シルクのヴェールを取りに来ましたよ。
では、本編どぞー。
「やあ、兄ちゃんはこの間の……!」
「あ、どうも」
洞穴のよろず屋を訪ねると、店のカウンターで俯きながらなにやら作業中のドワーフが、やって来たアベル達の足音に気が付き顔を上げた。
その手元には針と……糸。縫物でもしていたのだろうか。ドワーフは手を止めてアベルに応対する。
「あれ? あの嬢ちゃんはいないのか」
「あの……僕、ルドマンさんに頼まれてヴェールを取りに来たんですけど……」
「ああ、シルクのヴェールならご注文の通りいいのが出来たよ! そら、これだよ。持ってっておくれ」
アベル達を憶えてくれていたらしいドワーフが、アベルの背後を嬉しそうに窺うも、今日はアリアの姿を見つけることができず、彼はへの字口――。
そんなドワーフにルドマンの名を出すと、彼はカウンター内の物入れから【シルクのヴェール】を取り出し、アベルに差し出した。
……アベルはドワーフ(職人)からシルクのヴェールを受け取った!
「ありがとうございます」
「相手はもちろん……?」
「あ、はいっ! アリアです!」
「ほうほう、そうかそうか。良かったな、おめでとう。幸せにな」
はきとしてアリアと結婚すると伝えると、ドワーフ(職人)は目を細め、お祝いの言葉をくれる。
アベルが受け取った白く光沢のある素材で出来た【シルクのヴェール】を見下ろし、肌触りの良い生地だな――なんて思っていると、ふとカウンタ―の上にもヴェールと似たような白い布地が置かれているのを見つけた。
他には針と糸、それから木の丸い枠のようなものが置かれている。さっきまでドワーフ(職人)が作業していたものだ。
……いったいなにを作っているのだろうか。
「……それは……?」
気になったアベルは【ふくろ】に【シルクのヴェール】を仕舞いながら訊ねた。
……なんだか【シルクのヴェール】とデザイン、大きさが違うが、形はよく似ている気がする。
「ああ、これかい? これはあれだ。この村一番の美女が被るやつだよ。宿屋のせがれの発注品でな」
「ぁ……っ……そ、そうですか……」
――っ、ビアンカのか……!
ドワーフ(職人)に笑顔を向けられ、アベルは察してしまい訊ねたことを後悔した。
……さっきまでほくほく顔だったアベルの顔が一気に暗く沈む。
アリアを連れていないと、別世界の自分達の気持ちが強くなり、胸の痛みに圧し潰されそうだ……。
「はっはっはっ、宿屋のせがれはよくやったよな! 村一番の美人を落したんだからなっ!」
「っ、そ、そうなんですね……、宿屋の息子さんがその美人と……」
――ぅぅ……ビアンカが僕以外の人と結婚するなんて……!
アリアを選んだ自分が言えることではないが、やっぱり悔しい――。
ビアンカは別世界では何度も結婚した女性……。結婚した先のことは思い出せていないが、別世界の自分がフローラを選んだ時でも、いつか彼女だって結婚したとは思うのだ。
だが、こんなに早く結婚が決まっていたなんて経験は、今までに一度も無かった。
なぜこの世界のビアンカはもう婚約していたのだろう……。
……アベルは疑問に思えて仕方ない。
だが、その答えはすぐにわかった。
「実はその美人、最初は乗り気じゃなかったみたいだ。母親から結婚しろ結婚しろってうるさく言われて、見合いをさせられたっつってたな。それが、会って話をしてみたらそう悪くもなかったらしくて、とんとん拍子で婚約したらしい。まあ、あのせがれが頑張ったらしいがな~」
「……っ、その話詳しく……!」
――おかみさんのせいでビアンカはお見合いを……!?
ダンカンのおかみが生きていたことで未来が変化し、ビアンカが婚約済みだとは誰が想像しただろう。
……アベルは未来が変わったことは嬉しかったが、やはり胸中は複雑に揺れ動く。
ビアンカには自分を想っていて欲しかった……、なんて身勝手な気持ちは捨てなくてはいけないが、滝の洞窟で既に婚約者がいるという話を聞くまで、アベルは彼女が自分のことを好きなのだと思っていたのだ。
……自惚れもいいところである。
フローラも自分のことを想っている……とも思っていたから、更におめでたい。
フローラは自分達を応援してくれた。これといって自分を特別な目で見てくることもなかったし、恐らく彼女もビアンカ同様、自分をなんとも想っていないのだろう。
別世界の花嫁二人が、この世界では自分に特別な感情を抱いていなかったなんて……。
「…………(ぅわぁ……僕って奴は……!)」
……自らの自惚れに、アベルは恥ずかしくなって両手で顔を覆った。
アリアには“ビアンカは自分を好きだから”と、同様のことを言ったこともある。フローラのことに触れたことは……あったかな、いや、なかったよな……? なんて、思い出しただけで恥ずかしい。
未来が変わったこの世界のビアンカは、自分の幸せを既に掴んでいた。
……フローラも新たな未来を掴もうとしている気がする。
二人が幸せになってくれるならそれでいいじゃないか――、アベルはそうは思っているが、ビアンカのことが気になって仕方なかった。
「ん? なんだい兄ちゃん、他人の馴れ初め話なんて聞いてどうすんだ?」
「あはは……」
「はっはっはっ。そういうのは本人達に聞いてみな。喜んで教えてくれるだろうよ。宿屋のせがれは宿屋にいるし、お相手の美人さんは山を登った一番奥の家に住んでるでよ」
「はは……、そう……ですね……」
――二人の馴れ初め話なんて宿屋の息子にも、ビアンカにも聞きたくないからおじさんに訊いたのに……!
別世界のビアンカを好きな自分達が、彼女の婚約に胸を痛めているのがわかる。
……アリアがいればなんとかなるが、本人達から聞くことなんて今はまだできそうにない。
そうだ、【シルクのヴェール】は手に入ったんだ。早くアリアに会いに行こう。
そして傷ついた心を彼女に癒してもらおう――。
「では……シルクのヴェールをありがとうございました。失礼します……」
……アベルはこれ以上詳しい話が聞けそうにないので、よろず屋を後にしようとした。
その時だった――。
よろず屋に向かって、“タッタッタッ”と地面を蹴る足音が聞こえて来る。
客だろうか……、どうにも様子が慌ただしい。
「お! ウワサをすれば……!」
「ん……?」
ドワーフにお辞儀をして踵を返したアベルの横を、金の髪の青年がすれ違った。
「やあ、ヴェールなら順調に……」
「すみませんっ! ロープを10束下さいっ!」
ドワーフが作業中の生地を軽く持ち上げるが、青年は切羽詰まったような顔。手にはゴールドの入った袋を握っており、全身びしょ濡れである。
「びしょ濡れじゃないか! どうしたんだ。何かあったのかい?」
「っ、急いでるんです! 急に雨が降り出したと思ったら酷い土砂降りで! 風も強くて資材がバラバラになりそうなんですよ!」
“早くロープを持って来て下さい!”
青年がびしょ濡れなのを見て気の毒に思い、手を止めてタオルを出そうとするドワーフをよそに、彼は手にした袋をカウンターに置いた。
「ええっ!? 大雨かい!? 珍しいな! 今用意するから少し待っててくれ」
よろず屋の洞穴の中まで外の雨音は聞こえない。
青年から大雨を知ったドワーフはタオルを出すのを止め、慌ててロープを取りに奥の部屋へと走って行った。
「土砂降り……ですか?」
――この人……宿屋の……。
アベルは【ふくろ】からタオルを取り出し、男に差し出しながら訊ねる。
青年の顔には既視感――彼は宿屋の息子ではなかろうか。
……つまり、ビアンカの婚約者だ。
ビアンカちゃんのヴェールは制作中ってことで。
アベルは自惚れ屋さんw
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!