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ウマ娘にも走らないヤツはいる。
そう、私みたいに。
レースに興味がないわけじゃない。
ただ、今の私の興味はこっち。
「…よし。」
肺をいっぱいに使って、金属の管に空気を吹き込む。
誰も居ない音楽室いっぱいに、単音のファンファーレが鳴り響いた。
~響かせろ、ファンファーレ~
私は普通の高校に通っている。
母親は元レースウマ娘。でもその結果は散々だった。
中央では無理で地方に行って、そこでもたった2回しか勝てていない。
そんな母が言うことには、レースは辛く、苦しく。
それでいて最高の瞬間らしい。
それがどんな感覚なのかちょっと興味はあったけれど、いかんせん2勝走者の血を引いている私だ。
トレセン学園に入ってもどうにもならないだろう。
それなら父の血、奏者のほうが向いてると思ったし、実際好きだった。
私の父は音楽家。
いわゆる一角の人物というやつで、芸術家によくあるお金の心配はしたことなかった。
家もそれなりに大きくて、特に私のお気に入りは防音室。
そこは外から隔絶された、音だけの世界。
小さかった頃はおもちゃのピアノ、小学校でリコーダー、鍵盤ハーモニカ。
色々持ち込んで、今の相棒はトランペット。
学校でも吹奏楽部に所属して、吹いて吹いて吹きまくっている。
冒頭に戻る。
放課後、まだ誰も居ない音楽室。
もうすぐ部活の仲間が集まってくるだろう。
その前に、今日のトランペットの具合を確かめたい。
吹き込んだ息が管の中で複雑に絡み合って、プァー、と鳴った。
「うん、いい感じ。」
楽器というのは得てして気まぐれだ。
思ったとおりの音が鳴らない日もある。
そんなアンラッキーな日が今日じゃないことに安堵しながら、ここ一番の日がそうならないことを祈った。
最も、これまでそんなことはなかったけどね。
一昨日の個人コンクールも上手くいって、賞を貰った。
自分で言うのもなんだけど、私は上手い。
なんて自己満足に浸っていると、同期が続々とホームルームを終えて音楽室に入ってきた。
「あ、もう来てる~早いね~」
「あ、おつかれ~」
「こないだ賞もらってもう練習とは、さすがお父さんが有名音楽家だけあるね。」
茶化されながらも、悪意は感じない。
みんな本気じゃないからだ。
吹奏楽部でもコンクール常連のところは厳しいが、ウチはそういうのではない。
音楽は好きだが、それで学校を選ぶ気はなかったから。
進学実績と偏差値、それと家から近いことを条件に選んだこの学校の吹奏楽部は、ゆるゆるのだらだらだ。
年に1回コンクールに出て、あとは個人個人で適当にやってる。
そんな中で私みたいな経験者が入ってきて、正直最初は浮いていた。
でもすぐに打ち解けたのは、私も本気でやってないからだろう。
(結局、趣味だからなー。)
私は上手い、それは客観的に見てもそう。
でも私は本気じゃない。
音楽は好き。
でもそれに命をかけるようなことはない。
ただ好きだから、楽な範囲でやってるだけ。
コンクールにしても、案内が来てるから出てるくらいの気持ち。
骨身を削ってやってるガチ勢とは相容れないだろう。
才能だけのエンジョイ勢、それが私。
「で、次の目標は?」
「え?あ、そっか、コンクール終わったもんね。どうしよっかなー。」
「実は顧問の先生がさ、こういうのあるんだけどどう?って。」
友達が差し出してきた紙には、こう書いていた。
『レースのファンファーレ、吹いてみませんか?』
「…なにこれ?」
「URAファイナルズって今度やるらしいじゃん?あれのファンファーレを学生に吹いて欲しいんだってさ。」
「へ~。」
オーディション形式で、応募は明後日まで。
直近に目立ったコンクールはなし。
「…まあ、いっか。」
母も喜ぶだろう、それくらいの軽い気持ちで、応募用紙に名前を書いた。
*
さて、レースのファンファーレは通常録音したものが使われている。
しかしながら、大きなレースでは生演奏するのが慣例だ。
時によって様々な楽団が演奏しているが、今回は公募というわけ。
とはいえ、大したレベルじゃないだろう。
そう思いながら、課題曲となるG1ファンファーレを動画配信サイトで見つけて聞いてみる。
そこには、きらきらと輝くターフ。
未だ静寂に包まれたそこには、これから一瞬のレースを駆け抜けるウマ娘たち。
そしてスターターが旗を振って、静寂が破られた。
響き渡る、ファンファーレ。
ざわついたレース場の雰囲気が一気に引き締まる。
喝采とともにゲート入りが始まり、レースが始まった。
そして…そこで動画は終わった。
「あ、ファンファーレだけか…」
別にそれでいいはずだった。
だけど、あのゲートから一斉に弾きだされたウマ娘たちがどうなったのか、それだけがただなんとなく気になっていた。
それが間近で感じられる場所がある。
レース場だ。
私は、もうやる気が満ち溢れて仕方なかった。
レース場で吹きたい。
その日から、私は生まれて始めて本気で練習した。
*
オーディションに来て驚いたのは、ウマ娘が私しか居なかったことだ。
正直目立っている。
「あら、ウマ娘さん?」
「あ、はい。」
私より上級生だろうか。
声をかけてきたその人はキツイ目つきで。
「別にウマ娘だからって今回のオーディション、有利になるわけじゃないのよね?フェアにいきましょ、ね?」
「…はあ。」
気の抜けた返事をしながら、その実私はプッツンきていた。
なーにを偉そうに、私がウマ娘だからといってなんだというんだ。
ねじ伏せてやる。
そう思いながらオーディションに挑んだ。
「では、次の方どうぞ。」
立ち上がって、トランペットを構える。
さっきの怒りが喉元まで吹き出しかけて…止まった。
私が今回頑張った理由はなんだ?
レース場で吹きたい、だからだろう?
レースを彩る、ファンファーレ。
それを担当したいからだと思ったからだろう?
一度トランペットを下ろし、息を整えた。
そして今から始まるレースを祝福するように、高らかにファンファーレを吹き上げた。
まるでレース場に居るような気がしていた。
緑の芝、抜ける風。
そしてその真ん中で、高らかに演奏する私。
吹き終わった後、皆が私を見る目が変わっているのを感じた。
オーディションの結果はすぐ出た。
私は合格。
ついでにさっきの目つきが悪いヤツも。
「貴女、さっきはごめんなさい。…すごかったわ。」
差し出された手を取って、笑った。
「どんなもんよ!本番、よろしくね!」
*
本番はあっという間に来た。
URAファイナルズ。すごいレースだと聞いている。
事実観客は超満員。
今更ながら少し緊張してきて、トランペットを軽く吹いてみる。
「…あれ?」
もう一度。
…マズイ、上手く音が出ない。
(え?嘘でしょ?)
楽器がへそを曲げる、最悪のアンラッキーデー。
それが今日、今ここで起こってしまった。
「ちょっと貴女、どうしたの?」
例の目つき悪いヤツ(名前を聞き忘れて今更聞けなくなってしまった)が声をかけてきた。
「なんか、音が上手く出なくって…」
「…それはね、貴女が迷ってるからよ。」
「は?」
迷ってる?私が?
またイヤミかと思ったが、その声は優しかった。
「オーディションでの貴女の演奏、すごかった。まるでレース場に居るみたいな。でも、貴女…ターフに立ってたでしょ。」
「…!」
「私達はファンファーレ、レース場に居てもその主役じゃないわ。…でも貴女は、ここで主役になりたいと思ってる。」
「えっと、私が…?」
「そう。貴女、走りたいんでしょ?」
言われて愕然とした。
レース場に惹かれるこの心。
どうしてもレース場で吹きたいと思った心の裏には、あの日見た動画があった。
そこには走るウマ娘たち。
それを見て、私は。
(走りたいって、思ってたんだ。)
そんな気持ちを音楽でマスキングして、今日ここまで来てしまった。
そして土壇場で私は、嫉妬してしまったのだ。
今日走れるウマ娘たちに。
走れない私とは違う彼女たちに。
楽器は繊細だ。
私の気持ちを汲み取って、そして音が歪む。
もう私に、吹ける気はしなかった。
「…なに落ち込んでるの?」
「だって、私…」
「走ればいいじゃない、今からでも。」
「え?」
うつむく私の顎を、彼女がくいと上を向かせてきた。
「今日は無理。でも今度から走ればいいじゃない。そのために、今日は吹きなさい。」
「…今からでも、間に合うのかな。」
「人生遅すぎるってことはないのよ。」
さあ、と彼女は手を差し出してきて。
「貴女がいつか立つ舞台に、今日立っているウマ娘たちへ。貴女がいつかそうされるように、今日は祝福をしてあげましょう?」
うなずいて、私はトランペットを構えた。
肺をいっぱいに使って、今の気持ちを金の管に吹き込む。
透き通ったキレイな音が、レース場の端で密かに響いた。
*
超満員のレース場に、正装で立つ。
観客たちの目は、こちらではなくコースでゲート入りを待つウマ娘たちに向けられていた。
でも今はそれでいい。
「さあ、行くわよ。」
「うん。」
指揮者が棒を構える。
胸の中を空気で満たして、その時を待った。
ワン、ツー。
振り下ろされる指揮棒に合わせてファンファーレを鳴らす。
観客が一斉にこちらを向くのを感じた。
これから始まるレースを楽しみに、祝福の音色に皆が耳を傾ける。
私は、本当に、心から応援の気持ちでトランペットを吹いた。
一方で、嫉妬も隠さなかった。
いつかそこに立ってやる。
その時のために、今はリスペクトを込めて。
等身大の私の気持ちが、他の楽器の音色と混ざり合いながらレースを揺らしていく。
たった十数秒の演奏。
それがこれまでのどんなコンクールよりも長く感じて。
終わった瞬間、轟くような拍手。
それでも、もう私達を見ている人は居なかった。
ファンファーレが鳴る、つまりゲート入りが始まってるってこと。
はけていく私達を見る人は居ない。
もちろん、それは私も同じ。
もう自分がどうなろうと構わない。
今は全て出しきった。
だから、あとはレースの結果を見届けるだけ。
ゲートが開いた。
*
初めてレース場に立ってから随分経った。
私は今、トレセン学園に転入してレースを走っている。
ただ、レースに出るだけじゃなくって…
「ちょっと貴女、さっき走ったばっかりで大丈夫?」
「うん、今日は9レースに出たからあんまり時間なかったけど…トランペットは、ばっちり。」
「で、レースの方は?」
「…6着。」
「ファンファーレとレースの二足のわらじ、勧めたのが私とはいえ大丈夫なのかしら?」
あの日のメンバーと一緒に、正式にURAの学生楽団として今もファンファーレを吹いているのだ。
音楽は好きだ。辞めるつもりはない。
でも走りたい、そう思ってしまったから。
これまでみたいに気楽じゃない、二足のわらじは大変だ。
それでも、頑張ってる。
そして、頑張れって気持ちを込めて、ファンファーレを吹く。
「さ、もう時間よ。行きましょう。」
「うん、あーあ、私もいつか生演奏をゲート前で聞きたいなー」
「その時は補欠のトランペッターが必要ね。」
「貴女が二人分吹いてよ、ね!」
笑いながらスタンド前に向かう。
私がいつか立つ舞台に、今日立っているウマ娘たちへ。私がいつかそうされたいから、本気で気持ちを込めて。
精一杯のエールをトランペット越しに、今日も響かせた。