さて、出航です。
では、本編どぞー。
◇
翌朝早く、アベルは朝の日課となった【ベホマ】をアリアに掛けて、港のドックへとやって来ていた。
歩み板を上り詰めると、白い髭を豊富に蓄えた白髪の船長が迎えてくれる。
「やあ、お待ちしてました! 久しぶりの航海で我々もわくわくしていますよ。では、アベル殿。さっそく船を出してよろしいですかな?」
「はい、お願いします!」
握手を求めるように差し出す手をアベルは握って頷いた。
前回乗船した時は気が付かなかったが、この船長。前回以外にも見覚えがある気がするような……。
――どこでだったかな……?
「では、どうぞこちらへ」
すぐに思い出せそうにないアベルは船長に連れられ、船へと乗船する。
「出航だーっ! イカリを上げろー! 帆をおろせー!」
船長の大きな声が甲板に響くと歩み板が外され、畳まれた帆が下ろされる。
ギギギギギ……と船は音を立てて動き出し、大海へと漕ぎだした。
「わぁ……! カモメ……! おーい!」
ドックを出ると、船に並走するように数羽のカモメが空を飛び見送ってくれる。
アリアが手を振れば「キュー、キュー」と啼いて応えるから不思議だ。
「……ははっ、カモメが返事してるし……。僕の奥さんは動物とも友達になれるんだ……すごいなぁ……」
アベルは手を振るアリアを穏やかな笑みで見守っていた。
その内一羽のカモメが船に追いつきアリアの前に降り立つと、話し掛けるように「キュッ、キュー」と啼く。
アリアが笑顔で鞄の中からパンを取り出し与えたが、カモメはまた「キュッ、キュー」。
……アリアに抗議しているようだ。
『アリア嬢、パンが大き過ぎるのでは……』
『あ、そっか。ごめんごめん、大きいままじゃ食べられないよね』
アベルの他にもアリアを見守っていた男――ピエールが彼女の傍まで行き冷静にツッコむ。
アリアはカモメのクチバシでは挟み切れないパンを今度は千切って与えた。
そうしてやっとカモメは素早く食べだす。
『あははっ、いい食べっぷりだね! 船に追いついたご褒美だよ♡ おかわりあるから、いっぱい食べてね!』
カモメが必死で食べる姿が面白いのか、アリアは次から次へとパンを千切っており、カモメはそれを素早く口の中へ。
アリアがパンを千切るのが早いか、カモメがパンを食べるのが早いか……彼女はにこにこと楽しそうだ。
「……奥さまは天使ですかな? 愛らしいお方ですな」
「あっ……、はは……わかっちゃいます?」
「? あ、はい。さて、アベルどの。行き先はどうされますかな?」
アベルはアリアが天使だということが船長にばれたと思ったが、そうではなかったらしい。
船長は特に気にする様子もなく行き先を訊ねてくる。
アリアの雰囲気がそう見せたということなのだろう。
「あ、ひとまずカジノ船に寄りたいです。それから南下して砂漠の城へ」
「なるほど。カジノには良い景品がありますからね。そうだ、これから長いお付き合いになりますから、下船の際に船員の紹介をさせて下さい」
「あ、はい、こちらこそ」
別世界でも船長達には世話になった。
彼らの名前は憶えていないが、いつも上陸した自分達を信じ、魔物の出る場所だというのに、待っていてくれる頼もしい仲間だ。
……この世界でも仲良く出来たらいいとアベルは思う。
「このストレンジャー号なら、カジノ船までお茶を飲んでいる間に着きますよ。イカスキー、お二人を特別室へ」
「へーい!」
この船の名前は【ストレンジャー号】というらしい。
船長が目と鼻の先でロープを纏める船員を呼び寄せ、アベルとアリアを特別室まで案内してくれるようだ。
「さあ若だんな! 自分が特別室まで案内しますよ」
「あ、ちょっと待って」
“イカスキー”と呼ばれた男がやって来るが、アベルは彼を待たせカモメと戯れるアリアを呼びに行く。
「アリア、部屋に行こう? お茶を飲んでる間に着くってさ」
「え? あ、うん。……食べたらお家に帰るんだよ?」
アベルに声を掛けられたアリアはカモメに一言告げて、手元に残っていたパンを素早く千切って床にばら撒いた。
「ずいぶんあげてたみたいだけど……アリアのパンなくなっちゃったんじゃない?」
「……あ、しまった。あまりにいい食べっぷりで面白くって……全部あげちゃった……」
カモメのパンを啄む様が高速で面白かったアリアは、つい手持ちのパンをすべてカモメに献上してしまったらしい。
アベルに指摘されて初めて気が付き、目を瞬かせている。
「……フフッ。そっか」
「ひょっとしてアベルも食べたかった?」
「…………うん。アリアのパン大好きなんだよね」
「えぇ~言ってよぉ~……。あれ作るの時間が無いとできないんだよ……?」
アベルが悲しそうな振りをすると、アリアの眉が申し訳なさそうに下げられた。
彼女の手作りパンはアベルの好物だが、カモメと競争するアリアが面白くて放っておいたのはアベル本人である。
そしてアベルは自分の様子に一喜一憂する妻が可愛く愛おしい。
……気付けはアベルの口元も、目元も緩んでいた。
「船に乗ってる間に作ればいいんじゃない……?」
「魔物が襲って来るのに!? 捏ねとか、発酵とか時間掛かるんだよ?」
「戦うのは僕の仕事だから、アリアは食堂でも借りてパンを作ってくれてていいよ?」
「えぇ……? どういうこと……?」
私も戦えるのに……と目で訴えるアリアだが、彼女の身体が辛いことはアベルにはお見通しである。
なぜなら、いつもは素早く走るアリアだが、結婚して以降、一度も走っている姿を見ていないのだ。
……走る元気がないのは一目瞭然。原因はアベルにある。
走れない彼女を戦闘に参加させるわけにはいかない。
「アリアの筋トレの効果が出てきたら戦って欲しいな。それまで君は馬車組ね」
アベルはイカスキーの元へ、アリアをエスコートしながら今後の方針を伝えた。
「やだ二軍落ち~!」
「二軍落ち……はよくわかんないけど、アリアはアリアにしかできない仕事があるから頼りにしてる」
「私にしかできない仕事って……?」
「フフフ」
――そんなこと決まってるでしょ……!
アベルの鼻から笑みが零れる。
結婚してから毎晩アリアを愛でているアベルは、もう彼女なしでは眠れそうにない。
昼間は激しい戦闘で、夜は激しい運動をしてばかりだというのに、朝には体力が全快しているから不思議だ。
これはきっと愛の力である。愛は心も体も癒すのだ。
アリアの愛に包まれ……否、胸に抱かれると安らぎを得られ満たされる。
……アベルは可能な限りこの生活を続けたかった。
「…………ご飯作り?」
アベルの笑みの真理を知らず、アリアは目を丸くして首を傾げる。
「…………ハハハ……ご飯って……このー、わかってるくせに~~」
さわさわ。
アベルはイカスキーの前だが、彼にわからないよう、アリアのお尻にそっと触れた。
「っっ……!?(アベルっ!?)」
「ぁっ、……あなたがアリアお嬢さま……、はぁぁ……」
アリアの頬が真っ赤に染まると、彼女を一目見たイカスキーの顔もなぜか真っ赤に染まり、彼は口をあんぐり開けたまま固まってしまった。
ムムッ……という声がアベルから聞こえる。
「よ、よろしくお願いします……」
「っ、あっ。ど、どうぞこちらへ……!」
頭を下げるアリアに、ハッと我に返ったイカスキーは二人を特別室へと案内した。
カモメがお見送りしてくれました。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!