神さま……! トロッコに乗ってたんじゃ……!?
では、本編どぞ!
「なんっ……で……!! 僕は、アリアと一緒にいたいだけなのに……!!」
アベルの拳が冷たいバルコニーの石床に打ち付けられる。
鈍い痛みとともに皮膚が少し擦り剥けたが、そんなことはどうでもいい。
――このままじゃあの夢の通りになってしまう……!! それだけは嫌だ……!
……絶望してる場合じゃない、他の手を探さないと。
アベルは絶望する前にルドマンの屋敷の窓という窓を調べてみることにし、二階の窓、一階の窓と調べられる窓を全部調べ上げた。
「……どの窓もビクともしなければ、割れもしないなんて……」
――どう考えてもおかしい……。
ルドマン達の目の届かない場所で窓を割ってやろうと、あちこちで武器を振り上げてみたが、ガラス窓の癖に傷一つ付かず、窓は割れなかった。
諦めがつかないアベルは再び誰もいないダイニングの窓を調べ始める。
隣室の応接間では相変わらずルドマン達が黙ったまま突っ立っていたが、アベルは構わずに独り言を呟く。
「……この窓が開くか壊せれば……」
……さすがはルドマンの屋敷だ。窓ガラスはよく磨かれており、そこには悲愴感を漂わせ、冷や汗を掻く情けない自分の顔が映り込んでいた。
アベルが窓に映り込む自らの顔から窓の外に目を向ければ、ルドマンの家の庭が見え、草花が穏やかに風に揺れている。
この屋敷内で流れている時間と、外で流れている時間が違うように感じられ、今、屋敷内では時の流れが淀み、止まっているのではないか――と、ちらと応接間を振り返ったアベルはルドマン達の姿を見てそう思った。
「……アリアが待ってるんだ。僕は行かなきゃ」
アベルは再び窓に映った自分の顔を眺め、“酷い顔だ、こんな顔でアリアに会うわけにいかない”……と、アリアに見せられるようにキリッとした顔をしてみた。
……だが、窓に映った半透明の自分の顔は口元が片側に歪み、黒い笑みを浮かべているではないか。
「っ!?!?」
――今、僕 笑ってないよね……!?
まだ真昼間だというのに、超常現象が次から次へと起こる。
……ルドマンの屋敷はホラーハウスと化してしまったのだろうか……。
自分は笑っていないのに窓に映った自らの顔は、何とも言えない邪悪な顔をしている……。
「……っ……お前は……誰……、だ?」
返事がくるはずはないだろう……、そう思いながらもアベルは眉を寄せ、窓に映る自分に問い掛けた。
すると――。
『……お前こそ誰だ……?』
「っ!?(答えただと!?)」
窓に映る自分の口が動き、脳に直接語り掛けてくるように声がする。
……アベルは驚きに目を見開いた。
『お前は……
「サナギって……」
――なんか感じが悪い奴だな……。
目の前のガラスに映るアベルは意味深なことを言うと顎を上げ腕を組み、ずいぶんと尊大な態度でこちらを見ている。
自分の顔だけに、こんな態度を他人に取ったことの無いアベルは眉を寄せた。
『ああいや……違ったな。お前は今のアリアと共にいたんだったな……』
「アリア……? 今アリアって言ったのか……!? まさかお前は……!」
態度が悪く偉そうな変幻自在の謎の人物――。
……アベルはアリアから聞いていた通りの、目の前の人物が誰かと思い当たり指を差す。
『フハハハ……お前がアベル……だな?』
「……お前、アリアに何度も接触してきた奴だな……!?」
窓に映った自身が嗤うが、眉間に皺を寄せ不愉快そうだ。
アベルも眉間に皺を寄せ、笑える状況ではないためはっきり指摘してやった。
『……アレは私のために存在している娘だ』
「なんだと!? そんなわけあるかっ!! お前みたいな怪しい奴のためになんでアリアが!!」
謎の人物に言われて、アベルはカッとなって怒鳴り声を上げる。
……さっきからどうも話が微妙に噛み合っていない……。
謎の人物はアベルの話を無視し、勝手に語り続けているではないか。
『……なぜお前が繭の外を知っているのかは知らないが……、お前はあの娘……アリアが欲しいのか……?』
「っ!?」
謎の人物の言葉にアベルは息を呑んだ。
『あの娘と結ばれたいのだろう? ……私ならばそれも可能だ。なぜなら私は神――』
「神!?(なんだって!?)」
――こいつが神だというのか……!?
……確かにアリアは元天空人だから、神がやって来てもなんら不思議ではない。
だが、目の前の人物はなぜこんなにも、自分を不安な気持ちにさせるのだろうか。
この人物を目の前にすると、言い知れぬ不安……いや、不愉快さとでもいうのか――どうにも心が落ち着かない。
やはり態度のでかさがそうさせるのだろうか……。
自分の姿で凄く嫌なのだが、目の前の人物は偉そうにふんぞり返っている。
アリアの嫌いなタイプなんだろうなと思うと、アベルは自分の姿のためか気分が悪かった。
『……因果の繭に囚われし憐れな旅人よ。私の手を取り、あの娘をここから遥か西……私の元へと導け。約束するならばあの娘と添い遂げさせてやろう』
「なにっ……!?」
謎の人物はガラス窓から出られないのだろうか――。
滝の洞窟ではアリアを引き摺り込んだが、今はガラス窓に姿を映したまま手を掲げているだけ。
……掲げられた手を見れば爪が長い。アベルは爪が短いのだが、どうもそこだけは違うようだ。
――爪を切れと言った方がいいんだろうか……。
まあ、もうアリアと接触しないかもしれないし……と、アベルはつい余計なことを考えてしまう。
……そんなことをアベルが考えている内に謎の人物は続けた。
『繭の外へ出たいのだろう……? ……簡単なことだ。私の手に触れるだけで良い。さすれば因果の繭も綻び、アリアはお前のものとなろう』
「……お前の元へアリアを連れて行けば、彼女はどうなるんだ……? まさか死……んだりは……」
――アリアが傷付くことになるなら約束はできない。
謎の男が掲げる手を前に、アベルは訊ねる。
……アリアが言っていたのだ。
“その人が現れたらアベルも断ってね。ああいう人と関わるとろくなことが無いから。”
滝の洞窟で彼女は、今度謎の人物が自分に接触して来るかもしれない。だが、断って欲しい――と。
この人物はアリアに救いを求めて来ているらしいが、なにをさせられるかわからないからと彼女は断った。
……なるほど確かに、目の前の人物は重要なことを何も言っていない。
もっと具体的に何をして欲しいのか言ってくれれば、考える余地もあるというのに。
『……何、心配することはない。私が欲しいのは救いであり、あの娘の命ではない……』
アベルの問い掛けに答えた謎の人物は、フン……と、不愉快そうに鼻を鳴らしアベルを見下ろした。
……心外だったらしい。
「それを信じろと……?」
『……詳しく話してやっても良いが……、ああ、ほら。アリアが町を出ようとしているぞ……? あれは……馬車か? 馬車で荷造りを始めたぞ。あれは何だ……枕か……? 残念そうだがそれは置いて行くらしいな。武器も置いて行くのか……莫迦な娘だ。……このまま逃がしていいのか……? 逃がせば――』
探るようにアベルが訝しく窺うと、目の前の自分は掲げた手を下ろし腕を組んで窓の外に顔を向ける。
……アリアの居場所がわかるのだろうか、彼女が町から出ようとしているなどと世迷言を並べ出した。
しかもその言動がやけに具体的だ……。
「なんだって……!? どうして……!?」
――なんでそんなことがわかるんだ!? ……いや、今はそんなことはどうでもいい!!
アリアが町を出る……!?
……あまりの具体的な話に、アベルの背には冷たいものが走り、瞬時に昨夜見た夢が脳裏に過る。
アベルはあの夢を正夢になどしたくない。
彼女が去ってしまったら、今の自分はどう生きて行けばいいのかわからないというのに。
『……あの娘は貧弱なのだ。放っておくとすぐに死ぬ。その癖強情だから手が焼ける。ここまで来たのだ、死んだら最後、生き返らせることは二度とできないと思え。私とてそれでは困る。あの娘を救いたいのなら今すぐ決断するがいい』
「な」
謎の人物がアリアを知ってる風に語る。
……アリアには天空人として、何かしなくてはならないことがあるのかもしれない。
だが、彼女の幼少期の記憶は失われたまま。
目の前の人物は、少しずつでも記憶を思い出させようと接触をしている……ということなのか――。
アリアからアベルにターゲットを変えた謎の人物は神さまでした……??
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!