全てを語る必要はないんだけどね。
では、本編どぞ。
◇
「あ~!! ったく、アベルはいいよなぁ~!!」
ヘンリーは三階のバルコニーに出て、新鮮な空気をめいっぱい吸い込んだ。
何だよアベルのヤツ、アリアと上手くやってるんじゃん?
オレだって……。
「…………、…………って、それどころじゃないよな……」
――オレが居なくなって丸く収まったと思ったのに、オレの居ない間にラインハットがそんなに酷くなってるとは……。
ビスタの港や、サンタローズやこの町で聞いたラインハットの話が思い出される。
親友の村を焼き払ったこと、父王が亡くなったことや弟デールの政治は太后が牛耳っていること。
巷で聞く話は全て悪評ばかりだ。
ヘンリーは訊く度に胸を痛めていたのだった。
「…………どうすっかなぁ……(せっかく自由になったっていうのに……)」
はぁ、と溜息が漏れる。
先程楽しみにしていた葡萄の樹を見ても、気分は晴れなかった。
もしかしたら、アリアへの求婚も太后が手を回しているのかもしれない。
アリアは逃げる選択をしたが、船は出ない。
このままだといずれ見つかり攫われる可能性だってある。
翼をもぎ取られ、記憶を失わせてしまったのに、これ以上彼女を傷付けるわけにはいかない。
「……アリアごめんな……」
ヘンリーは謝罪の言葉を口にして涙が込み上がって来たのか、ゴシゴシと腕で擦った。
……そんな時、ふとマリアの顔が浮かぶ。
修道院でアベルが目覚める前に、彼女と何度か話をした。
彼女はヘンリーの懺悔をただ黙って聞いてくれたのだ。
◇
◇
◇
あの日――――。
タルが修道院に流れ着いて二日目。
ヘンリーは修道院の客室で目を覚ました。
「……あ、れ……、オレ……?」
ヘンリーがゆっくりと目蓋を開くと、傍に居たポッシスが驚き破顔する。
「……まあ、よかった! 気が付かれましたのね! これが何本かわかりますか?」
ポッシスは指を二本立てて目を細めたまま、“ピース!”と白い歯を見せた。
「え…………あ、……二本……?」
「ええ、ええ。正解です。ご気分はいかがですか? お連れ様はまだお目覚めになりませんが、呼吸は安定しております。その内目覚めると思いますわ。ここは、名もない海辺の修道院。どうか、元気になるまでゆっくりしていって下さいね」
ポッシスが隣のベッドに眠るアベルをちらりと見やって、ヘンリーに“大丈夫ですよ”と告げる。
ヘンリーは身体を静かに起こした。
「……あ、オレ達、何処か、山の中から逃げて来て……」
「…………ええ、お連れの女性……、マリアさんからお話を聞きましたわ」
「っ! マリアさんは無事ですかっ!?」
ヘンリーはポッシスについ大きな声を出してしまう。
「っ! ……っと……。はい、ご無事ですよ。昨日お目覚めになられたのですが、まだ身体がだるいようで、私達の寝室にて療養していらっしゃいますわ」
「そ、そっか……、良かった……」
急に大声を出されたポッシスは一瞬目を丸くしたものの、すぐに目を細め穏やかに答えてくれたので、ヘンリーはほっと胸を撫で下ろした。
――オレ達、よく生きてたな……、な、アベル?
隣のベッドに眠るアベルを見ると、すぅすぅと穏やかに眠っている。
まだ一度も目が覚めていないらしいが、彼の口角が時折薄っすらと上がるのでいい夢でも見ているんだろう。
ポッシスの云うように、いつか目が覚める気がするなとヘンリーはベッドから立ち上がった。
「えと、ヘンリーさんで宜しかったかしら?」
「あ、はい」
ヘンリーは立ち上がって両手を開いたり閉じたり、腕を回したり伸ばしたりしてみる。
身体、何ともないな。
立ち上がると少しだけだるい気もするけど、ここの人達が回復してくれたんだろうか……。
ありがたいな。
そう思っていると、
『もし宜しかったら、詳しいお話を聞かせていただけませんか?』
ポッシスに云われて、この施設の責任者の【マザー】にこれまでの経緯を話すことになったのだった。
◇
「……そうですか、そんな場所で強制労働を強いられて……」
あれから客室を出たヘンリーは、マザーと祭壇越しで自分の身分のことは伏せ、奴隷時代の話をしていた。
「オレが攫われたばっかりにアベルの親父さんが殺され、結局オレ達はどこともわからない場所に連れて行かれ……十年もあんな場所で奴隷として働かされたんです」
アリアのことは……、言わなくてもいいよな……。
天使のことなんて言っても、誰も信じないだろうし……。
彼女は始めから
オレの所為で死んだんじゃない。
……ヘンリーはアリアのことも伏せていた。
今でもはっきりと目蓋の奥、そして耳の奥、脳裏に焼き付くアリアの血飛沫と、大絶叫。
今更死んでしまった他の人間に見えない天使の話をしたところでどうなるわけでもない。
こびり付く罪悪感はどうしようもないが、死人に口なしで、
罪悪感からヘンリーはアリアのことをずっと忘れたいと思っていた。
アベルに対しては、パパスのことがあったために親分として面倒を見なければと気負っていたから彼からアリアの話題が出たら黙って聞いていたし、時に相槌も打っていた。
けれど本当は、アベルがアリアの話をする度、聞くのが辛かった。
アベルは彼女が夢に出て来て
アベルとアリアがどんな関係だったのかを知らないヘンリーは、アリアに優しくしてもらったが、それ程親しいわけではなかった。
……確かに好きだった。
“好きだったけど、自分の所為で殺された。”
アベルの父パパスの死に、好きになった少女の死。
幼いヘンリーには荷が重過ぎたのだ。
大人になった今も、まだ受け入れられないでいる。
だから当たり障りのないことだけ、話をする。
重い罪悪感の
これが、更に自分を苦しめることになるとは思わずに……。
「十年……随分長い間苦労されたのですね。……マリアさんもそう仰っていましたわ……」
「え……?」
マザーが慈愛を込めた優しい瞳でヘンリーを見つめていた。
「マリアさんに奴隷生活だなんて苦労されたのですねと、お声を掛けたら、私よりもお二人の方が苦労されていると泣かれてしまって……」
「……マリアさんが……?」
――オレの為に泣いてくれたなんて、マリアさんて優しい人だな……。
マザーの言葉にヘンリーはマリアに会いたくなってくる。
「目が覚めてすぐにお聞きしたので、気が高ぶっていたのかもしれませんわ。今は随分と落ち着かれましたから……。彼女、とても優しい女性ですわね……」
「あ、はい……」
「ヘンリーさんがお元気なら、一階の寝室にいらっしゃいますから会いに行って差し上げて下さい。きっと喜びますわ」
あちらの入口手前の通路を左ですよ、とマザーが指差し教えてくれた。
と、ヘンリーが振り返り、一階を見下ろしたタイミングで一人の女性が分厚い本を数冊手に階段を上がって来る。
「マザー、お持ちしました。私、これから洗濯して来ますので、ご用があったら呼んで下さい」
「ええ、ありがとう」
優し気な声でマザーに語り掛けるその女性の姿にヘンリーは目を見開いたのだった。
一つくらい黙っていたっていいじゃない。
隠したい秘密の一つや二つ、誰でも持ってるでしょ。
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