「わぁ~、カニがいっぱいだね! ちょっ☆きん♪」
「ああ、カニだな」
「カニだ」
「カニやな」
「カニだぁ」
「……カニだな」
「カニだなぁ」
「カニだな!」
「カニね」
「……カニ」
「…わんお」
月が真上に来る頃、俺たちは海に来ていた。時計を見るとすでに日付は変わっている。
依頼と言っていいのかわからないが、あの後ウェルキエル様から一緒に来てくれないかと聞かれた。どうやらカニにはあまり興味がないらしく、行っても退屈なんだとか。まあムリエルちゃんの前では言えないみたいだが。
ちなみに今は深夜でBPの近くの海(和歌山県)で人もほとんどいないので、みんな手持ちのゼクスは出している。正直イグニッションきついんだが。
「あっ、コメツキガニさんこんばんわー。今日はどうですかー?」
「…………」
「へー、今日は調子いい見たいですね☆」
ムリエルちゃんは砂浜にいた小さいカニに向かってしゃがんで挨拶する。
何言ってるかわかんのか?
「なあ、あの人大丈夫なのか? カニと話してるように見えるんだけど……」
「たぶん少し電波なのよ」
「……カフェに通ってて思ったけど、エンジェルとかガーディアンの人たちってみんな個性的」
「おい、勘違いされてるようだから言うが、あいつが我らエンジェルの総意ではないからな?」
ウェルキエル様が少し不満げに言う。
「ツノメチゴガニさんもこんばんわ☆」
ムリエルちゃんはどんどん移動していく。
「みんなついてきなよ! こっちにもカニがいっぱいいるよー! ちょっ☆きん♪」
「ああ、今行く! ……あいつがカニに執着しすぎてるだけで、我らは普通だぞ?」
ウェルキエル様は心配なのかまだ言ってくる。
それを見た月下香はぷぷぷ…と笑う。
「月下香とか言ったか、今にでも消し炭にできるのだぞ?」
「ふっ、逆に剣の錆にしてくれる。クラブ・ウォッチング・クラブの会員さんよ……」
「くっ! やはり今すぐにでも……!」
月下香はウェルキエル様をからかうのが面白いらしい。こうしてみるとウェルキエル様もかわいいなぁ…とか思わんでもないが、喧嘩になったらとても止められたもんじゃないので自重してほしい。
「ちょっ、ウェルキエルちゃん! ここでそんなことしたら危ないよ! ……カニが」
「やはりカニか! ……だがそれもそうだ、白の世界の評判を落とすわけにはいかないからな」
「そうか残念だ、ウェルキエルちゃん」
「貴様にちゃん付けされるのは、バカにされてる気がしてならない」
ウェルキエル様は少しイラついた声色で言う。
なんだかんだで仲は悪くないんだ。二人からしたら友達のノリでやってる感じなのだろう。年が違いからなのだろうか……。年が近いということはウェルキエル様はとしm……。
「誰かに失礼なことを考えられてる気がするな」
「奇遇だな、アタシもだ」
二人そろって俺の方を見る。
「気のせいじゃないか? ほら、ムリエルちゃん追いかけないと……」
「実は我々十二使徒のような高位なエンジェルには相手の精神状態で嘘を見抜けてだな……」
「さーせん、俺です。ごめんなさい」
俺はその場に土下座した。
「そうか貴様か……何を考えていたんだ?」
ウェルキエル様は俺の頭を踏む。
「い、言えません!」
言ったら俺の命が終わってしまう。
「集、言った方が身のためだぞ?」
月下香も便乗して俺を踏んでくる。
「痛い、マジで痛い!」
「なら言ったらどうだ? そろそろ加減が難しくなってきそうだ」
「わかりました言います! だから足をどけてください!」
「そのままで言うんだな」
月下王とウェルキエル様が俺の頭や背中をグリグリしながら言う。
「恐れながらお二人は長生きしていらしているのに……イタイイタイ! ッ…御綺麗だなと思っておりましたッ!」
「そうかそうか……媚びようとしても無駄だ!」
「ガフッ!」
ウェルキエル様が思いっきり足に力をかけたせいで、俺は地面と熱烈なキスをする羽目になった。
思いっきりぶつかったせいで鼻血が出る。
口に入った砂がじゃりじゃりと音を立て、血と海の味がする。
「そうかあの猫に続いてお前までそんなことを……」
月下香が少し震えた声で言うと、背中を踏む足に力が入った。
「ガッ! 痛い、痛いです!」
こいつ俺が肋骨を完治してないの絶対忘れてる! マジ痛い、骨が軋む!
「ふ、まあ我々エンジェルは人間保護を唱えているからな……これくらいにしておいてやる」
「そうだな、これ以上やったら殺してしまいそうだしな」
「た、助かった……」
だがまだ足がどかされないのはなぜ?
「どうした? 感謝の言葉がないぞ?」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「よろしい」
ようやく足が降ろされ、俺は鼻血と砂で汚れた顔を上げた。
俺が感謝の言葉を述べているときにアリスたちの方から「うわぁ……」とか聞こえた気がするが気のせいだ……気のせいだよな? 俺、そういう趣味はないからな?
「踏まれて鼻血を出すほど喜ぶとは、なかなか業の深い男だな」
ウェルキエル様はいじめっ子のような目で俺を見る。
「いやこれは踏まれたときに……」
「許してやったのに、まだ口答えするか」
「すいません、俺が悪かったです」
「それでいい」
二人は満足げに頷く。
そんなに虐めなくてもいいじゃないか。
「ああそれとさっきの嘘をついているのがわかるというのは嘘だ。つまりさっきのはカマかけだ」
なん……だと……!
じゃあ俺はまんまとカマかけられたということか。
「こんな男に使役されている奴も底が知れるというもの……」
「くっ!」
いや、くっ! じゃないだろ! 否定しろよ! 俺がマジで変態みたいじゃないか! ほらそこ、ガルムに見ちゃだめとか言わない。
「集、アタシは悔しいぞ! 今日の朝からアタシの鍛練に付き合え!」
「冗談じゃねぇ!」
オーラスコルとの一件以来、二人は一緒に鍛練しているのだが、そのたびにオーラスコルはヘトヘトになって帰ってきて俺に泣き言を言う。そんなのにただの人間の俺が付き合ったら死ぬだろ。
「これは決定事項だ。異論は認めない!」
「そんな……」
「ククク……ざまぁない、おまえもあの地獄を味わえばいいんや……」
スコルはもう諦めきったような笑いをした。そんなに仲間が増えるのがうれしいか。
「月下香先生、スコル君がもっと厳しい訓練したいって言ってます! 僕も先輩のかっこいいとこ見たいです!」
「そうか、ならスコルは今日から練習量を倍にする」
「そんなッ!」
ざまあみやがれってんだ。
そのあと『クラブ・ウォッチング・クラブ』(カニ見るカニ?)は朝方まで続き、そのまま徹夜で朝の鍛練へと突入した。初めてだからということで、メニューは軽めといっていたが、和歌山県から兵庫県の事務所まで走るのは流石に無理だと思うんだ。
あとで知ったことだが、俺はクラブ・ウォッチング・クラブの会員になったらしく、これからも時々カニ鑑賞会に付き合わされることになった。
集は決してマゾではありません。才能はありますが。
なおウェルキエル様と月下香は踏むことに謎の快感を覚えた模様。