何の夢なんすかね……。
では、本編どぞ。
「……えと……、掴まってくれて、い、いいから……」
断られたら僕すごく格好悪いんだけど……。
なんだって、こんなことを……。
どうかしてる……。
けど、アリアの足痛そうだし……。
アベルは無意識で差し出した手を引っ込めることが出来ず、そのままの恰好で再びアリアの足元に視線を落としていた。
その指先は僅かに震えている。
「っ、ぁ……、じゃ、じゃあ……少しだけ……お借りします…………」
アリアは差し出されたアベルの指先をそっと掴む。
「……っ!」
アリアの指、細いっ……! 指も柔らかっ! すべすべしてるっ!
アベルは視線を上げることなく全神経をアリアの触れた手先に集中させた。
それだけで、アベルの胸が満たされていく気がする。
アリアはピンヒールを片方ずつ履いていくが、右足を履き、次に左足をと……履こうとするとバランスを崩し、身体が左右に揺れた。
「っ、ぁっ! あっ……!」
アリアの掴む手に力が入り、アベルも彼女が倒れないよう腕に力を込める。
そして、
グニュッ!! っと……。
アリアはアベルの立てた側の足の甲を爪先で踏みつけてしまったのだった。
アベルの眉間が瞬時に歪む。
「いっ……!!(痛った! …………っ!!)」
「っ、あっ、ごめんなさいっ!」
アリアはすぐに足を退け慌てて手も放そうとするが、アベルはアリアの手を親指で縫い留め引き留めていた。
「っ……ぁっ、アベルさん……??」
アリアの瞳が戸惑いに揺れる。
「…………っ、い、いたた…………。大丈夫だからっ、っ、は、早く履いちゃって……!」
「あっ、はいっ!」
アベルはアリアと視線を合わせないまま足元だけ見ながら告げると、今度はちゃんとピンヒールを履き終えた。
そして、靴を履き終えたのを確認するとアベルは彼女に気付かれないよう、そっと足元に【ホイミ】を掛け、手を放す。
アリアの足の赤みは消えていた。
「ごめんなさい……。痛かったでしょう? 今、回復呪文掛けますねホ……」
「いいっ! 要らないっ。近寄らなくていいからっ! ……いいんだっ!! いいからっ! 本当にいいからっ!!」
アリアがアベルの頭上から声を掛けしゃがもうとすると、アベルは突然大きな声を出し、頭を何度も左右に振った。
更に何故か少しずつ、そのままの体勢で器用に後退っている。
「え……?」
アリアは首を傾げる。
(あれ? 私嫌われちゃいましたか……?)
そのままアリアがアベルの様子を見ていると、アベルは俯いたまま突然立ち上がった。
「あ、あの……アベルさん……?」
「っ、ごめんっ! すぐ戻るからっ! ちょ、ちょっと待ってて!!」
「えっ、あっ……!」
アリアがおずおずと訊ねるとアベルは“パンッ”と両手を叩き合わせアリアを拝んでから、ヘンリーとピエールの前を通り過ぎ、カジノの隅っこに走って行ってしまう。
隅っこに辿り着くと壁に片手をついてもう片方の手で顔を覆っていた。
「…………えっ……。ど、どうしちゃったのかしら……(そんなに痛かったなら回復した方が良かったんじゃ……)」
残されたアリアは何が何やらわからず、アベルの背を見守る。
アベルは肩をふるふると震わせていた。
「…………ったく、幸せそうな顔しちゃってさー……(アベル、お前ヤバい顔になってんぞ)」
ぼそっと、ヘンリーが呟く。
ヘンリーはアベルとすれ違う際、見てしまったのだ。
アベルが口をだらしなく開け、瞳が陶酔したように細められ、にへら~とどこかにトリップしたような気色悪い程の笑みを浮かべているのを。
【ムチおとこ】からの攻撃など比ではない、夢が叶ったようなこの上ない喜びに満ちた顔である。
……【ムチおとこ】の呪縛はまだ解けていないらしい……。
「え? 何ですか?」
「っ、おっと……。アリアさん、その恰好オレ達には刺激が強過ぎるよ」
アリアがヘンリーの傍にやって来て訊ねると、ヘンリーは頬を赤く染め両手で目を塞ぐ。
「へ? あっ……。そ、そうですか? ただの仕事着ですけど……?」
「……あのね……。修道院育ちのご令嬢が、こんな所でバニーやってるなんて誰も思わないっしょ!!」
ヘンリーに説教されてしまった。
「っ、お給金が良くて……。あっ、マザーには内緒でお願いしますねっ! 心配されますから。それに私、今日で辞めようかなって思っていて」
「っ、アリア……、あんたって娘は……! え? 辞める?」
ヘンリーは手を目から退ける。
すると、黒髪の美女が真っ直ぐに自分を見ているので、目を逸らせなくなってしまった。
「はい。さっき襲われちゃいましたし……、この分だと修道院にもご迷惑をお掛けすると思いますから」
とりあえず、ここは辞めたいと思います。とアリアははにかむ。
「…………、……昨夜も気になってたんだ。襲われたってことは書簡が受理されてないってことだろ……? 魔物まで使う相手だなんて……。…………どうするつもりなんだい?」
「…………それは…………、…………、……ふふっ。ナイショです」
ヘンリーは昨夜のマザーとアリアの会話の中で、アリアが一瞬黙り込んだことが気になっていたのだった。
ところが、
「アリア嬢なら私がついているから大丈夫だ。ヘンリー殿。安心して旅を続けられよ」
ピエールがアリアとヘンリーの間に割って入って来る。
「っ、いや、けどだな……。もし困ってるなら……」
友達として助けてやりたいんだけど……?
と、ヘンリーが口を開くと後ろに肩を引かれる。
「ん?」
「アリアさんっ! も、もし、何か手伝えることがあるなら教えてくれないかな。僕は君の手伝いがしたいんだ!」
ヘンリーを後ろに追いやって、いつの間にか戻って来たアベルはアリアに手を差し出した。
「アベルっ!」
何でオレが後ろに追いやられなきゃなんだよぉぉぉっ!
アリアが見えないだろうがぁあああっ!!
ヘンリーは目の前のアベルの背と、奥のピエールを見て思った。
「アリア嬢。どうなさるおつもりで?」
ピエールはアリアに振り返る。
「あっ、えっと……。私、どなたにも迷惑を掛けるつもりはなくて……。ピエールさんにも……申し訳ないですし……」
「私のことならお気になさらず。アリア嬢が迷惑だと仰られるまでは何処までもお供致しますよ。な、アンドレ?」
「そーだよそーだよ。アリアちゃんが嫌じゃなかったら一緒に行こーよ!」
緑のスライム……名前は“アンドレ”からピエールは飛び降りると、片膝をつけアリアの前に跪いて手を差し出した。
その隣でアンドレは柔和な顔でぴょんぴょんとジャンプしている。
「ピエールさん……。アンドレさん……。迷惑だなんてそんな……。ありがとうございます……」
アリアは躊躇うことなく、いつもそうしているのか当然のようにピエールの手を取った。
「っ!?」
なに……っ?
ピエールとアリアの親密な様子にアベルが顔を歪める。
「……アリア嬢はこの身に代えても、お護り致します」
「ピエールさん……」
ピエールはアリアの手の甲に口付けをしようと顔を寄せて行く。
アベルは慌てて二人に声を掛けた。
「っ、ちょ、ちょっと待ってくれっ!!」
「「へ?」」
アリアとピエールはアベルを見て首を傾げる、と。
ピタッ。
アリアの手の甲にピエールの兜の口元辺りにくっつく。
ひんやりした感触がアリアの手に伝わった。兜を被っているので実際に口付けは出来ないのである(人の目がある所では兜は脱がない主義らしい)。
「あ……。な、なんだ……良かった……」
アベルはほっと胸を撫で下ろした。
ヒールで踏み付けるのは痛そうだったので足先としました。
踏み踏み。いつかあちこち踏まれるといいですね、アベル君。
ムチおとこの呪いはいつまで続くんでしょうかwww
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