婚前のカミングアウト……、大事……かなぁ……??
では、本編どぞ。
「っ……ぅーん……。でもそんなんで上手くいくとも限らないじゃない?」
「試してもないのに決めつけるの? 僕は多少の痛みなんて我慢できるよ。ドレイ時代は痛みの連続だったんだから」
「ぅ……、そ、それを言われると……ごめん……、私一緒にいられなくて……」
アベルの言葉にアリアがなぜか頭を下げる。
“辛い日々を一緒に過ごせなくてごめんね”……ということなのか。
彼女の瞳は愁い、自分のことのように悲し気で、テーブルに視線を落としていた。
……アリアがあの場に一緒にいたらと想像すると、アベルは気が触れる思いがする。
なぜなら奴隷となった女性は、過酷な肉体労働だけじゃなく、その肉体自体をも要求されていたからだ。
……ヨシュアから聞いた話だ。
アベルは幼かったから知らなかったが、昔、夜な夜な綺麗な奴隷女性を、タコ部屋のようなあの部屋から連れ出す兵士がいたという。
それだけではない、奴隷女性が同じ奴隷仲間に乱暴されていたこともあったらしい。
アベルがあの場所に連れて来られた頃、あまり意識もしていなかったが、あそこに居た人数は男女ともに同じくらいの人数だったと記憶している。
だが、日を追うごとに一人亡くなり、二人亡くなり……と、女性の数は男性が亡くなるよりも早く減っていった。
ヨシュアが配属されてから是正されたそうで、妙齢の女性が奴隷達の中で数が少なかったのは、単に過労で死んだのではなく、身体を蝕まれ精神を病み自死したからだということだった。
『アリアさんがいなくてよかったな!』
屋根補修作業の休憩時間に何気なくした会話だが、それを聞いたアベルは黙って頷いている。
……そんな場所にアリアがいなくて良かった――、思い出したアベルは心底そう思った。
「ごめん……、過去の話を持ち出すのは卑怯だったね。けど僕は本当に平気なんだ。あ、なんだったらアリアが傷付けてくれればいいんだよ」
……暗い雰囲気にはしたくない。
アベルはアリアに自分を傷付けて欲しいと明るく笑って言ってみた。
なにせアベルからすれば、彼女からの攻撃はご褒美である――。
「え……えぇ!?(どういうこと!?)」
突然の無茶振りにアリアは大きく目を見開く。
“アベルはいったいなにを言っているの……!?”……そんな目だ。
「僕、アリアに傷を付けて欲しいな♡ こう、手の平をピッとね。あ、腕全体に鞭でも打つ? お腹をバニーガールの時に穿いてた靴で踏んずけてくれてもいいよ?」
アベルは片手を挙げて、その手の平をもう片方の手で手刀を切るように動かしてみせた。
その後で腕や腹に触れ“ここも、ここでも!”と、続ける。
さて、アリアの反応は……。
「っっ!? ア、アベルって……」
……彼女は目を見開いたまま立ち上がり、口元を両手で押えていた。
「ん?」
「ヘ、ヘンタイッ……!!(アベル、あなたエム……Mなのね……!)」
「あ……、エヘヘ……。アリアはそういう僕はイヤかな?」
――とうとう言ってしまった……! アリア、僕のこと嫌いにならないよね……!?
“ヘンタイ”と言われてしまったにも関わらず、アベルの顔は喜色満面である。
なんならもっと罵ってくれても構わない。
「っっ……、……べ、別にそんなことはないけど……、なにも今カミングアウトしなくても……」
――ていうか、ゲームの主人公がマゾだったなんて……。
突然のカミングアウトにアリアは困惑してしまう。
……だが、待って欲しい。
(アベル、最後まではまだしてないけど、いっつも私を攻めてくるよね……!?)
つまり――アベルはMでありながらも、Sっ気も内在する男ということ。
……アリアは察した。
そして――。
(あ、それ――ちょっといいかも……♡)
死の火山でアベルをいじめてしまったアリアは、ちょっとそういうのもいいかな……なんて思い出すとドキドキ。ポッと頬を赤らめる。
……アベルには内緒だ。
「受け入れてくれたみたい……(?)でよかった♡ 結婚するなら大事な話だと思って言ってみたんだ♡」
「そうだけど」
「アリアに傷付けられると思ったら僕、ドキドキしてきたよ……♡」
アベルは期待に瞳を爛々と輝かせ、立ち上がったアリアに手を組み祈りだした。
「えぇ……」
――ちょ、こっちからいくのはゾクゾクするけど、求められるとなんだか微妙だなぁ……。
アリアは自分から攻めるのはいいが、加虐を求められるのは引いてしまうようだ。
正直ドン引きしていたアリアだったが、アベルが嬉しそうなので胸中は複雑ながらもそこまで言うなら……と、彼が望む通りにしてやることにした。
◇
……アリアは【キラーピアス】を装備し、アベルの左手の甲を斬り付ける。
手の平だと握った時痛いだろうから……というアリアの配慮で、甲を斬り付けたわけだが、たぶん痛みはそんなに変わらないだろう。
「ああっ! イイッ♡」
手の甲に傷が付いた途端、アベルが苦悶の表情を浮かべるが、その声は高く喜びに満ちていた。
アリアはすぐに【キラーピアス】を手放し、アベルの手から流れる血をタオルで押える。
「やだアベルっ、変な声出さないでっ! 血が出てるのよ!?(
――アベルってばヘンタイッ! あぁ、もう……痛そう……。
……ちらとタオルを放して患部を見れば、ダラダラと赤い鮮血がアベルの腕を伝う。アリアは涙目になってしまった。
魔物の群れとの戦いで怪我をすることは常ではあるが、戦闘中なら回復すればどうにかなるから致し方なしと諦めもつく。
だが今回は、回復はしばらくなしだとアベルが言うではないか。
……こんな安全な町の中で、なぜ愛する人に傷を付けなければならないのか――。アリアは化膿でもしたら……、傷が残りでもしたら……と心配でならなかった。
「っ、だ、だって……」
――アリアが僕に傷を付けてくれるなんて! ……興奮しちゃうよねっっ……!
涙目で患部を押えているアリアにアベルは萌える。
だが、ちょっぴり痛みが強いのは【キラーピアス】ゆえに二度斬られてしまったからかもしれない……。
幼い頃ビアンカが使っていた【果物ナイフ】か、ヘンリーが使っていた【ブロンズナイフ】(両方とも貰った)で傷付けてもらえば良かったと少し後悔した。
「……もぅ! アベルのヘンタイっ……!!」
「ああっ♡♡」
――イイッ……! いいねっ♡♡
アリアの攻めるのような物言いに、アベルは堪え切れずに身悶える。
「アベルどうしちゃったのよぅっ(なに? なんなの……!?)」
「……ハァハァ……。イイね、そのヘンタイって罵り……〇〇かと思った……」
――も、もっと罵ってくれてもいいんだよ……!
アベルの反応に戸惑うアリアに対し、辛抱堪らんとばかりに、アベルの瞳孔は開き、色めき立って彼女を熱い瞳で捕らえた。
「いやぁっ! どこにもいかずに戻って来てっ!」
――ていうか、そんな興奮したような赤い顔を見せないで……!
“やばい、この人本物だ……。”
……アリアの背中をオカンが走る……否、悪寒が走る。
彼女の顔は青ざめ、片手で自らを抱きしめるように身を守ると、患部に当てた手はそのままだが、身体をアベルから遠ざけた。
アリアの瞳に恐れの色が見て取れる。
……ドン引きしているではないか――。
「はあはあ……、ご、ごめん……」
――マズイ……、アリアが引いてる……。
アベルは息も絶え絶えに。カミングアウトはまだ早かったか……と、既にぶっちゃけてしまった手前、いまさら時を戻そうにも戻らない。
アリアの片手はアベルの患部を押えたままにしてはくれているが、その表情は引き攣っている……、さて、どうしたものか――。
(……そうだ! これはあれだ!)
アリアに嫌われないために、アベルはすぐさま頭をフル回転させた。
「じ、実は別世界の僕の意識がたまに勝手に出て来るんだよ……。こ、困っちゃうよね……」
……実に白々しい。アベルの目はあちらこちらへと泳いでいる。
どんな時でも諦めず、上手く切り抜ける才能を持つアベルは、別世界の自分のせいにする。
神妙な顔で辛さをアピールしておいた。
……アリアは優しいからきっと騙されてくれるだろう……、そう信じて。
「もぉー……アベルはヘンタイだけどタイヘンなのね……! しょうがないなぁ……、そういうのも慣れるように……が、がんばるね……?」
アベルの名(迷?)演技が終わると、アリアが眉を下げながら【ホイミ】を掛ける。
傷があまりに深く、血が止まらなかったためだ。
“痛いよねごめんね”と、謝罪していた。
……騙されてくれたのかはわからないが、どうやらアリアはアベルがヘンタイでも受け入れてくれそうである。
「へ? タイヘン? ハハハ……うん……、そうなんだ……」
じくじくとした痛みが多少緩和され、ついでに興奮も治まったようで、アベルは右手で頭の後ろを気まずそうに掻き掻き。
――アリア、本当は違うんだ……! 性癖は今の僕のものだよっ!!
けど、アリアは少しずつなら受け入れてくれるのか……ヨシ!
……少しずつ慣れてもらお……。
早まったかと思ったカミングアウトは、一応は成功とみていいだろう。
アベルは奥さんになるアリアには、すべてさらけ出したかったのだ。
アベルもアリアもヘンタイ同士なのでお似合いだと思ってます。
※明日、明後日はお休みします。次回は28日(金)更新予定です。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!