ヘンリーはいい奴!
では、本編どうぞっ!
ヘンリーを捜し歩いていると、最近高く積み上げられた煉瓦の壁の裏側に彼を見つける。
ヘンリーは壁の裏側で誰にも見つからないように座って、ぼーっと空を見上げていた。
「あ、見つけた。ヘンリー」
アベルは軽く片手を挙げ、挨拶する。
「やあ、アベル! こんな所で油を売ってるとまたムチで打たれるぞ」
「君もだよ」
「オレはちょっと休憩だよ」
「一緒じゃないか。そういうのをサボりっていうんだよ」
アベルはヘンリーの隣に腰掛けた。
ヘンリーとは十年掛けて軽口を叩ける程、気の置けない友人になった。
彼には何度も殴られたけど、殴られる度正気に戻れたわけで。
……痛みにイラっとしなかったわけじゃないけど。
だけど、僕を殴るヘンリーの拳はいつも震えいて、僕を想ってくれているのだとわかってるから……結果的には感謝している。
むしろもっと、殴ってほし……こほんっ。
(……僕、毎日打たれ続けてどこかおかしくなってるみたいだ。)
アベルはイケナイ妄想に蓋をする。
「ははは、そうともいうか。で、また相談かい? あれから、もう十年になるもんな。お前の親父さんには本当に申し訳なかったと思っているよ。お前はきっと親父さんの最期の言葉を信じて母親を捜したいんだろうな」
「そうだね……。そう出来たらいいかな」
生きるって決めたからには、母さんを捜さないと……。
けど、まずはどうやってここから逃げ出すのか……、それが問題だ。
アベルとヘンリーは空を見上げ、晴天に漂う雲を目で追った。
「いいよなあ……。オレなんかここを逃げ出してもお城じゃ弟のデールが王様になってるだろうし。と、くどくど話しても仕方がないなっ! さあ仕事、仕事……」
ヘンリーは手を着いてお尻を持ち上げようとする。
そこへアベルは……、
「なあ、ヘンリー」
「ん?」
「……最近、彼女の夢をよく見るんだ」
「…………そっか。まだ見るのか……。……お前はあの子と長く一緒に居たんだもんな」
あれは……、可哀想だったな……。
ヘンリーは、身体も動かず声も出せずの状態で、パパスが蹂躙されたことにショックを受け気を失っていたが、アリアの翼がもがれた際の大きな叫び声で一度目を覚ましていた。
それからパパスと共に炎に呑まれた所で、再びショックを受け意識を失ってしまったのだった。
「それで……、最近気付いたことがあって」
「ん? っと、マズイ。監視が来たぞ。オレは持ち場に戻るなっ!」
「あっ、ヘンリー!」
また今度聞くよ! とヘンリーは慌てて立ち上がり、アベルを残して去って行く。
……まあ、今度でもいいか。
どうせ、同じ毎日だし。
アベルも立ち上がり、もう少し散歩してから仕事に戻るかとその場を後にしようとした……ところで、
「おい、お前っ!」
【ムチおとこ】が現れ、ニヤニヤしながら鞭をにぎにぎさせ寄って来た。
「…………、はい、どーぞ」
見つかったか……と、アベルは観念して頭の後ろに両手を組み、背を向ける。
ピシッ、ピシっ。
【ムチおとこ】の鞭はしなり、アベルの背に傷を付けていった。
打ちどころが悪いと肉が抉れ、流血が伴う。
パタタッ。
床にアベルの赤い血が数滴飛び散ったのだった。
「っ! ……ぃった……」
アベルの顔が苦痛に歪む。
さっさと持ち場に戻れ! と【ムチおとこ】は気が済むまでアベルを打つと、アベルに言い残して去って行った。
「……ホイミ」
アベルは回復呪文を唱える。
すると、背についた傷が塞がっていった。痛みや流血は治まるが、細かな傷はたまに残ってしまう。
皆とお揃いの奴隷服もあちこち破けて随分と草臥れてしまっていた。
……痛みが無くなるだけでもまぁマシかな。
と、こんな時、回復呪文が使えて良かったなと心底そう思う。
やっぱり女の子に打たれた方がいいかなぁ……。
綺麗な女の人からなら……。と思うとちょっぴり興奮してしまう……ような気がする。
去って行くぽっちゃり【ムチおとこ】の背に、アベルはそう思った。
「……もう少し散歩してから戻ろ……」
アベルは背伸びをしてから、まだ戻るには早いなと、もう少し散歩することにする。
そんなこんなで歩き出すと、目の前に先程とは別の【ムチおとこ】に見つかってしまった。
「お前はまた……!」
「っ! …………へ、兵士さんに呼ばれて……」
さぼりの常習犯としてアベルは【ムチおとこ】達の間では有名らしい。
アベルは咄嗟に適当な言い訳をする。
鞭で打たれるのには慣れたとはいえ、急だとやはり緊張感が走るもので……。
すると、その【ムチおとこ】はたまたま機嫌が良かったのかは知らないが、「……ま、いい」と前置きして上機嫌で話し出した。
「いいか? まだ秘密の話だが……。教祖様はこの神殿が完成すればお前達ドレイを解放すると仰っているぞ。もちろん、我が光の教団の信者になればという条件付きだが、悪い話ではあるまい」
“だからしっかり働くように!”
と【ムチおとこ】は鞭をにぎにぎするだけで、今回はアベルを打つことなく見逃してくれたのだった。
たまに打たないこともあるんだなぁ……。
アベルは急な緊張感を強いられ疲れたのか、少し休憩したくなり、誰も居ない場所を探しに行くことにした。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
アベルがきょろきょろとどこか身を隠せる場所を探し彷徨っていると、積まれた岩の端に老人が一息吐いているのを見つける。
「ここの教祖さんは世界を救うというとるそうじゃ。しかし、無理矢理さらって来た人間に神殿を造らせるようではロクなもんじゃねえぞ!」
「……僕も、そう思います」
「だろう!? わしゃ、もう直ぐ孫が生まれるところだったというのにこんなところで……」
うっうっ……、と老人が泣き始めてしまったので、アベルは老人の背中を優しく擦ってやった。
「ぅ……、す、すまんかったな、お前さん。ここに二人も居たら目立つから、すまんがお前さんは他を当たっておくれ」
泣き止んだ老人に“ここはわしの場所じゃから”と云われ、アベルは他を当たることにした。
「……あそこなら確か……」
アベルはある場所を思いつき、奴隷達の宿舎(と呼べるほどのものではない部屋)のある階段を下りて行った。
「あ」
マズイ。
階段を下りると兵士が一人、宿舎前のテーブルに頭を抱え塞ぎ込んでいる。
兵士が「どうすれば……、どうしたら……」とぶつぶつ何か云っていた。
何か困っている様子で、階段を下りて来たアベルの気配に気付いているはずなのに厳しく叱責してくる様子はない。
それどころか困り果てているようで……、
「…………っ、あの……」
アベルはつい、声を掛けてしまった。
困っている人を見るとつい声を掛けたくなるのは、お節介かもしれないが、父パパスもよくそうしていたのを見ていたアベルにとっては当たり前のことなのだ。
「参った……。妹のマリアがドレイにされてしまったのだ……。何とかしたいが、教祖様には逆らえないし……。と、こんなことをドレイのお前に話しても仕方なかったな……」
アベルが声を掛けると兵士の男は顔を上げ、アベルに愚痴を零すとまた塞ぎ込んでしまう。
そして、「どうしよう、どうしたら……」とまたぶつぶつ独り言を呟き始めたのだった。
「マリアさん……か」
アリアに名前が似てるな……、と思いつつ、アベルはここではさぼれないと場所を移動することにした。
アリアが居ないとなんか茶化せない感……。
早く再会できるといいのですが、脱線・寄り道大好きなもんでw
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