でも、伝える気がなければ伝わらないから。
まずは一歩。
そこから、きっと。
好きだから。
好きだけど。
――好き、なのに。
距離をおかなければいけない。
ああ、どうしてこんなにも。俺はバカなんだろうか。
そもそもは、俺が調子に乗りすぎたんだ。同居が始まって、でも俺たちは他人どうしなのに。なのに、近付いたと思ってしまった。先輩に見送られて、夫婦みたいだなとか考えたり。何かあったら俺に言ってくださいとか、理解者面したり。そんなだから、俺は先輩に警戒させてしまうんだ。
あの日、看病して貰って。あの時、確かに胸がときめいた。この人も
バカで人の気持ちが分からない俺に、先輩はハッキリと言った。こういうのは良くない、と。もう二度と、あんなことは起こさないと。
先輩は、優しい人だ。俺が傷付かないように、いや傷が浅くて済むように、そう言ってくれたんだ。それなのに、俺は――。
「ああ、……あぁ」
先輩は何も間違っていない。間違っているのは、俺だ。
夏の陽射しはいよいよ強まり、アスファルトを焼いていく。
インターハイ行きは無くなって、でも部活は続く。毎日毎日、必死で身体を動かせば動かすほど、自分の未熟さを痛感する。先は余りに遠い、霧の彼方。集中しなければいけない。
なのに俺と来たら、ついつい女バスの練習風景を窺ってしまい、その度自己嫌悪に陥っている。
千夏先輩はインターハイが確定し、現在は最後の詰めに入っている。まさか邪魔なんか出来ない。顔を観ることさえ恐れ多い。あっちもあっちで、前にもまして体育館では他人として振る舞っているし。
それは正しいことで、不満をもつべきじゃない。今は大事な時期なんだ、もし同居がバレて問題になったりしたら、最悪「不祥事」としてチーム全体がとんでもない事になる。
分かってるのに、な。でも俺は、バカだから……な。
「何やってんのよ、アホ面下げて」
なんだと、と顔を上げるとそこには。
「何よバカ大喜」
……いつものバカ面した雛がいる。ああ、コイツも相当なんだけどな。
そう言えば、これも一応女子だっけな。見た感じ男子でも通るけど。
まあ、でも。相談くらいはしてみようか。一旦休憩ってことで。
「…………前も言ったっけ、先輩とちょっとな」
「あー……、近づき過ぎるのは良くない事だとかそういうのだっけ。ま、そりゃそうよ」
そんな簡単に肯定しないで欲しい。とは言え否定も出来ないんだけど。
先輩はいつだって、正しいから。
「千夏先輩にしたらさ、――怖いに決まってるよ」
怖い、か。そうかも、な。千夏先輩は縁もゆかりもない家に住んで、隣の部屋には一つ下の男子がいて。もし――まあ自分としてはあんまり考えてほしくないけど――変な気を起こされでもしたらどうしよう、と思うのは当然だろう。でもなら、最初からそうしてほしかった。勘違いする余地もないくらいに、警戒してほしかった。そうすれば、俺だって。
「……やっぱ、良くないよな。俺なんかが、好きになるなんて」
夢を追う千夏先輩にとっては、そんなの邪魔になるだけだ。すっぱりと諦め――。
「……っ、そういうとこだよ! 」
ダンッと床を踏み鳴らして叫んだ雛に、思わず気圧される。
「全部そういうとこだよバーカバーカ、バーーーカァ!!」
改まってなんだよ、コイツは。
周りもザワザワしだしたし、止めてくれないかなそういうの。
でもコイツは一度爆発すると、萎みきるまで続くからなー……。どうにもならん、黙って聞こう。
「バカの癖に何分かったフリしてんのよ! 好きなんでしょ!?」
俺を見据える雛の目には何故か涙が浮かび、首まで真っ赤になっている。徹底的に本気モードだ。
競技以外でこんな本気の雛、見たことがない。ここまで熱くなる理由は分からないけど、でも。
「落ち着けって、なんなんだよ雛。とにかく落ち着け、な?」
「うるっさいなぁー!! 全部アンタがバカだからだよ!! 順番がメチャクチャなの!! 一回でもアンタ、先輩に好きって言った!?」
それは。……それは。
そんなの、言えるはずがない。
許されるはずがない。
「 何も言わない癖に、いつか先輩に好きになってもらえたら良いなとか思ってんでしょ!? そんなだから!! アンタの気持ちが分からないから、先輩は怖いのよ!!」
気持ちを伝えられもせずに距離だけ詰められたら、それは。それは――良くない事、だ。怖くて仕方ないに決まっている。もしどこかで歯車が狂ったなら、取り返しのつかない事態になるかもしれない。怯えて当然だ。
俺はバカだ、大バカだ。口にしない事なんか、伝わるもんか。先輩は神様じゃない、心なんか読めやしない。言わなければならなかった、一番最初に。
――俺は千夏先輩が、好きだ。
好きだから、近付きたい。
俺を、好きになって欲しい。
それが俺の本心、伝えるべき事。
「雛、ありがとな」
まだ涙を流したままの顔をタオルで拭ってやってから、雛に心からそう言う。ありがとう、本当に。お前は最高の友達だ。
俺はバカだ、考えるべきじゃない。バカは黙って突っ込めば良い、それしか出来ないんだから。
帰宅まで待つなんて出来ない、人目を気にする余裕もない。
体育館を突っ切り、練習中の女バス集団に駆け寄り、そして。そして――。
「千夏先輩、好きです!!」
全ての感情を込め、真っ直ぐに。バカ正直に。
何もかも擲ってでも、俺は伝える。心の中で燃え続ける、アオい情熱を。
大喜くん可愛いです。