宿屋のおっちゃん、趣味があるみたい。
では、本編。
「もうイヤぁ……!!」
アベルが宥めても、アリアは大きな声を上げる。
「アリア、ねえアリア。明日、僕はきっと【世界の理】に打ち勝ってみせるよ。妙案を思いついたんだ」
相手が冷静でない時ほど冷静にならないと、話がまとまらない。
……アリアは元々冷静な人だから、きっとわかってくれる。
アベルは努めて冷静に――、諭すようにアリアに微笑み掛けていた。
「ひっく、ひっく……ぅぅ……ほ、本当に?」
「ああ、だからアリアも協力してくれないかい?」
アベルの気持ちが通じたのか、アリアは少し落ち着きを取り戻し、疑いの眼でまた見上げて来る。
まだ全面的に信用してくれてはいない気がしたが、アベルは話を続けた。
「……協力……? ん……ぅん……協力する。私、あなたを手に入れるためになんでもする……。アベルを誰にも渡したくないもん……」
“ぎゅぅぅぅっ。”
アリアがアベルの身体を締め付ける。
先ほどからそうだったが、密着した身体が温かくて、肌寒く感じ始めていた夜風がまた心地好くなったアベルは、彼女に回した腕に力を込める。
「アリア……♡ そうこなくちゃ! じゃあ部屋に戻って……」
アベルがそう提案したその時――。
“ぐぅぅ~~……”
……近くで腹の虫が鳴った。
アベルは自分の腹が鳴ったわけではないので、アリアをそっと窺い見る。
「あ……お腹空いた?」
「っ……も、もぉ、こんな時に……、空気読めないお腹なんだから……」
――恥ずかしい……。
アリアは羞恥に俯いてしまう。
山奥の村で朝食を摂ってから、今の今までなにも食べていない。
気を張っていたが安心して気が抜けたからか、身体の訴えが表に現れたようだ……。
「あははっ! それでこそアリアだよ。部屋にアリアの分の食事を取ってあるんだ。食べながら昼間僕の身に起こった話を聞いて欲しい。その後思いついた対策案も話すよ」
――ああ、可愛いっ!! すぐお腹いっぱいにしてあげるからね……!!
思わずアベルは吹き出し、アリアをぎゅっと抱きしめ、頭を撫でた。
こんな深刻な夜でも、アリアは明るい話題を提供してくれる。
やはりいつでも自分を笑顔にしてくれる彼女とずっと一緒にいたい。
アベルは「わっ、笑わなくても……生理現象だし……」とぶつぶつ告げるアリアを温かい目で見下ろしていた。
「……うん、わかった。じゃあ……戻ろ?」
アリアはアベルから一旦離れて、今度は腕にしがみ付く。
「……アリア、大胆だね?」
――温かくて柔らかい……。
アリアの柔肉がアベルの硬い筋肉を包み込んでいる。
こんな風に腕を組んで歩くのは久しぶりだ。
……アベルは下半身が少し反応してしまったが、余裕を見せるようにアリアに訊ねていた。
「っ、夜はほら、誰が誰だかわかりにくいから……」
「フフフ、そうだね」
――ああっ♡ しあわせっ♡
照れたようにアリアはアベルの腕を引き、歩き出す。
……アベルとアリアは宿屋に戻ることにした。
◇
宿屋に入るとフロントにいた宿屋の主人が、黙ってアベルとアリアを見ていた。
「……さ、散歩して少しは落ち着いたろう。もう休むかね?」
アベルとアリアが腕を組んだままやって来たからだろう、宿屋の主人の声が上擦っている。
“その女性は確か昼間運び込まれた……、さっきお礼を言って出て行ったはずなのになぜ……!?”
……フルフェイスマスクをしているが、彼が動揺しているのがわかる。
「あ、いえ、まだもう少し起きてますけど……、部屋に戻るのでその後寝ます」
「そうかい。じゃあごゆっくり!」
なぜいちいち宿屋の主人に休むことを言わなければならないのか、アベルにはよくわからないが、彼はアベルの返事を聞くなり紫色のロウソクを【カウンターテーブル】の上に置いた。
「……? ロウソク……?」
「よく眠れる香りのするものだ」
アベルが紫色のロウソクを見下ろすと、アリアが「アロマキャンドルね! 好い匂いがするの♪」と笑顔を見せる。
不意に見せたアリアの笑顔にアベルも釣られて顔を綻ばせた。
……すると。
コトッと、【カウンターテーブル】の上にもう一つ――。
今度は白いロウソクであるが……、“実はムーディーなやつもあるんだが……”と宿屋の主人が紫色のロウソクの隣に置く。
……白いロウソクには桃色のハート模様が刻まれている。
「これは……?」
「明日は……その……、なんだ。隣の彼女と結婚するんだろ?」
「え? あ、はい」
宿屋の主人が訳ありだとアベルとアリアを交互に見やる。
主人に問われた二人は互いに見つめ合い、照れ臭そうに微笑み合った。
“察した……!”
……そう、宿屋の主人は察してしまったのだ。
ルドマンの一人娘と金髪美女のどちらかを選ぶと思っていたアベルが、まさか全く別の女性を連れて来るとは……。
“とんでもないダークホースならぬダーク【スライム】が現れたな……”と、急にオラクルベリーのカジノに行きたくなった宿屋の主人は、実はスライムレースが大のお気に入りで、ルドマンの【カジノ船】にスライムレースがないことが不満で仕方ないそうな。
「カップルで泊まったお客さんにたまにサービスしてるんだ。趣味で作ってるもんでな……、よかったら……もらってくれ」
「あ、ありがとうございます! ではこれから早速使って……」
「あ、いや……、白いやつは明日の方がいいと思う。結構評判がいいんだ……」
「はあ……」
――なんだ……?
アベルが今夜早速使ってみようと言うやいなや、宿屋の主人は人差し指同士を突き合わせてなぜかモジモジしている。
いったいなんだというのか……。
「……ムーディー……??」
――なんだろう……?
宿屋の主人とアベルのやり取りを見ていたアリアは、白いロウソクを手にとり嗅いでみる。
……白い花を乾燥させて作ったお茶の匂いに似た嗅いだことのある華やか香りの中に、甘くてエキゾチックな匂いが入り混じっている……。
好い匂いだなぁ……なんてアリアは鼻をヒクヒク。明日使うのがちょっと楽しみになった。
「気に入ったかい?」
「え? あ、うん。ありがとうございます」
アベルに訊かれたアリアは頷いて、宿屋の店主に頭を下げる。
……それから二人はそれぞれロウソクを手に、手を繋いで部屋へと戻ったのだった。
宿屋のおっちゃんのロウソク、その後有名になるとかならないとかw
まあサラボナの名産品は紅白まんじゅうなんですけどね。
あ、ゲーム中にそんなものはありませんよ、あしからず。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!