冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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-Long long night 2-

 

 甘く見ていた。

 迎撃してこのかた、今この胸を占めている感情はそれだ。

 

「せ、ぇーのっ!」

 

 こちらの斬撃をいなされた事によって生じた隙間に迫る高速の拳。幾ら雷速を誇るセイバーであろうと刃を引き戻すのには間が足りない。故に伸び切った手をただ返すのではなく、日本刀で言うなら鍔の延長、ナックルガードで弾く。

 そう、受け止めるでもその先の刃を立てるのでもなく“弾く”。 

 

「――ぅっ」

 

 最初の被弾となった左肩、本来は左胸の心臓を狙っただろう一撃を咄嗟に庇った事によるものだが、その一度で、セイバーは彼我に存在する膂力の差というものを思い知っている。

 

「うっわ、今の合わせてくるかなぁふつう。なら――」

 

「くっ」

 

 真面に受ければ握る腕ごとひしゃげそうになる程の怪力。アサシンの名に恥じない速度もさることながら、この相手はセイバーの一つどころか二つ三つも一撃の重さが違う。そもそも武器の用途が鋭さを要求するものと面の破壊を求めたもの。互いにもたらす破壊の結果は違うが、一発の速さがどちらの方が優れているかは問いにもならないだろう。

 だが、拳という二つの得物をまったく同じ力で、それも規格外のパワーで振るうとなれば、単なる一撃が銃弾から大砲のそれに化けるのだ。

 

「っ、そこ!」

 

 故に受けに回れず、当然一度でも被弾を許せば致命的な隙を晒してしまう。そしてだからこそ、彼女が狙うのは相手の威力を削ぐ武器破壊。アサシンの拳単体、そこへ到達する為の障害である手甲と鉤爪の破壊だ。

 

「おわ――っと、あぁあぁ、もう四つ目とか、お姉さんの剣鋭すぎ」

 

 一撃の重さでは遠く及ばないセイバーであるが、一撃の速度で彼女に軍配が上がるのは揺るぎない。そして何より、彼女の繰り出す剣は負傷して尚、針の穴を通すように正確だ。もし、アサシンの膂力がセイバーと同程度かそれ以下、一般的、平均的なアサシンのステータス通りなら問題なく初撃の一刀で屠れたことだろう。

 

 だが、それが叶わないからこその英霊。

 規格外、想定外であるからこそ、人の身でありながら人を越えた存在、英雄だ。

 

「そこはお互い様でしょう。分身といいその武具といい、一体いくつ隠し持ってるんですか」

 

 セイバーの一撃により弾かれ、折れた鉤爪はその数4つ。数値にしてみれば小さいものであるかもしれないが、相手の攻撃を直に受けないよう掻い潜り、反撃の無い腕が伸び切った僅かな隙を縫っての一撃。それを思えば四つ“しか”ではなく、この場合は4つ“も”打ち払えたセイバーの剣技の練度が異常なのだ。

 

 だが、

 

「うん、まあ十分かな」

 

 セイバーの言葉に答えるでもなく、新たに取り出した鉤爪の接合具合を確認するように腕を捻りながら一振りするアサシン。

 不意を打った一撃から、彼女はセイバーに一回も有効打を与えられていない。なら浮かべるのは攻めあぐねる現状に対する焦燥などである筈が、アサシンのそれは寧ろ真逆。

 

「さ、次はもっと手数増やしていきますかっ」

 

「っ、またですか」

 

 彼女の意思表示に従って、彼女の像がぶれていく。二回三回と回数を重ねれば彼女が他に獲物を有しているという選択肢は薄まってくる。終始無手であり、鉤爪という補助的な武具は取り出したアサシンだが、彼女にとって鉤爪事態の攻撃的補正に頓着していない事は、その体捌きから見てとれる。

 

「こ――っの!!」

 

 つまり、彼女にとって取り出した鉤爪とは相手をただ殺傷する為の武器ではなく、その本質は身に着けた手甲と同じく、寧ろ鎧としての側面が強い。

 

 拳と剣において決定的な差とは即ち反応速度の差だ。

 己自身の腕、神経が直結しているそれとその手が握る剣とでは、認識し、判断して、穿つという動作に対して、剣の場合は太刀筋を立てるという一工程を挟まなくてはならない。達人になればなるほどこの工程は限りなくゼロになるが、瞬間的な反射になればなるほど、生来持ち合わせたそれとでは差が出るのは道理。

 

「おっと! あっぶなっ、いじゃない!」

 

「くっ、チョロチョロと!」

 

 拳の連打という手数なら圧倒的優位にあるアサシンの連撃をしかし、セイバーは避けつづけ、時には反撃すらしてみせる。

 

 確かに攻撃のプロセスにおける理論で言えば、両の手が空く無手が有利なのは論として成り立つ。だが、それでも剣の方が有利とされるのは単純明快、リーチの差だ。

 

 幾ら早い拳を繰り出そうと、真横から見ればただ腕を差し出しているだけに過ぎない。セイバー程の剣技があればその伸ばされた腕を切り捨てる事も可能という事も理由の一つ。であるがアサシンはそんなセイバーに対し、その身に着けた手甲、鉤爪で刃を弾き、時に絡め取るようにして動きを阻害する。何も神秘の無いただの鉄鋼ではあるが、直撃さえしなければ数回の接触程度、問題なく逸らす事が可能だという証明だ。

 故に、神秘が軽いゆえの数による補強、壊れた傍から交換する事で己の脆弱さをカバーするという選択で、アサシンはセイバーと渡り合っているのだ。

 

 そして、鉤爪が攻めの爪牙として然して必要ないというのは、彼女の武錬によるところが大きい。つまりは、彼女は宝具を必要とせず、ただの体術の身で英霊を圧倒できるという常識外れの武威がなせる業こそ最大の脅威。

 言ってみれば彼女の体術が宝具級の域に達しているというデタラメ。

 

 これが神霊クラスの化物であればただの体術などそれこそ鳩に豆鉄砲だろう。だが、英霊本来の力、魂の総量を“クラス”という役割に当てはめてる事で本体の何割かを召喚するという冬木のサーヴァントシステムがアサシンの武術に味方をしていた。

 如何に霊格の高い英霊だろうと、この地の聖杯降誕の為の儀式においてはその神秘が減衰しているからだ。

 

「ホラ、どこ、見てるのさ!」

 

 そして、そこに折り合わせる彼女の特性、“実体を持った幻”という矛盾した秘術を織り交ぜる事によって、彼女の拳撃はより高位の技へと昇華しているのだ。

 

「あ――ぐっ」

 

 交差する攻防。互いが有効打をあてられないが為に、両者の戦いは次第に飛び込んでは擦違うという光景が幾重にも繰り返される。ようやく、セイバーの剣がアサシンの胴を貫いたとしても、またしてももう一人、“無傷のアサシン”がセイバーを横殴りに吹き飛ばす。

 

「あーぁ、まったく。ザクザク遠慮なしに刺しちゃってくれてさぁ。おかげで、私“三回も死んだ”じゃん」

 

 そう、この技の異常性は何より、セイバーの剣が、それを握る手が確かにアサシンの核を撃ち貫いたという手応えをもってなお、彼女が“無傷”であるという怪異。

 幻だから、薄れ消えたアサシンが既に幻影とすり替わっていただとかいう原理では断じてない。現に、クロスするように被弾覚悟で入れたカウンターはしかし、相手を貫いてからまだ消滅していないアサシンの攻撃を受けてから、もう一人のアサシンに背後から殴打されているのだから。

 

 よって、セイバーの考察は自信で疑いつつも、アサシンが自身と同質で魂を分割するのでなく、共有する、或いは並列した幻霊を作り出す術と仮定してた。非常に空論じみた話ではあるが、もしこれが事実だった場合、アサシンを消滅させるには完全に、それも回避不能の空間に押しこめた上で、全て同時に生残る可能性を全て殺したうえで滅殺しなくてはいけなくなる。

 

「三回も霊核を貫かれて……ふざけてるのはどっちだっていう話ですよ」

 

「んーいやいや、これでも三回も“殺される”って実際問題結構きついよ」

 

 なら大人しくやられておけといいたくなるという話だ。普通、ただの人間なら一度の死でその生を終える筈が、彼女は三度殺されて尚立ち拳を構えて見せる。

 

「ま、身も蓋もない話しだけど結構でおかしな家の生まれでさ。こういうもんだと思ってあきらめなよ」

 

 世の中には常識外のものなどそれこそごまんといるのだからと嘯く彼女に、戯言をと切って捨てる。

 セイバーにとって、“世は常識外の存在で溢れている”など説かれるまでもない事だ。本当に常識外というのは、理不尽且つ一方的で、思考し模索する余地すらない程の絶望的な存在の事を言う。それを思えば、目の前で腰に手を当てて得意げにする“暗殺者”程度、なんと可愛げのある事か。

 

「確かに、世が非常識で溢れかえっていて、理不尽極まりないってことには全面的に同意しますよアサシン。ええ、兎角この世は不平等で、究極的には結果が全ての夢も希望なんてあったもんじゃないですよ。現実を見ろって話です」

 

 そしてそう。現実を知って、尚――いや今まで真実を叩きつけられる度に屈する事無く立ち上がり、ひた走ってきたのがこの剣の英霊、その魂の在り様だ。なにより、現実を知って、それでも夢も希望も諦められなかった彼女だからこそ、“二度目”の聖杯戦争への参加を承諾したのだ。

 ならばこの程度、

 

「そうだね。人の命なんて朧げで酷く儚いなんて、どっかの詩人なんかは言うんだろうけどさ。現実を見ろって言うなら、そろそろ区切りにしようか」

 

 戦意を高め、これまでの気の練度を凌ぐ収斂を見せるアサシンに、セイバーは今までと同じ、刺突の構えを取って応じる。

 

 そう。ならばこの程度の障害、軽く切り伏せ超えられないようなら、■■■■■という少女の願いは泡沫に散るだけ。握った剣が切り伏せてきた魂たちに奉じる為にも、これ以上の無様は晒せない。

 

「だから、応えて“スルーズ・ワルキューレ”」

 

 一息でこちらに飛び込んでくるアサシンの姿を確認し、セイバーも四肢に気を張り巡らせるようにして迎え撃つ。二度の負傷で碌に動かない左腕の事など彼女の頭の中にはない。今できる最善、持てる全霊をもって全ての障害を排除する。

 

『玖錠降神流――陀羅尼孔雀王ォォォッ!!』

 

 膨れ上がった気を右の拳に一点集中させ、彼女本来の力に上乗せされた一撃。

 練り上げた余剰ですら踏み込む脚に現れ、目前で踏み切る彼女の周囲には地震と錯覚するほどの衝撃を伝播させる。それだけでセイバーは、この一撃に彼女が己の武術に心血を注いできたという事の表れだと理解し、

 

 ブリアー

『Briah――』

 

 その苛烈な一撃を、完全な意識の外である背後から雷速の一振りでもって斬り飛ばした。

 

「え、ぁ」

 

 胴を真っ二つにされて崩れ落ちるアサシンの姿を眺め、刃に付着した血を掃う様にして周囲を窺う。だが、これまでと違いアサシンの姿は確認できず、徐々に消えていくだけの暗殺者をみやり、瞬いていた剣の光を徐々に収めていく。

 

 アサシンが遅かったわけでもなく、弱かったわけでもない。寧ろ先程の一撃を初劇としてもらっていたとしたら、恐らく手痛い所ではすまない負傷をしていただろう。そして、そこまでの怪我となれば戦闘行為に支障が出るのは必至、これまでの彼女との戦いを思えばそれが致命的であるのは論ずるまでもない。

 彼女は“最弱のサーヴァント”等ではなく、セイバーにとって間違いなく強敵であった。

 ただ、もしこんな“聖杯戦争”などという舞台でなければ違った出会いもあったのだろうが、

 

「――ごめんなさい」

 

 自身も何に対して謝罪しているのかも知れず、ついに完全に霊核の消えたアサシンを前に頭を垂れ――背後で何かが崩れ落ちた音を聞いて、彼女は慌てて振返った。

 

 マスターと呼びかけて抱き起した主人の身体は、簡単に見ただけでも生きているのが不思議なくらいの有様だった。骨折や裂傷などかわいいモノで、変色した肌を見てわかるほどに内部が傷ついている事が分かる。

 自分の能力によって、ある程度の傷は自己回復できるセイバーにとっては他者の治療とはあまり得意ではない。知識として応急の医療行為は知っていても、これはその範囲を軽く超えている。

 だが、このまま何もしなければ、今生の主の命がただ失われていくのを眺めているだけであるのには変わりない。

 故に何か治療に使えるものはと極力その傷ついた体に気を遣いながら抱えて立ち上がろうとしたところで――

 

「セイバー、ですか」

 

 酷く懐かしい、かつて見知った顔と再会を果たした。

 

 






 瞬間的蹂躙!
 まだちょいと説明色が強い気がするけど、内容について多くは語らない(口にチャック
 ただ一ついうなら、
「お前らステイ」
 周りをよく見よう? 開戦の号砲を待たずして衛宮邸が灰塵と化しています(目逸らし

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