苦しみを抱くのは辛いもので……。
では、本編どぞー。
「……うふふ、彼女はどんな女性になるのでしょうね」
アベルと踊り娘のやり取りを黙って聞いていた修道女が、目を細めながら踊り娘の背を見送りアベルに語り掛けて来る。
「……ははは……。シスターはこちらにお住まいの方なんですか?」
「いえ……、うふふっ」
修道女に訊ねると、彼女は否定して楽しそうに はにかんだ。
「…………?(違うのか……? じゃあ……旅人……?)」
突然笑い出した修道女に意味が分からずアベルは目を瞬かせた。
そんなアベルに修道女は詳しく話をしてくれる。
「修道院でお預かりしていたお嬢さんを家までお送りして来たところです。もっと早く失礼するつもりだったけれど、あまりのおもてなしに なかなか帰れませんでしたわ。正直なところ彼女のような人にはシスターとして修道院に残って欲しかったのだけど……。そろそろステキな男性を探して結婚させたいというのが お父上のお考えらしいですね」
どうやら修道女は送り先の家で随分と長く滞在していたらしい。
長居し過ぎたことを恥じていたのか自嘲していたようだ。
「あ、ひょっとして、そのお嬢さんがフローラ、さん……ですか?」
「ええ、ええ。そうなのです。私ったら、つい居心地が良かったものですから……うふふっ、いやですわ」
アベルの問いに修道女は今度は恥ずかしそうに頬に手を添えていた。
「……あの、シスター。ひょっとしてアリアという女性を知ってはいませんか?」
さっきの女性にも聞けば良かったな……と、アベルは二人の内のどちらかがアリアの知り合いだと思い、とりあえず今 目の前に居る修道女に訊ねてみる。
「アリア……さん……? アリアさんてひょっとして……あの、珍しい
「やっぱり……! はい! 僕、彼女の恋人なんです。実は今、僕達サラボナを目指しているんです」
修道女の言い分にアベルは息を呑み、はきはきと答えた。
アリアの知り合いは踊り娘ではなく、修道女(名はララーナ)だったのだ。
「まあっ、そうだったのですね。まあまあ……! ではアリアさんはルドマンさんの元へ?」
「え?」
「え?」
ララーナがにっこりと微笑み、告げるとアベルは首を傾げる。
ララーナもアベルと合わせるように首を傾げていた……。
◇
アベルがララーナと話し込んでいる間に、アリアは教会で“おはらい”を受け、懺悔も終えて屋外へと出ていた。
月明かりの下、アリアは独り月を見上げる。
頬には透明な雫が一筋伝っていた。
「……アリア嬢、これを……」
「ぐすっ……あり、がと……」
アリアが建物から出て来るのを馬車から見たピエールは、彼女の傍にやって来てそっとハンカチを差し出す。
アリアはそれを受け取るが、涙を拭うことは無かった。
「……アリア嬢。まだ……、まだ時間はあります」
「……うん。もう少し……。もう少しいいよね。はぁ~~……(これ以上泣くとバレちゃうから……)」
――涙よ止まれっ……!
アリアはハンカチを握りしめ、腕を目蓋の上にのせて念じる。
……サラボナに行けば、フローラが居る。
フローラとの出会いは恐らくアベルにとって重要なものになるだろう。
ひょっとしたらアベルはサラボナで結婚するのかもしれない。
フローラがサラボナに戻った理由をアリアは知っている。
彼女はアリアの友達で、彼女の父ルドマンの意向で結婚するために家に戻ったのだ。
そしてフローラはヒロインの一人である。
ビアンカの存在がどうなっているのかは不明だが、フローラが結婚相手をさがしているのは先程教会の神父に聞いており、確定していた。
……つまり、アベルがそのフローラの相手となるかもしれないのだ。
それまでの繋ぎの恋人であるアリアは、別れの覚悟をしなければならない。
――思ったよりも短かったな……。
すんっ。
アリアは緩くなった鼻を啜る。
「アリア嬢……、あの……」
「…………ふふっ、久しぶりに泣いちゃった。でも もう泣かないよ? 最後まで笑顔でいたいんだよね」
ピエールの声掛けにアリアは涙を浮かべながらも笑顔を見せていた。
「っ……アリア嬢……、主殿に打ち明けてはみませんか……? もしかしたら二人が結ばれる道も……」
恐らく無理だろうとは解っているが、ピエールはアリアに提案する。
だが、アリアは悲し気に微笑みながら首を左右に振った。
「打ち明ける……? 無理だよ。息が詰まって話せなくなるんだよ? 伝えられないよ」
「……ですが……」
「あなたを責めてるわけじゃないけど、未来は変わらないって……ピエール君が言ったんだよ?」
「……ですが……。……小さなことは変化しているのです……」
笑顔を崩さないアリアの視線に居た堪れなくなり、ピエールは俯いてしまう。
「…………そっか。少しだけでも変化してるならよかった。けど、大筋は変わらないんでしょ?」
「っ…………………………はい」
優しく問い掛けて来るアリアにピエールは首を縦に下ろすしか出来なかった。
「……ふふっ、大丈夫大丈夫! アベルとは今も清い関係のままだし、新品のままお渡しできますよ……!」
アリアは急に明るい声を出したかと思うと、片目を閉じサムズアップする。
「あ、あの……アリア嬢、主殿はモノではございません……」
「そうだねぇ~。別れるとしても……ギリギリまでアベルと仲良くしていたいな(アベル、いっぱい甘えても怒らないかなぁ……?)」
――この先アベルみたいな優しい人に出逢えると思えないから、今の内にしっかり甘えとこっかな……。
ピエールのツッコミに、アリアはこれまでアベルから受けた好意の数々を思い出していた。
体調を気遣ってくれたり、戦闘で庇ってくれたり、重い荷物を持ってくれたり、修道院の修繕を買って出てくれたり、たくさん触れてくれたり、抱きしめて安心させてくれたり、愛を伝えてくれたり……。
時々厳しいことを云われたこともあるが、思い出すと嬉しいことばかりだった。
アベルから与えられた全てが温かく、アリアには心地好かった。
……その温もりをもう少ししたら手放さなければならない。
ゲームの中の主人公にはヒロインが付きものなのだから。
「アリア嬢……涙が……」
「……ぁ……、アハハ……。これ以上泣いちゃうと、アベルってすぐ気付くから困っちゃう……」
アリアの瞳からボロボロと涙が勝手に零れ落ち、彼女は腕で乱暴に拭っていた。
「アリア嬢……」
ピエールはアリアを見上げ、胸を痛める。
……が。
「タマネギってまだあったかな?」
アリアの突然の謎発言にピエールは目を瞬かせた。
「え? た、タマネギ……ですか? 馬車にいくつか在庫があったと思いますが……」
「そっか。じゃあ、タマネギ刻もっかな。目が痛くなって泣いたってことにすれば変に思われないよね……?」
「……無理があるのでは……」
宿屋に到着前、アベル達は食事を済ませており、今食事の用意をするのは不自然である。
「だよね~……」
――顔を洗えばバレないか……。
アリアは苦笑いを浮かべてピエールにハンカチを返し、「ハンカチありがとう、宿屋に戻るね」と告げ井戸へと向かった。
ピエールは黙り込み、アリアの背を見送る。
「……本当に未来は変わらない……のか?」
アリアから返されたハンカチを握りしめ、ピエールは月を見上げた。
自分はアベルよりもはっきりとした別世界の記憶があるというのに、伝えられないから何の役にも立てていない。
サラボナに到着したら二人には別れが待っている。
アリアを焚き付けアベルと恋仲にさせた責任を取るため、ピエールは失恋する彼女を支えようと思っていたが、果たしてそれが正しいことなのだろうか……。
今まで未来が変わったのは些細なことだけで、大筋は何も変わっていない。
抗うだけ無駄なのはわかっているが、このままでいいのか。
娘のように愛おしいアリアを慰めるだけしか自分には出来ないのだろうか。
――本当にそれでいいのか?
自問自答を繰り返し、ピエールは自分の無力さにこれ以上月を見ていられず、目線を地面に落とした。
シスターララーナ……は、勝手に名付けました(特に名前の意味はない)が、四百十六話でアリアが言っていた“中々戻って来ない”……は実は二年以上なんですよね……ララーナさん……アンタ何やってんのwww
アベルとアリアのお別れが近付いています。
ピエール君、どうにかしてくれんかね?
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!