ピエールはお父さん……?
では、本編どぞ~。
……前方に早くも水門が見え始め、アベルは操縦室に戻るかと思われたが彼はすぐには戻らず、綻んでいた笑顔をふっと消した。
「……ピエール、なんかごめんね」
「え? なにがです?」
内海に吹く穏やかな潮風が、アベルの前髪を掬っていく。
アベルはピエールにアリアとの結婚を報告していたが、断りを入れてはいなかった。
早くヴェールを持ち帰りたくて、早々にサラボナの町を出てしまったため、ピエールに断りを入れるのは今今である。
……自分の代わりに、ずっとアリアを守ってくれていたピエールにはきちんと言っておきたい。
「ピエールだってアリアのこと好きなのにさ。君、僕達が結婚してもついて来てくれるかい?」
「……アベル殿。私はアリア嬢をお守りしたいだけです。そして、あなたにもお仕えしたい。お二人共、私にとっては掛け替えのない存在ですから」
アベルの問い掛けに、ピエールは真っ直ぐに顔を見上げて告げた。
……ピエールの声は嘘偽りがない様に思える。
「ピエール……ありがとう」
「……アリア嬢のことは確かにお慕いしております。ですが……彼女に対する想いは恋というより……愛なのですよ」
「あっ、愛っ!」
――それ、恋より重くない!?
お礼を云ったのも束の間――、ピエールからアリアに対する想いは“愛”と言われてしまい、アベルは驚き反復した。
「……はい、娘のようにも思っております。なにせ、アリア嬢がお小さい頃に出会いましたからね。それはもう、可愛らしいお嬢さまでした」
――出会った時は血塗れでしたけども……。
当時、
彼女は意識不明だったが、その寝顔にピエールは癒されたこともあった。
再会した時は天使か女神かと思ったくらいで、守るべき存在だと一目見て悟り、今もそう思っているのだ。
「ああ……それで愛……、そっか……ピエールもアリアのお父さんなんだね?」
「お父さん……?」
「ああ、彼女はルドマンさんの娘になってしまったけど、ピエールの娘でもあるよね」
「ははは……私がアリア嬢の父親ですか……。そう思うと結婚してしまうのは淋しいですね……」
――魔物の私がアリア嬢の父親か……。
アベルに云われてピエールの胸がむず痒くなる。
人間の親になどなるつもりはないが、アリアの父親になら……、悪くないかもしれない。
「お義父さん! 娘さん……アリアさんを僕に下さいっ!!」
突然アベルはピエールの手を取り、彼を見下ろした。
……父親になったばかりのルドマンには言わなかったが、なんとなくだが、ピエールには言った方がいいだろう――そう思ったのだ。
「っ……! ハハハ……。やらんと言ったらどうされますか?」
「うーん……掻っ攫う……かな?」
「ハハハ……。それでは私に許可を取る必要がないではありませんか」
ピエールから呆れた声が聞こえるが、アベルは穏やかに微笑む。
「……けど、なんとなくピエールには許しをもらいたいなって思ってさ」
「……アベル殿……」
「アリアを幸せにしてやりたい。あの子がいつも僕の傍で笑ってくれていたら、それだけで僕も幸せなんだ」
――そう、アリアと一緒にいて、不幸だったことなんて一度もない。
子どもの頃に別れた時は確かに悲しかったし、絶望もした……。
だが、彼女といると毎日が未知に溢れ、楽しくて、温かく、癒される日々――。
別世界では必死で戦った辛い毎日だったはずだが、この世界では戦いの毎日は同じでも、毎度アリアが励まし癒してくれるから、辛いと思ったことが殆どない。
好きな女性と互いに想い合い、一緒に居られるということは、それだけでとても幸せなことなのだ。
「……私がいつもお二人を見守りましょう」
アベルの言葉にピエールは深く首を縦に下ろした。
「ん……? ……あ、そっか義父といつも一緒なのか……。こりゃ気まずいなあ……、子ども作るときは耳栓してもらわないと……」
ピエールがアリアの父親だとすると……、常に義父の監視が付き纏うということである。
……アベルは夫婦の営みも知られると思うと、照れて頬を掻いた。
「え……ハハハ……いまさらですけどね……!」
「がうがう!(毎晩、アリアを啼かせておいてよく言えたもんだ……!)」
乾いた笑いがピエールの兜越しに聞こえ、ずっと二人の会話を聞いていたプックルが合いの手を入れる。
……行動をともにしていたビアンカの目を盗み、アリアにちょっかいを出していたことくらい、仲魔達は既に把握済みなのだ。
だが、アベルはプックルの言葉を理解できない……!
「ははっ、それもそうか! ……さあ、じゃあそろそろ上陸して山奥の村に急ごう」
アベルは明るく笑って操縦室へと向かった。
……舵輪を操作し、目の前の水門へと近付く。
【ふしぎなちず】を見ると、水門を抜けて山奥の村の北側から上陸した方が村に近い。
少々回り道になるが、ここでルドマンが船の性能を上げ、高速化してくれたことが活きて来る。
これなら今日中に――どころか日が暮れる前に、山奥の村に辿り着けるかもしれない。
――ルドマンさん、これを見越してたのか……さすがだな……!
アベルがルドマンを見直していると、ぴょんこぴょんこと跳ねる音。聞き慣れた弾むような音が近づいてきた。
「……ピキー、主さまぁ~!」
……スラりんだ。
「ん? スラりんなんだい?」
「なんだか久しぶりに雲行きが怪しいよ……?」
「へ? あ、本当だ……。夕方までもつといいけど……」
スラりんが北東――、山奥の村の方角に目線を移し、アベルに天候の変化を伝えて来る。
……山奥の村に続く連なる山々の上空には暗い雲が懸かり、雨を連想させた。
一年前に降られたような土砂降りになれば、山奥の村に到着するのが遅くなってしまう。
船は高速だし、水門を抜けた先は広い。魔物も避けやすいだろうし、陸路もアリアがいないから休憩なしで向かえば夕方前には着くはず。
……アベルは仲魔達にいつもより速足で行こうと告げて、山奥の村へと急いだ。
◇
さて、アベル達は無事日暮れ前に山奥の村へと到着――。
まだ明るい内に着けた……とはいかず、日暮れ前には着いたが、上空には厚い雲が掛かり、夜――とはいかないまでも辺りは暗かった。
……夕立でも降ってきそうだ。
「ピキー! 雨が降りそうだねえ~」
同行中のスラりんが、曇天に目を寄せ見上げている。
「そうだね。けど無事村に着けて良かったよ」
「そうですね」
……アベルの声にピエールは相槌を打った。
「さて、と……道具屋か……」
――今日はアリアを連れてないけど……おじさん元気にしてるかな……?
ルドマンの云っていた道具屋とは、恐らくよろず屋のことだろう。
あのドワーフの男がヴェールを作る職人だとは思わなかったが、ドワーフ族は手先が器用だ。
かつてアベルが【カギの技法】を習得した際に、読んだ書物はドワーフであるザイルの祖父が書いたものである。
なるほど……とアベルは、顔に似合わず繊細な花嫁のヴェールを作るドワーフの男の姿を想像すると、吹き出しそうになったが納得した。
人は見掛けに寄らない……ここでも新たな気付きに目を細める。
……アベル達はよろず屋の洞穴へと向かった。
シルクのヴェールを製作中のコワモテドワーフさん。
ヴェールを手に……。
ドワーフ「……この刺繍可愛いくできたな。うむ……惚れ惚れする出来だ」
自画自賛でほくほく顔。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!