それはある男の話だ。
彼は決して多くを望んだわけではない。
たった一つの願い。それは一人の人間が願い渇望するものとしては広域で広大なものだったかもしれない。
男なら、幼い頃に願うこともあるだろう夢。
そうした意味で、彼の願いはとてもありふれていたかもしれない。
ただソレが他と一線を画していたとしたら、そうした願いを幼き頃より今も抱き続けていたという異常で。
本来成長とともに摩耗し、手放すはずのそれを絶やさなかったこと。
諸人が手放すということはそれ相応の理由がついて回る。
そうだと知って、打ちのめされて尚理想を抱き続けた男。
これはそんな男の物語である。
冬木自然公園。
十年前、公には大火災による全焼により、復興事業の一環として一部を公園として再開発した物。だが、実際は大きく違う。
冬木中央会館を中心に、“第四次聖杯戦争”における聖杯降誕の場とされた決戦の地。その激闘の最中、街は文字通りたった一瞬にしてかき消された。人どころか蟲も草木も何もかも、例外なくあの時生き残ったのはたった一人の少年で、同時に、それが当時“彼”が救い出せたたった一人の光。
その公園の一角、街頭の光も頼りない夜の帳の中、煙草を燻らせて男は待っていた。
思うところは大きい。何しろこの公園は彼にとって因縁深く、自身の傷を直視させられる場所なのだから。
嫌だから、忘れたいと投げ出せたらどんなに楽か。だが、男は自身の忌むべき過去をただ負の遺産として蓋をすることをよしとしない。彼は昔から、そうした傷を捨てることなく抱え続けてきたのだから。
「来たか」
新たに気配を感じた彼はコートの中から携帯灰皿を取出し、吸いかけの煙草を揉消しす。そうして待ち人を迎えようかとも思ったのだが、結局彼は新しい煙草を一本取り出して口にくわえた。
一時期は禁煙を決意したこともあったが、戦場に立っていた頃の癖か、気が付けばまた吸い始めていた。既に味などとうに感じない身で意味など無いように思うが、彼が求めるのはそうした面によるところではないのだから、問題はないのだろう。
「煙草、また吸い始めたんだな。いい加減体に悪いって、また舞弥さんに怒られるぞ」
邂逅一番に投げられた皮肉交じりのトスが懐かしくなり、思わず苦笑が漏れていた。
「まぁ、な。実を言えば前からちょくちょく吸ってはいたんだが」
この問答は既に何度も交わしてきたことで、いうなれば“お約束”だ。彼、切嗣の待ち人であった養子である蓮も、この会話で何か生産的なことがあるとも思っていない。そう、彼らにとってはこの程度の皮肉や弁明や挨拶のようなもの。
「―――でだ。呼んだからには話してくれるんだろ、いい加減」
「ああ、そうだな。長い話になるけど……」
さてどう話したものかと、切嗣は髪をかき上げる。
そう、とても長い話なのだ。とても小話で済ませられるものではないし、そうした意味でこの因縁深い場で話すと決めたのも彼なりの決意の表れだ。
さてと、あらかた今の今まで考えていた順序をまとめ、そこで彼が一人で来たのかと疑問にもち、視線で窺うように問うと、
「セイバーなら向こうで待ってくれてる。親父を心配してたよ」
やっぱり知り合いなのか、と問うてくる蓮に、それも含めての話だと短く返答する。
そうだ。この話をする上で彼女の存在は欠かせない。
もしあの時、第四次聖杯戦争に呼ばれたセイバーが彼女でなかったのなら、物語は大きく変わっていたはずだろうから。
「蓮。僕はね」
それは彼にとって古傷を抉る行為同然。だが、こうして息子である蓮は自分の不始末によって渦中に巻き込まれている。二児の父として、ここで背を向ける無様はさらせないから。
「魔術師として、過去の聖杯戦争、第四次の生き残りの一人だ」
衛宮 切嗣における負の歴史。
それを今ここに紐解こう。
ドイツ古城。
現代において、今だ城に住むという感覚は日本人においては馴染みも想像もつかない話だろう。実際、当時の切嗣からしても呆れたものであるからして。
“正義の味方になりたい”
他人を救いたいという子供染みた願いを抱き、だけど大人になるにつれて誰も彼も救うのは不可能だと現実をたたきつけられて。自分の手では限界があると悟り摩耗していた時だ。
一つの噂を聞いた。
“冬の城”に住む翁が、極東の地で“奇跡の器”を降誕させる儀式を行っていると。
“奇跡の器”、より広域的に呼ぶのなら“願望器”、“聖杯”。
あらゆる願いを叶える器。
それは概念的な話に留まらず、現象としても行使が可能であり。内包した膨大な魔力によるものだという。
“冬の城”の主である“アインツベルン”が極東の地、“冬木”で起こした儀式とはそういう意味で、正確には“万能の器”ではない。膨大な魔力を有したもの、つまりは用途を分けられていない途方もない程膨大な魔力を有する入れ物だ。
故に、その無色に願いという色を与えることで初めて“奇跡”は顕現する。そのため、願いという色を与えられる“魔術師”であること、もしくはその血筋にある者がマスターとしてサーヴァントの召喚する権利と、彼らへの絶対命令権、“令呪”を与えられる。
聖杯によって選ばれた七人のマスターによる、たった一つの所有権をめぐる殺し合い。それが聖杯戦争の概略だ。
そして皮肉なことに、“人を救う行為”を続ける内に“人を殺す”行為に最適化されていった男。
方や聖杯という器を手に入れるという願望を数百年にわたり願い続ける一族。
ここに両者の願いは交わっていた。
切嗣にとって、アインツベルン側が何を願おうと興味はなかった。重要なのは己の手での限界を、聖杯の奇跡をもってしてなら可能かもしれないということ。
だから誰よりも人らしい願いを抱き摩耗していた彼が、その戦いに臨むにあたってもう一度非情の仮面をかぶることに戸惑いはなかった。彼のこれまでの名声、“魔術師殺し”という忌み名はそうした意味で優秀なマスターを求めるアインツベルンからしても目にかなうものだった。
故に、そんな彼に誤算があったとしたら。
それはアインツベルンのホムンクルスを、一人の女性として愛してしまったことで。
『正直に言うなら、今すぐに君を連れて逃げ出したいっ』
男と女の間には、娘が産まれていた。
城に設けられた彼らの部屋で、初めて我が子を抱いた彼は、恥も外見もかなぐり捨ててその内を吐露した。
そんな彼を、彼の望みを誰よりも知っていた理解者である彼女は、諭すようにそんな彼の選択を諌めた。きっと後悔するし、貴方は逃げた自分を消して許さないと。
そうして彼は冬木の地に降り立った。
聖杯を降誕させるために、その憑代である誰よりも愛した自分の妻を生贄に行う儀式の地へ。
戦場は当然のこと混沌としていた。
誰も彼も己の願いを叶えるために最強の英霊カードを用意してきたのだ。一人として半端なものはおらず、一人、一組、一つが脱落していくごとに、街には大きな爪痕が残った。
そして、迎えた最後の戦い。
切嗣が召喚した“最良の英霊”であるセイバー。
“始まりの御三家”の一つ、遠坂 時臣が引き寄せたアーチャーとの戦いは、激闘の末、セイバーの刃が上回る。
アーチャーの宝具の発動をかいくぐり、次なる必殺の一撃を見舞おうとした時だ。
瞬間、空から魔王が降ってきた。
比喩でも誇張でもなく、事実その通りなのだから他に言い表しようがない。その手に握った“聖槍”の一振りで、周囲一帯を灰塵と化した髑髏の軍勢を率いる破壊公。
すべての元凶である“影法師”を別として、それは文字通り人類の敵として地に降り立った。
サーヴァントのクラスを六つ並列するという異常にして異例の体現。本来召喚されるはずのない存在。
勝てる要素など、希望などどこにもなかった。
加えて時が経つにつれて膨れ上がるその力、セイバーが応戦していく中、徐々にその被害は街を飲み込む。そして、“黄金の獣”がその秘奥たる宝具を解放しようと聖愴を構える。もはや猶予はなかった。
故に、切嗣とセイバーは、
実力で捻じ伏せるなど論外で、偶然奇跡が起きるといったご都合主義などありはしない。残された手は、魔王を現世に繋いでいる“小聖杯”、アイリスフィールを破壊する他になかった。
セイバーの聖剣が切嗣の“令呪”による後押しを受け、極光の中、アイリスフィールは飲み込まれていった。
恨み言も、暴言も、だけど彼女が何を言えたとしても、聖杯の機能により、人としての機能を失っていた彼女が何か言葉を残せるはずもなく、切嗣は光に飲み込まれる彼女を仰ぎ見ていた。
聖剣の発動に限界まで魔力を振り絞ったセイバーも消えていた。つまり、アイリスフィールは見事に破壊されたということで、彼らの目的は達成された。だけど、この結末を諸手を挙げて喜べるはずもなかった。
彼女との思い出は人を救うため、己は天秤であれと課していた切嗣に人らしさを取り戻せた日々だった。同時に、いつか失うものだという恐怖を孕んでいた。どれだけの覚悟を積み重ねても、その喪失の重さに崩れ落ちていた。
大きな消失を経て、第四次聖杯戦争の幕は下りたのだ。
切嗣の話す内容があまりに飛びすぎていて、いっそ荒唐無稽な作り話めいて聞こえる。だが、十年前の決戦の地、“大災害”と表向きに処理されたこの自然公園が、その舞台であったと言われると飲み込まざるおえなかった。何しろ自身がその“大災害”唯一の生き残りだ。自然災害や単なる“大火災”と言われるよりも、魔術による人的災害と言われたほうがしっくりと収まる。
「じゃあ、親父が、第四次の勝者、ってことになるのか?」
「いや、第四次においては勝者はいないよ。時臣も生きていたし、そもそも勝者が得るはずの聖杯を破壊したんだ。その時点で第四次の儀式は頓挫している。だから、言ってみれば蓮の家族は、僕があの時選んだ選択の結果巻き込まれた犠牲者だ。どう責められようと弁明の余地はないし、償いきれるなんて思ってはいない」
まるで、いや、実際これは懺悔なのだろう。切嗣がいうのだから、彼が言う“魔王”とやらを止める為には“小聖杯”の破壊以外に手段はなかったのだろうし、そこで迷い続ければさらに被害が大きくなっていただろうと推察するのは容易い。
もっとも、本来衝撃的な告白を受けて自身があまりにも平然としていられたのは、単に失ったはずの家族に対しての記憶がないという要因が大きいのだろう。そうした意味で己も大概ろくでなしの類だ。
「それは、まぁ、巻き込まれた人達がなんて言うのかはわからないけど。俺は少なくとも感謝してる。学校も魔術のことも」
だから今思えば、自分が魔術を習いたいといったときに切嗣が渋った気持ちが少し分かる気がした。
過去に自身の選択で多くの犠牲を払い、そのたった一人の生き残りが今度は彼自身が忌とんでいるだろう魔道に興味を抱いた。自分が同じ立場だったら間違いなく反対しているだろう。だが、切嗣は幼かった自分の気持ちを酌んでくれたわけで、そこに感謝以外の気持ちが混ざることはない。
頭を下げ続ける切嗣に気疎く感じ、話題をそらす為にも話を元の方向に戻す。単純に疑問もあるからだ。
「親父が聖杯を破壊したなら、儀式はもう無くなったんだろ? そもそも五十年周期だって話だし、今回の五度目が十年ってのはどうなってるんだ?」
「五十年という周期は、聖杯が冬木の霊脈から魔力を集めるのに要する期間のことだよ。言ってみれば第四次の勝者不在、破壊される直前の聖杯はほぼ完成していたという事態から、今回の第五次は魔力を集めるのに五十年も必要なかった、というのが僕と時臣の見解だ」
「親父たちが壊した聖杯だけじゃ儀式がなくならないってことは、二つとも破壊しなければならなかったってことか?」
「聖杯には、アインツベルンが用意する“小聖杯”と、約500年前に造られた“大聖杯”の二つがある。10年前、僕とセイバーが破壊したのは“小聖杯”の方で、儀式そのものの核である大聖杯がある限り、このふざけた殺し合いはなくならない」
「じゃあ、親父と時臣さんは」
「ああ、あの魔王が聖杯の中身だと知った日から、僕と時臣の認識は一致している。僕たちの手で、今度こそ“聖杯”を破壊する」
十年前のその日、生き残ったマスターは切嗣と時臣。そして、決戦の地より離れていた時計塔の生徒の三人のみ。
切嗣たちと違い、彼にはもう聖杯に執着はなかったのか、聖杯戦争の事後処理後に接触を試みようと時臣が訪れた時には、既に冬木を発った後だったらしい。その時臣も、決戦の場で魔術回路に障害を負い、付随して下半身の神経を負傷したらしい。
切嗣においては雇い主であるアインツベルンとの契約を蹴った形になるのだから、当然報復措置があったのかと思いきや、不思議とアインツベルン側からの接触はなかったらしい。その代り、再び“魔術師殺し”として表舞台に立ったことにより、フリーランスの魔術師や聖堂教会から狙われることが増えたらしいが。
「時臣はあの状態だから、家督を譲った娘に令呪が宿ったみたいだ。いくらか、時臣も難色を示していたけどね。結局は折れたよ。もちろん、全面的にだとは思えないけど……まぁ、そんなわけだけど」
そしていよいよ話の本題に移るのかと、気持ち居住まいを正した切嗣に倣い、こちらも軽くおどけていた雰囲気を正す。
切嗣も、単なる昔話に謝罪を重ねる為に今日、こんな場所に、こんな時に呼び出したわけではないだろう。あの“大災害”から今日まで、過去を語るだけならそれこそいくらでも機会はあった。魔道云々を厭んでいたとしても、子である蓮自身は既に魔術を学び始めていたのだから。
「蓮、今回君を呼び出した本題はここからだ。セイバーの令呪を、僕に譲ってほしい」
故にその提案は、予測できた範囲のことではあった。
切嗣が他人に任せるのを嫌うとかいうことではなく、この儀式にそれだけかける思いがあるということも、こうして目の前にするだけで伝わってくる。無論、それで娘にマスターになることを良しとした時臣を責めるつもりは蓮にはさらさらない。あの人がどういう人か、娘である凛には及ばないが、それでも上辺だけの付き合いよりは知っているつもりだ。
「冬木に戻る前のトラブルで、帰国が遅れたけど、もともとはそのつもりだった。前回の聖杯戦争でパートナーだった彼女となら、前以上に立ち回れる自負も自信もある。何より、もうこれ以上の犠牲者を出したくないんだ」
本来なら頷いていただろう切嗣の要求。事実、アサシンに襲撃されたばかりの蓮なら、何一つ考えることなく承諾していただろうが、どうしても脳裏に引っ掛かるものがあった。
「一つだけ聞かせてくれ。アインツベルンのマスター……あの子と、どんな関係なんだ」
虎兜の凶戦士を引き連れ、圧倒的な力と異能でセイバーとアーチャー、二人のマスターをも圧倒した主従。何より彼女は終始“衛宮”の姓に拘り、取分け切嗣に対して尋常ならざる殺意に似た狂気を抱いていた。
自分がバーサーカーの一撃により、切嗣が戦闘に介入して何があったかは知れないし、凛もセイバーもその事について肝心のことは語らなかった。
切嗣が魔術師として腕が立つことは知っているし、蓮自身誇ってはいる。だが、それであの銀髪の少女に対抗できるのかといわれると、答えに窮するのだ。
切嗣の要求を呑むつもりはある。だがその前に、こちらの疑問にも答えてくれと、言葉をつぐんでいた切嗣にこちらも無言で返答する。
すると、とても短く目を閉じて軽く仰いだ切嗣が一言だけこぼした。
「娘だよ」
大方、切嗣がフリーランス時代、魔術師専門の殺し屋として暗躍していた頃の因縁なのかと思いきや――いや、そもそも彼がその“魔術師殺し”としての活動を止めたのは“聖杯”に願い、希望をもってアインツベルンと接触したため。その過程で妻となる人を得たということは、その娘が怨恨を抱いて冬木の地に送り出されたというのもうなずける話。何しろ、彼女から見れば実の母を実の父親に殺されたという境遇、その心中は察せられるなどというレベルの話ではない。ただ一つ、彼女が並々ならぬ憎しみを、切嗣に向けているということだけは確実で。
「じゃあ親父は、今度も“聖杯”を破壊するっていうのなら、必要ならあの子も殺すのか? 実の娘だろ」
「ああ、それこそ今更だ。“聖杯”を完成させ、その中身があふれれば、国一つは容易く飲み込まれるだろう。そうなってからじゃ遅いんだ。例えイリヤを天秤に乗せても、僕にそちらは選べない」
切嗣はもう一度多くの人を救うために、肉親を切り捨てるということになる。自分ならどうだ考えたとき、蓮にはその回答がない。考えるだとか想像するのではなく、
そういった意味でいうのなら、断固否だと蓮は主張する。
「だったらっ、さっきの質問の答えはノーだ」
切嗣の主観に照らし合わせるわけではなく、蓮個人の信条。特別なんていらないし、代わり映えのする日常なんか望んでいない。
親父が魔術師だから?
そんなものは既に自分の日常の一部だし、そもそも切嗣と自分の出会いからして魔術がらみだ。
人を何人も殺した?
ああそれは罪深いよな。けど犯した罪は無くならない今生きている人間が背負い歩むべきもので、決して見捨てる理由なんかじゃない。見捨てていい関係でもない。
けど、その人がまた更に罪を犯すというのなら―――
「親父にそんな選択をさせるかよ。イリヤとかいうあの子にも、そんな親子で殺しあう真似なんかさせない。だったら俺が、セイバーと俺が二人で止める。絶対に」
どんな手段を用いても止めると、彼の前に立ちはだかるようにして叫んだ。
だが、切嗣はそんな蓮の主張を聞いていたのかいないのか。表情一つ動かさず、持っていた煙草をコートから取り出した携帯灰皿に入れ、肺に吸い込んでいた煙を一息に吐き出す。
「……一つ、蓮に言いそびれたことがあった」
続いてこぼれた独白は、彼が味わった絶望の片りんだった。
「あの日、あの時、アイリを“見捨てた”あの時、僕は悪魔に契約を迫られた。拒否権なんかない強制。報酬は不死、死者蘇生の恩恵。対価は魂の隷属だ。ふざけてるだろ。一度死ねば、後は永遠と、この体は髑髏の軍勢の一員にされる」
つまりは蓮が切嗣と出会ったころから、彼の体はそうあったということで。望まぬ契約から、永遠に終わらない不死の奴隷とされる道。そして軍という単語、その主がどういう人物であるのか、その先にある未来が切嗣の望みと真逆を行くものであるということは考えるまでもなかった。
「祝えよ、今こそ汝の悲願が成就する時だ……その
戦場に行き、戦いをやめさせるためにその原因である主要人物を殺した。それで止まらなければ次を、それでだめなら更に。
いくつもの戦場、テロ、事故、いくつ歩き続けても、人の嘆きと叫びは無くならない。彼の天秤は常に傾き続ける。
そして彼が戦場に訪れるということは、等しく死の危険が付きまとうということ。彼に課せられた契約はあくまで死後におけるもの、現で何かを変えてくれるわけではない。
だが世界にはそうした紛争のほかに、魔術的な事件、冬木の聖杯に類するものも数あるわけで、そうしたものを目にした以上、今まで以上に捨て置けなかった。だからある日彼は決断した。
「そして、化け物の呪いに抗うためには、僕自身も化け物になるしかなかった。“聖遺物”、時臣と僕はそう呼んでる」
化け物と戦うため、彼もまた人の身を脱ぎ捨てることを。
同時に、その選択が例えようもないほど狂っていたことを、彼は身をもって味わったのだという。
「そして“聖遺物の使徒”となってから、副作用として慢性的な殺人欲求が襲うようになってきた。慣れるまで、何人もの人をこの手にかけたよ。幸か不幸か、この世に争いが絶えた歴史はないからね。殺す人間を選んで魂を食らって……確かに、体は望んだ通り不死にも近い頑強さを得たさ」
“聖遺物”を宿した者は、原則聖遺物によった攻撃以外で傷を負わない。固い脆い、相性の問題ではなく、魂の強度が上がるのだ。精神的な意味だけでなく、肉体的な意味でも。
例えば、百人の敵を前にナイフ一本で一振りしたとしよう。
この場合、百人全員を倒せるか否か。
論ずるまでもないだろう。答えは否で、高々ナイフ一本で倒せる人数などたかが知れている。仮にこのナイフが伝説級の代物だったり炎や雷を起こせたとしても、そもそもナイフではなく拳銃だったとしても、結果は変わらない。人一つの形をした入れ物に、数十から数百の魂が収まっている。それらが霊的装甲となって周囲を覆う。今の切嗣には、例え眼前で弾丸を放たれたとしても、眼球の一つもつぶれやしないというでたらめ。
「けど、やがては感覚も感情も鈍化していった。いつの間にか、殺さないために人を殺していることに気が付かされたよ」
恩恵の代償。
身の丈以上のモノを望むのなら、対価を積まなければならないのは道理だ。だけど切嗣の性格では刹那的に殺人に酔うこともできず、かといってその苦しみを投げ出して狂うこともできなかった。危ういバランスで、彼は罪の意識を積み上げて、同時に霊的に装甲を纏い、過去受けたという“祝福”に抗うために生きてきた。
それこそ己の信念を捻じ曲げても、これだけは為さねばならないと強迫観念に突き動かされてでもいるかのように。
「っ、親父の過去がどれだけ重責になってるかなんて、俺なんかに口が裂けてでもいえたことじゃないってもの十分承知だよ。けどそういうの理屈じゃないだろ。目の前で親が子供殺すなんてほざいてたらぶん殴ってでも俺は――」
「言っただろう。僕も、蓮にも時間がない。もともとこの件について話し合いに来たわけじゃないんだ」
瞬間、目の前にいたはずの切嗣の声が正面から背後にスライドする。
「え?」
腕、肩、頭と連続して衝撃が走り、世界が目まぐるしく回転する。
いや、投げ落とされていた。
「許しを請う気はない。怒るのも当然だと思う。けど、これが最善策なんだ」
膝で踏みつけるようにうつ伏せに押し倒され、関節を決められているのか激痛が走る中、切嗣のコートから鈍色に光る白刃が一振り取り出されるのが目に映った。
「や――――」
終始、切嗣の目は笑っていなかった。
振り上げられた右腕が、躊躇いもなく振り下ろされる。
親子対決(魔改造水銀製)
蓮も○○の■■■だし間違いじゃないな、うん。
いろいろぼかしていますが、次話でもうチョイ明かします。
いやあれですね、Dies原作でいるあのシーンみたいな。
そして爪牙の皆様、クラウド達成ですよ達成!(遅い