拗れると、大変なのです。
では、本編。
アリアを正式に仲間に迎え、修道院を出て、一時間後……。
ガラガラガラガラ……、馬車の車輪が軽快に回る。
「ダーリィィイン❤ キャ~❤」
キャビンから前を歩くアベルを眺めてキャシーが黄色い声援を送っていた。
「ぁあ、もう……(アリアが誤解したらどうするんだよ……)」
アベルはパトリシアの手綱を引きながら頭を抱える。
チラッと隣を歩くアリアの様子を窺った。
ところがアリアは、
「ふふっ、キャシーちゃんはアベルのこと大好きなんだね~!」
昨日のように気にする素振りもなく、キャビンから覗くキャシーに笑顔を向けている。
「そうなノ~ン❤ アリアわかってるじゃな~イ! 昨日は意地悪なこと言って悪かったわねぇ~ン」
キャシーも昨日のようなツンツンしたような態度をアリアに向けることなく、楽し気に応対していた。
「あ、いいのいいのっ! 記憶喪失だった頃の私は私じゃないから~!」
「っ!?」
アリアの言葉にアベルは息を呑む。
「っ、アリア、それっ、どういうこと……!?」
「へ……? あっ、……ふふっ。今朝までの私は、ほらっ、恥ずかしいからさ、忘れて……? あんな内気な私、有り得ないって……」
――本当……どうかしてたなぁ私……。
不意にアベルが立ち止まりアリアに訊ねると、彼女は苦笑しながら耳に後れ毛を掛けた。
「っ、忘れられるわけ……っ!!」
「…………はは……、まぁ、だよ、ねぇ……。…………はぁ……」
アリアは海へと視線を投げ、遠くを見て溜息を吐く。
「アリア……?」
「ははは……。ほら、行こ……? 夜になったら魔物が増えるよ」
アベルが様子を窺うと、アリアは乾いた笑いを浮かべながら一人でさっさと歩いて行ってしまった。
「…………、……納得いかない……!」
アベルも手綱を手放し慌てて彼女を追う。
パトリシアは二人の後に続き、一定の速度で進んだ。賢い馬である。
――何で記憶喪失中の自分のことを否定するんだ……!?
アリアはアリアなのに? 性格が多少違ったっていいじゃないか。僕はどちらのアリアもいいと思っているのに。
アベルは自分が惹かれた記憶喪失中の彼女を否定された気がして悲しくなる。
「……ごめんね、アベル」
「……何に対して謝ってるわけ?」
アベルが追い付くとアリアがアベルに謝って来る。
謝られる意味がわからない、とアベルは訊ねていた。
「…………色々と」
「……色々とって……ざっくり過ぎるでしょ……」
――アリア、何を言おうとしてるんだ……?
自分を見ず、また海の彼方を見つめながら呟くアリアにアベルはツッコミを入れる。
「……ふふっ、記憶喪失の間、迷惑掛けたね。何かほら……思わせ振りな態度も取っちゃったみたいだし……?」
「…………っ?」
アリアが海からアベルに視線を戻し、笑顔を見せる。思い掛けない言葉にアベルは声を詰まらせた。
「……はは……。アベル優しいからさ、つい甘えちゃったんだ。ごめんね。もう甘えないようにするから、記憶喪失中のことは忘れてね。あぁ、もう、ホンットに恥ずかしい……あれは黒歴史だよ……」
アリアはそれだけ云うと、立ち止まり顔を覆って“ふぅ”と溜息を吐く。
「アリア…………そん、な……」
――ウソだろ……? ウソだよね……!?
あんなに距離が近付いたと思っていたのに、急に何故……?
アベルも立ち止まると、拒絶された気がしてアリアを見つめていた。
「…………、…………ごめんね」
「ごめんねって……」
申し訳なさそうにアリアが再び謝罪の言葉を口にする。
アベルはどう受け止めていいのか わからなかった。
「…………あはっ! でも大丈夫よ、安心して! アベルにはきっと綺麗で可愛いお嫁さんが出来るから!」
アベルが目を瞬かせていると、アリアが今度は明るくそんなことを言い出す。
「っ……!? な、何言って……」
アリアの予言めいた物言いにアベルは呆気に取られてしまった。
馬車が二人の横を通り過ぎて行く。
いつの間にかピエールがパトリシアの手綱を引いていた。
「私もアベルのように未来が見えるの! アベルは未来で素敵なお嫁さんを貰うのよ!」
「っ……ナニソレ……」
――アリア、酷くない……!? 僕の気持ち気付いてるんだよね……!?
明るい笑顔で言い切るアリアにアベルの胸が痛む。
……アリアが何を考えているのか全くわからない。
自分は何かしてしまったのだろうか?
それとも、彼女は僕のことを何とも想っていないのか?
そんなはずはないと思うんだけど……。
僕を頼ってくれたし、少なからずアリアは僕を想っていてくれたはずだ……。
未来の伴侶の話など、今されても今想っているのは君なのだから意味はないのに……。
アベルはアリアの前に見えない壁が出来たような気がして顔を歪めた。
胸の痛みと共に憤りの感情が湧いて来る。
――そっちがそんな態度なら、僕も。
「あっ、置いて行かれちゃうよ。行こ行こ!」
「っ、アリア! 僕は君のことなんか全然好きじゃない。勘違いしないでくれっ!」
アリアがアベルの手を引こうとすると、アベルはその手を払い除けていた。
「ぃたっ…………、…………うん。ごめんねっ! 思いっきり勘違いしちゃってたよ! 私ってバカだね~! あははっ! そんなわけないよねぇ~! アベルは主人公だもの……」
アベルが払い除けた際、爪が当たったのか、アリアの人差し指が切れ出血する。
「あっ、ごめ……、今 回復呪文……(出発前にも言ってたけど“主人公”って何だ……?)」
「……いいんだよ、アベル。このままで。……それでいいの」
アベルが“しまった”という顔をし、アリアに【ホイミ】を掛けようとすると、アリアは身を引いて避けた。
「え……?」
「……私達は、お友達でしょ?」
「っ………………、……うんっ! そうだねっ!」
至近距離でアリアに見上げられ、アベルは一瞬目を奪われるが、語気を強めて肯定する。
「これくらい、舐めとけば治るから」
ちゅぅっ。とアリアは傷の血を吸い上げた。
――うん、鉄の味……。
傷口から口を放すと、アリアの唇には血が付着し一部が赤く彩られていた。
ペロっと、アリアは唇に付いた血を舐め取る。
その光景にアベルはつい見惚れてしまった。
「ぁ……………………っ、行くよ!」
――今、僕は何を想像した……!?
アベルは逃げるように馬車に向かって走って行く。
「あっ、うん!」
アリアも続いたのだった。
あらら、喧嘩しちゃった。