覚悟。腹を括ってしまえばどうとでもなる。
では、本編どぞ。
「……っ、ごめんねアベル」
しばらくして、アリアが漸く口を開いた。
だがそれは謝罪の言葉で、アベルの求めた返事ではなかった。
「……なんで謝るの? 僕は“はい”って返事が一言欲しいだけなんだけど……?」
「ぁ……、えと、あなたの人生に私なんかが介入しちゃって、良かったのかなって……、その……いまさらなんだけども……」
「は……?」
アリアは三角座りの膝を腕で包みながらアベルを窺い見る。
告げられたアベルは首を傾げていた。
……いまさら介入もなにも、アリアを巻き込んだのはそもそも自分の方なのだが……。
アリアがなにを言っているのかアベルにはさっぱりだ。
――アリアなに言ってるんだ……?
眉間に皺が寄ったが、アベルはとりあえず話の続きを聞くことにする。
「私は……フローラさんみたくお淑やかでも、芯の強い女性でもない。ビアンカちゃんみたくしっかりしてもないし、怖がりだし、ヘタレだし、ちょっと呪文が使えるだけのただの女だもの」
……話し終えたアリアは悲しそうに目を伏せていた。
いったいどうしたというのか、いつも朗らかな笑顔を見せてくれる彼女らしくない。
そんなアリアの様子にアベルは腕を組み、首を捻る。
「…………うーん……?」
「…………ん?」
「……アリアは結構芯が強いと思うけど? 決めたことは絶対曲げないし、怖がりだけど最終的に自己解決しちゃうし、呪文が色々使えるのはすごいことだと思う」
アベルはアリアがなにを悩んでいるのかは知らないが、気遅れしているようなので元気付けることにした。
結婚を断られるのは全力で否定してやるが、彼女が気後れしているなら全力で肯定してやる。
それが彼氏……いや、婚約者としての責務だ。
普段思ってることだし、彼女がいつものように笑顔を見せてくれたら、それだけで自分は幸せなのだから。
――よし、もうちょっと元気付けてあげよ……。
アベルの褒め言葉にアリアが顔を上げると、互いに目が合う。
……アベルは穏やかに目を細めた。
「……それに、小さくて可愛いし、好い匂いするし優しいし、おっぱいが大きい! 僕のお陰か最近また成長してるよね!」
「っっ!?(おっぱいって……!)」
アベルは自らの胸を掴み、爽やかな笑顔をアリアに向ける。
……アベルの顔は嬉々としており、悪意がないのはわかったが、アリアは目を見開き固まっていた。
…………。
……………………。
なんとも言えない空気が見つめ合う二人の間に静寂をもたらし、アベルは“ハッ”と我に返り“バッ!”と慌てて片手で口を覆った。
(おっぱいの話は余計でしょ……! 素直に言い過ぎだよ! ていうか誰だっ、今の別世界の僕は!?)
アベルの先ほどの台詞はセクハラではなかろうか。
……正直な気持ちながら別世界の自分が言わせたのか、まれに余計なことを口走る己の口が憎い。
別世界の自分達はたまにこうして今の自分に干渉してくるから本当に困る。
アリアに嫌われたらどうするんだ……! と、アベルの額から冷や汗が噴き出ていた。
「あ、ご、ごめん……調子に乗った……」
「アベルのえっち……」
アベルが冷や汗をダラダラ垂らし頭の後ろを掻くと、アリアは胸の前で腕をクロスさせ、警戒するように注視してくる。
彼女の紫水晶に可愛く睨まれたアベルは苦笑いを浮かべた。
「ははは……。アリアが自分をそんな風に思ってたなんて意外だよ。いつも明るくて悩みなんてなさそうだと思ってたから」
――よし、嫌われてはいないっぽい……、とりあえず話を戻すか……。
アベルは煩悩を捨て去り、アリアを元気付けるために話を戻す。
だが、その物言いはいささか失礼ではなかろうか。
「私のことを何だと思って……(能天気だとでも思ってたの……?)」
アリアはムゥっと口を窄めた。
「天使」
アベルはアリアを覗き込むように、
「え?」
「アリアは天使だから、人間の僕とは考え方が根本的に違うのかなって思ってた。ゲマのことも恨んで無いみたいだし……でも、そうじゃないんでしょ?」
穏やかなアベルの口上にアリアの窄めた口が緩むと、アベルはそっと彼女の長い髪を一房手に取った。
「アベル……」
「アリアは僕となんら変わらない人間なんだよ。いつも僕に優しくしてくれてありがとう。君が傍にいてくれたから、僕は今日も戦えた」
――アリアの髪は甘くて好い匂いがする……。
アベルはアリアの瞳を見ながら、手にした彼女の滑らかな艶髪にそっと口づけを落とす。
「……っ……」
――アベル、なんで髪にキスなんか……。
アベルの行動にアリアの頬がぽっと赤く染まった。
「……僕は君が好きだ。だから、アリアが不安を抱えているならいつでも話して欲しい。全部話せないなら一部でいい。君が抱える荷物を少しだけでも、僕に持たせて欲しいんだ。だめ……かな……?」
いつになく真剣な顔でアベルは告げる。
真っ直ぐな瞳に射抜かれ、アリアの顔は耳まで紅く色付いていた。
「っ……アベル、なんかその言い方……」
――プロポーズみたいなんですけど……!?
いや、プロポーズなら何度かされてたけどもっ。
……アベルに言えば「今さら気付いたの!?」とでも言って笑われそうで、アリアは口を噤む。
「ん……?」
「……ううん、なんでもない。ふふっ……ありがとアベル。私、あなたを信じるね」
……ぎゅっ。
アリアはアベルの腕を抱きしめ、頭を傾けた。
「僕を諦めない覚悟を決めてくれたってことだよね? 僕がビアンカに言ってもいいよね?」
「うん、覚悟決めた……アベルの好きにして。話す話さないは あなたに委ねるよ。私、諦めない。でも……もし負けちゃいそうになったら助けてくれる?」
確認するようにアベルは訊ねる。
アリアは深く頷いてから訊ね返していた。
にわかには信じがたいが、アベルの言うように【
……それならば。
――アベルを信じて頼ってみたい。
ちっぽけな自分では立ち向かえなくても、
まだ不安は残るがアリアはアベルに全てを委ねることにした。
「ああ、もちろん! ビアンカもきっと協力してくれるし、世界の理なんてアリアが味方になってくれれば敵じゃないよ!」
アリアのはっきりとした返事にアベルの瞳が輝く。
さっきまでビアンカに伝えるのは
恐らくアリアは言わないつもりだったのだろうが、その選択を自らに委ねてくれたということは、これは……。
――アリアが僕と結婚する気になってくれたってことだ……!
アベルはアリアの頬にそっと手を添わせる。
「……うん、そうだよね……」
いつも上向きのアリアの白金の睫毛が少し下を向くのは、まだ不安が残っているのかもしれない。
……だが、そんなものは。
アベルには吹き飛ばしてやれる自信があったのだ。
(大丈夫だよ、アリア。君が僕を欲してくれるなら、僕はなんでも成し遂げてみせるよ。)
アリアが自分を信じ、諦めないと言ってくれただけで、なぜこんなにも心が満たされるのか……。
正直なところアベルも不安がないわけではなかったが、アリアが望んでくれるのならそんな不安は塵となり風に消えゆく。
「アリア……」
「アベル……」
二人は互いの名を小さく呟き合うと、静かに唇を重ねた……。
アリアの覚悟が決まったところで……。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!