「え?」
わが耳を疑った。それ程に信じがたい事実だった。しかし、まっすぐとこちらを見つめ続ける先輩はからからと笑うのみで真意は感じられず、さっきのセリフは嘘なんじゃないかと思ってしまうほどだ。だが、嘘をつくメリットが分からない。だとすれば本当なのだろうか。本当に、あの時・・・御影を手違いとはいえこの手で斬ってしまったあの時、僕は笑っていたのだろうか。
「なぁんてね、嘘だよ嘘。」
やっぱりだ。そーゆー人だと思ったよ。大体こんなヘラヘラしてる人が真面目なことをいうわけないじゃないか。
「何でそんなこの世に絶望したみたいな顔してるんだい。・・・いやぁ、本当に面白い反応するね、君は。」
「この世っていうか・・・、あなたに絶望しただけのようですけど。」
なんの隠しげもなくされた告白に、もはや怒りを通り越して呆れながら言葉を返す僕。そんな僕に対して、先輩はヘラヘラしながら言葉を吐く。
「じゃぁさ、オレが駆けつけた時、なんでこのけが人を2人も救い出せたか、わかるかい?」
「それは先輩がやったって聞いてますけど。」
「はぁ。ずいぶんと過信するねぇ、君も。少しの力があるといい、さ。意識不明の人間を2人もあの場で守れると思うかい?」
「?」
言っている意味が分からず、きょとんとしていたが、先輩の目を見ているうちに、その奥底に強い感情があることに気が付いた。
「何が・・・、言いたいんですか。」
「さぁ、ね。オレはただ、昨夜の命の恩人に礼を言いたかっただけさ。・・・本人は覚えてないようだけど。」
「・・・。」
わからない。まったくもって意味が分からない。いよいよ押し黙ることしかできなくなった僕に助け舟を出すように、御影が口をはさんだ。
「まぁまぁ、『昨夜のこと』をはっきりさせたいって瞬火さんの気持ちもわかりますけどねぇ。」
「何なんだ?さっきから、昨夜昨夜って、あの時は瞬火先輩が駆けつけて助けてくれた。それだけじゃないのか?」
「ふぅん。随分と不思議君のようだねぇ。」
そんなことをいう先輩の隣で、自分を先輩と呼ばせないもう一人の先輩、御影はうんうんと頷くのみだ。全く、肝心なことが何一つわからない。ただ、このわからない状態を放置しておくのも癪だ。とりあえず、わかるところから情報を収集しないと。
「あの、先輩。」
「なんだい。」
「いまんとこ、僕の能力は回復ってことでしたけど、先輩はどうなんですか。・・・見たところ、普通の人ではないみたいですけど。」
そういって、僕が見つめるのは先輩の頭部。正確に言えば、ニット帽に隠された、その銀髪だ。
「あー。そだね。これみるのは御影くらいだったからさぁ、ずっと忘れてたよ。んじゃ、見るといい。」
そういって、先輩はニット帽に手をかけた。
脱いだ。
で、ニット帽が手から落ちた。
「・・・!」
「どうだい、滑稽だろう?」
そういって、少し自嘲気味に笑いながら、自分の頭部あたりを触る。
「そういえば、滑稽って、犬って漢字が入ってたねぇ。じゃぁ、これほどオレに似合わない言葉はないや。」
先輩の手が触れようとした一対の物体が、自分の意志で動く。
「そう、君が蜥蜴だとしたら、オレは猫ってとこかな。」
ずっとニット帽で潰されていた一対の物体・・・それは耳だったが、それはまるで猫のそれであるように、
先輩の頭の上で、ピンと立った。