プックルは温泉好きでした!
……では、本編。
「がうぅ……(主、アリア、我も拭いて欲しいぞ……!)」
屋内へ消えたアベルとアリアの後ろで、濡れ鼠ならぬ濡れキラパンのプックルは、湯から上がると他の客の迷惑にならない位置まで移動し、身体をブルブルと震わせ毛に含んだ水分を弾き飛ばす。
……水飛沫は辺りに飛び散ったが、温泉に浸かる客には掛からなかったようだ。
『さすがはプックルねっ。洗濯物が濡れずに済んだわ、ありがとう♡ はい、これ採れたてのトマト♡ みんなにはナイショね?』
不意にアリアの笑顔が脳裏に過ぎる。
……修道院生活中、アリアに何度か全身を洗ってもらっているのだが、初めて洗ってもらった際、今のように身体を震わせアリアをびしょ濡れにしたことがある。
その時にこってり絞られて以降、気を遣って離れた場所で身震いするようにしたら褒められるようになった。
野菜のご褒美までくれるものだから、プックルは“高潔なキラーパンサーの我なら下々の者達に気を遣えて当然のこと、野菜の献上か……苦しゅうない”……なんて鼻高々で毎回そうしていたが、アリアに上手く乗せられていることに気付いていない。
知らずの内に人間社会に溶け込めるよう、躾けられているプックルであった。
……プックルの身体からはホカホカと湯気が立っている。
ピエールも入りたかっただろうな……と思いながらプックルはニヤリと笑みを浮かべて屋内へと戻って行った。
(……フ、まあ良い。二人が収まるところにおさまったようで何よりというものだ。それもこれも我のお陰であるな……! 主、アリア、感謝するんだぞ……!)
――まったく、ピエールときたらアリアに後ろ向きな言葉しか掛けんから、アリアの奴も悪い方へ悪い方へ考えるではないか。
我が滝の洞窟に同行せねばどうなっていたことか……、脅すなら正しく脅さねばな。
……などとプックルが澄ました顔で屋内に入ろうとすると、目の前で扉が開いた。
そこにはアベルとアリアが立っていて、やって来たプックルを見るや否や眉を顰めている。
「こらプックル。忘れてたのは申し訳なかったけど、濡れたまま屋内に入って来ちゃダメだよ」
「がうぅ!?(我、脱水したけど!?)」
アベルに叱られたプックルの足元の床はびしょ濡れだった。
多少の身震い程度では水分をすべて弾き飛ばせなかったらしい……。
……そういえばあの時 主にも怒られたんだった……と、びしょ濡れにしたのはアリアだけではなく、アベルもだったことを思い出し、プックルはしょんぼりと頭を下げる。
「ふふっ、プックル 置いて行ってごめんね。今拭いてあげるね」
アリアが【バスタオル】を広げてプックルの頭に被せると水分を拭き取り出した。
「がうがうっ!(そうだぞ! 置いて行った方が悪いんだぞ! さっさと拭くがよい!)」
プックルはアリアに対しては尊大であるが、その瞳はうっとりしている。
――はぅぅ……アリアのタオルドライは悪くないな……、もちろんブラッシングもしてくれるよな? な?
身体を洗ってもらった後はブラッシングまでがセットなプックルはアリアからの施しを気に入っていた。
アリアは爪とぎまでやってくれ、爪とぎが終わるまでの間 彼女の持ってきた好物の野菜を食べ食べ、さながら王様気分。
……実のところ身体を洗われるのは苦手である。
特に石鹸で洗われると目に石鹸水が入ったり、自慢の長い髭が濡れたり、キュートな黒耳の中に水が入り込んだり、さらには たてがみの油分がなくなり真ん中分けのサラサラヘア……妙ちくりんな髪型になってしまうのだ……。
『地獄の殺し屋の異名を持つ我があのような情けない姿を晒すのは恥じというもの……!』
行水後、修道院ではブラシを手にするアリアに褒めそやされ
丸一日経てば皮膚の油分でいつもの たてがみに戻るが、気付いて以降プックルは修道院裏で
そんなわけで、身体を洗われるのは好きではないプックルだったが、その後のケアは割と好きなのである。
……まさに至れり尽くせり。
主であるアベルにも羨ましがられたくらいだ(笑われているが)。
旅を再開してからはそういった機会がなかったため、それを思い出しご満悦である。
……プックルはビアンカが来るまで、アベルにジト目を向けられながらもアリアにたっぷりとブラッシングしてもらった。
◇
しばらくすると、ビアンカが戻って来て目をぱちくり。
「まあ、プックルの毛がふわふわ……!」
気持ちいいわね♡ ……なんて言いながらビアンカはプックルの赤いたてがみに指を埋めて梳いていた。
旅の間は殆ど身体を洗うことがないため ごわついているたてがみだが、ブラッシングすると柔らかくなる。
「ふふっ、久しぶりにブラッシングしてあげたの」
「がう(苦しゅうない、苦しゅうない)」
アリアがブラシ片手に笑顔でビアンカに説明すると、プックルは澄まし顔。
石鹸さえなければ 立派なたてがみをキープできるのだ。
たてがみに触れるビアンカを窺いながらプックルは満足したように胸を張っていた。
「ビアンカ、もう用は済んだのかい?」
「ええ、ばっちり! しっかり価格交渉してきなさいって、これを持って来たの」
アベルの問いに、ビアンカは手にしていた手提げカゴを軽く持ち上げる。
手提げカゴには真っ白な布製のフードカバーが掛けられていて、中身はわからないが、大体の見当は付く。
オルソーに交渉する場合にはおいしい食べ物を持って行けばいいと、アベルが教えたからだろう。
……カゴの中身は恐らく食べ物だ。
「……でもこんなもので融通してもらえるの? お母さんが作ったお昼の残りと、さっき私が簡単に作った【やさい炒め】なんだけど……」
「大丈夫、あの人食べ物に目がないんだよ」
不思議顔のビアンカにアベルは頷く。
「そう……? お母さん こんなものでいいならいくらでも作るって言ってたわ」
「ふふっ、シスター達のお料理ももうないだろうし、オルソーさん喜ぶと思うなっ♡」
アリアもアベルと同じく笑顔で頷いていた。
「自分の食事くらい自分で作ればいいのに変な人ね」
ビアンカの一言はもっともである。
……が。
「あっ、いやオルソーさんは……」
「ふふっ、オルソーさん、お料理作りが好きなのよ?」
アベルがどう説明したものかと口を開くと、アリアが笑顔を見せた。
……オルソーは自分の作る飯が不味いと認識してからというもの、毎日えずきながら自作料理を食しているらしい。
シスター達のおいしい料理はオルソーの料理に対する認識をすっかり変えてしまい、料理作りを真剣に考えることにしたそうだ。
料理作りはオルソーの元々趣味であるが、いつか森の奥のレストランを作りたいなどと、以前木材を受け取りに行った際 夢を語っていた。
だから今は様々な料理を食べ、舌に憶えさせる時期だとポートセルミやルラフェンなんかに足を延ばし、酒場なんかで食事をしている……とのこと。
おかみやビアンカの手料理もオルソーの良い教材となるのではなかろうか。
……数々の料理を再現できるかは知らないが、いつかオルソーの夢が叶うといいなとアベルとアリアは思っている(食べに行くかはさておいて)。
「そうなの? でも、他人の作ったものが食べたいだなんて……、お母さんも私もお城のコックさんでもないのに」
「……彼は、その……とても個性的な味付けをする人でね……」
「個性的…………、なるほど! それはよその食べ物が食べたくなるわね!」
アベルの話にぴんときたのか、ビアンカは手を打ち理解したように頷いた。
「ハハッ、ビアンカってやっぱ鋭い……」
――ホント、なんでもっと早く気が付かなかったんだろう……。
ビアンカのあまりにも早い理解力に、アベルはアリアとのことをさっさと相談しておけばよかったと後悔したが、後悔先に立たずである。
ビアンカはアリアを想い黙っていて、アリアもビアンカを想って黙っていた――、二人は理由は違えどお互いを想い合っていたのだ。
未来を変えることしか頭にないアベルには、女性二人の思いやりの深さなど気付かないで当然だったのかもしれない。
「ふふっ、今頃気付いたの?」
ビアンカがくすくすと微笑んでいる。
「はは……、僕はまだまだだな……」
……アベルは頭の後ろを掻き掻き、ビアンカ、アリアと順に目線を移す。
と、目が合ったアリアは首を傾げた。
「……ん? どうかしたの?」
「……いや? さあ、じゃあオルソーさんの所に行こうか」
アリアと目を合わせたアベルの瞳が緩む。
遠回りした気もするがアリアも覚悟を決めてくれたことだし、きっとこのまま彼女と結婚できるはず……と、まだ見ぬ未来に期待を寄せて、アベルは大きく息を吸い込む。
“【ルーラ】!!”
アベル達の身体は宙へと浮き上がり、オルソーの住む集落へ……。
プックルは知らず知らずのうちに飼い慣らされていたりします。
野生には戻れないでしょうね、戻る気もなさそうだけど。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!