ニンジン。
では、本編どぞっ。
◇
……アベルが顔を洗い戻って来ると、昨日と同じくビアンカとアリアは楽しそうに朝食の支度をしていた。
「そうなの!?」
「うふふ。そうよ、知らなかったの?」
「うん」
なんの話なのかは知らないが、アリアが目を丸くし、戻って来たアベルをちらりと見てからビアンカを見上げる。
(……なんだ……?)
アベルは なんの話をしているのか気になり二人の元へと向かった。
「あら お腹が空いたの? アベル。もう少し待ってね。うふふ」
アベルが二人の背後にやって来ると、ビアンカは振り返ってにっこりと微笑んでくれたが、アリアは振り返りもせず特に何を言うでもなく、調理を続けている。
(……アリア……? 今なにを話してたんだ……?)
なんとなく、アリアは不機嫌なのでは……と気になってしまったが、調理の邪魔をするわけにはいかない。
「ダンカンさん達は起きてるのかな?」
「まだよ。今日は建設工事がお休みだから朝はゆっくりなの。起きてるか見て来てくれる?」
「わかった」
アベルはビアンカに頼まれ、まだ起きていないというダンカン夫妻の様子を見に行くことにした。
◇
……アベルがダンカンの部屋に入ると、ダンカンとおかみはすでに起きていて、ダンカンはベッドに横たわり、おかみは棚の整理をしていた。
「おおアベル、早いな」
「あ、ダンカンさん、おかみさん。おはようございます」
「おはよう、アベル坊ちゃん。よく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで」
ダンカンとおかみにそれぞれ挨拶をし、アベルは二人が起きていることが確認できたので居間へと戻ることにする。
「あ、アベル坊ちゃん、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけどいいかい?」
「え?」
……アベルが踵を返すとおかみに呼び止められてしまった。
すぐに身を転じて手招きする二人の側へと向かう。
「……なんでしょうか……」
――あまり、聞きたくないんだけど……。
この瞬間にも別世界の記憶が降りて来て、ダンカンがビアンカを任せたいと言うのではと、アベルは顔を引き攣らせた。
……ビアンカのことは嫌いじゃない。
むしろ好きな方だ。
何度も結婚し、大好きだった記憶が既に降りて来ている。
だが、今の自分はアリアがいい……。
そうアベルが思っている内にダンカンが口を開いた。
「なあ、アベル。この事はビアンカには言ってないんだが……。ビアンカは本当は私の実の娘じゃないんだよ。だからこそ余計にビアンカのことが不憫でね。幸せにしてやりたいんだよ」
「…………はい……」
ダンカンが神妙な面持ちで話すため、アベルは真摯に受け止め頷く。
「私はこんな身体だからこの先どうなるか分からないし……。ビアンカが経営なんてものをしたいって言い出してね……、心配なんだよ」
「…………はい……、え?」
――経営? 僕と一緒に暮らさなくていいの……?
話の続きを聞いたアベルは一度返事をしたが、首を傾げた。
「……アベル坊ちゃん。旅の途中で忙しいだろうけど、スパがオープンしたらお客として頻繁に来てもらえないかねえ。ほら、昨日アベル坊ちゃんは移動呪文が使えるって言ってたろ? あ、もちろん割引はさせてもらうよ! アリアちゃんと一緒に来てくれたら あたしも嬉しいんだけどねえ」
今度はおかみがスパに遊びに来て欲しいと、アベルの手を握り締める。
……どういうことかはわからないが、別世界とは展開が違うようだ。
「えっ、も、もちろん。そんなことでいいなら喜んで……!!」
――やっぱり、未来が変わってる……!!
アベルは握られたぽっちゃりとした温かな手をしっかり掴み、応えるように両手で握り返していた。
「ふふふっ、ビアンカは今ちょっとナーバスになってるから、これで元気になるんじゃないかねえ」
よかったよかった……。
おかみはニコニコとご機嫌な様子でアベルの手を二、三度上下に揺らしてからアベルを解放する。
そのあと、二人は朝食はもう少し後で食べるからと、アベルに独りで居間に戻るよう告げて、仲良く話を始めてしまった。
……昨日ビアンカが言っていた夫婦喧嘩は終わったようだ……。
(ナーバスって……ビアンカどうしたんだろう……? そんな素振りなかったと思うけど……。)
アベルはおかみの一言が気に掛かったが、そのまま居間へと戻る。
「さあ、できたわよ。アベル、そこに座って」
居間に戻るとアリアは既に席に着いており、その向かいに座るようにとビアンカに指定された。
朝食のメニューは野菜サンドと野菜スープ。
ミカンやリンゴといった果物も置いてある。
「……おいしそう♡ いただきますっ」
向かいの席でアリアが嬉しそうに破顔し、手を合わせていた。
ピエールとプックルは既に食べ始めており、プックルに至っては余程美味かったのだろう、自分の分を食べ終えアリアが手にした野菜サンドを見ながらヨダレをだらだらと垂らしている。
「…………いただきます」
――アリアの笑顔は癒されるなぁ……。
アベルはアリアを眺めながら朝食を摂ることにした。
……野菜サンドを手に取り、アベルは固まる。
今日の野菜サンドの中には薄く切ったニンジンが入っており、野菜スープにもニンジンが大量に入っているではないか。
「…………(ニンジンか……)」
実はアベルは幼少の頃からニンジンが少々苦手である。
だが、パトリシアがニンジンを好んで食すため、馬車には常備されており、食事にはよく出るのだ。
子どもの頃からすれば食べられるようになったし、だいぶマシにはなったが、煮込まれているものならまだしも、生のニンジンは少々ハードルが高い。
――けど、アリアの前だ! 僕が好き嫌いなどない大人の男だということを見せつけてやろうじゃないか!
アベルは意を決して野菜サンドに齧りついた。
「あ、食べた」
……ビアンカの単調な声が聞こえる。
「ん? ……あ、おいしい。これ、おいしいね!」
“おおっ、しっかり噛んでる。飲み込んだ!”……となぜかビアンカが実況するので、アベルは首を傾げつつも、苦手なニンジンの入った野菜サンドを絶賛した。
「……そう? ニンジン入ってるけどおいしい?」
今度はアリアが不思議そうに訊ねて来る。
「え、あ、うん? おいしいけど……? あ、スープもおいしいよ!」
――生のニンジンなのに食べられる……! なんでだ!?
どうしてなのか……この野菜サンドのニンジンは、ニンジン特有の苦みやえぐみが感じられない。
ニンジンが苦手なアベルでも苦も無く食べられた(スープはいつも通り慣れているため 平気だ)。
アリアが小さく「よかったぁ」と呟いている。……その隣に座ったビアンカがニヤニヤ。愉快そうな顔で頬杖を突いた。
「……ふふふっ。そうなんだ? へえ……」
「ん? なにビアンカ……、なんで笑って……?」
「アリアに感謝しなさいよ~?」
「え?」
ビアンカに目配せされ、アベルはアリアに目を移す。
「私はなにもしてないよっ!」
アリアは首を左右に振っていた。
「ふふふっ、アリアってほーんと、面倒見がいい守護天使よね~!」
「なにもしてないってば……」
「いいな~、私も守護天使欲しいな~。優しくされた~い」
ビアンカがアリアの頭をナデナデ、
(その子は僕のなのに……。)
――二人して僕にわからない話をして……、悔しい……!!
ビアンカの言葉の意味はわからなかったが、二人の仲があまりにも良さそうで、ビアンカにまでヤキモチを焼いてしまったアベルだった。
主人公は小さい頃ニンジンが苦手だったらしいというのを聞きつけて書いたお話です。
このお話の主人公、アベルも苦手だったけどアリアの前じゃ笑顔で食べるんだっ。
その内バレると思うけど。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!