山頂付近は見えないんですよ。
では、本編どぞ。
◇
……アベルたち一行はカジノ船の小島を出発し、船は大海を南下する。
地図を確認しながら南下していくと、昼頃には東側に岩山脈が現れた。
その最高峰は雲を突き抜けるほどの高さを誇り、とても人の足で登ることはできないと云われているセントベレス山だ。
アベルの持つ【ふしぎなちず】上では、その頂に神殿のような建物が描かれている。
「…………ゲマ、いつかお前を倒すからな」
たった今今まで黄金のたてがみを持ち、青い身体の海竜――【しんかいりゅう】の群れを倒し終えたアベルの瞳は険しい。
彼は【パパスの剣】に付いた魔物の血を振り払って、背中の鞘に収めると、山頂の見えないセントベレス山を見上げた。
ゲマがあの山の頂にいるかは定かではないが、アリアの翼を奪われ、父パパスを殺された幼きアベルは、あの山頂に連れて行かれ奴隷生活を余儀なくされた。
アベルが魔族を憎いと思うのは全てゲマのせいである。
魔族は普通の魔物とは違う。人に似た見た目を持ち、時に人間の国に入り込み悪巧みをする。
……ラインハットがいい例だ。
アリアやヘンリーたちとともにニセ太后を倒したが、長い間ラインハットは魔族に乗っ取られていた。
国がようやく正常に回り始めたとはいえ、死んだ者たちはもう戻らない。
いったい何人の人間が魔族に殺されたのだろうか。
世界各地で子どもを攫っているという事実もある。魔族のせいで、いったい何人の人生が狂わされたのだろうか。
アリアはそんな魔族とも仲良くしたいと言っていたが、アベルには未だ理解できていない。
アベルの考えでは、魔族は邪悪で非常に狡猾、人間にとって害悪でしかない、廃絶するべき存在なのである。
平和主義的な彼女の考えをあえて否定したりはしないが、アベルはきっといつまでも受け入れることはできないだろう。
数ある歴史書にも魔族は邪悪で、人間とは相容れない存在だと記されている。
これから行きつく先、魔族がどこかの国で悪さをするのなら、アベルは全力で叩き潰すつもりなのだ。
――魔族とはきっと解り合えない、だから殺すしかない……。
その時、アリアが心を痛めることがなければいい――、アベルはそう思う。
……優しい妻の顔を思い浮かべるアベルの髪が海風に揺れた。
「……主殿。そろそろ昼時です。船を泊めて休憩しませんか?」
セントベレス山を睨み付けるアベルの背後に、ピエールがやって来て声を掛ける。
あまりに険しい目付きだからか、アベルの側に寄ってこられるのはピエールくらいのものか……?
アベルは不機嫌そうに無言で振り返った。
「……昼? まだまだ先は長いんだし、もう少し進んでもいいんじゃないか?」
「ですが、プックル殿が腹を空かせておりますし……」
――アベル殿っ! 目が怖いですよ……!
振り返ったアベルの目は鋭いままである。
睨み付けられたピエールはアベルを恐れつつも、今後の戦いに備えて休憩を取ることを進言した。
機嫌が悪い理由は恐らくセントベレス山にあるのだろうが、自分を睨み付ける意味がよく解らない。
……完全にとばっちりである。
ただこうして、たまに感情を剥き出しにするところがあるのは、そう悪いことではないとピエールは思う。
人生を繰り返していると感情が無へと傾くから……。
何事にも動じない――騎士たる者の理想ではあるが、ピエールの動じなさはそういったものとは異なるのだ。
ピエールには魔物と戦う動機が特にない。
ただアベルに仕え、アリアを守りたいだけである。
そこに想いはあれど、憎しみや怒りといった感情はないのだ。
昔に同胞――【スライムナイト】を殺した時、哀しいと思わなかったから(そもそも魔物ゆえに、その辺りは希薄だったりするのだが)。
……時々怒りを露わにし、アリアに笑顔を見せるアベルが、ピエールには羨ましく映っていた。
「僕は別にお腹なんて減っては……」
……アベルは昼休憩も取らず、このまま進むようだ。
ところが――。
『アベル~~! お昼ご飯食べよ~~!』
アリアの声が背後から聞こえ、アベルが見返る。
「うん♡ 食べる~!! あ、船泊めてください!」
「えぇっ!?!?」
アベルは食堂に続く階段の前で手を振るアリアに、大きく手を振ってアジスキーに船を泊めるよう指示を出した。
アベルの顔はアリアを見た途端、満面の笑みである。
アリア、彼女は【絹のエプロン】を身に纏い、片手にはお玉を装備という若奥さまスタイル……。
……船は即座に停止――先ほどと180度違うアベルの態度にピエールは大声を上げていた。
船が泊ったことに気付いたアリアはにこにことお玉を振り振り歩いて来る。
不機嫌なアベルに寄って来られる人物がもう一人いた……。
……いや、彼女の前でアベルが不機嫌な顔など見せるわけがない。
「アリアナイスタイミング! 丁度お腹が空いてきたところなんだ!」
「そうなんだ! よかったぁ♡ 今日はエソスキーさん特製ブイヤベースだよっ」
「ブイヤベースって言ったら……」
「そうそう! シスターたちも作ってくれた魚介のスープ! 海の上だもの、いくらでも材料は手に入れられるよね!」
アリアがやって来るとアベルは嬉しそうに破顔し、彼女に近付く。そして細い腰を引き寄せ、愛おしそうに寄り添うと二人で食堂に向かった。
「あっ、ピエール君たちは行かないの?」
「後で。船が停止すると保護呪文が効くから大丈夫だとは思うけど、一応警戒しておかないとね。ピエール、食事して来る。待機頼んだよ!」
アベルに腰を押され食堂に戻るアリアが背後のピエールを窺うも、アベルが勝手に決めてしまう。
「あ、はあ……」
「……、がうぅ……(我、腹減ったんご……)」
ピエールが呆気に取られたまま返事をしていると、彼とは対となる側で警戒していたプックルがやって来て首をがっくりと落とした。
「ね、アベル。あの一番高い山ってひょっとして……」
「……あ、うん。セントベレス山だよ」
食堂に向かいながらアリアが、雲を突き刺し高く
「セントベレス山て、ポートセルミの望遠鏡で見たあの?」
「……うん」
「……そっか。あの山頂に神殿があるのね……」
……アリアは哀し気な瞳で山の頂を見つめる。
アベルがその場所にいた時、神殿は完成していなかった。
彼が脱出してから一年以上経った今もまだ建設中なのだろう。
いつかアベルはその神殿に行くのだろうか……。
行くとすれば、きっと行く手段を得てから。
人の力では到底登ることのできない場所――、例えば旅の扉かなにかであれば辿り着けるかもしれない。
でなければあれほど高い場所である。空から行く確率が高そうだ。
空……。
ドラクエⅢでは不死鳥【ラーミア】がいたが、似たような存在がいるのだろうか。
こんな時、Ⅳをクリアしておけばよかったとアリアはつくづく思う。
元ゲーマーの勘でしかないが、もしそんな存在がいるとしたら……きっと物語の後半になるはず。
……それまでアベルの旅はずっと続くのだ。
プレイヤーとしてゲームをしている時間はそう長くないというのに、リアル体験中のアリアには、それがどれほど過酷で辛いものかよくわかる。
まだ天空の勇者の残した防具も全て見つけていないし、当然アベルの母の行方も分かっていない。
アベルとともに一年と少し旅をして、見つけたのは【てんくうのつるぎ】と【てんくうのたて】の二つだ。
パパスが何年も掛けて見つけた【てんくうのつるぎ】から比べれば、【てんくうのたて】は比較的早く見つかったといえる。
とはいえ、アベルは十年を奴隷として過ごし、アリアは八年眠りに就いていた。
……残る二つの防具も恐らく年単位で探すことになるだろう。
今は旅の終わりが全く見えない状況である。
ルドマンが言っていたように早く勇者をさがし出し、一刻も早くアベルの母を救出しなければ。
――アベルの旅は長く辛い旅ね……、私の役目は彼を支えること。
少しでもアベルが幸せでいてくれますように。
……アリアはセントベレス山から目を転じ、隣を歩くアベルに笑顔を向けた。
「アリア……?」
――今、悲しそうな顔してなかった……? 気のせいか……?
アベルはアリアの様子が気になって訊ねる。
「ふふっ、ねえアベル。後で釣りしてもいい?」
「もちろん! 夜は船で眠ることになるし、せっかくだから夜釣りでもしようか」
「わぁ、楽しみだな~♡」
アベルの杞憂だったのかアリアは明るく笑い、手にしているお玉を釣り竿に見立て釣りをする振りをした。
「そうだね……にしてもアリア。その恰好、可愛いね」
「ん? そう? 新妻ですからね!(って、何回か着てると思うけどね)」
「うん……可愛い僕の奥さん……♡」
エプロン姿のアリアをアベルは何度か見ているが、何度見ても良いものである。
……今は妻となった彼女のエプロン姿は、孤独なアベルに家族を強く意識させた。
どこかに定住することなく旅を続けるアベルだが、世界のどこにいても、愛する家族が一緒ならばいつでも幸せを感じられる。
たとえそこが魔界だとしてもアリアが一緒ならば、そこは魔界ではなくなり、楽園になるのだ。
――ずっと一緒に。
目の前で優しく微笑んでくれる妻と、これから先ずっと一緒にいたい。
……アベルの目が細められると、アリアの頬はぽっと赤く染まった。
「っ、褒めてくれてありがとねっ♡ お世辞でも嬉しいなっ」
「あ、アリア! お世辞じゃないよ……!」
アリアは腰に回されたアベルの手を退け、食堂に早歩きで逃げる。
――照れちゃって……! カワイイヤツめっ♡
アベルもすぐに後を追った。
セントベレス山、いつかは行くんだろうなと気付くアリアは察するちゃん。
----------------------------------------------------------------------
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!