アベルが結婚前夜に居たのは山奥の村でした。
では、本編どぞっ!
「ははは……大したことはしていないのでいいですよ」
「そろそろ日も暮れて来るから、今夜は家に泊まるといいよ!」
アベルがお礼は不要だと告げるが、おかみは話を聞いていないのか、カウンタ―上にあったメモになにやら
「え、僕、これからサラボナにもど……」
「ああ、そういやビアンカはどうしたんだい? 驚き過ぎて忘れちまってたよ」
おかみは手を動かしながらアベルをチラ見。アベルの後ろにはピエール、スラりん、プックルのみ――ビアンカの姿が見えないので、どうしたのかと訊ねたようだ。
「え、あ、サラボナにいますよ。明日結婚式に参列してくれるので」
「結婚式!? 誰の!?」
「ぼ、僕ですけど……」
「まあっ! そういえば、アベル坊ちゃん
おかみは目を剥いて驚いたかと思うと、弾けるような笑みをアベルに向ける。
彼女の明るく大きな声は雨音に負けていない。
「ははは……“も”ですねえ……」
――そうだよ、僕もビアンカもそれぞれ結婚して幸せになるんだ。
それでいいんだ……!
“俺のビアンカが別の男と結婚とか……”
“ビアンカは僕の花嫁なのに……”
“あんなただの男のどこがいいんだ……”
心の中で勝手に湧き出る感情に、アベルは無理やり
「おめでたいねえ……、それで相手は……?」
「あ」
――アリアです……!
アベルがそう伝えようとしたが――。
「まってまって、当ててあげるよ、アリアちゃんだろ!? 家に来た時からラブラブだったもんねえ! ダンカンは気付いていなかったみたいだけどね、アタシはあの時からわかってたよぉ? そうかいそうかい、めでたいねえ!」
「えぇ? ハハハ……」
おかみはアベルの結婚相手がアリアだと見事言い当てる。
ビアンカから聞いたのかと思っていたが、先ほどアベルが結婚するという話に驚いていたから、どうもそうではないらしい。
まさかおかみにもバレていたとは……、なぜばれたのかは不明だが、知らないのは自分達だけだったのだと、アベルはいまさらながらに頬を掻いた。
「さあさ、メモも書いたし、明日に備えて家で休みなさいな。ほらほら坊ちゃん、行くよ」
「えっ、えっ、おかみさんっ!?」
……アベルは半ば強制的にビアンカの家へと連れられて行く。
その後ろで――
「アベルさん…………、そうか……あの人が……ビアンカさんの……」
外へ出て行くアベル達の背中を、風呂から上がった青年が見ていたのだった……。
◇
ダンカンのおかみに無理やり家へ連れて行かれ、アベルは今晩、主不在のビアンカの部屋で休むことになった。
……夕飯まで休んでいなさいとのことで、アベルは今、ビアンカの部屋で窓の外を眺めている。
「……雨か……」
日が暮れ始め、雨は多少小降りになってきたものの、未だ降り続いていた。
遠くで雷鳴が響いているが、近付いている様子は無く、むしろ遠ざかっているように見える。
ビアンカの家に入る前、アベルは村を見下ろしたが、幸い村で大きな災害は起きていない様子――。
建設現場の材木が流れ出し、斜面を転がっていたとしたら大変なことになっていただろう。
宿屋の息子は立派だ。
「……この景色……なんか似てるな……」
……ぽつり。
アベルが呟いたそれは、前回宿屋で泊まった時に見た夢と酷似していることを表していた。
まだ夕方に差し掛かったばかりの時刻なのに、あの夢の中のように外は薄暗い。
屋根に降りつける雨の強さも同じ……。
ただ、ここは宿屋ではなく、ビアンカの家だ。
「……はは……そんなわけないか」
ここにアリアはいない。
彼女は今、サラボナで結婚式の準備をしながら、自分の帰りを待っている。
あの夢のような出来事は起き得ない。
……アベルは窓の外に見える、遠くの稲光に薄っすらと目を細めた。
その晩、アベルはおかみの作る食事に舌鼓を打ち、お腹いっぱい食べて早めに就寝する。
……おかみもダンカンも温かく(おかみは多少お喋りが凄かったが)、家族団
そして、夜が明けた……!
「お世話になりました!」
「雨も上がって、いいお天気だねえ! 絶好の結婚式日和だよ。幸せにね! それと、元気でやるんだよ!」
いつになく元気な声で頭を下げ、玄関を出るアベルの肩を空を確認したおかみがポンポンと叩く。
開いた扉の奥では、ダンカンがダイニングテーブルに腰掛けたまま、笑顔で手を振っていた。
「はい! ありがとうございます。おかみさん、ダンカンさんもお元気で!」
「ああそうだ、ビアンカに結婚式が終わったら、早く帰っておいでと言っといておくれ」
「わかりました」
「スパがオープンしたら、二人で遊びにおいで。待ってるからね」
「はい!」
……アベルは笑顔で手を振り、ビアンカの家を後にした。
すぐに【ルーラ】することはなく、一応昨日の雨による被害がないかと確認しつつ、アベルは村の入口まで坂を下っていく。
アベルが心配する必要はまったくないのだが、
流れていく景色――視覚的情報では、見たところ家々の屋根から雨の雫が滴り落ち、木の葉や土埃が窓に張り付いているだけで、壊れた様子は無い。
宿屋の前を通りかかると早朝にも関わらず、宿屋の息子が【宿屋のカベかけ】に貼り付いた木の葉を落し、丁寧に拭き掃除をしていた。
そんな清掃作業中の彼が、通り掛かったアベルに気が付き、ふと二人の視線が交わる。
すると彼が軽く会釈をするので、アベルも応えるように柔和な顔で黙礼した。
アベルは彼が声を掛けてくるかなと一瞬思ったが、宿屋の息子に昨日までの笑顔はなく、ただ会釈しただけでさっさと屋内に戻ってしまう。
……昨日はあんなに気さくで明るかったのに、いったいどうしたのだろうか。
推測するに、彼は早朝から仕事をしているのだ、昨日の作業で疲れが溜まって、他人に愛想を振りまく余裕がないのかもしれない。
アベルは宿屋の息子の態度に少し疑問を感じたが、気にしないことにした。
(……ビアンカの婚約者か……。)
アベルはそのまま宿屋に背を向け、村の入口へ続く階段を下って行く。
今日のアベルはすこぶる機嫌が良い。
些細なことはまったく気にならないようで、アリアがいないにも関わらず、ずっと笑顔である。
……ダンカンのおかみが生きていたことで、ビアンカは婚約することになった。
【世界の理】は常について回るが、未来は変えられないものでもないらしい。
自分の行動
これからも【世界の理】に干渉されるだろうが、都度、適切に対処すれば未来は変えられるのだ。
……未来を変える選択肢は、シンプルに二つしかない。
諦めるか、諦めないか。
アベルの選択はいつだって――
“諦めない”だ。
(僕はアリアがいる限り、多少の痛みを感じようとも、なにがあっても新しい未来を諦めない。)
……アベルはこれからも諦めず、自分の望む未来へ向かうため、行動し続けることを誓った。
ビアンカが温かい家庭で育って良かった良かった。
そしてアベルは久しぶりに家族の温もりに触れましたとさ。
----------------------------------------------------------------------
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!