ビアンカの婚約者は……。
では、本編どぞっ!
「あ、ええ……どうもすみません。……あの、旅の方ですよね?」
「あ、はい……」
――この人がビアンカの……。
タオルを受け取り顔を拭う男を、アベルはついジロジロと見てしまう。
……以前顔を合せた時はカウンタ―越しでよくわからなかったが、間近で見た感じ、腕も身体も自分の方が逞しいし、背だって自分の方が高い。顔だって多分自分の方が――なんてアベルが考えていると、青年が口を開いた。
「以前うちに……、あ、私はこの村の宿屋の者なのですが、うちの宿にお泊りいただいたことがなかったでしょうか」
青年はアベルの顔を憶えているらしい。
彼が人懐っこい爽やかな笑顔を向けてくる。
「あっ、憶えて……?」
「やっぱり……! はいっ、一度お泊りいただいたお客さまのお顔は忘れません! それに、お客さまは……、その……お顔がかなり強張っていらしたので……」
青年は客にこんなことを言っては、気を悪くしないだろうかと心配しながら少々気まずそうに零した。
「ぁ。ああ……すみません。ちょっとあの時は気分が優れなかったので、睨んでいるように見えてしまったかもしれません……」
「そうだったのですね。私がなにかミスをしたのではと心配していたのです。よかった……」
アベルの返答に青年は、濡れたウェーブ掛かった金髪をタオルで拭うと、前髪を掻き上げほっとしたような笑顔を見せる。
青年の邪気の無い笑顔には白い歯が輝いていた。
……前回宿に泊まった際、ビアンカの婚約者だと聞いていたアベルは、彼がアリアから“爽やかイケメン”と褒められていたこともあり、彼女と接触させないように気を遣ったが、同時、ビアンカの相手として相応しいのか、青年を品定めするかの如く凝視していたのだ。
「ははは……」
――いい人……なのか? いや、まだわからない……。
目の前の青年が、ビアンカの惚れた相手だと思うと複雑極まりない。
数多別世界でビアンカにそんな相手がいたなんてこと、一度もなかった。
少し胸がざわつくが、この世界では友として大好きな幼なじみが選んだ相手――良い男なのか見定めてやらなければ。
ビアンカにも幸せになって欲しい――。
……アベルはまたしてもジロジロと青年を見てしまった。
青年を見定める……というより、嫉妬心からの行動もあるような気もするが、アベル本人は気付いていないだろう。
「あ、あの……?」
再びアベルに睨まれてしまった青年が愛想笑いを浮かべる。
「あっ、すみません。急に目が霞んで……」
「そうでしたか、でしたら温泉水で目を洗えば治るかもしれません。宿にありますので差し上げますよ」
「え……」
青年は「ここの温泉は万病に効くんです。どなたにも無料で差し上げているので良ろしければ」と飲泉や、目薬代わりの温泉水を常備しているそうで、アベルに無償で分けてくれるという。
――あ、いい人……、なのかな……、いや、まだまだ認めるわけには……!
ビアンカが選んだ男という時点で、良い人……というのはわかっていたのだが、複雑な男心とでも言うのか――アベルは認めたくなかった。
「ああそうだ、もし今夜の宿が必要でしたら泊まりに来て下さい。土砂降りで今晩は温泉には入れませんが、ベッドはいつでもふかふかですから」
アベルが眉を寄せていると、青年は爽やかな営業スマイルを向けて来る。
「あ、いえ、もうすぐ村を出るので結構です」
「そうですか……? あんな雨の中を……?」
「ハハハ……はい」
――【ルーラ】が使えるので……あっ! アリアが待ってるんだった……!!
そろそろ戻らないと……!
アベルは青年の申し出を断り、もう少し彼のことを知りたかったが、アリアが待っていることを思い出す。「僕はそろそろ失礼します」と会釈し、すれ違った。
歩き出したアベルの前で、丁度ロープの束を大量に持ったドワーフが、奥の部屋からえっちらおっちら走ってくる。
「はぁっはぁっ、お待たせ! ロープ10束準備できたでよ! 持っていってくんな!」
「ありがとうございます! お代はカウンターに……」
「おつりは後日宿に届けるでよ!」
「ありがとうございます!!」
青年はロープを受け取ると踵を返して、アベルを追い越し入口に向け走って行く。
「…………(そんなに雨が酷いのかな……)」
アベルもドワーフに軽く会釈して入口に向かう。
歩いて行くにつれ、ザァザァ……と、雨の音が聞こえてきた。
「うわー……すごい雨だな……」
アベルが入口まで戻って来ると、外に出るのを躊躇うほど横殴りの雨が村を襲っている。
「……さっきより酷くなってるな……」
先ほど走って行った青年が、入口で立ち止まって二の足を踏んでいた。
……無理もない。
風が強く、洞穴から見える果樹園の木々がしなり、一部の枝が折れてしまっている。
短い距離とはいえ、あの中を歩き斜面を上っていくとなると、地肌は濡れているし、転んだり怪我をし兼ねない。
「はー……これはまた……」
――こんな嵐初めてだ……。
暴風雨――、遠くで雷鳴も聞こえる。
……アベルは初めて見る光景だ。
自分の唱える【バギマ】をもっと強くしたら……いや、上位の呪文【バギクロス】――まではいかないが、東の大陸を襲った嵐はこんな感じだったのかもしれない。
自然の猛威を前にアベルは冷静に考える。
(【ルーラ】使えるかな……?)
……【ルーラ】を使うにはまず洞穴から出なくてはならない。でなければ頭を打ち付けてしまう。
「はぁ……(濡れちゃうけど……仕方ないよね)」
洞穴の外に出れば、一瞬でアベル達はびしょ濡れだ。
だが【ルーラ】を使うには外に出ねばならない。
「ピエール、プックル、スラりん、行こうか」
「はい、主殿。雨に濡れるのも致し方ありません」
「グルルル(我、濡れるのはイヤだぞ)」
「ピキー! ボク、雨だーいすきっ♡」
アベルが仲魔に声を掛けると、三者三様の答えが返ってくる。
……アベルは青年を横目に外へと一歩足を踏み出した。
「う゛わ゛~~!! い゛だい゛い゛だい゛!!」
――さっさと【ルーラ】を唱えないと……!
勢いのある雨がアベルの頭、頬や、身体を打ち付ける。
激しい風を伴う雨は、降り付けると痛みを誘った。
(アリア……待っててね……!)
アベルはサラボナの町をイメージし、雨に少々思考を乱されるも魔力を集中させる。
「ル――わっ!?(なんだ……!?)」
突然、
再び洞穴の中へとアベルは引っ張られる。
「……っ、あのっ、旅のお方! あなたのその逞しい腕を見込んでお願いがあります……!」
「えっ」
――なんか嫌な予感……!
青年の言葉にアベルは嫌な予感を覚える。
自分は急いでいるのだが――、なれどアベルは青年のことが気に掛かっていたこともあり、話だけは聞くことにした。
「なんでしょうか……」
「……今、この山奥の村では新たな温泉施設を建設中なんですが、その建設現場で積んでいた資材が、山の上から転がって来た岩のせいでバラバラになってしまって……。独りでなんとか纏めようとしたのですが、風が随分強くなってきたので時間が掛かりそうなのです。このままだと水はけも悪くなって、施設内だけでなく、村に被害が出るかもしれません。どうか資材を纏めるお手伝いをしていただけないでしょうか?」
アベルが伺うと、青年が建設中のスパの現状について話し出す。
大規模な土砂崩れが起きたわけでは無いが、大雨によって水の流れが激しく、多少崩れた箇所があるようだ。そこから崩れた岩が建設現場に入り込んでしまった……というわけらしい。
なぜ、青年がスパの話を? アベルは疑問に思ったが、ビアンカの婚約者だし、手伝いをしているのかもしれない。
……気付けば青年に訊ねていた。
「温泉施設を建設って……あなたはいったい……」
「あ、ボクは経営者の一人なんです。経営についてはまだ半人前で勉強中なんですが……共同経営者が他に二人いまして。三人で経営することになっているんです。代表が今留守にしているので、ボクは留守を守らないと」
「っ……あなたが三人目……!?」
――もう一人の経営者って、ビアンカの婚約者だったのか……!
ゲーム中だとフローラを選んだ場合、ビアンカはEDまでずっと独り身なんですよね……。
主人公を忘れられないって……うーん……。
わかるようなわからないような……、アラサーで独り身か……。
そんなわけで、このお話ではおかみが生きていたため、おかみにせっつかれたビアンカさんは婚約済みとなっております。
母親の力は偉大なり。
ちなみに、宿屋の息子は姿形も性格もゲーム中とは異なり、独自設定です。
やっぱビアンカにはイケメンと幸せになって欲しいので。
筋肉イケメンアベルとタイプは違い、細マッチョタイプの物腰柔らかな爽やか好青年です。しかも年下なんだぜ……。
一応名前があります。
その内キャラ紹介②に載せておきまーす。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!