待ち時間ができたので。
では、本編どぞー。
◇
「じゃあ、一旦現場に行って来るわ。なるべく早く戻るからアベル達は村でのんびりしててね。あ、温泉でも浸かってて。後で呼びに行くから」
「わかった」
「いってらっしゃ~い」
滝の洞窟を出て数日後――山奥の村に漸く辿り着き、宿屋の前までやって来るとビアンカは用事があるらしく、明るく笑顔で告げて独りで坂を上って行ってしまう。
……アベル達はビアンカを見送った。
「……行っちゃった……。ビアンカちゃんなんの用なんだろう?」
アリアは小さくなっていくビアンカの背を見つめ、首を傾げている。
「共同経営者に報告があるんだってさ。仕事みたいだ」
「へえ……、お仕事かぁ……。経営者だもんね、ビアンカちゃんてすごいなぁ」
アベルが“ビアンカはスパ建設地に行ったんだよ”と教えると、アリアは感嘆していた。
……ビアンカから聞いた話によると、村に一度戻ったのは共同経営者に報告があるからとのこと。
何の報告かまでは聞いていないが、スパの建材についての話もするんだろうなとアベルは勝手に推察。
ビアンカが旅に同行する際、あまり長い期間留守にするのも両親が心配するだろうから、それの報告も兼ねているのかもしれない。
……共同経営者のうち一人はダンカンのおかみだから。
もう一人はいったい誰なのか……。
アベルは共同経営者の最後の一人が気にはなっていたが、坂を上って行くビアンカが生き生きとしている姿にほっとしていた。
「…………」
アベルもしばらくビアンカの背を見送っていたが、見えなくなると黙り込み、静かにアリアの背後に回って彼女を抱きしめる。
「っ……アベルどうしたの?」
急に抱きしめられたアリアはビクリと肩を揺らした。
……アベルは彼女の耳元でこっそりと呟く。
「アリア、温泉に行こう?」
――温泉は目の前だ……! 僕は約束を忘れていないからね……!
まだ昼間だが、温泉には朝でも昼でも、夜でもいつでも浸かれるのだ。
……アリアとの約束をアベルは忘れていなかった。
「……温泉って……、まだ昼間だよ……?」
「昼の温泉もいいと思うんだけど? 夜の方がよかった?」
「……んー……昼間って賑わってるんでしょ?」
「それは行ってみないとわからないよ」
アリアがアベルの腕を解いてアベルに向き直る。
ここの温泉は人気だ。
昼でも夜でも賑わっており、真夜中でもない限り必ず誰かが湯に浸かっている。
アベルはアリアと行こうと思っていたからまだ温泉に顔を出しておらず、露天風呂の賑わい具合など知らないのだ。
「……今日はそんなに時間もないし、アベルだけだったらいいんだけど……あそこ混浴みたいだから他の人がいるとちょっと恥ずかしいな……」
「アリア……」
――僕だけだったらオッケーなんだ!? って、そりゃそうだよね……!!
頬をカリカリと掻きながら上目遣いで見上げて来るアリアに、アベルの口角は自然と上がった。
「だから足湯だけでもいい?」
「……えと、ごめんね確認させて。それって……まだ僕と入りたくないってことかな?」
窺うように訊ねられ、アベルは違うと思ってはいるが念のため確認を取る。
……アリアの答えはすぐに聞くことができた。
「ううん、違うの……。二人きりで入りたいの。だから他の人がいるとヤダなって……」
アリアの頬がぽっと赤く染まり、言い切ると彼女は恥ずかしそうに手を組み俯いてしまった。
「っ!」
「だから、今日は足湯だけ……ね?」
ぼそぼそと……。
アリアはアベルの服を組んだ手で器用に引っ張っている。
約束を違えるわけではないんだと告げていた。
「あ……っ、アリアってずるいよね~……」
……アベルの声が上擦る。
アリアのおねだりが上手過ぎて、アベルには太刀打ちできそうにない。
「ん?」
不意にアベルを見上げる彼女の目は自然と上目遣いとなり、アベルを魅了してしまう。
「……僕は君に逆らえないんだよ?」
――二人きりがいい、だって!? 可愛い顔してからに……!!
アリアの言うことならなんでも聞いてやろうじゃないか!
……彼女の瞳に釘付けになった自分の頬が熱いのが解り、アベルは眉を下げて微笑んでいた。
「アベル……じゃあ!」
「オルソーさんのところに行って戻ったらここで一泊しよう。その時真夜中に入ろっか。ふ、二人きりで……!」
「あ……うん! 約束ねっ!」
アベルの一言にアリアは嬉しそうに破顔する。
「……二人きりだったらあちこち触っちゃうけど……いいよね? ……って冗談だよ、冗談っ! さあ 行こうか!」
「ぁ……」
言い過ぎたかなと、頭の後ろをガシガシ掻きながらアベルは歩き出してしまった。
アリアはすぐ後ろについていきながら返事をしていたのだが、アベルは「また調子に乗ってしまった……」と自省し、アリアの言葉を聞き逃す。
アリアの返事は“……ぅん、ぃぃょ”。
滝の洞窟で互いの意思を確認したからか、アリアにはアベルを受け入れる覚悟ができたようだが、アベルには伝わらなかった。
◇
……さて、アベル達は宿屋へと入り、温泉を目指していたが、先ずは地下へ行くことにした。
「あれ? アベル温泉って確か……(こっちだったような……?)」
温泉に続く扉の前を素通りし、アベルが宿屋奥の下り階段に向かう。
アリアは扉を指差し、温泉は多分ここだと呼び止めていた。
「ああ、うん。せっかくここまで来たから地下も確認しておこうかなって。確か……ぁ。酒場があったような……」
ふと別世界の記憶が降りて来て、宿屋の地下に酒場があるのを思い出したアベルは話だけ聞きに行こうと足を止め、振り返るとアリアを手招きする。
「なるほど情報収集ね! さすがはアベル、旅のプロだわ!」
「ははっ、アリアは褒め上手だね~……っと」
アリアの愛らしい笑顔にアベルの口元は緩み、頭の後ろを掻いてから再び身を転じた。
……その拍子に地下から上がって来た戦士とすれ違いざま ぶつかってしまう。
「っと、あ、すまない。少し考え事をしていたのだ……」
「いえ、僕もよそ見してて……」
戦士が軽く頭を下げるとアベルも同じように返した。
すると戦士は、アベル達が地下に行こうとしていることに気付いた様子で口を開く。
「最近どこかの教団が光の国をつくるためと言って寄附金を集めてるらしい。世界の終わりが来ても教団に入ってさえいれば助かるという話なのだ」
「光の国ですか……」
「……なんだかそんな話どこかで聞いたような……」
戦士の話にアベルが呟くと、その後ろでアリアが腕組みをしていた。
「……信者だけが助かる……そんな上手い話があるのかどうか考えていたのだ。いや、すまなかったな」
戦士はまた軽く会釈して去って行った。
……入信するつもりなのか、それともおかしな教団だとでも思っているのか――戦士の話ではどちらなのかはわからないが、早まらないで欲しいものである。
「光の……教団……?」
「教団って……ルラフェンで読んだ本のやつかな?」
アベルの零した“光の教団”の単語に、アリアは以前ルラフェンで読んだ本を思い出し、口にしていた。
「あぁ……確かそんな本があったね……アリアよく憶えてるね」
「ふふっ、私、記憶喪失だけど、記憶力はいいんだよ」
「プッ。それ矛盾してない?」
「あ。ふふっ♡ 確かにそうだねっ。フフフッ」
アリアは確かに記憶喪失ではあるのだが、アベルと再会後の記憶はばっちり憶えている。
アベルと出会う前の記憶と、アベルと別れた前後の記憶だけがすっぽり抜けているだけで元々記憶力は良い方なのだ。
……ドラクエⅢまでの呪文だってしっかり憶えている。
それを口にしただけなのだが、アベルにツッコまれ、自分でも可笑しくて吹き出してしまった。
いずれはアベルと出逢う前の記憶はもちろん、アベルと古代の遺跡で別れた時のことも思い出したい。
謎の男が記憶は戻ると言っていたのだから戻るはず。
――いつか、思い出せるよね?
失われた記憶を思い出し、アベルに役立てることができたらいい。
……アリアは目の前で穏やかに微笑むアベルを見つめていた。
ビアンカが報告に行ってる間に、アベルとアリアは温泉に入ろうと思ったのですが、やっぱり酒場が気になっちゃいました。
こんな田舎まで光の教団の魔の手は伸びている。
----------------------------------------------------------------------
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!