名産博物館にやって来ましたよっと。
では、本編どぞー。
第六百八十三話 名産博物館
◇
海の魔物たちと戦いつつも、夫婦の仲は益々親密に……そんな船上生活が数日続いたある日――。
黄昏時に差し掛かる頃、求めていた砂漠の島……ではなく、小さな島の平原に立て看板が立っているのが見え、アベルは船を降りて確認することにした。
……看板には、“ここより南の島 テルパドール”と記されている。
「テルパドールか……!(知ってる気がする……!)」
アベルはすぐさま【ふしぎなちず】を取り出し広げた。
……ここから更に南下すると大きな砂漠の島があるようだ。
そして、島の東にはテントのシンボルが描かれ――オアシスだろうか。南西には城のシンボルが描かれている。
そこが恐らくポートセルミで聞いた、アベルの目指している砂漠の城なのだろう。
「アリア! 砂漠の城が見つかったよ!」
「ホント!?」
「ああ! ほら、多分ここだよ! テルパドールっていうみたいだ」
「わぁ、ホントだ! アベルよかったね♡」
地図を確認したアベルの居場所は看板の前ではなく、既にキャビンの中だ。
アリアに【ふしぎなちず】を見せ、砂漠の城の位置を教えると、彼女が嬉しそうに破顔する。
「あ、けど、もうすぐ日も沈むし、砂漠を行くのは明日にしようと思うんだ」
「そうだね。あ、ね、アベル。この建物なんだろう……?」
アベルの言葉に地図を見下ろしたままのアリアは、今いるこの島の近くの小島に建物らしきシンボルが描かれているのを見つけた。
町のシンボルでも、城のシンボルでもなさそうなそれは、そこだけに存在する特別なシンボルらしい。
「え? あ……なんだろう……?」
恐らく知っているはずであろう島なのだが、今のアベルには記憶が降りてきていない。
やはりアリアと結婚してから未来予測ができなくなったらしい。
新しい未来を歩いているのだと手応えを感じてはいたが、“テルパドール”という名前は知っている気がした。
未来予測はできないが、出来事が過ぎると既視、既知といった感覚だけはなぜかある。
子どもの頃に感じた直近の未来予測さえもできなくなったというのに――。
近くの小島――森に囲まれた建物はいったいなんなのか。
……今のアベルにはわからなかった。
「宿屋さんかな……? ここから近いし、今夜泊めてもらえたりしないかな?」
アリアが謎の建物は辺境の宿屋なのではと予想する。
……宿屋か否か。
定かではないが、このまま魔物が彷徨う危険な海で夜を明かすよりは陸の上がいい。
アリアの意見にアベルは目を細めた。
「そうだね。船の上ばかりだと陸が恋しくなるもんね。行ってみようか」
「うん♡」
ポートセルミを出てから今日までずっと、船上で生活をしてきた。
幸い、嵐に見舞われてはいないが常に揺れる船。停泊させたところで、いつ魔物が襲ってくるかもしれないという緊張感は常にある。
……熟睡などできるはずもなし。
そろそろ陸に上がって休みたいところだ。
アベルは船に戻り、謎の建物を目指すことにした。
◇
日はすっかり落ち月明かりの中、目的の島へと上陸したアベルたちは、暗い森を抜け謎の建物……巨大な屋敷のある敷地へと足を踏み入れる。
今夜は満月だ――。
月明かりが屋敷を明るく照らし出していた。
……アリアが大きな屋敷を見上げる前では、アベルが辺りを見回している。
「……ここは……」
目の前の屋敷は頑丈そうな造りの白壁の館で、大きさはルドマンの屋敷の倍以上はある。
一見巨大なホテル……と見紛うところだが、【宿屋のカベかけ】が見当たらない。宿屋……というわけではなさそうだ。
屋敷の壁にはところどころツタが生い茂り、二階のバルコニーの金属製らしき手摺りには錆びが見える。
敷地内、屋敷を囲う緑の絨毯の上には、落ち葉も散らばっており、手入れされている様子が見受けられない。
……何だかずいぶんと年期を感じさせる建物である。
まさか、無人の館?
誰も管理する者がいないのだろうか……とアベルは思ったが、玄関ポーチには、来客を待ちわびるかのように灯りが点っていた。
「うわぁ……大きな建物ね……!」
森の中にこんな大きな屋敷があるとは――、アリアは近付く屋敷を見上げていたが、徐々に玄関扉へと視線を落としていく。
「本当だね」
「……ヒッ!」
アベルが同意したのも束の間。アリアは急にアベルの腕に掴まり身を寄せた。
「どした!?」
「ア、アベル、あ、あの人を見て……!」
――ひょっとして見えるのは私だけ……!?
ぶるぶると震えるアリアは、恐る恐る玄関ポーチを指差す。
「え?」
「か、身体、透けてない……!? 頭にも輪っかが……(アベル見えないの!?)」
「へ? あ……本当だ……」
怯えるアリアと対照的に、アベルはずいぶんと落ち着いた様子で玄関ポーチに目を向けた。
そこには身体の透けた老爺が独り佇んでおり、こちらを見ながらにこりと手を振っている。
「だよねぇっ!」
――オバケは苦手なんだってばぁっ……! ……怖い!!
いまさらであるが、この世界では死人も平気で蘇るし、幽霊もはっきり見える。
ビビりなアリアはアベルの腕を掴んだ手に力を込めた。
「フフッ、アリアは怖がりだなぁ」
――あのお爺さん嬉しそうな顔してるし、悪いオバケってわけじゃなさそうだ。
半泣きのアリアの頭をヨシヨシ。宥めながらアベルは彼女とともに身体の透けた老爺に話し掛ける。
「こんばんは、おじいさん」
「はぁ~~~~~。やっと来おったか。わしゃ待ちくたびれて死んでしもうたぞい!」
「「え?」」
アベルの挨拶に、老爺は深いため息を吐いてから弾けるような笑顔を見せ、自分が死んだと明るく告白した。
死んだにしては明る過ぎる。未練がないというのか……いや、未練がないなら幽霊になどそもそもならないのでは?
老爺のあまりの明るい話し方に、アベルとアリアの目が点になる。
彼から特に敵意は感じられない。身体が透けているだけの人間――そう思えば怖さは薄れるというもの。
アリアは人の良さそうな老爺の笑顔に安堵し、アベルの腕から手を放した。
「あ、あの、あなたはいったい誰なんですか……?」
アベルは老爺に訊ねる。
「ん? わしは誰かじゃと? ……え~と、誰じゃったっけ……」
老爺が宙を見上げ、自身の名前を思い出そうとするが、自分が誰であるか憶えていないらしい。
……ずいぶん昔に亡くなったのだろうか。
「まあいいわい。幽霊のじいさんじゃ……、ゆうじいとでも呼んでくれい」
「幽霊のじいさんだから、ゆうじいさん……」
記憶が無いのは辛いよね……と、自らも記憶喪失であるアリアは【ゆうじい】に哀れみの目を向けた。
ところが、アリアのしょんぼりした視線もなんのその。ゆうじいが明るい笑顔で語りだす。
「わしは世界中の名産品を集めるのが夢で、この博物館を建てたんじゃ。はぁ~~……しかし集めるのを誰かに頼もうと待っておったのじゃが……。ついにわしが生きておる間には、誰も来なかったというわけじゃな!」
……背後にある建物を示して、ゆうじいはこの建物が【名産博物館】であると説明してくれた。
「そうなんですか……」
――死ぬまで誰かを待っていたというのか……。
夢半ばで倒れ、さぞかし無念だったことだろう。
そうか、それで幽霊になってしまったということか――、アベルはゆうじいが幽霊になった理由が解った気がした。
アリアもそうなのだろう、ゆうじいが明るく話しているというのに彼女の瞳には涙が滲んでいる。
「どれどれ……お前さんは……」
「あっ、ゆうじいさん、ちょっとなにして……!?」
名産博物館編がちょっと長くなりそうです。
テルパドールに着くのはいつになることやら。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!