変化の兆し。小さな変化が始まります。
では、本編どぞ。
「…………っ、わっはっは! デール王はアリア嬢を相当お気に召している様子。姉のように慕っておられるのでしょう……!!」
二人の仲を取り持つ様に傍に控えていた大臣がさりげなく手を二人の間に差し込み振り振り。
アベルもデールも何か言いたげな顔をして大臣に視線を移した。
「いやはや すべてはアベル殿のお陰ですわい! ところでサラボナという町には確かルドマンとかいう大富豪が住んでいると聞きましたぞ。大きな船もいくつか持っていて、その名は世界中の港に知られているとか……」
「……サラボナのルドマンさん……?」
――ルドマン……聞いたことがあるような……。
苦し紛れに大臣が話題転換を図ると功を奏し、アベルはやはり【サラボナ】【ルドマン】という町と人の名前が気になって腕組みをする。
デールもアベルの様子に“ふぅ”と小さく溜息を吐いた。肘掛けに置いた手が僅かに震えている……(やっぱりアベルは怖かったらしい)。
「大きな船があれば旅も有利になるでしょう。ルドマン殿と交渉してみてはいかがでしょうか」
「…………そうですね、貴重な情報をありがとうございます。じゃあ、僕ヘンリーに会って来ます」
「兄もよろこびます!」
アベルが会釈して四階へと続く階段を上って行くのをデールは ほっとした顔で見送ったのだった。
◇
一方で、アリアはその頃――。
「ハフハフ……おいひぃ……!(しあわせ~~♡)」
台所のテーブル席で焼きたてモモガキパイを頬張っていた。
パイ生地はサクッと香ばしく、中にたっぷり入ったモモガキフィリングはしっとり甘い。
アリアの額と鼻尖が てかてかと光沢を放っているのは今食べているモモガキパイが二つ目だから。
アベルと早く合流すればいいのに……暢気なものである。
ヘンリーには言えないが、今のアリアの中ではヘンリーよりも【モモガキ】の方が重きを置かれているようだ……。
「そうかい! 良かったよ丁度いい所に来たねぇ。焼き立て熱々のモモガキパイが食べられるなんて、あんた運がいいよ! 王様でも食べられないんだからね」
女中の中年女性が窯から焼き上げたモモガキパイを取り出し、アリア目の前の大皿に載せた。
「そうなんですか!? どうして……?」
「王様に持って行っても毒見やらなんやらで冷めちゃってるからねぇ……。まあ冷めても美味しいけどね……!」
テーブルの上には白い湯気が立つモモガキパイがいくつも並び、最初の方に取り出したものは既に冷め、湯気は消えている。
女中のおばさんが「熱々を食べるには台所に来ていただかないとね。けど王様はお忙しいからねえ……」と残念そうな顔をしていた。
先程アリアが女性に連れられ台所に着いた丁度その時、モモガキパイが焼き上がり、取り出したところだった。
大量に【モモガキ】を注文してしまったため、消費するのに作ったらしい。
アリアを連れて来てくれた女性がお土産用【モモガキ】を用意している間、アリアは窯から出て来たモモガキパイが気になってしょうがないらしく、テーブルに置かれたモモガキパイをじっと見ていた。
すると、おばさんが「いっぱいあるからお食べ」と恵んでくれたのである。
アリアのこの上ない幸福そうな食べっぷりをおばさんと女性は穏やかな顔で見守っていたのだ。
「あ。なるほど! うわぁ~、ラッキ~! おばさんこれ、作り方教えていただけます?」
「うふふっ、そんなに気に入ったのかい? いいよ、じゃあメモを書いてあげようね」
アリアの要求におばさんは快く応えてくれ、作り方レシピを書くとアリアに手渡してくれる。
「ありがとうございます!」
アリアはおばさんからモモガキパイレシピを受け取った……!
すぐに貰ったレシピを鞄に入れて、お土産の【モモガキ】も大量(十個)に受け取り鞄に仕舞う。
アリアの鞄は同じものなら余程の量でない限りいくらでも入るし、腐敗も止まる。
アベルの持つ【ふくろ】と似ているが、持てる種類の数はそう多くはない。
所謂ゲームでいうところのコマンド【どうぐ】というやつで、アリアだけでなくアベルの普段使いの袋にも同様の効果がある。
――ゲーム画面に表示するとしたら【モモガキ×10】って表示されてるのかな……?
こんな時、不思議な鞄で良かったと心底思ったアリアだった。
(モモガキパイか……いつかアベルに作ってあげたいなぁ……、けどそんな日は来ないかな……。)
アリアは目を伏せ、レシピの入った鞄を ぽんぽんと優しく叩いて薄っすら微笑む。
旅をしていたらゆっくり菓子など作る暇はない。
そしてアベルとの旅が終わるのは彼とのお別れの時である。
恐らく使われないであろうレシピに何の意味があるのか……、アリアはレシピの入ったカバンをまた ぽんぽんと優しく叩いた。
「……アリア嬢、そろそろ参りませんか?」
「うん、そうだね! あ、それ、王様に? 良かったら私、持って行きますよ!」
ピエールに促されアリアは彼に返事をし、モモガキパイを台所から運ぼうとしている女性に声を掛ける。
女性の手には【ぎんのトレイ】が握られており、その上には銀のフードカバーが置かれ、中には焼き立てのモモガキパイが入っている。
「え? ええ……。でもいいの? アリアさんはお客さまなのに……」
「いいですよ! これからデール王とヘンリー君に会いに行きますし、ついでなので!」
「それなら助かるわ。中にはデールさまと、ヘンリーさま、それと奥さまの分が入っているわ。それではお願いしますね!」
アリアは女性からデール用の
「じゃあ、行こっか」
ピエールとパペックに声を掛け、アリアは台所から出ようと扉に向かう。アリアが出ようとした先の扉は中庭に続く扉なのだが。
「あっ、アリアさん! そっちは中庭ですよ! あっちの扉です!」
「えっ、あっ……! あははは……、あっち! あっちですよねっ!!」
女性に指摘されアリアは慌てて「あ、向こうね」と正しい扉の方へと方向転換した。
そうしてアリア達が台所を後すると、ピエールが声を掛けて来る。
「アリア嬢、お持ちしましょうか?」
「平気平気! こういう雑用は慣れてるの! あっ、案内だけお願いしてもいい?」
アリアの両手が塞がっているのでピエールが持つと申し出たのだが、彼女は首を横に振った。
それよりも必要なのは王の間までの案内らしい。
「え…………あ、はははっ! 階段を上がって右の……はい。迷うような城ではありませんが、ご案内致します」
ピエールが王の間は階段を上がって右の扉の先だと言おうとしたが、アリアがにこにこと満面の笑みを浮かべているので察してしまう。
アリアがラインハットに来たのは今回で四回目。ルラフェンのような造りではないにしろ、城は広いしまだ憶えきれていないようだ。
アリアは独りだと恐らく王の間まで辿り着けない……。
「あははは……お願いします……!」
「ははは、お任せを」
((記憶喪失中を思い出すなぁ……))
ピエールの声が何となく呆れていたような気がするが、アリアは笑みを崩さず目の前の階段を上った。
アリアとピエールは二人とも懐かしさに笑みを溢していた。
◇
……アリア達が台所を後にした頃、アベルは四階へとやって来ていた。
ヘンリー達の部屋の扉の前には二人の兵士が見張りをしていたのだが、その内の一人に見覚えがある気がする。
「ここはヘンリーさまと奥さまのお部屋無用の者は……。あっ、あなたさまはっ! さあ どうかお通りくださいっ!」
「……お通りください」
兵士二人がアベルを通すように扉の前から退いた。
アベルは見覚えのある 口数が少なかった兵士の顔を凝視する。
(この顔……どこかで……?)
人生を繰り返しているからか、アベルの記憶はその殆どが点がバラバラに散らかった状態である。点と点を結ぶ線が繋がっていない為、記憶は膨大だがその中から一人の顔を思い出すのは容易じゃない。
この点と点を結ぶ線が繋がることをアベルは“降って来る”とか“来た”などと言っているわけだ。
この世界での記憶と別世界の記憶が混同するということも往々にしてあり、ピンポイントで思い出そうとするのは更に困難を極める。
凝視されている兵士はアベルからの熱い(?)視線に黙って目を瞬かせていた。
隣に居た兵士も黙ってアベルの様子に首を傾げている。
アベルはどうにか記憶を巡らせ、兵士の鼻先まで迫り漸く気が付いた。
「っ、あなたは……ひょっとして……!」
「(近いな……)……アベルさま。その節はヘンリーさまと共に妹を無事に救い出して頂き感謝する。私はヨシュア。ヘンリーさまの妻、マリアの兄だ」
兵士は迫るアベルをこれ以上近付けさせないよう、両手を顔の前に掲げ壁を作り笑った。
(win)焼き立てモモガキパイ>ヘンリー(lose)
ヘンリー「(アリアの薄情者ぉっ!)」
アリア「へへっ、モモガキパイウマァ~~♡(ちょっと遅れていくけど許してね~)」
アリアはモモガキをサッと貰って合流するつもりが、思わぬ収穫をしてしまい……。
アベルはアベルで思わぬ出会いをしてしまい……。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!