マリアさんてもう一人いるんです。
では、本編どぞ。
ルドマンの不機嫌な態度に「お父さまっ」「ルドマンさん!」とフローラとビアンカが声を上げる。
……アリアは声を失くし目を見開いた。
「なっ!? ルドマンさん! あなたさっきアリアを幸せにするのは僕しかいないって言ってましたよね……!?」
アベルも青天の霹靂――。
【世界の理】の支配から解放され、元の癖のあるルドマンに戻ってしまったと、即刻抗議する。
ところがルドマン、彼は視線をアリアからアベルに移し、鼻の下を伸ばし小指でもってバカにしたようにこすこす――
「……アベル、君のことは気に入ったよ? だが……アリアが私の娘にならないなら結婚式は挙げさせてやれんなあ。可哀想だがなあ……」
澄ました顔で言ってのけた後、上品な笑みを浮かべた。
……アベルから見ると彼の顔には黒いものが窺える――が、傍から見ればルドマンの笑顔はなんとも品の好い貴族のアルカイックスマイルである。
「なっ……くっ……! ……ビァ」
【世界の理】が作った空間は崩せたが、“ルドマンの説得がやはり残っていたか……!”とアベルは拳を握り締めた。
ここはビアンカに加勢してもらって……などと画策するも、そんなアベルの手をアリアが掴む。
「あっ、私 別に結婚式は挙げなくてもいいです……」
アリアは掴んだ手に力を込め、ルドマンに伝えるとアベルを見上げた。
「アリア……、いいのかい……?」
「うん、二人で一緒にいられるなら私は式を挙げなくても平気。あ、アベルは結婚式したかった……?」
「あっ……、いや、僕もどっちでも。君がしたくないならこのまま旅を続けて、もししたくなったら旅先で式を挙げるってのも悪くな――」
……なんと、アリアは結婚式を挙げなくてもいいらしい。
アベルはアリアのウェディングドレス姿を見たかったが、彼女が望まないならそれでもいい。
だが旅先で小さな式くらいは挙げたいため、提案をする途中で――
「む。アリアよ。そんなに私の娘になるのが嫌なのか……ならば炎のリングも水のリングも渡せんぞ?」
ルドマンが口を挟み、二つのリングを渡さないと言い出してしまった。
……子どもじみた物言いだが、アリアの毅然とした態度にルドマンはちょっぴり涙目である。
「……あ、はい。指輪はフローラさんの結婚式の時に使ってもらって構わないです。ね、アベル?」
アリアは物に執着がないらしい。
【炎のリング】【水のリング】ともに不要とアベルに同意を求めていた。
……そもそも二つのリングはアベルとアリアが手に入れたものなのだから、ルドマンが渡さないというのは道理が通らないのだが。
そんなアリアに対し、アベルは今までの苦労を思い出すと諦めがつかない――が、アリアの手前頷くしかない。
「あ……っ、ぇと…………、はい……」
――君と結婚するために頑張って手に入れたんだけどね……トホホ~。
……せっかくの苦労が水の泡なのだが、アリアが手に入るのならばと、アベルは背に腹は代えられず……。
しかし、あのルドマンもアリアのあっさりとした切り返しに たじたじのようだ。
アリアは嫌だと言い始めたら余程のことがない限り、曲げない頑固なところがある。
どれだけメリットがあろうと、あの手この手で上手く丸め込もうとしても、彼女は中々首を縦に下ろそうとはしない。
……アベルもそれには散々悩まされてきたのだ。
ルドマンは涙目ながらもしかめっ面で、その顔を見たアベルは「わかるわかる」とちょっと同情してしまった。
「うぅ……せ、せっかく招待客も呼んだのに、がっかりするであろうなあ~! ああ……アリアが一言私を“お父さん”と呼んでくれるだけでいいんだがなあ……!?」
チラッチラッ。
……ルドマンの視線はアリアと道行く人々を交互に行ったり来たり。
こんなことをアリアが気にするわけないかと思いつつも、こうなったら“世間の目を利用してやる……!”とばかり、苦し紛れにルドマンは唇を尖らせる。
「……招待客って……?」
ルドマンの言葉に、アリアはなんのことかと首を傾げた。
「ラインハットのヘンリーさんとマリアさんだったね? ああ、それからもう一人のマリアさんも……」
「ヘンリー君とマリアさん、と……もう一人のマリアさんって……え、まさか、マザーもお呼びしてるんですか……!?」
ルドマンが招待客の名前を挙げていくと、アリアはヘンリーとマリアについては目を瞬かせていたが、“もう一人のマリア”について気が付くと、目の色を変えハッと息を呑む。
それからアリア、彼女はアベルをチラリと見上げて黙り込んでしまった。
……アベルがアリアの視線に柔和な顔を見せるが、彼女は僅かに眉を寄せ――……動揺しているようだ。
「お!? ……そうだよ。修道院ではフローラもお世話になったからね。お呼びしたのだよ」
――よし、食いついたぞ……! さすがはマリア殿……!!
アリアの動揺がわかり、ルドマンは片手拳を握って肘を落す。
ここから畳み掛ければもしかしたら……と淡い期待を抱いた。
「……っ……そうですか……マザーも……ですか……」
――マザー……結婚式はしないって言ったら怒るよね……?
一瞬黙り込んだアリアが小さく零す。
「アリア……?」
……アリアの様子がなんだかおかしい。
アベルはどうしたのだろうと首を傾げた。
「ぁ……、えと、マザーが結婚式には必ず呼びなさいって仰ってたでしょう?」
「あ、うん」
――結婚式……やっぱりした方がいいんじゃないかなぁ……。
……アベルはそう思いつつも、アリアが浮かない顔で語るので、聞かれたままに頷く。
アベルとしては少々懸念材料はあるものの、今となってはアリアがルドマンの娘になっても、彼女と結婚できるならどちらでもいい。
ただ、アリアの表情が沈んでいるように思えて心配になってしまった。
アリアはいったいなにを気にしているというのか……。
「……マザーの言ったこと、ちゃんと聞かないと後で怖いの……」
「え」
アリアがアベルの手をぎゅっと握ってくる。その手は震え、声は弱々しい……。
「……結婚式で呼ばれて来るのに、私達がいなかったらマザー……私のこと連れ戻しにきちゃうかも……」
「え」
――アリアを連れ戻す……!?
アリアの弱々しい一言にアベルは眉を寄せる。
なぜ、今になってマザーがアリアを連れ戻しに来るのだろうか。
……記憶喪失中のアリアが勝手に家出同然で修道院を出た際、こっぴどく叱られ、説教を受けたことをアベルは知っているが、彼女が記憶を取り戻し、結婚を前提に……ということで二人で仲良く旅立ち、その後修道院に戻っても特にこれといった注意は受けていない。
恐らくアベルの知らない内に、マザーからなにか云われたのだろう。
……そんなことをアベルが考えているとアリアは手を放し、祈るように両手指を絡めた。
「……っ、ルドマンさん! いえっ、お父さま! 私、お父さまの娘になります!」
「なんと!! もういっぺん言ってくれないか!?」
アリアがはっきりと宣言する。
先ほどと打って変わって真逆の答えだ。
ルドマンの二つの角……否、髪が上下に揺れ動き、彼が明るい声でアリアの手を取った。
「お父さまっ! 私を娘にして下さいっ……! そしてどうかアベルと結婚式を挙げさせてください……!」
「おお! 私のアリア! やっと娘になる決心をしてくれたのか……!」
「はいっ! お父さまっ! ふつつかな娘でごめんなさいっ。ご迷惑をお掛けしてしまうと思って断っていたんです……!」
「いいんだよいいんだよ。お前は出会った時から私の娘になる運命だったのだから。さあ、結婚式を盛大に挙げようじゃないか!」
「お父さまっ!!」
気付けばアリアとルドマンは手を取り合い、互いに涙を零しながら微笑み合っていた。
「えぇ……アリア……??」
――そんなあっさり翻しちゃうの……!? 僕の時は中々OKしてくれなかったのに……!
ついさっきまでと180度違うアリアの方向転換にアベルは目を瞬かせる。
……その内にアリアはルドマンから離れ、アベルの元に戻って来た。
「っ、アベル、マザー怖いんだからねっ。黙って行ったら本当に地の果てまで追いかけて来るんだから……! そしたらまたお小言を何時間も……」
アベルの服を抓むアリアの声が少し震えている。
「え? ど、どういうこと?(マザーが怖い……??)」
「マザーのネットワークって実はすごいの……。あの人……世界中に子分がいて――……あっ、これ喋ったら消されちゃうんだった……!」
「アリア?」
「っっ……神様っ! わ、私はなにも言ってませんよっ!」
アベルの問い掛けに答えず、アリアは怯えるように手を組み合わせ、固く目を閉じ祈った。
アリアはルドマンの養女になることが決まりました。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!