“逃げる”選択をしてもいいじゃない。
では、本編どぞ。
「さすがはキラーパンサー……あの機動力は大したものだ……」
先程アリアに振られた兵士が様子を見ていたらしく、アリアの隣にやって来て地面を見下ろす。
プックルは既に地上へと降り立っていた。
「ふふふっ、ですねっ」
「あっ、ははは……、どうも……(……彼氏持ちか……、その彼氏とやらが羨ましいな)」
アリアが優しい笑みを浮かべて相槌を打つと、兵士は ぽっと頬を赤く染める。
表情は相変わらずの無表情だったが、耳までも赤い。
彼は逃げるように持ち場に戻って行った。
「……ん~……いい風……」
アリアは兵士の態度を特に気にすることなく、最上階に吹く風に揺れる髪を手で押さえながら目を細める。
――たまには ひとりも いいものね……!
独りでこんな風に遠くを眺めたのは実に久しぶりだ。
前世では殆ど独りで過ごしていたというのに、この世界に来てからというものアベルや仲魔達だけでなく、マザーや修道院の人々、ヘンリーやマリア、ルドマンやフローラ……多くの人々と関わり合いになり、独りになることが殆どなかった。
前世では独りが慣れていたはずなのに、今ではいつも誰かが傍にいてくれる……。
アリアにとっては温かく、そしてそれは不思議な感覚だった。
だが、それももうすぐ終わる。
【水のリング】を手に入れれば、アベルは結婚するのだろう。
……また独りに戻るだけだ。
独りになって この景色を見た時、自分はどういう気持ちでここに立っているのだろうか。
(少し……淋しいかな。)
――でも大丈夫、前世もそうだったもの、その内慣れるよね……。
目の奥が痛むが近くに兵士がいる手前 泣くことは出来ない。
アリアはただ遠くを見つめていた。
◇
……地上に下りたピエールはというと。
「ほう、それで主殿がお呼びだと」
「うん、ボクがアリアちゃんに付いてるから、君達は主のところに行って欲しいんだ」
「がう」
ピエールが塔から出ると同時、プックルも丁度降りて来て 見はらしの塔にやって来たスラりんから事情を聞き出していた。
……どうやらアベルが買い物をしているらしく、大きな荷物を抱えているそうだ。その運び込みを手伝うために道具屋へ来て欲しいとのことだった。
アリアの護衛以外、大抵のことは独りでやってしまうアベルにしては妙な頼みだなと思いつつ、主君の頼みとあればピエールもプックルも断る理由はない。
「わかった。では道具屋へ行こう、プックル殿」
「がうがう(我、アリアより重いモノは持たんぞ)」
二人が承諾し、ピエールはスラりんに「アリア嬢を頼む」と告げて見はらしの塔を去ろうとしていた。
スラりんとすれ違い様、スラりんが口を開く。
「……アリアちゃんは上にいるんだよね?」
「……? ええ、最上階で景色を楽しんでおいでだと思うが……」
「アリアちゃんはボクに任せて……! ピキーっと……」
……アリアの居場所を確認したスラりんはぴょんぴょんと勢い良く跳ねて見はらしの塔へと入って行った。
「え、ええ……宜しくお願いします……(ピキーっと……?)」
ピエールが振り返って返事をするが、スラりんの姿は既になく……。
――スラりん殿……? 今日のスラりん殿は なにかいつもよりキリッとしておられたような……??
死の火山での一件でスラりんは もっと強くならないといけないと思ったのか、身体を鍛えていた。
相変わらずの見た目ではあるが、心持ち強くなったように見える。
スラりんは基本 馬車組みであるから、キャンプ時にならない限りピエールと交流は殆どない。
……昨日は宿に泊まったからスラりんの様子は知らない。
だが、その前日まではアリアの膝上を陣取っており、スラりんは甘えん坊だった気がしていたのだが……。
「がう(早く行こう)」
「あ、ええ」
スラりんの様子が少しおかしいなと感じつつ、プックルに促されピエールはサラボナの町へ入ることにした。
◇
……時は少し遡るが、アリア達を見はらしの塔まで送ったアベルは一度馬車に戻り、スラりん達を引き連れルドマンの屋敷に向かっていた。
アリアを勝手に攫って行ってしまった手前、独りで報告に行くには勇気がいる。仲魔達がいてくれれば心強い……そう思っていたのだが。
(忘れてた……。)
気付けばルドマンの屋敷の玄関ホールで、アベルは独りぽつんと立ち尽くしていたではないか……。
それはなぜ……?
そう、それはルドマンの屋敷に入る直前のことである。
『ピキー! 主さまぁ。このお屋敷にはボクたち魔物は入れないみたいだよ』
……扉を開けて屋敷に入ろうとするアベルをスラりんが後ろからそう呼び止めた。
『えぇ……、なんで……』
『このお屋敷、不思議なチカラが強過ぎるんだ。入っちゃダメだって言ってるみたい。だからボクたちは遠慮しておくねっ!』
アベルが振り返ると、スラりんが後退りながらそんなことを云う。
そういえば、この屋敷内に入る時はいつも独りだった気がする……、とアベルは別世界の記憶が急に重なりハッとした。
前回はアリアと二人きりだったから仲魔達を同行させていない。
『じゃあ、僕が出て来るまでここで待ってておくれよ』
『ピキーっ、了解しましたっ!』
アベルはスラりん達に近くで待つよう告げて、独りで屋敷に入ったのだった。
……スラりん達が入れないならばしょうがない。
応接室に足を踏み入れたアベルは、奥のテーブルに着くルドマンに声を掛ける。
ルドマンは独りでやって来たアベルを見るなり眼光鋭く眉を一瞬寄せたものの、アリアについては特に訊ねて来ずに【炎のリング】について報告するアベルの話に耳を傾けた。
アリアを連れて行ったのがアベルだとは知らないのかもしれない。
「なんと炎のリングを手に入れたと申すか? しかしアベルは炎のリングなど持っとらんようだが……」
ルドマンが手の平を差し出し“【炎のリング】は?”と首を傾げた。
……【炎のリング】を預かろうとしていたらしい。
【炎のリング】を手に入れたことを報告したアベルだったが、肝心の【炎のリング】はアリアに渡したままだったことをすっかり忘れていた。
「あっ……!(そういえば……!)」
――アリアにあげちゃってたんだっけ……!
死の火山でアリアに嵌めたリングだったが、指には合わないからと、彼女はいつも身に着けているネックレスに【炎のリング】を通して預かってくれている。
アベルは“預かっておいて”とアリアに指輪を渡したまま、あげたつもりだったが、アリアは要らないらしい。
【ようがんげんじん】との戦いの後「はい、これ」とアリアが突き返してくるので、アベルは「アリアにあげる!」と引かず、受け取りを拒否。
アリアも大事な指輪を渡され、困り顔で何とかアベルに返そうとするが、アベルは固辞し続け、何度か押し問答を繰り返し彼女に持っておくように告げていたのだ。
……最終的にアリアが折れて『とりあえず預かっておくから、必要な時は声を掛けてね』と言われていた。
「わかった! 誰か仲間に持たせているのだろう。さあ早く持って来てくれ!」
「っ、はい。あの……炎のリングがないと船を貸してもらえない感じですかね……?」
ルドマンの催促にアベルは返事をしつつ、念のため訊いてみる。
――できれば、あの指輪はアリアに渡したままでいたいんだけど……。
そして船が借りられるなら【水のリング】を手に入れ、あとは逃げてしまえば僕とアリアは結婚できる……!
……勇者の残した盾は一旦諦めることになるが、アベルは完全に諦めたわけではない。
アリアと結婚してほとぼりが冷めた頃、戻って来ればフローラとアンディが結婚しているかもしれないからだ。
そうすれば死の火山で彼の命を救ったのだ。彼から勇者の盾を借りることくらいは可能なはず。
つまりアベルは指輪を持ち逃げ……もとい、愛の逃避行をしようというのである。
別世界を含め、これまで誠実に生きて来て、小狡いことなど考えもしないアベルだったが、
別世界と同じ行動を取っていては どうあっても結果は同じになるだろう。
だからアベルは自分では説得できそうもないルドマンからアリアを連れて“逃げる”選択をするつもりでいる。
「なに? 船……だと? …………ところでアベル、
アベルの質問にルドマンの目付きが険しくなる。……と思ったらルドマン、彼は鼻に皺を寄せながら瞳をめいっぱい大きく開き、器用に口角を上げていた。
……えらくご立腹の様子で、強い圧を感じる。
アベルは“やっぱり出してきたか、アリアの話題……!”と自分がアリアを連れて行ったことがルドマンにバレていると確信した。
持ち逃げスタコラサッサーができればなぁ。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!