などない事は分かっている。
無理矢理押し通る以上、時間稼ぎは必須だ。
だからこそ_____
『全機、こんな所で深手を負わせるな!』
飛び掛かる、切りつける、撃ち抜く、焼き尽くす。
古来から人類が振るった攻撃が30.3mの巨人を通して振るわれ、イーターⅠを捻り潰していく。
そこに参加するは改イソカゼ、ハルナとリクだ。
「「撃て!」」
元駆逐艦、今は機動砲撃艦。
重厚な砲身を構え、有人では決して実現できない機動性で艦隊を振り回し、精密な狙撃で撃墜していく。
精神のみで辿り着く旧AAAWunder艦橋、この終わろうとしている曖昧な空間で2人の存在感は際立ち、陽炎の様揺らめく景色は実体を取り戻していくが、死に物狂いに操演し続ける2人は気付く余裕もない。
それは、目と鼻から流れる血にも気づかない程に。
現実でも、まったく無反応の状態で血を流している。
何処かで血管が切れているのだろう、現実では飛んできた佐渡が助手の看護師と共に処置をしているが、それすらハルナとリクは気付かない。
「「ぶっ飛べェェェェッ!!」」
改イソカゼを束ね、ローエングリンを大きく凌ぐ一撃を放つ。
只管放たれるイーターⅠを巻き込みアポカリクス級の甲板に命中した一撃は艦上部から下部へと貫通し火柱が上がったが、それでも撃沈には至らない。
『いえ、十分です!』
飛行甲板への砲撃で怯んだアポカリクス級の1隻に、戦神が舞い降りた。
やはり図体が大きい船は、艦載機に弱い。
相手が人型艦載機であれば尚更だ。
単分子大刀をアポカリクス級の甲板に突き立てると、推力に任せて引き摺る様に一気に切り裂いた。
まるで一息に渓谷を造るように切り裂けば、噴き上がるは爆炎。
姿勢を崩しまともに砲撃もできなくなればもう死に体、首を差し出す骸だ。
『終わりだ』
刀もライフルも勿体ない。
全ての武装を兵装担架に仕舞い艦橋を両手でガシッと掴むと、艦橋が一気に赤熱化した。
輻射波動____マイクロ波だ。
ゲシュ・タム機関から引き出される莫大な出力が高出力で高周波なマイクロ波にダイレクトに変換され、一気に過熱された。
宇宙空間を進む船の装甲は、耐熱耐衝撃に高い適性を持つ。
特に温度、太陽近辺なら1000度2000度は当たり前の環境でも耐えきる性能を持つ。
しかし、輻射波動が一気に耐熱限界までカチ上げた。
艦橋がボコボコと泡立ち始める。
コックピットからは見えないが、赤熱化していく環境の中でガトランティス兵が沸騰して吹き飛び、挙句自然発火まで起こる。
この武装が採用される時点で、乗員纏めて艦橋を吹き飛ばす非人道的な手段もあると認識されていた。
だが、全ては人類を守る為。
その身が血で赤く染まろうと、青い星とその先の明日を守れるのであれば。
『吹き飛べ……ッ!!』
アポカリクス級の艦橋が吹き飛び、制御を失った艦隊から火の手が上がる。
人も機械も同じだ、頭を失えば死に陥る。
『次ッ!!』
嘗て母なる女神イザナミは、自らが産んだ火の神の燃え盛る炎で命を落とし、黄泉へと渡り生死を司る神となった。
彼らイザナミ級は、燃え上がるアポカリクス級から飛び出し、敵の生死を支配する。
その赤が、血の赤か炎の赤かは分からない。
願わくば、戦士としての赤であらんことを。
『全機に通達、NHG両艦の方舟内部への突入成功! 直ちに母艦へ帰投せよ!』
視界の端、巨大な壁に突き刺さり巨体を押し込んでいた2隻が穴の奥へと吸い込まれていく。
突入口から時折爆炎が漏れているのは、「出待ち」を仕掛けた艦艇の成れの果てだろう。
彼ら戦神は神殺しが完全に内部に侵入するのを見届けると、脇目も振らず最高速度で突破口に飛び込んだ。
そこに残されていたのは、「艦艇だった何か」だった。
_________
ガラスの割れる音が聞こえた。
音の先を振り返ると、杯を砕いたズォーダーがいた。
「大帝……!」
「黙れ」
まるで全てを凍てつかせる程の眼差しは臣下の動きすら止め、自らからも冷静さを奪い去っていく。
白き月を破壊されなかったことは唯一の安心と言っていいだろう。
だが、光を超えた神殺しはカラクルム2500隻を雑魚を狩るように消し飛ばし、蹂躙した。
あの大砲で進路上の障害を消し飛ばし、周囲も消し飛ばし、あろうことか乱射ときた。
これが原因で、彗星のガスが散らばり始めている。
サーベラーの制御でも回収しきれないほどに吹き飛び、もはや制御の手が届かない。
重力衝撃波だ。
光速、或いは超光速で移動する
光を超えて疾走したNHG級の航跡にその重力衝撃波が発生し、白色彗星のベールがはがされ防御に充てられる量のガスが減っているのだ。
それは一般的な宇宙物理学では「海岸のさざ波」程度の筈だが、ほぼゼロ距離で放たれたそれは「大地震の際に発生する津波」に等しい。
故に、この天守閣が時空の地震で揺れているのだ。
「重力場の大規模な乱れを確認!!」
穏やかに澄んでいるはずの方舟内部には、重力の突風が吹き荒れている。
それはイーターIの突撃にすら支障を来すのものであり、横殴りの乱流に突き飛ばされ向かい風に阻まれ、徐々に強まる風は艦艇の姿勢制御を蝕んでいく。
だが、イザナミ級はその突風の中で巧みな機動を取る。
大昔の飛行機が風に乗るように、鳥が追い風を受けて速度を上げるように、見えない風を掴んだ。
それは地球選抜メンバーの力量か、それとも神のいたずらか。
1つ確実なのは、滅びの方舟が劣勢に立たされようとしている事だ。
ほぼ互角の戦いであったそれが、崩れようとしているのだ。
「……ティカル級を、出撃させろ」
願いのため、出せるものは出し惜しみしてはならない。
たとえこの方舟を捨てたとしても、目的の為に……。
ヤバさ的には、ガンバスター程度かと。