さあ、脱出しましょうか。
では、本編どぞ!
与えられたヒントは、目の前の人物は神らしいということ……。
……アリアから聞いた話じゃ実体がないらしい。
にわかには信じられない話だが、アリアに接触を図る理由が、彼女の天空人としての力だというのならわからなくもない。
西に神の肉体が封印されているとでもいうのか……。
――アリアは確かに体力は低いけど……貧弱というほどでもないはず……。
滝の洞窟以外でアベルはまだ、彼女を一度も戦闘不能状態に陥らせたことはない。
いつも気に掛けて戦っているし、これからもそうしていくつもりだ。
ここで自分がアリアが断ってくれと告げた、この人物と約束をしてもいいのだろうか――。
だが、約束しなければアリアは去って行ってしまう。
……アベルは判断をつきかねていた。
けれど、ガラスに映る
思い迷うアベルにガラスの中の自分が再び口を開く――。
『……再び問おう。さあ どうする、因果の繭に囚われし憐れな旅人よ。私の手を取り繭の外へ出たいか? 手に触れるだけで約束は成る』
ガラス窓のアベルは再び左手を掲げる。
……その手に触れれば“神”と約束することになるらしい。
「っ……その手に触れれば、アリアは僕のものになるんだな……!?」
アベルがゴクリと唾を呑み込み、拳を握りしめると窓に映る神とやらに静かに問う。
ここでも冷静さを失わずにいられるのは、数多の別世界を渡り歩いた記憶があるからだろう。
……それでもこんなことは初めてなのだ。
時間がないのはわかっているが、この選択がもし間違っていたとしたら。
そのせいで、アリアが不幸に見舞われることになったとしたら。
……いったいどう責任を取ればいいというのか。
自らを神と名乗る目の前の人物の言うことが嘘か真かなんて、現時点ではわからない。
正直なところ、アベルはもう少し時間が欲しかった。
『……時間がないぞ。アリアは今、荷造りを終えお前の仲魔達に引き留められている』
酷く冷めたような目で自分を見てくるガラス窓に映る神とやらが、アリアの現状を伝えてくる。
……やはりゆっくりと考えている時間はなさそうだ。
決断は今すぐ下さなければならない――。
「っ、わかった。お前の頼み、聞いてやる……!」
――なにがあってもアリアは僕が守ればいい……!
……早計だったかもしれない。
だがアベルは窓に鏡のように映る自分の左手に左手を重ねていた。
やにわに、さっきまでビクともしなかったが窓ガラスに
「っ……!?(痛っ……?)」
ハンカチを巻いた左手にピリッとした小さな痛みが走った気がして、アベルは眉をピクリと動かす。
……同時、ルドマンの屋敷の中に流れる、停滞した空気が流れ始めるのを感じた。
「窓にヒビが……!!」
『……綻びは成った。後ははお前の力でどうにかしろ。アリアに頼む内容はその内伝えに行く……それまで何がなんでもアリアを守れ……――――』
……アベルは腕をクロスし、身構える。
数歩だけ一度下がって、
“パリンッ……!”
アベルは体当たりで、窓をぶち破った。
窓ガラスの割れる音が聞こえ、ガラスは庭へと散らばり、飛び出したアベルは受け身体勢を取る。
……窓が割れる音とともに、アベルの背後では「アベル!!」「アベルさんっ!!」「アベル……!」とビアンカとフローラ、それにルドマンの声が聞こえた。
「ぅっ……! 痛っ……!(足を捻った……!)」
アベルは庭に転がった。
咄嗟に受け身は取ったが生身で体当たりしてしまったからか、身体のあちこちにガラスの破片が刺さり、血が流れ出している。
……ついでに運悪く、足首を捻挫してしまったようだ。
「っ、アベル! アリアはっっ!?」
「アベルさんっ! まあっ! 酷いお怪我を……! 今アリアお姉さまをお呼びして……!」
ルドマンの屋敷の割れた窓から、駆け寄って来たビアンカとフローラがアベルを見下ろした。
【世界の理】の支配から解放されたのだろう、二人とも外を見回しアリアを捜している様子。
「アベル……! アリアを……! どうか私の娘を連れ戻してくれ……!」
ルドマンもビアンカ、フローラと同様アリアを思い出したのだろう、慌てた様子で屋敷から駆けて来ると、庭に転がるアベルの半身を起こしてくれる。
「ぅっ……ルドマンさん……僕はアリアと……」
「……わかっておるよ。アリアと結婚したいのだろう?」
全身血だらけのアベルが訴えかけると、ルドマンは眉を顰めながらもアベルの額にペシッと薬草を貼り付けた。
“【やくそう】の持ち合わせはこれしかないのでな”とルドマンはアベルの脇に滑り込み、肩を貸すようにして今度は立たせてくれる。
……アベルの身体はボロボロで、回復呪文を掛ければすぐに回復できるのだが、なぜか魔力がすべて失われていた。
さっきまでは確かにあったはずなのだが、窓を割る際に“神”とやらに使われてしまったのだろうか……。
「……はい。僕、行かなきゃ……」
「……ああ、行くがいい。あの
アベルは額に貼られた【やくそう】を噛み噛み、ルドマンから離れる。
……少し体力が戻って来た。流れる血の量も減った気がする。
走ることは足の痛みが激しいため難しいが、なんとか歩いては行けそうだ。
あとは、ピエールやプックル……仲魔達がアリアを足止めしていると信じて馬車まで行くだけ……。
(あ、念のためまだアリアが町に居るか確認しておこう……。)
アベルはルドマンの前だが、【ステータスウィンドウ】を出してアリアの名前があるか確認する。
……【ステータスウィンドウ】にアリアの名前があれば、まだ彼女は町に居ることになると思ったからだ。
「あ」
――アリアの名前が消えてる……!!
【ステータスウィンドウ】の仲間リストの中に、アリアの名前はなかった……。
【ステータスウィンドウ】の名前欄にはアベル、ピエール、プックル、スラりん、ジュエル、メッキー……のみ。
ビアンカが抜けたことはわかっていたが、アリアの名前は昨夜までは確かにあったのだ。
……見ない方が良かったかもしれない。
アベルの顔は真っ青に変化していた。
「……け、けど、ピ、ピエール達が、き、きっと引き留めてくれているはず……だ、から……」
アベルは震える声でフラフラと町の入口へ向かう。
「アベルさんっ……!」
アベルが歩き出すと、今度はフローラが屋敷から出て来た。
「あ……フローラさん……ごめん……僕は……」
「いえ! 謝罪は不要です! アベルさんフラフラされていますわ。私がお手伝いします……! さあ参りましょう!」
フローラは先ほどルドマンがそうしてくれたように、アベルの腕を持ち上げ、肩を貸してくれる。
「フローラさん……」
「……アリアお姉さまは、アベルさんのことが大好きなのですわ。それにアベルさんも……ですわよね?」
「……うん。でもどうしてそれを……? 僕達は兄と妹だと偽っていたのに……」
町の入口に向かいながらアベルはフローラと話をする。
彼女には嘘を吐いたままだったが、先ほどルドマンは“わかっておるよ”と言っていた。
意識を乗っ取られた状態の時に告げたアベルの“アリアと結婚する”宣言は記憶に残っているらしい。
……つまり、フローラも理解しているということだ。
だが、どうもそれだけではないらしい。
フローラは口の両端をきゅっと引き上げた。
「うふっ、以前からわかっていましたわ。私、勘が鋭いんですのよ」
フローラはアベルを横目でちらと見上げて可愛くはにかむ。
……実はアベル達がルドマンの屋敷に初めて来たあの日の夜、フローラは二人がキスをしているのを自室の窓から目撃し、二人の関係に気が付いていた。
その後、フローラが目撃したことを両親に告げると、家族会議が行われひと悶着あったのだ。
ルドマンは結婚前だから許せと言い、夫人は“姉妹で婿を取り合う、まして実の兄妹で通じ合っているだなんて、別の男を探しなさい”と意見が割れた。
フローラはアベルのことをいいなと思っていたが、アベルのアリアに対する態度を見るに望み薄であることはすぐに理解し、早々に諦めている。
“兄と妹、禁断の恋だなんて……!”
(私、ドキドキ、ワクワクしてしまいましたのよっ……!)
……立派な淑女であるフローラが一人妄想に耽っていたことは、アベルとアリアには秘密であるが、アベルからさっき聞いた“アリアとは兄妹ではない”という言葉にがっかりしたことも――、やっぱり秘密だ。
彼女は結婚に関してもまだするつもりはないらしい。
つまりフローラからしてみれば、両親の意見はどちらも些末な問題であり、家族会議では特に何も意見は言わなかった。
「……ハハ……」
フローラの笑顔が朗らかで可愛く、アベルは気まずい顔で空笑いをする。
「……あ! アベルさん、あそこ……!(よかった……!)」
町の入口が見えて来ると、馬車を見つけたフローラが指を差した。
そこにはピエールに手を引かれているアリアの姿がある。
その彼女が笑顔で何か告げるとピエールの手は離れ、アリアは背を向け俯き、なぜか手には【ひのきのぼう】を握りしめ、魔力を集中させ始めていた。
……
独りでどこかへ行くつもりなのだ。
「ア……アリア、っ、……アリアーーッ……!!」
アリアのいる馬車近くまでまだ少し距離がある。
……アベルはありったけの声で彼女の名を呼んだ――。
アリアの謎にちょっとずつ触れていきつつ……。
※今後、水曜日と木曜日はお休みにしようと思います。
次回は4日(金)更新予定です。
----------------------------------------------------------------------
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!