お風呂を借りましょう。
では本編。
アベルが下を覗いていると背後から好い香りが漂ってくる。
「…………すん……、好い匂い……!(これは……!?)」
アベルの小鼻がヒクヒクと動いた。
爽やかな甘い香りが、アベルの鼻腔を刺激する。
――この香り、僕が大好きな香りだ……。
この香りを纏わせる人は独りしかいない。
アベルは香りのする方へと振り向いた。
「……………………ふーん? そう……なの?(踊り……? いやこの場合は……)」
アリアが入浴を終えたらしく、奥の部屋から出てアベル達の元へとやって来る。
「っ!? あっ、アリアっ!!(今の聞いて……!?)」
「踊り娘さんのおっぱいねぇ~……」
アベルの傍にやって来たアリアは半目でちらっとアベルを見上げた。
「っ、えっと……違うんだ……僕はその……検証をしたくて……」
「検証……なんの? アベルって……えっちだねぇ……」
――まぁ、お年頃だもんね……そりゃあ、興味あるよね……。
アベルが気まずそうに頭の後ろを掻くと、アリアは苦笑する。
「ぅっ。……っ、違うんだってば! 僕はアリアのおっぱいにしか興味ないんだっ!! アリアが下の舞台に居る時、僕が上から覗いたら見えるかなって思っただけっ!!」
――アリアのおっぱいが見たい……!
アベルが目前の風呂上りの匂い立つアリアに近づいた。
その距離を徐々に縮めてみる。
「っっ!? ちょっ、アベル、な、何言って……!?(おっぱい……ってそんな はっきり言わなくても……!)」
「っ……本当だよ!? 僕は君にしか興味がないんだ! わかってるでしょ!?」
アリアとの距離を詰めると、アベルは彼女の豊満な果実をじっと見下ろした。
「っ、だからっ! そうじゃなくてっ!(ちょっとアベル、好意が駄々洩れなんですけど……!? っていうか、舞台どころか目の前で見下ろしてるじゃない……!)」
――アベル顔見て、顔! あなた今、私の胸しか見てないよっ!?
距離が近い……っ!
アベルの瞳が爛々としている気がして、アリアは目の前で両手を振って視界を遮る。
「……アリア、ぼ、僕はエッチかもしれないけど、それは君だからであって……!」
「っ、ストップ!! あっ、アベルお風呂に行ってらっしゃい! そこのお部屋のご夫婦が貸してくれるから……! ちょっと頭冷やしてきてっ!」
「んむぅっ!?」
自分の胸元を覗き込むアベルの頬をアリアは思い切り手で挟むと、アベルの身体を「あっち!」と器用に反転させ背を押して、風呂を貸してくれるという夫婦の部屋へと彼を連れて行った。
「っ……! アリアっ!! 誤解だからねっ!!」
「誤解じゃないよっ! えっちなのは一緒でしょっ!」
「っ……、アリアっ!」
アベルは背を押されながら背後の彼女を窺う。
アリアは先程出て来た夫婦の部屋の扉をノックして開いた。
「あら、さっきの……。ああ、彼がお連れ様なのですね」
部屋の扉を開けると、風呂付き部屋に泊っている夫人が笑顔で迎えてくれる。部屋の奥には風呂場が見えた。
「すみません、この人もお風呂をお借りしても構いませんか……?」
「ええ、どうぞどうぞ。お使いになって」
夫人は快く奥の風呂をアベルに使うよう案内してくれる。
アリアはアベルの背を押し続けた。
「……アベル、身体綺麗にして来てね。それが終わったら今日はもう寝ましょ?」
「っ、寝るって……」
ゴクリ。
アベルはアリアの魅惑の瞳に咽喉を鳴らす。
――寝るって……
アベルはアリアに見つめられて頬を紅く染めてしまった。
「………………あぁ~……、アベルえっちな目してるぅ……」
「っ!? な、何がっ!? ぼ、僕は別に何も……!」
アベルの反応にアリアがジト目で見上げて来るので、アベルは慌てて首を傾げる。
有耶無耶にしようと試みたのだがアリアにはバレていたらしい。
「…………もぉ、何を想像してるのよ……。……はい、これタオルね!」
「あっ……っ!」
ボフッと、アリアはタオル掛けに掛かっていたタオルを手にしてアベルに押し付けた。
「では、夫人、お風呂お借りしますね。アベルのことお願いします」
「ええ、どうぞ。お預かり致しますわ」
「あっ、アリア!」
アリアは夫人にアベルをお願いして、振り返ることなく部屋からさっさと出て行ってしまう。
「………………あ、じゃ、じゃあお借りします……」
残されたアベルは夫人に会釈し、仕方なく風呂に入ることにしたのだった。
◇
「……もぉ、アベルったら えっちなんだから……。……っ……。おっぱいが見たいって……そんなの見せられるわけないでしょ……っ」
――素直過ぎるでしょ……! というかアベル……、私のことそんなに好きなの……!? ……なぜ……。
アベルを夫婦の部屋に置いて行ったアリアは顔を真っ赤にして自分達の部屋へと戻ることにする。
後ろにはピエールがついて来ていた。
「……もぉ……、困るぅぅう…………」
ピエールが居ることに気付いていないのか、アリアは頭を抱え首を横にふりふり。
「……アリア嬢……」
「……っ! あっ、ピエール君! ご、ごめん、お部屋に戻ろっか」
「はい……。アリア嬢……、お訊ねしたいことがいくつかあるのですが……」
声を掛けられ やっと気が付いたアリアはピエールに振り返って自分達の泊まる部屋を指差した。
二人は部屋へと戻って行く。
「あ、うん。私も……。今夜、時間貰える……?」
「へ?」
「……二人きりで夜のデート、……しない?」
「へ? あ、は、はい……!(夜のデェト!!)」
アリアからの思わぬ誘いにピエールは心を躍らせる。
アベルがどう思うのかは気になるところだが、久しぶりに二人で町を歩けると思うとピエールは嬉しくて仕方なかった。
◇
アベルが風呂を借りて少し経った頃……。
「……ふぅ……。ありがとうございました! さっぱりしました!」
「良かったですわ。冷たいお水を入れました。どうぞ飲んで行って下さいませ」
あまり長湯しても悪いので、アベルは身体をさっと洗い汗を流すだけに留めて風呂から上がっていた。
「あ、どうも……。お二人はどういった旅を……?」
夫人が冷水を注いでくれたので、アベルはそれを飲み飲み、訊ねてみる。
「私の夫は学者ですが、ある日突然旅に出ようと言いだして……。何でも世界を救うため、勇者さまを捜し出すつもりらしいんですよ」
「勇者さまを!?」
――まさか、ここで勇者の話が聞けるなんて……!
アベルはこれは思わぬ手掛かりだと目を輝かせた。
「と言っても……、勇者さまがどこにいらっしゃるのかは全くわからないのですが……」
「そうですか……。実は僕も……いや、さっきの彼女と僕も勇者さまを捜す旅をしていて……」
喜んだのも束の間、夫人の言葉に落胆してしまう。
アベルは手元の空になったコップを見つめた。
――まあ、そう簡単に手掛かりが見つかるはずないか……。
「まあ……そうでしたのね! 何か手掛かりなどは……?」
「それが……、こちらもまだ捜し始めたばかりで何も……」
「あら……そうでしたの……。あ、そうだわ。主人のお話を聞いてみて下さいな」
“あなた、あなた!”夫人はアベルから離れ、ベッドで眠る夫に話し掛けるが、夫は
「あ、無理に起こさなくても……!」
「ごめんなさいね。最近主人は寝不足みたいなんです。こうして眠っている間も気掛かりなことが多いらしくて……いつも魘されていて……」
アベルが様子を見にやって来ると、眠る学者は“うーん、うーん”と眉を顰めていた。
「本当だ……」
「うーん、うーん、闇の世界から大魔王がやって来ようとしている! 勇者さまを捜し出し早くこのことをお伝えせねばっ!」
不意に眠る学者の唇から不吉な言葉が紡がれる。
「っ……闇の世界から大魔王が……?」
「…………そのようなのです……。もし、あなた方が旅先で勇者さまと会うことがあるようでしたら、是非お伝え願えませんか?」
「もちろんです!」
「私達夫婦も、どうにか勇者さまを捜しますわ……!」
「はい、お互い頑張りましょう」
「ええ……!」
そうして、アベルは夫人にお礼を告げて、自分達が今日泊まる部屋へと戻った。
ポートセルミの夜は徐々に更けていきます。
アベルが大人になるのはいつのことか……。
まぁ、その内……。