真っ白。
では、本編。
◇
「アベル……」
カジノ船に乗船すると、アベルはルドマンの部下たちに特別室まで運ばれ、大きなベッドに寝かされる。
特別室は広く、置かれた家具は高級品なのだろう。タンスは木艶を放っているし、テーブルに掛けられたテーブルカバーは白く、滑らかそうな光沢がある。そのテーブルに添えられた椅子には綿がしっかり詰まり、座り心地が良さそうだ。
ベットの下にはふかふかの赤い絨毯が敷かれ、部屋の一角にはお風呂まで設置されている。
いつものアリアなら「すごーい!!」とかなんとか、瞳を輝かせたかもしれない。
だが、今は倒れたアベルが心配で、彼女はベッドの端に腰掛け、眠るアベルを見下ろしていた。
『大丈夫ですよ。お疲れになったみたいで、眠ってらっしゃるだけのようですわ』
先ほど特別室に担ぎ込まれてすぐに、シスターがやって来てアベルの脈を診て告げた。
シスターの見立てによると、命に別状はまったくないらしい。
このまま休ませていればじきに目を覚ます……とのこと。
シスターはアベルの診察を終えると自分の持ち場へと戻って行った。
彼女もエアル神父と同じ、雇われシスターなのだろう。
……アリアは独り、アベルが目覚めるのを待つことにした。
「ごめんね……、私がルーラを唱えればよかったね……」
眠るアベルの頬を撫でるアリアの瞳には、涙が滲んでいた。
自分は元々こんなに泣き虫ではない。
けれどアベルのこととなると、つい感情が昂って勝手に涙が滲んでしまう。
――こんなにもハマってるなんて……。
ゴシゴシゴシ。
……アリアは涙が零れ落ちそうになり、慌てて目蓋を擦った。
そんな時――。
コンコン。
特別室の扉をノックする音が聞こえる。
アリアが扉を開くと、そこにはビアンカとフローラ、ルドマンの屋敷にいた中年の召使女性が立っていた。
……ビアンカは取っ手の付いた木箱と布袋、フローラはブーケ、召使女性はウェディングドレス……と、三人共それぞれ手に荷物を抱えている。
「アリア……、シスターから話は聞いたわ。アベルはしばらく起きないと思うからそろそろ準備を始めない?」
「お手伝い致しますわ」
ビアンカとフローラが眠るアベルをチラ見して、アリアに笑顔を見せる。
「あ……うん」
「ではアリアお嬢さま、失礼しますね」
「あ、はいどうぞ……(お嬢さま呼び……慣れない……)」
召使女性が会釈するとアリアは扉から離れ、部屋に三人を通した。
……早速召使女性は上質なテーブルカバーの掛かったテーブルに向かい、ウェディングドレスをその近くに置く。
「フローラお嬢さま、ビアンカさま、こちらのテーブルにお荷物を下ろしてくださいな」
「はーい」「はい」
召使女性の指示で、ビアンカとフローラが持ってきた荷物をテーブルに下ろす。
召使女性はビアンカの置いた木箱を開き、布袋の中身を取り出すとテーブル上に広げた。
……木箱の方は化粧道具のようだ。
布袋の中身は――真っ白なインナー一式と、白い手袋、白のパンプス。
ウェディングドレスを着る際には、中身も真っ白でなければいけないらしい。
白のビスチェ、白のショーツ、白いストッキングに白のガーターベルト。
“純潔”や“純粋無垢”といった言葉が白という色からは連想されるものだが、混じり気の無い白は“あなたの色に染まります”という意味も込められている。
アリアが着ると髪も白に近い白金だからか、紫の瞳と、薄桃色の唇意外は全身真っ白になってしまいそうだ。
……アベルが好むかどうかは見せてみないとわからない。
「わぁ……、これがウェディングドレスかぁ~……初めてだなぁ、へぇ、綺麗だなぁ~……」
「そりゃそうでしょ……、二回目だったらびっくりよ……」
アリアが他人事のようにドレスを眺め感想を述べると、ビアンカに苦笑いされた。
「あ、あはは……。そういうつもりで言ったわけでは……」
「うふふ、昨夜私が寝ずにお直ししたんですもの、アリアお姉さま、きっとお似合いになりますわ」
フローラもドレスを眺めながら、昨夜、背の小さいアリアのサイズに合わせて微調整した部分をチェックする。
そこは綺麗に繕われており、フローラは満足そうに二度頷いていた。
「ありがとう、フローラさん! フローラさんの裁縫スキルには感服しました! こんなに可愛い刺繍を一晩でたくさん……、これはもうプロ……! プロだよフローラさんっ! っ、すごい~~っ!!」
――私は不器用なので、本当に尊敬します……!
フローラの繕ってくれた部分には、絹糸で花の刺繍が施されており、一見微調整したとわからない。
プロがそうデザインしたのでは……という程に、ウェディングドレスはフローラの手により洗練されたものとなった。
……アリアはきらきらした瞳でフローラを見つめる。
「うふふっ♡ そんなに喜んでもらえるなんて……。私の腕をお見せすることができてよかった……♡」
アリアの絶賛にフローラの気分は高揚した。
誰かの役に立ち、こんな風に喜んでもらえるのは初めての体験である。
胸がこそばゆいが、とても気分が良い。
――この腕があれば、私もなにか始められるかしら……。
昨日の女子会で聞いた話だが、ビアンカは経営者だと聞いたし、アリアも旅の途中でさまざまな踊りを習い、身に付けたと言っていた。その気になればアリアは踊りで路銀稼ぎができるだろう。
ビアンカもアリアも結婚するが、恐らく二人は結婚せずとも、独りで生計を立てるのは容易なはず。
では、自分は……?
……フローラは所謂お金持ちのお嬢様である。
父ルドマンがいれば生活には困らない――が、はたして、それでいいのか……。
一方的に庇護してもらうだけの人生でいいのだろうか。
自立したビアンカとアリアの会話の中に、フローラは上手く入ることができず密かに悩み、二人が輝いて見えて――気付けば自らの中に“こうありたい”という想いが芽生え始めていた。
……自分の力だけでなにかを成し遂げてみたい。
そして父に認められ、自分の意見をはっきりと伝えられるようになりたい。もっと両親と打ち解けたい。
そのための自信が欲しい。
自信を付けるには、できることからやるしかない。
フローラはアリアのウェディングドレスの微調整を買って出て、徹夜で一針、一針心を込めて繕ったのだ。
「本当、フローラさんすごいわよね。丈がかなり長かったから心配だったけど、これならアリアにぴったりだわ」
「うふふ。お褒めいただきありがとうございます」
ビアンカにも褒められ、フローラはちょこんとスカートを抓み上品に微笑みながら会釈した。
「アリア、これで転ばなくて済むね。よかったね!」
「あはは……。ドレスを着て走るわけじゃないし、転ばないよ……」
転ぶのは規定事項だとでも言うように、ビアンカはアリアの頭を撫でるが、アリアは頬をぽりぽり。
――私、ドジっ子じゃないんですけど……!?
「どうかしらね~?」
「ぇ~……そんな、私が転ぶ前提で言うの酷くない?」
「うーん……だって、ねえ……?」
アリアが頬を膨らませると、ビアンカがフローラへと視線を移した。
ビアンカ、彼女は恐らくカジノ船に乗る前の転倒を思い出したのだろう。
「ふふふっ♡」
……フローラは穏やかに微笑んでいた。
「さあさ、お嬢さま方。お喋りが楽しいのはわかりますが、その辺でおしまいになさって、そろそろ準備を始めますよ。――アリアお嬢さま」
女性三人の話を聞きながら、黙々と準備を進めていた召使女性がアリアを手招きする。
「あ、はーい」
アリアが呼ばれた場所まで行くと、召使女性は大きく瞬きをした。
「あら? アリアお嬢さま、お顔に砂が……、お身体にも……ふぅ。先ずはお風呂が先ですね」
「え、また……?」
「幸い、この部屋にはお風呂がついております。さあ、参りましょう。フローラお嬢さまとビアンカさまはこちらでお待ち下さいな」
今朝、風呂に入って来たというのにまた風呂……。
“いや、風呂は好きだけども……!”と、アリアは思ったが、召使女性の眼光は鋭い。
有無を言わさない眼にやられ、アリアは大人しく風呂に連れられて行く。
……ビアンカとフローラはふかふかの椅子に腰掛け待つことになった。
と、思われたが――。
白。好きな色です。
白いビスチェは結婚式が終わったらアベルにひん剥かれるんだろうな。
フローラに裁縫とかいうスキルをつけてしまいました。
その内山奥の村のドワーフに弟子入りしたりして。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!