-After engagement-
学園からの帰り道。
それは青春という二文字に彩りを加えるうるピースだ。
誰が惚れた腫れただのといった他人の色恋から、内に秘めた葛藤にで悶える事もあるだろう。
もしくは恋愛など知ったことか、額に流れる汗こそ青春と夕日に走り出しそうな馬鹿もいるだろう。
無論、初めに断わるのなら、そんなおアツい青春ドラマ等には欠片も魅力を感じないと此処に宣言しておく。
なら、ここで何が言いたいかというと、
「ねぇ……本当に大丈夫なんでしょうね」
後ろから矢の如く降り注ぐ疑心の目。それが視線のみならばまだかわいいモノだったが、学園から商店街を過ぎ、人通りが目に見えて減ってからはご覧のとおり遠慮がない。
絵面的には我が学園憧れの君との下校。羨む者もいるだろう。
だが、これだけははっきりいっておく。
気心が知れるレベルを超越した幼馴染に、可愛げなど皆無だと。
「ちょっと、今何か失礼なこと考えてたでしょ」
「別に、さっきのこととか考えてただけだよ」
口から洩れるのは曖昧な返事。
多分大丈夫だとか、平気だ大したことはないと。当たり障りが無いどころか生返事なのは十人が聞いてもそう答える。彼女から聞いているのか、とこうして耳元で聞かれるのも何度目になるか―――5回を超えたあたりで数える事など放棄したのは辛うじて覚えていた。
「嘘ね――って言いたいけど、流石に無理もないか。あんなことがあった後だしね」
勝手に自己完結してくれる辺り、幼馴染というやつは侮りがたい反面、ありがたさ半分といったところだ。
そう、今二人揃って普通の学生よろしく放課後の一風景におさまっているが、ほんの少し前は、お互いに非日常の只中にいたのだから。
場を混乱に貶め、掻き回すだけ掻き回したシンジとライダーの主従は、形勢が傾くや否や即座に撤退した。その際に屋上をこれでもかと蹂躙してくれたおかげで、学生も立ち寄れる憩いの場は跡形もない。約一名、その事態に身内が一枚噛んでいるというのは頭の痛い話だが。
ともあれ、三竦みどころか一日に三騎のサーヴァントが出くわすという事態は一端の終息を見せた。今朝説明を受けたばかりだが、基本的に聖杯戦争は一対一の常態で陣営が争い、他勢力を牽制するというのが基本だという。特殊なケースで同盟を組むという事もあるらしいが、“聖杯”という大きな景品がかかっているともなれば手をとりあうという事が難しいのもうなずけるという話。
そして横槍(シンジ)がいなくなったとなれば、今度は先程の争いの続きかとこちらは身構えたが――何故か当の彼女は呆れ顔で手に握っていた宝石をしまった。横に歩いてきたアーチャーのやる気のない野次もその決定に一役買っていたのかもしれない。此方としては、訳も分からない癇癪で戦うのは御免なので、大いに歓迎。と、ならばこれからどうするかと屋上の有様に二人頭を抱えていた時だ。
ふと、アーチャーがさも今気が付きましたという様に口にした。
『そういえば、アレ、ほっといてもいいのかよ』
そう言いながら親指で指したのは背後――ではなく屋上の外、つまりはここ以外の場所だろうわけで。何の事かと気が付いた二人は、顔を見合わせてすぐさま基部が剥きだしているフェンス際まで駆けより、次の瞬間壊れた屋上の扉を更に蹴り飛ばして階段を駆け下りた。
ほんと、どうしたらこうなるのかと頭を抱えたい思いだった。
幼馴染など常々碌なものではないと思っているが、その時は普段付きまとう弊害故か、横で同じポーズで頭お抱える凛の気持ちがよく解ってしまった。
目的の場所にたどり着いた彼女は震える指を持ち上げ、ソレを指した。
並んでいた自分にそれを止めるような勇気はなく、また理由もないのでどうぞ頼むと眺めていた。
そして彼女は問うた。
これは一体全体どういう事だと。
それに対して問われた者の答えは単純明快だった。
憂う様に、それこそいつも教壇で物覚えの悪い生徒に呆れつつ、だが教職者として見捨てるような不義はしない。そうある種尊敬していた時のままの眼差しで、
修理、その一言。
加えて、他にどう見えるというオマケ等とのたまう付きだった。
僅かな静寂。それは風が凪いだように穏やかで、同時に、自分には暴風の到来を予感させるものには十分。
刹那、彼女は吠えた。
いや噴火した。
次の瞬間、女性に有るまじき怒声をこれでもかと吐出し投げつけ、彼女はそれでも足りないと怒りの丈を示す為か、マガジンを注ぎ足すように速射し止まる気配がなかった。
だがそれも無理もないだろうと擁護しておく。
何故なら、駆け降りるというより飛び降りる勢いで一階へと降りた二人。そのまま靴も内履きのまま後者を飛び出し、目指したのは本校舎と別棟との間。放課後となればそれぞれ部活に精を出すか下校する者、幸い生徒の姿はない。が、いくらそうした状況を作れるとしても、これは度が過ぎるという凛の意見には、欠片も異を抱くことなく頷いていた。
木々は例外なく焼け爛れ、花壇の煉瓦ですら灰になっている。
所々が抉られ陥没した地面は隕石でも墜ちたのかという深いクレーターが出来ている。いるが、その数からして、これは単発ではなく流星群でも降ったのかという規模。逆に無事な個所を見つける方が困難という有様だ。
こうなるとそもそも荒れているの一言で済ませられるレベルなのか。告白するなら、眩暈がしたのは焼けた空気の所為だと思いたかった。
「正直、アレが明日でどうにかなると今でも思えないんだけど。本当にキャスターに任せてよかったのか?」
瓦礫の間を動き回る白い髪の小人たちが、救援隊さながらに撤去作業に勤しむ姿はシュールで、どこか哀愁を漂わせていた。
「さぁ? 少なくとも、あの状態が放置されるのなら“監督役”から勧告がいきかねないし、彼女も馬鹿じゃないならそれなりに偽装工作はするでしょ」
それは確かにその通りではある。
実際、こちら側――主に遠坂――が滅茶苦茶にした屋上に関しても、帰宅前に一応の結界は敷いてある。だが、それはもともと屋上が常日頃から人気が限られているという側面がある。日中、大勢の生徒が利用する中庭と屋上とでは求められるレベルも違ってくるのだ。
「まぁ、そう願いたいけど。やられ損にならなくて済んだだけ行幸か」
中庭をこれでもかと破壊の限りを尽くした光景を思い出すに、とても一日で終わるように思えないのも事実。だが、今回の騒動は何も収穫が無かったわけではない。
例えばライダーの最後に見せた宝具。恐らくはセイバーを凌ぐだろう速力を見せた一撃や、
「そうね。キャスターの魔術に関して、一部とはいえ分かったのは大きな収穫よ」
彼女の魔術が凛や自分のそれと違い、西洋というよりむしろ東洋よりの呪術使いだという事だけでも大きな収穫だ。
焼け焦げた爆撃にでもあった様な惨状、大量の使い魔を使役する女術師。東洋、それも日本となれば“公式で記録に残る”陰陽師はいない。返せば、裏の界隈にはいるという事ではあるが、あれだけの腕なら大分候補を絞り込めるはずだ。
ライダーに関しては、童子姿の騎乗兵というのはキーワードとしては弱い。しかし、一瞬とはいえ宝具の開放を目にしたのだから、大凡のステータスは開示されている。少なくとも、全く対策が取れないわけではない。
つまりは、これからの戦いに対して、こちらは大きくアドバンテージを得たという事。無論、それは相手側にも言える事だが。
個人的にはそんなことはどうでもいいというのが正直な感想である。屋上の問答で凛には答えたが、聖杯にも、この戦いにも欠片も興味がないという答えに嘘偽りはない。ただ、自分の日常に干渉されたから抵抗しただけであり、向こうから来ないならこちらから関わろうという気もないのだから。
だからその為、朝のセイバーから受けた説明と質問の答えに、改めてこの事態の対する旨を伝えるつもりだった。そう隣を歩く彼女に話し――――何故か現在に至る。
「なぁ、それよりも……本当に家に来るのか?」
「当たり前でしょ。コッチにはいろいろと聞きたい事があるし。貴方にも聞きたい事があるんじゃないかしら?」
本当に、なんでこうなるのか。
さも当たり前だろう、と意地の悪い笑みで見返す凛の姿には頭の方に上る物を覚えるが、知りたくないと言えば嘘になる。現状、自分が知りうる事はセイバー、そして舞弥からもたらされた物。そして自身が身をもって味わった敵の殺気と異常性だ。これで夢ならどれだけいい事か。
「―――じゃ、無いんだよな」
家まで帰る道すがら、腹部にきつく巻かれた包帯の感触を服の上から確認する。昨日、のような感覚だが、自分が意識を失う事になった出来事。アサシンと言われた女の一撃、強化の魔術の上から骨を砕くその感触が脳裏を駆ける。
「つまり、そういう事よ。貴方にその気が無くても、この地にいる残り六人のマスターにはどうでもいい事よ。もちろん、私を含めてね」
そして隣を歩く幼馴染も、“七人による殺し合い”に参加する一人なのだという事。お互いに敵同士だという事を強調してくる。
この瞬間、そして先程から争うどころか休戦の態を貫いてくれるのは、単に余裕なのか、それとも彼女流のケジメなのか。
「ま、詳しい事は腰を落ち着けてから話しましょう。私も貴方の家にお邪魔するのは久しぶりだし」
個人の感想としては、彼女とは命をかけるような馬鹿な争いはしたくないというのが正直な所だ。互いに反発し、最近は疎遠な間柄だったが、それでも旧知の人間と向かい合い、さあ殺しあえと言われて躊躇なくナイフを取れる人間はどうかしていると思う。
いや、状況が人を追い込むのか。
だが、そうだとしても、それを避けられるのならそうしたいと、蓮は渋々といった風を装い、彼女を家に招く事にしたのだ。
そして、ようやく目的地へたどり着き、二人して家の門をくぐると――
「あ。お帰りなさい、レン」
黒のタンクトップに裾広のニッカズボンをはいた、見事に土方姿の英霊様が出迎えてくれた。
予想通りというか、自分以外のサーヴァントの気配を感じ取った彼女が即座に武装して凛目掛けて剣を抜いたのには溜息しか出なかった。無論、こちらが止めるまでもなく実体化したアーチャーによってその刃は弾かれ睨み合う事になったが――その行方がどうなったのかは、この際割愛させて頂く。
何故かと言われれば、そう。
留守の家を預かる身として、これ以上の被害など御免被るからだ。
家の何割かが張りぼてで補強されている現状に、手遅れな気がしなくもなかった。
昨日投稿しようと思ったらこんな時間だ(真顔
今回は新章突入という事で事後処理回。短めだよ!!
という事で、新たな登場キャラを準備しています。
具体的にはB〇〇がアップを始めました(震え