アリアの性格ってあっさりしてるよね。
では、本編どぞ。
「……アリア。僕さ、もう限界なんだけど」
「限界って……」
「僕、嘘は苦手なんだ」
アベルはアリアの指を絡めて離れないように ぎゅっと握りしめる。
アリアの手は眠くないのだろうか、アベルの手よりもひんやりと冷たかった。
「……ウソ」
アリアの桃色の唇が小さく微動する。
「え?」
「……お兄ちゃん……そうなの……?」
目をぱちくりさせるアベルに、アリアはおずおずと上目遣いで窺った。
睨んでいるわけではないが、その視線にアベルは罪悪感を覚えてしまう。
……咄嗟の嘘で
「あ゛、そ、それはほら……船が必要だったから……」
指摘されたアベルの額に汗の玉が浮く。
未来を変えるために必要なことだったんだよ……! と、アベルはまだアリアに事の詳細を伝えていなかった。
アベルがアリアに伝えたのは、“絶対大丈夫だから自分を信じて”とだけ。
……ルドマンの家でアリアを攫った日からもうすぐ一月が経とうとしているのに、彼女に細かなことは話せていない。
アリアが訊かなかったから……、は言い訳に過ぎない。
口にしたら言霊のように、その通り時が流れるのが嫌で口にできなかったのだ。
……都合よくズルズルと引き延ばしてしまった。
アリアが不安になるのも無理はない。
傍から見れば、自分に好意を向けてくれる女を都合よく弄んでいるようなもの。
アリアには誠実に向き合ってたつもりだったが、
アベルはアリアを守り、愛しみ、傍にいればそれだけで誠実だと思っていた。
だが、自分の抱えている問題を彼女にきちんと伝えていない時点で、それは違うのかもしれない。
アリアからはなにも訊かれていないが、“絶対大丈夫”の言葉だけで彼女は自分を信じ、よくここまでついて来てくれたものだ……とアベルは目の前の彼女に感謝した。
「……ね、アベル。アベルがすごく努力してくれてるって私、知ってるよ。だからもう少しがんばって……?」
「アリア……、でも僕、君に触れないのが辛い……」
アリアが優し気に微笑んでくれるが、アベルは繋いだ手を額に引き寄せ俯く。
アベルの口からは弱音が漏れ出ていた。
――僕は、嘘も、我慢も、本当は苦手なんだよ……。
嘘を吐いている時間が異なるこそすれ、ルドマンの家ではアリアに我慢させたくせに、自分は我慢できないとかいったいどの口が言うのだろうか。
だが、アベルにはどうしても我慢ができなかったのだ。
……狡い男だと罵られてもいい。
アリアに罵られるならむしろご褒美……。
アベルはアリアになら叩かれようと踏まれようと、罵倒されようと嫌われてさえいなければ喜んで受け入れるつもりである。
「っ……そんなこと言われても……」
アベルが俯く隣でアリアの弱々しい小さな呟きが聞こえた。
弱音を吐くアベルにきつく言ってもいいところなのに、アリアはそれ以上は黙り込んでしまう。
……彼女は困っているようだ。
「アリアは?」
「……ん?」
「アリアは僕に触れなくて辛くない? ビアンカに遠慮していないかい?」
自らの額に指を絡めたアリアの手の甲を押し当てたままアベルは顔を上げると、これから先に起こることを話す前提として先ずは彼女に確認を取る。
――ビアンカが僕を好きだから、遠慮してるんだよね……?
「っ……べ、別に遠慮してなんか……」
「……嘘だね。アリアはビアンカに遠慮してる」
ちら とアベルがアリアを見やると、彼女の目が一瞬泳いだ。
そしてその後でにっこりと微笑んでみせる。
付き合い始めた頃はわからなかったが、一年共に過ごしたアベルにはアリアの動揺が読み取れるのだ。
……彼女は近くで注視していれば意外とわかりやすい。
「…………なんでそう思うの?」
アリアが質問してくる。
……彼女がそう訊いてくれるのをアベルは待っていた。
アリアは真っ直ぐに質問しても、答えたくないことははぐらかすし、笑って誤魔化す癖がある。
アベルも毎度アリアの笑顔に誤魔化され なあなあにしてしまっていたが、今夜は違う。
「……アリア、僕はさ……、その……。この先のことを知ってるんだよ……」
――アリア、君に全部話しても……いいだろうか。
君は受け止めることが出来る……?
アベルは心臓がドクドクと強く脈打つのを感じる。
嫌な冷や汗も額に浮き出ていた。
“僕は
今まで君と出会ったことは一度もなくて……それでも、今の僕は君と結婚したいと思っている……、だから僕のお嫁さんになってくれないだろうか……。
……アベルは二人の女性との関係と、アリアとの未来、そこまでは言えなかった。
はっきり伝えるつもりがヘタレて伝えられなかった。
……それでも。
「あ……、そっか……、そう……だったね……」
アリアはどう解釈したのだろうか。
なにかを察したように柔和な顔をしている。
――先って……アベルはどこまで知ってるんだろう……、変わらない未来を思い出してるのかな……。
もし、結婚する直前まで思い出しているなら、辛いよね……。
ビアンカちゃんとフローラさんの間で揺れているのね?
(けど大丈夫だよ、アベル。あなたは幸せにしかならないんだから……。)
アベルが伝えたいことが なんなのか解らないアリアはアベルの幸せを祈ることしかできない。
……アリアにはアベルに穏やかな微笑みを贈ってやることしかできなかった。
「……アリアがなんで遠慮しているのか、わかってるつもりだよ。けど、その気遣いは僕には……辛いかな」
「アベル……」
アベルの話にアリアは眉を寄せ困り顔をする。
――アベルが辛いの……? どうして……? あんなに仲が良さそうなのに……。
……所詮自分はバグっ娘だ。
ゲームの主人公とヒロインが仲睦まじくしているのを応援するくらいいいではないか。
胸がきゅうきゅうと痛むが、そんなものはいつかは忘れることができるはずなのだ。
……アリアには自分の望みが叶うなんて希望はそもそも持ち合わせていない。
前世で欲しかった父親の愛情は貰えず虐待され、期待もされなかったどころか邪険にされ、気まぐれに優しくされても何度も裏切られてきた。
母親は優しかったが幼い頃に死んでしまったし、周りの人間も冷たく、誰にも受け入れてもらえなかった。
唯一、兄は優しかったが、兄も兄で必死だったからそう甘えることも許されない。
……アリアは独り、世の中はそういうものだと諦めて生きてきたのだ。
諦め……それは悟りともいえるかもしれない。
誰にも期待はしないし、誰かに依存したりもしない。
自分の望みなど叶わないのが当たり前。
彼女は独り強くあろうと必死で生きてきた。
……なにかに執着することもしなかった。
執着すると、母親のように弱い人間になりそうで嫌だったから。
父親に依存し子を不幸にする母親が、アリアは暴力を振るう父親よりも嫌いだったのかもしれない。
母にも事情があったのだろうが、それは子であるアリアには関係のないことだ。
こちらが一心に愛情を求めても返ってこない一方通行の愛は時に執着を生む。
執着は、心を傷付けられズタズタにされても中々断ち切れないもので、それを自ら手放さない限り、自分で自分の心を傷付け続けるのだ。
……前世のアリアは独り立ちし、親とは決別、独りでそれを克服した。
たまに感傷的になることもあるが、それはもう過去の事――。
親の愛情を求め、悲しい想いに囚われていた小さなアリアはもういない。
自らを楽しませ、心を満たすのは他人ではなく自分自身。
他の誰かに与えてもらうものではないのだ。
それを知ってるアリアは誰にもなにも求めたりはしない。
だから誰かを好きになっても深入りはしなかった。
……そう、アベル以外は。
アベルはどこまでも優しくいつでも守ってくれる、アリアにとっては自分の闇を照らしてくれる光のような不思議な存在。
たとえ仮初めの恋人だとしても、この一年はとても幸福で温かかった。
ぬるま湯の中を揺蕩う湯治客の気分だった。
暴君な元カレはあっさり忘れられたが、今回は忘れるまでに何年も掛かるかもしれない。
……だが、大丈夫だ。
(私はアベルと一緒でも一緒でなくても、独りでも、いつでも幸せだから。)
“だからアベルも幸せになってね。”
……アリアはアベルの想いとは全く異なる考えをしていた。
前世で辛い想いをしてきたアリアは、色々と悟っているのだよというお話でした。
辛い想いを経験した人ほど誰かに優しくなれる。
なれない人もいるけどね……。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!