結婚式ってさ、自分達のためにするものじゃないんだ。
では、本編どぞ。
エアル神父に促されるまま、アベルはアリアのヴェールをそっと上げて彼女の顔に自身の顔を近付ける。
「アリア、やっとだね」
「アベル……、だいすき」
「うん、僕も大好きだよ……」
こそっと自分にだけ聞こえる小さな声で、好きだと告げるアリアにアベルは誓いの口づけをした。
ちゅー……、と。誓いの口づけは軽くでいいはず。
ところが――。
……ちゅ。
小さな水音がしたと思ったら、続いて「ちゅ、ちゅっ」と啄むような音が漏れ出した。
「んんぅ……!? ちょ……(アベル!?)」
アリアの目は見開かれるも、アベルの口づけは軽くで終わらなかった。
「はぁ……(アリアすき。ダイスキ……♡)」
アベルの瞳は陶酔するように虚ろで、夢中でアリアにキスを続ける。
……ちゅっ、……ちゅっ。
……ちゅぅ……ちゅく……。
人前だというのに、アベルは段々と口づけを深くしていった。
……ちょっと口づけが長すぎやしないだろうか……。
「ちょ、いつまで続くのよこれ……(人前なのに……!)」
――見てらんないっ……!
二人の様子を見ていたビアンカが恥ずかしさに俯いてしまう。
「だ、大胆ですわ……♡」
フローラは興味津々でドキドキしながら凝視していた。
「うわぁ……すご、人前で……。オレには無理だなぁ……な?(マリア、あとでちゅーしよーな?)」
「はい……(あとで……♡)」
ヘンリーとマリアは互いに見つめ合い、視線を絡ませいちゃいちゃ。
「わっはっは。やあ ゆかいゆかい! なんとも熱い二人だな!」
ルドマンが笑いながら言うも、その頬は赤い。
アベルとアリアのあまりのいちゃいちゃ振りに、恐らく恥ずかしいのだろう。
……キスをする本人たちより、参列者たちの顔の方が真っ赤だ。
「ンン……! って、ちょっ、もおっ! アベルっ!」
「ん……はぁ……あ、もぉ……おしまい……?」
暴走するアベルを止めるべく、アリアがアベルの胸を叩く。
アベルは上気したような顔でアリアを見下ろしていた。
「っ、なんっ……もうおしまいって、誓いの口づけは軽くでいいんだよ?」
――アベルったら、なんて色っぽい顔してるのよぅっっ!!
ああもう、今二人きりなら押し倒しちゃってたよ……!?
アベルの色気に当てられ真っ赤な顔のアリアは、まだ迫ろうとするアベルの口を塞ぐように手を翳す。
「え……?」
「っ、みんなの前でなんてことするの……」
「…………あ」
アリアが上目遣いに涙目で訴えかけると、漸くアベルは気が付いたらしく、目を大きく瞬かせた。
「あ、って……も~……」
「あはは……ごめん……我慢できなくて……へへ(まだ夜じゃないのに泣かせてしまった……)」
アベルはアリアの涙を湛えた瞳に、そっと親指を添え拭ってやる。
今日はまだキスしていなかったからタガが外れたようだ。つい周囲が見えなくなってしまった。
「……お、おお、神よ! ここにまた新たな夫婦が生まれました! どうか末永くこのふたりを見守って下さいますよう! アーメン……」
誓いの口づけが漸く終わり、エアル神父が慌てて式を締めくくる。
……結婚式はこれで終わりだ。
さあ、じゃあ今夜はアリアと……と、アベルは彼女の手を握った。
このまま特別室へ行って、朝まで彼女と睦み合うのもいいだろう。
アベルはアリアを連れ、特別室を目指す。
「おめでとう! アベル! 幸せにな!」
「アベル! アリア! おめでとう!」
来た道を戻り始めると、ヘンリーとビアンカの声が聞こえた。
「アリア、アベル。今日のこの日を私は忘れませんよ。おめでとう」
「マザー……ありがとうございます」
マザーの前に差し掛かると、アリアがマザーを見て目を細め、頭を下げる。
口調は穏やかながらもマザーは親指を立て、ぐっと前に突き出し深く二度頷いた。
……マザーは満足そうだ。
これなら地の果てまで追われることはないはず。
マザーの前を通り過ぎ、お次は――。
「アリアお姉さま! 本当におめでとう! アベルさんもどうかお姉さまとふたりでお幸せに!」
マザーの隣にはフローラがおり、通り掛かると彼女は優しい笑顔で拍手を贈ってくれた。
「ピーピー! アベルさん! 奥さんを大事にしろよ!」
ルドマンの知り合いの町人も口笛を吹き、笑顔でアベルとアリアを見送る。
……こうしてアベルはアリアと結婚した。
◇
新郎新婦が退場し、二人が特別室へ入って行くと、参列者たちは各々お喋りを再開する。
「フローラさん、いいお式でしたわね」
「はい、マザー。このあと宴がありますので、たまには羽目を外して楽しんで下さいませ」
「まあ、いいのかしら。シスター達にばれたら怒られてしまいそうだわ」
「お酒さえ飲まなければ大丈夫ですわ」
「うふふ、そうね。アリアとも話をしたいし……――」
マザーが話し掛けると、フローラはこの後の宴について説明していた。
フローラは昨日もマザーと話をしていたが、久しぶりに会ったからか、時間がいくらあっても足りないらしい。
なにせマザーは忙しい人である。
修道院から出ても人々の悩みを聞いたり、彼女の過去の冒険譚を聞きにやって来る者が後を絶たなかったりするのだ。
昨日は三十分ほど話ができたが、マザーはすぐに町の人に捉まってしまい、アリアともあまり話せていない。
「マリア殿、この度は娘のために遠くからご足労いただき……」
フローラとマザーが話をしていると、ルドマンがやって来た。後ろにはルドマン夫人も控えている。
……ルドマンは深々と頭を下げた。
「お父さま」
ルドマンの登場にフローラはぺこりと会釈し、その場から離れる。
「あらルドマン様、嫌ですわ。アリアを強引に娘にしたとか……、私、きちんとお断りしたはずでしたのに。そもそもあの子は私の娘でしたのよ?」
マザーは穏やかに目を細くし、ルドマンに微笑み掛けた。
「マ、マリア殿、それはわかっております。ですが、私もそこは譲れずでして……」
マザーに微笑み掛けられたルドマンは、申し訳なさそうに頭を二度三度と下げる。
周囲の者達が頭を下げるルドマンを目にし、マザーを知らない参列者は彼女はいったい何者なのだと驚いていた。
「……あなた。マリア様にお礼を」
「あっ、はっ! マリア殿。長い間、アリアの面倒を見ていただきありがとうございました。修道院はアリアのもう一つの実家でもあります。たまには顔を出させますので」
なぜか不機嫌そうに言う夫人に脇腹を突かれ、ルドマンはマザーに再び頭を下げる。
……もうアリアはルドマン家の一員である。
娘が世話になったのだから、親としてお礼を言うのは当たり前というもの。
「……ふふふ、そうですか。私達の娘は幸せ者ですね」
「ええ……そうですわね。
マザーの目が弧を描くと、ルドマン夫人の顔が仄暗い……。
ルドマン夫人のマザーを見る目が、なんだか鋭いような気がした。
「……わ、わっはっは! やあ ゆか……――コホンッ。ああ、ええと私はこの後の準備があるので、これで失礼させて……」
“ゴホンゴホン……風邪かなぁ……海風が少し冷たいしな……。”
……ルドマンは独り言を呟きながら、夫人をその場に残し、独り去って行く。
「……ふぅ、あの人ったら……」
「フフフ。おふたりは相変わらず仲がよろしいのですね」
「あら、そちらこそ……」
「やめて下さいな、私は神に身を捧げた者。それに、そもそも彼はタイプじゃありませんの」
「まあ……! オホホ」
「フフフ……」
ルドマン夫人とマザーの静かな笑みは穏やかなものだったが、その周りを漂う空気は冷えていた。
結婚式は新たな夫婦のお披露目の場で、新郎新婦の居ない場所では色んな話がされているっていう。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!