別れる前にも準備ってものが必要なんですよ。
では、本編どぞ。
◇
「ア、アリア嬢……! そのお姿はいったい……!?」
「ぁぁ……、ぅん……、水泳を少々……、まだ水が冷たかったよ……」
サラボナの入口、馬車を停車させている場所までアリアが俯き加減でやって来ると、パトリシアに水を飲ませていたピエールが気付き駆け寄って来る。
アリアは一応マントを前で留めていたため、中の服は見えなかったが、頭頂から足の先まで濡れ鼠。下を向いたまま、駆け寄って来たピエールに僅かにはにかんでみせた。
……ピエールに笑い掛けたはずだが、アリアの目にピエールは映っていない。
「水泳? 今日はアベル殿が結婚するというのに……(瞳がおかしい……)」
なにがあったのだろうと、嫌な予感しかしないピエールはアリアのつまらない冗談をサラッと流し、アベルの話題を持ち出す。
……アリアの瞳は虚ろで、生気がない。
まるで光を失くしたかのように濁っていた。
「……ピエール君、私行くね」
「ど、どちらへ?」
アリアはピエールに声を掛けると返事を待たずに馬車に乗り込む。
何も知らないスラりんがキャビンから身を乗り出し、アリアを引っ張ってくれたのだ。
……ピエールもアリアを追ってキャビンへ。
「……もう、お別れだよ」
キャビンに乗り込んだアリアは、仲魔達に歓迎されながらも虚ろな瞳でタオルを手に濡れた身体や髪を拭き取ると、キャビンにのせた自分の荷物整理を始めていた。
……とはいえ、荷物は然程持っていない。服と下着が数枚あるだけ。
逆にアリアは今持っている持ち物をキャビンに下ろしている。
今の手持ちは武器と……防具、【キラーピアス】に【ぎんのかみかざり】、【毛皮のマント】他……アベルがアリアのために購入したものばかりだ。
テキパキと荷物を整理するアリアに、キャビンで寛ぎ中のスラりん達が「え? え? どういうこと?」と動揺し不安顔――。
……プックルは近くを散歩中なのかキャビンにはいなかった。
「っ、わ、私も……! 私もお供致します……!」
――やはりそうなってしまいましたか……!
アリアの態度にピエールは全てを悟り、お供としてついて行くことを申し出る。
……だが。
「ううん、あなたの主はアベルでしょ? アベルを支えてあげて?」
「アリア嬢っ!! お独りで行かれては駄目です!」
ピエールが引き留めようと訴えるが、アリアはピエールの言葉を無視し、「原木は置いてくね」と小さなキノコが生え始めた原木をそのままに、キャビンからさっさと降りてしまった。
――貴女はあらゆる呪文が行使できるとはいえ、生命力が低いではありませんか……!
これまで約三年もの間、アリアを守ってきたピエールには、アリアの
彼女が単独で旅をし、魔物の群れと遭遇した場合、先制呪文で一掃できなければ魔物達の攻撃を受けて即瀕死に――、運が悪ければ即死……と想像に難くない。
まして、呪文が効かない相手ならば なおさらアリアには不利だ。
独りきりで旅など、無謀にも程がある――。
……ピエールはすぐさまアリアを追い掛けた。
「……私はいつも独りだったよ」
「アリア嬢……?」
「……この世界は私を拒絶してる。でも私を消すことはできないみたい。なら私は独りで好きに生きて行く。大丈夫、独りでいるのには慣れてるから。……大丈夫……。すぐに忘れられる、大丈夫」
ピエールが追い掛けて来ていることに気付いていないのか、アリアは自分に言い聞かせるように独り言を呟いていた。
瞳からは涙が流れ落ちているが、彼女は拭おうとはしない。
「がうっ!!(アリア!!)」
不意にアリアの前にプックルがどこからともなく飛んできて、アリアの前に滑り込んで来る。
「がうがう!!(すまんな! う〇こしてた! ちゃんと埋めて来たぞ!)」
――なにを辛気臭い顔しているのだ!? さあ、我に頬擦りするが良い……!
……プックルは排便していたらしい。
出遅れたとばかりにアリアに身体を擦り付けた。
アリアとピエールの会話を遠くからではあるが、プックルの耳は地獄耳。大体把握している。
細かな内容までは理解が追い付いていないが、アリアが去ろうとしていることだけはわかった。
「プックル……ごめんね。もう野菜サンドも作ってあげられないし、ブラッシングもしてあげられなくなっちゃった」
「がうがう!!(そんなことはどうでも良い!! そんな弱っちい身体でどこへ行こうというのだ!? 死ぬ気か!?)」
プックルの頭を虚ろな瞳のアリアはそっと撫で、手櫛でたてがみを数回梳く。
……プックルはアリアを引き留めるようにマントに噛みついた。
「……ヤメテ……」
「がうっ!?!?」
いつものアリアと違う低い声が聞こえ、プックルはアリアをそっと窺う。
アリアの瞳が一瞬赤く光っていた気がしたが……気のせいなのだろうか。
その時プックルの背筋には薄ら寒いものが走っていた――。
「が、がう……(アリア怖い……)」
わけがわからないが、プックルの身体は勝手に震えてしまう。
――なぜ脆弱なアリア如きに高潔な【キラーパンサー】である我が震えねばならない……、怖い……。
強がってみたがなぜかアリアが恐ろしく感じられ、プックルは彼女のマントから口を放した。
「ぷるぷる。アリアちゃん……行かないでよぉ……」
「スラりん……、ずっと一緒にいたかった……。ごめんね……アベルの奥さんを大事にしてあげてね……」
「アリアちゃぁん……」
キャビンからスラりんも降りて来て、瞳に涙を溜めてアリアに縋りつく。
アリアはスラりんをそっと抱き上げると、スラりんの額辺りにキスをしてから地面に下ろした。
……スラりんは涙目ながらも身体を赤く色付かせ、まるで【スライムベス】のようだ。
「アリア嬢……、アベル殿は本当にビアンカ嬢かフローラ嬢を選んだのですか?」
「……知らない。知りたくもない。……けど、アベルが幸せならそれでいいや」
ピエールに問われ、アリアは首を左右に振る。
涙はいつの間にか止まっており、その表情は無――、にこりともしていなかった。
アベルのことはもう過去としたのか、あまりに
「アリア嬢……」
「みんな……お世話になりました。もし旅先で会うことがあったら……、なんてないかな。ふふっ☆ じゃあ私行くね」
アリアはピエール達に丁寧にお辞儀をすると、すぐにくるりと身体を反転させ歩き出そうとする。
「行かないで下さい。アベル殿が悲しみます」
……ピエールはアリアの手を掴み引き留めていた。
「……アベルは別の女性と結婚するのよ……? 悲しむはずないよ」
「いえっ! 悲しむはずです!」
「ピエール君……私に新婚さんと一緒に旅をしろっていうの……? そんな残酷なこと言わないでよ……」
「っ! ……すみません……」
背に掛けられたピエールの言葉に、アリアは顔だけそちらへ向けて薄っすらと微笑むと、ピエールはハッと気が付き頭を垂れた。
アベルに貰ったものは返しておかないとね……。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!