第三話です。
…………、
三話目にして何も書くことがないっていう……。
ではっ、本編どうぞっ。
「坊ちゃん?」
アベルは家の中には入らず、サンチョの後ろに回って天使を見下ろす。
……大きさはアベルと同程度、まだ子供のようである。
布袋に見えていたのは天使であった。
背中に生えた純白の翼に、ふんわりとしたセミロングのプラチナブロンドの輝くような髪が美しい。
そんな天使が倒れているというのにパパスもサンチョも気付かずに自宅に入ろうとしているのだ。
「と、父さんっ! て、天使が……!」
「ん? お、てんとう虫だな。アベルの帰りを歓迎して待っていたのだろう。とはいえ、家の中では可哀想だ」
アベルに言われて、パパスは自宅の扉の内側にくっついていたてんとう虫をそっと摘むとアベルの手に乗せて「どこかに逃がしてあげなさい」と、サンチョを伴って家の中へと入っていった。
そして、扉は閉まる……。
「と、父さんっ!? サンチョも……!(天使が見えないの……!?)」
アベルは天使の姿に気付かない父とサンチョに驚き、目を見開いてその場に留まると、彼女の様子を窺う。
てんとう虫はさっさと飛んで行ってしまった。
数十センチ離れて、彼女を見下ろす。
改めて彼女をよく見ると、プラチナブロンドの髪は片方だけ一房三つ編み、結び目には白い八重咲きの花飾りが付いている。その花は今は少し萎れているように見えた。
瞳の色は閉じていてわからないが、身体つきはアベルと同等、いやそれより少し小さい位。
……細い腕に、細い脚。
顔もほっそりしていて、元々の肌質なのかわからないが、今は青白く見える。
とても健康そうには見えず痩せすぎ……。といった印象で、アベルには儚げに映った。
そして、彼女の背中から生えている翼。
アベルは実際に飛んでいるのを見ているので、翼がおもちゃではないことはわかっている。
服装は白っぽい柔らかい素材、肩先から袖口にかけてゆったりと広がったフレアスリーブの袖に、先が丸く幅が広めの大きな襟に細めの真っ赤なリボンが特徴的な無地の膝上丈のワンピースで、スカート部分にはフリルがあしらってある。
手首には素材はわからないが光沢のある白金色のブレスレット。靴も素足に真っ白なミュールのような靴を履いていた。
アベルはよくよく彼女を注視してみる。
と、
(この子、……怪我、してる……!?)
アベルが恐る恐る倒れた天使に触れると、その子は完全に気を失っていることがわかった。
そして顔、腕、足に擦り傷や切り傷といった生傷があり、背中に付いた翼の一部も拉げて痛々しかった。
「……生きてるよ……、ね……?」
アベルは心配になり、彼女の口元に耳を近付ける。
……すると。
“はー……はー……”と、か細く呼吸する音が聞こえた。
「っ……、生きてるけど……(苦しそう……)」
――【やくそう】、家にあるかな……。
……アベルは彼女を背負う。
「……君、軽いね、僕でも運べそう(羽が付いてるから?)」
「ぅ……」
アベルの言葉に小さい呻き声が聞こえた。
「治療、してあげるからね」
アベルは安心させるように優しく告げるが、彼女からの返事はない。
そして、家の中に入ろうと扉の取っ手に手を掛けたと思ったら、力を入れることなくそれは開いた。
「アベル、早く入って来なさい」
中々家に入ってこないアベルを心配してか、パパスが扉を開いたのだ。
「っ、あっ、うんっ!」
「……どうした? 腰でも痛いのか?」
「え? あ、ううん、さっきすれ違ったお爺さんの真似っ」
「はっはっは! よく似ているな! さすがは父さんの息子だ。さぁ、どうぞ、小さなおじいさん」
パパスはやはり天使が見えないようで、アベルのものまねに付き合おうとでもいうのか、優しい笑みでアベルが家の中に入るまで扉を開けておいてくれた。
「坊ちゃん! ああ……大きくなられて……! ぎゅっとさせて下さいましっ」
「わっ、ちょ、ちょっと危ないっ! 離れてっ」
家に入るとサンチョに急に抱きしめられかけ、アベルは大きな声で拒否する。
「え?」
アベルのはっきりした拒絶にサンチョは首を傾げた。
(はっ!? も、もしかして私臭かったですかねっ!? まだ加齢臭が出るには早いとは思っていたのですが……!?)
サンチョは腋を覗いて嗅いでみる。
……が、自分ではわからなかった。
そんなサンチョの様子を余所に、アベルはよろよろと部屋の中を歩いて行く。
背中に背負われている少女は、負ぶれる軽さとはいえ、全く重くないわけではないのだ。
「サンチョ、アベルは今お爺さんのものまねをしているようなのだ。ふらふらしているところまでそっくりだろう? 転ばぬようにな」
「ああ……、なるほど……。可愛らしいお爺さまですなっ」
パパスとサンチョはアベルを微笑ましく見守り、褒め称えていた。
「サンチョ、薬草ってある……?」
「ああっ! 坊ちゃん。私のことを憶えておいででっ!?」
アベルに名を呼ばれてサンチョの瞳が輝き、口角が上がる。
「薬草ないの?」
……対してアベルは不満顔だ。
(早く【やくそう】を与えないと、この子死んじゃうかもしれないのに! ……どこに運べばいいかな……)
アベルの額に冷や汗が浮かび、それは頬を伝って顎から落ちた。
部屋を見渡すが、彼女を寝かせられる場所がここにはない。
二階は自分達の寝室だし、負ぶって運ぶには厳しい。奥の部屋はサンチョの部屋……、ならば。
(地下室かな……)
アベルがそう考え至った時、「ございますよ。今お持ちしますね」とサンチョの声が聞こえた。
「見たところ傷はなさそうだが、どこか怪我でもしたのか?(汗を掻いているな……熱でもあるのか……?)」
「……あ、えと……、遊びに行って怪我したときのために持っておこうかなって……」
パパスがアベルの額に手を当てると、アベルは微笑んだ。
「おお! さすが我が息子! 先々のことまできちんと考えているな! なっ、サンチョ!」
「そうですとも そうですとも! 旦那さまのお子様ですから! はいっ、こちらの薬草をどうぞ。あ、袋に入れておきますね」
パパスが褒めると、【やくそう】を手にしたサンチョも便乗して褒める。
「ありがとうサンチョ。僕、ちょっと地下室に行ってくるね」
アベルはサンチョにお礼を言うと、地下室へと続く階段に向かった。
「地下室……? そ、そうでございますか? 今お客様がいらしてて……」
「旅の途中で宝物を見つけたんだ! 地下室に隠してきていい?」
サンチョの言葉を遮るようにアベルは告げる。
「おおっ! いつの間に! そうかそうかぁ、行って来るといいぞ」
「それは素敵ですね~! では、その宝物を隠し終えましたら戻って来てくださいね」
パパスとサンチョは、にこにこしながら快くアベルを見送ってくれる。
アベルが可愛いのだろう、何をしても肯定してしまう……親馬鹿かもしれない。
「うん」
アベルが深く頷いてから二人と別れ、地下室の階段を下って行くと……
『パパス様、アベル坊ちゃんは聡明でらっしゃいますね。私のことも憶えていらして……うっ、うっ……これほど嬉しいことはございません』
『そうだろう? アベルはサンタローズのこともしっかり憶えていたようだ。話す言葉もしっかりしてきたしな』
『ああ……、あの舌足らずな物言いはもう聞けないのですね。少し淋しい気もしますねぇ……。ですが、しっかりされてきたこと、誇らしく思います』
『本当だな。子供はすぐに大きくなる…………』
……パパスとサンチョの会話が聞こえて、それは次第に遠ざかったのだった。
◇
「……っと……。ふぅ」
地下室に辿り着くと、アベルは少女を背からそっと下ろした。
「床、冷たくてごめん。薬草、食べてね……って、無理か……」
アベルは袋の中からサンチョに貰った【やくそう】を取り出し噛み砕くと、手に出して意識の無い彼女の口に押し当てる。
だが、意識がないので、当然食べたりなど出来ない。
少女の唇に【やくそう】の緑が付着しただけに終わった。
「……無理、だよね……」
――どうすればいいんだ?
アベルはうーんと唸って、考える。
「……水分があれば……、飲み込めるかな……(水は持ってるし……)」
アベルは袋から水の入った筒の栓を開けると、先ほどの【やくそう】を少しと水を口に含み、口移しで少女の口に含ませた。
……彼女の
「…………っ……、ちょっと……、恥ずかしいかも……」
――けど、飲んでくれたみたいだ……。
アベルは頬を赤く染めながら、その行為を数度繰り返した。
【やくそう】の塊が全て無くなると、彼女の傷も綺麗に消える。
未だ目を覚ます様子はないものの、呼吸も安定して「すぅすぅ」と静かな寝息に変わった。
……しばらくしたら目を覚ますかもしれない。
「良かった……。呼吸も普通になった……。……綺麗な髪だなぁ……」
アベルは額に浮いた汗の粒を拭って、ほっと息を吐くと生糸のような少女の髪に触れる。
……すると。
『アベルーー。おーい、まだかー? お客さんだぞー!』
階段の方からパパスの呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、はーい! 今行くー!」
アベルは地下室の入口の方へ身体を向け、パパスに返事をしてから、再び少女を見下ろす。
「……どこにも行かないで。ゆっくりしててね」
アベルは眠る少女の頭を優しく撫でて微笑むと、地下室を後にした。
……これが、アベルと、彼女、アリアとの初めての出会いであった――。
とりあえずちゅーしとこうか……的な。
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読了お疲れ様でした、そしてお読みいただきありがとうございました!