グリンガムのムチ……!
では、本編どぞー。
「……アリアありがとう。結婚ていいものだね」
諸々済ませ、頬に涙痕の残る眠るアリアをアベルは緩みっぱなしの顔で見つめる。
……眠る彼女の枕元には、カジノに通い続けて少しずつ貯めたコインでやっと手に入れた【グリンガムのムチ】が置かれていた。
【グリンガムのムチ】は三本に分かれたムチのそれぞれの先端に、矢尻が付いた性能の良い武器である。カジノコイン25万枚で交換できるもので、交換できる景品で、一番高い品物――。
アリアを戦闘に参加させる機会が今後少なくなるとはいえ、アベルはどうしても贈っておきたかったのだ。
贈った際、彼女は一瞬申し訳なさそうな顔をしていたが、すぐにお礼の言葉と笑顔を見せてくれた。
アベルのコインは残り1000枚ほどとなってしまったが、後悔はしていない。
……そう。
アベルは全く後悔していないが、妻のアリアは違っていた。
(私の武器より、【メタルキングのけん】と交換すればよかったのに――。)
【グリンガムのムチ】一つは、【メタルキングのけん】五本分である。
そして、アリアは元はドラクエ好きのなんちゃってゲーマーだ。
【メタルキングのけん】がなにか詳しくは知らないが、“メタル”を冠しているのならばきっと性能が良い武器のはず。
呪文が売りの自分に強い武器を持たせてくれたところで、宝の持ち腐れになる気がするんだけど……と、【グリンガムのムチ】を受け取った際にアリアは思ったが、アベルの瞳があまりにキラキラしていたため、喜んで受け取ることにしたのだ。
『ありがとう、アベル♡ 大事にするね♡』
『うん! よろこんでくれてよかった!』
……アリアの笑顔にアベルの目が細められる。
こんな高価なものを貰ったからにはしっかり
アベルの想いと、アリアの考えは一致していない――。
「おやすみ、アリア♡」
明日から次の町に着くまでしばらくの間、戦いの連続だがアリアがいればきっとどこにいても自分は幸せだ。
……アベルは愛する妻の寝顔を眺めている内に次第に眠りに落ちていった。
◇
次の日――。
「アベル殿、アリアお嬢さま、おはようございます。昨日はどうでしたか? 準備はできておりますよ、出発しますか?」
「はいっ!」
船に戻ると、船長が朗らかな笑みを浮かべて訊ねてくる。
アベルは元気よく返事をした。
「おはようございます。船長、みなさん。今日もよろしくお願いします」
アリアもアベルの後ろから顔を出し、丁寧に頭を下げる。
““おはようございますっっ!!””
アリアの挨拶に、バラバラの位置にいた船員たちは大きな声で返した。
「……船長。昨日言った通り、今日から南下して砂漠の城を目指したいんですが、行く方向は僕が指示してもいいですか?」
「ええもちろん、構いませんよ。ではアジスキーの隣で指示して下さい。私も近くにおりますから、困った時は訊いてください」
船長の了承を得て、アベルは舵取りのアジスキーの元へと向かう。
アベルがやって来ると、舵輪を磨いていたアジスキーが手を止めた。
「アジスキーさん、今日から僕が船長の代わりに指示を出すので操縦をお願いできますか?」
「もちろんっス! 操縦は任せるッス!」
「よろしくお願いします。じゃあ、ちょっとアリアたちに声を掛けて来るので戻って来たら出航してください」
「ッス!」
アジスキーの快い返事にアベルは会釈し、甲板で待つ仲間たちの元に戻る。
「ピエール、君とプックルはそれぞれ甲板の左右で見張りをよろしく」
「了解しました」
「がう」
仲間たちの元へ戻ったアベルはピエールとプックルに指示を出し、彼等はすぐに配置についた。
あまり大人数で戦うと船が傷付く恐れもあるため、配置できる人数は限られている。
残りの一人は……。
「はい! アベル、私今日はがんば……」
――【グリンガムのムチ】……すっごく高価だったもの、強い武器だよね……! 早速試さなきゃ!
アリアは最後の一人は私だよね、と挙手したのだが――。
「アリアは船室ね」
無情にもアベルに控え宣言されてしまった……。
「え……、でも、昨夜新しい武器をくれて……」
「……うん。でも、アリア走れないでしょ? 攻撃が避けられないと危ないから」
――海の魔物は強いし、嫌な攻撃をしてくるやつも多いから……。
今朝もアベルはアリアに【ベホマ】を掛けている。
アリアが走れないのは自分のせいだが、彼女が戦闘に加わらずとも仲魔たちだけでなんとかなるのだ。
……愛しい妻には安全な場所でのんびりしていて欲しい。
「っ……」
――戦闘に参加させないのに、なんであんな高価な武器を贈ってくれたの……!?
アベルの考えなどわからないアリアは眉を寄せている。
「ぅ……、ご、ごめんね。海の魔物は強いし、船の上の戦いは不安定で転びやすいから怪我もしやすい。心配なんだ、だからお願い」
「……っ、わ、わかった……。アベルも怪我しないようにね」
アリアの様子に気付いたアベルが手を合わせてお願いすると、彼女は渋々了承してくれた。
「ああ! ありがとうアリア♡」
――アリアは理解あるなぁ~……!
指示通りに動いてくれるアリアにアベルは笑顔を見せ、小さな白い手を握る。
温かくて滑らかな小さな手。
近くに立つとわかる甘く爽やかな香り。
今は他の人の目があるから抱きしめたりはしないが、手だけでも握れて良かった。
時間が許せば傍にいて、ずっと二人で抱き合っていたいくらいだ。
「じゃあ私……下に行っててもいい……?」
「下って……?」
「……食堂。パン作りでもしてようかなって」
「あ、うん……! 楽しみにしてる!」
「うん……」
アリアはアベルに背を向け一人で行ってしまった。
アベルの笑顔にアリアは笑顔で返してくれたが、その顔が少し悲し気である。
「アリアごめんね……」
アベルがぼそっと呟きながら様子を見ていると、彼女がロープを手入れ中のイカスキーに声を掛け、食堂の場所を訊ねているのが見える。
その内にイカスキーが船の案内をしてくれるらしく、アリアを連れて行った。
……船の上でアリアが迷子になることはなさそうだ。
新たな武器を手にした彼女はきっと、自分も戦って役に立ちたい――そう思ってくれているのだろう。
【グリンガムのムチ】を贈ったのは、高価な物を贈ることでアリアの喜ぶ顔が見たかったからだが、ただそれだけではなくアイテム収集の意味も兼ねている。
アベルの持つ【ふくろ】には、これまで手に入れたアイテムが全て収められており、物を捨てるということが殆どない。
アイテムが増えるだけで楽しくなるから、アリアが戦わずとも気にすることはないのである。
それに……彼女には申し訳ないが、アベルは謎の人物の言葉が引っ掛かってアリアを戦闘に出したくない。
『死んだら最後、生き返らせることは二度とできないと思え』
彼女には蘇生呪文が効かないかもしれない。
……ならば、危険な戦闘に出すわけにいかない。
「アベル殿、出航されますかな?」
「はい……! 行きましょう……!」
アリアの背を見送るアベルに船長が声を掛ける。アベルの返事を聞くと船長は舵輪へと向かった。
アベルさん、修道院生活中からカジノにこまめに通い続け、カジノ船にて漸く25万枚達成!
アリアのためにグリンガムのムチをゲットしました。
メタルキングの剣の方が絶対いいと思うんですけどね。
……って、アリア戦闘に参加しないのに意味ないっていう……。
贈りたかったのだそうです。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!