昔は翼なんてものがあったねぇ……。
では、本編どぞ。
「ははは。いいでしょ?」
アベルは気のせいだったかと、笑顔で頭の後ろを掻き掻き。
「……ほっ」
――バレてないみたい……。
アリアは静かに ほっと胸を撫で下ろしていた。
それから和やかに食事は進み、ビアンカとアリアの作った料理はどれも美味しく、アベルは修道院から出て以来久しぶりの手の込んだ料理に舌鼓を打つ。
一通り食事を終えたところで外は日が暮れ、ダンカンとおかみは あとは幼なじみ同士でごゆっくりと夫婦の部屋に下がり、アベル達だけがテーブルに残った。
人数が減ったため席を入れ替え、アリアがアベルの向かい側へと移る。
……ダンカンやおかみにはアリアが天使だったことは話していない。
アリアはアベルとずっと一緒にいたが、ビアンカもアリアの姿を実際に目にしたのは別れ際のみで、見えなかったダンカンやおかみには信じがたい話であるし、アリアはレヌール城で迷子になっていた子だということにしておいた。
ゆえにパパスが亡くなった時の状況も“魔物にやられた”程度までしか話せず、ビアンカはそれだけじゃなさそうだと両親がいなくなってから再び訊ねる。
……ビアンカにこれまでのことを改めて訊ねられアベルとアリアは、アベルの繰り返しの記憶と、アリアの前世については伏せておき、結婚については後で相談することにして、時系列順に詳細を話していった。
「そう……、そんなことがあったのね……」
アベルの父パパスが亡くなった理由と、天使だったアリアの翼がもぎ取られた経緯を聞き、ついさっきまで笑顔だったビアンカの顔が曇る。
「アリア痛かったでしょう……? 背中、まだ痛むの……?」
――それで八年間眠っていたのね……、可哀想に……。
調理中にアリアから聞いた話の意味が解ったビアンカは
「あっ、ううん、全然。アベルのお陰で呪いも もう解けたし、今はとっても身軽なの」
「そう……、翼が無いからどうしたんだろうと思ってたけど、そういうことだったのね……」
――綺麗な翼だったのに……酷いことを……。
アリアが朗らかに笑うので、ビアンカはアリアの頭をそっと撫でてやる。
昔一瞬だけ見えたアリアの翼は陽の光を浴びて神々しく輝いて美しかった。
あの翼が失われたのがまさか魔族のせいだったとは……。
「ああ……、あいつが……!!」
刹那ゲマを思い出したアベルの顔が険しくなる。
テーブルの上に置いたアベルの拳が強く握りしめられ、鼻には皺が深く刻まれた。
……憎悪と憤怒が入り混じった、今にも暴れ出しそうな……そんな恐ろしい顔だ。
「っ……アベル、私なら大丈夫だから……! 顔……っ、……コワイよ……?」
「……ぁっ、ごめん……、つい……」
――しまった……! アリアが怯える……!?
アリアがおずおずとアベルの様子を窺って来るので、アベルはすぐさま険しい表情を隠す。
……アリアは ほっとしたような顔をしていた。
「…………、そりゃアベルも怒るわよね……。あんな小さな天使の翼を無理やり剥いだんだもの……しかも呪いまでなんて……」
「あれ……? ビアンカはなんでアリアの翼のことを知ってるんだい……? 見えなかったんじゃ……」
「うん……、昔、別れ際に一瞬見えたの……。アリアと、真っ白な小さな翼が……」
「そう、か……。うん、本当、綺麗な翼だったんだ……」
……ビアンカとアベルがアリアの翼について語る。
ビアンカが十数年前、アルカパで別れた際に、天使の姿を見ることが出来ていたのを知ったアベルは、昔のアリアについて語れる友がいたことに喜びを感じ、当時の彼女の翼を思い出し顔を綻ばせていた。
アリアの翼についてはヘンリーも知ってはいるが、ヘンリーとその話題を話そうものなら後悔の念に駆られてビアンカのように穏やかに語れはしないだろう。
「……………なんか、二人とも私の翼にめちゃくちゃ興味ある感じ?」
――アベルもビアンカちゃんも……、なぜ翼にこだわってるんだろう……。
二人の会話を聞きながら、翼の持ち主だったアリアは不思議な気持ちでちびちびとお酒を飲む。
「そりゃあ……、天空人なんて見たことないもの……」
「うん……、ふわふわしてて触り心地良かったし……」
ビアンカもアベルもしょんぼり顔だ。
「あはは……、私、別にそこまで翼に愛着無かったんだけど……?」
――元々人間だしねっ!
アリアにはビアンカとアベルがそこまで落ち込む理由がよくわからなかった。
「そうなの!? 天空人にしたら翼は大切なものなんじゃないの!?」
「…………アリアってそういうとこさぁ……、はぁ……」
ビアンカの驚嘆の声とは別で、アベルは眉根を寄せる。
――執着がなさ過ぎでしょ……!
……アリアは前にもそんなことを言っていた気がする。
その時は翼を失うことになる原因を作ってしまった自分を傷付けないためにそう言ってくれているのかとアベルは思っていたが、本当にそう思っていたとは。
前世の経験のせいなのかは定かではないが、彼女は色んなものへの執着が薄い気がする。
翼が失われてもけろっとしているし、
あと一、二回で崩れ去ってしまうだろう。
仲間を思いやる気持ちからそうしているのは理解できるが、恋人から贈られた指輪が崩れ去っても平気なのだろうか……。
消耗品を贈っておいてなんだが、もっと大切に扱って欲しいとアベルは思っていた。
そして、自己のことに無頓着なアリアにもっと
けれど、悲しいかな。
……アベルの想いはアリアには伝わらなかった……。
「うふふっ。まあ、失ってしまったものはしょうがないよねっ!」
アリアはもう過去のことだし……、と明るく笑い飛ばす。
……全く気にしていないようだ。
「翼が無いと天界に帰れないんじゃないの……?」
「うーん……、…………ははっ、大丈夫! なんとかなるよ! ね~、アベル?」
ビアンカが素朴な疑問を呈すると、アリアは少し考えて明るく破顔し、アベルに同意を求めた。
「…………(なんともならないよ……)」
同意を求められたアベルはさっきまでの穏やかな表情はどこへやら。急に無表情のそれだ。
アリアの執着のなさは良いところでもあるが、あまりにあっさりした彼女の態度にアベルは不安が募る。
――ないとは思う……けどっ、僕がもし、アリアと結婚出来なかったら……?
……
そんな不安がふっと湧いて、アベルは“はい”とも“いいえ”とも言えなかった。
「ね、ねえ、アベル~??(話合わせてよ~……!)」
話を合わせてくれないアベルにアリアが苦笑しながらもう一度 同意を求めるも、アベルの表情が緩むことはなく……。
やにわにアベルはグラスを傾け、一気に中身を飲み干したかと思うと、表情は硬いままながらやっと同意した。
「…………そうだね。なんとかなるんじゃない?」
「っ……?(投げやり……っ)」
――なに……、アベル怒ってない……? 私、なにか変なこと言ったっけ……?
アリアは急なアベルの変化に戸惑い固まってしまう。
いつもアベルはアリアに優しく笑顔で応えてくれるのに、何故か今は無表情だ。
以前にも翼について気にしなくていいと伝えて終わった話だというのに、アベルはまだ気にしているのだろうか。
本人がいいと言っているのだから気にしなければいいのに……、なんてアリアは思っていたのだが、どうしたものか……。
……別の話題に変えるしかないとアリアは話の種を探すことにした。
「…………そう、ね。なんとかなるわよねっ」
「……ぁ、う、うん……!」
ビアンカも何かを感じ取ったのだろうか、つんと無表情のアベルを一瞥してからアリアに笑顔を見せる。
アリアはアベルを見ていたが、ビアンカに視線を向けられると そちらへ顔を向けた。
「アベル。グラスが空になってるわ、おかわりどうぞ?」
「ありがとう、ビアンカ」
ビアンカが酒の瓶を傾け、アベルのグラスに注ぐ。
すると、アベルは ふっと目元を緩めてビアンカに微笑んだ。
「アベル、今夜は泊まって行けばいいから、いーっぱい飲んで、いーっぱい食べてね! アリアも!」
「うん、じゃあお言葉に甘えようかな。あ、ビアンカのグラスも空だね。ボトルを貸して。僕が入れてあげる」
「あら、ありがと~。気が利くじゃない」
アベルの笑顔にビアンカも嬉しそうに破顔。アベルはビアンカから酒瓶を受け取りビアンカにお酌をしていた。
二人は互いにお酌をし合いながら笑顔を交わし、とてもいい雰囲気に見える。
……アリアは酒が進んでおらず、二人の間には入れなかった。
天空人自体が珍しいから、可哀想って思っちゃうんでしょうね。
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