前回のプチあらすじ>アベルの乳バンドがブチンと弾けたよ。
アンディはイイ男なのですよ。
では、本編どぞ。
「アンディさん、ありがとうございました」
水に濡れて一時はどうなることかと思ったが、二人とも風邪をひかずに済み、アベルがアンディに感謝し会釈すると、アリアも隣で頭を深々と下げた。
「いえ、こちらこそ。死の火山では二度も助けて下さったのに、ボクはあなた方を誤解し失礼な態度を……申し訳ありませんでした」
「いえ、いいんですよ。僕はずっと好きだった人と無事結婚できましたし」
アンディが首を左右にを振り、以前は申し訳なかったと頭を垂れる。
……アベルは快く謝罪を受け入れた。
「そうか……アベルさんは最初からアリアさんと結婚したかったのですね」
「はい。それで結婚指輪に唯一無二の炎のリングが欲しかったんです」
「そういうことでしたか……、もっと早くにわかっていれば協力し合えたというのにボクは……」
アベルの【炎のリング】がどうしても欲しかった理由を聞いて、アンディはようやく合点がいく。
アベルが死の火山の洞窟でアンディと会った時――、アンディはアベルがフローラと結婚し、アリアを愛人にするつもりだと思っていた。
訊けば二人は姉と弟……だが、アベルのアリアを見つめる瞳は恋する男の目そのもの――。
なのに彼は【炎のリング】を手に入れようとしている。
【炎のリング】を手に入れたらフローラと結婚するに決まっているではないか。アンディが信じられなかったのも無理はない。
……ところがアベルはアリアと結婚した。
二人が結婚したことは後にフローラに聞いたが、姉弟と聞いていたアンディは、最初は道ならぬ恋だと思いドキドキしたものである。
二人が姉弟などではなく、そもそも恋人同士だったとフローラから真相を聞いた時は少しばかりがっかりした――ことは秘密だ。
あの時、洞窟でアンディがフローラとの結婚について触れた時、アベルは「違う」と否定していた。
アベルが何度も「違う」と言っていたのに、アンディは聞き入れなかったのである。
「アンディさん……?」
「ボクは自分がなさけなくて! 大けがをして結局フローラには心配をかけただけだったし……」
アベルが首を傾げる中、あの時もう少しアベルの話に耳を傾けていれば……、アンディは頭を抱え俯いた。
自分がもう少し聡くあれば、フローラに心配をかけることはなかったのだろう。
腕力も乏しく、魔力も然程ない。死の火山と呼ばれる危険な場所に赴くのに仲間を引き連れ向かったわけでもない。
アベルのような身体も逞しく、勇猛な男に自分が敵うわけはないとわかっていてもフローラと結婚できるならと、盲目に無策で突き進んでしまったのは愚者だといえよう。
……これではフローラを守れない。
もっと強く賢くあらねばフローラをルドマンから解放してやることができないではないか。
幼い頃、サラボナを出るまでのフローラは今のような淑女ではなく、少し大人しいが無邪気な一面もある普通の可愛い少女だった。
アンディと一緒に木登りをしたり、追いかけっこをしたり、チャンバラごっこをしたり、ままごとをしたり、子ども同士ならばわがままを言ったりと、思ったことをはっきりと言うよく笑う娘だったのだ。
昔――読んであげた冒険物語の絵本に碧い瞳をキラキラとさせ、いつか冒険の旅をしてみたいと言っていたのをアンディはまだ憶えている。
……フローラは昔からなぜかルドマンに遠慮がちであり、ルドマンの意のままに動くところがあった。
ルドマンも悪い父親ではないのだが、独善的なところがある。
サラボナを出た時もそうで、ルドマンの一声で遠く離れた海辺の修道院へ行くことになったらしい。
フローラは一応納得をしていたみたいだが、サラボナを発つ一月前くらいから疎遠になり、アンディに何も言わずにサラボナを離れている。
サラボナに戻ってからはまさに淑女の鏡のような女性に成長していたが、ルドマンの言いなりなのは相変わらず……。
フローラと再会してから、アベルたちがサラボナに来るまでアンディは何度か彼女と会ったりしたが、昔のように無邪気な微笑みは今の今まで見られていない。
幼い頃に見たあの明るい無邪気なフローラをいつかまた見たい。
フローラのわがままを聞いてやりたい。
……アンディの目標はフローラと結婚し、ありのままの彼女を愛することなのだ。
そして結婚した暁には、昔のように冒険物語を一緒に読んで笑い合い、彼女が行きたいと言っていた冒険の旅をともにしたい。
そのためには身体を強くし、冷静な判断のできる思考能力を手に入れなければならない。
旅慣れたアベルには追い付けないとわかっているが、フローラの唯一にアンディはなりたかった。
……そんなアンディは自身が強くなることを決意し、顔を上げてアベルに宣言する。
「でもこれからはがんばって立派な人物になってみせます! そしてその時こそフローラを……」
「……うん、いつかフローラさんを幸せにしてあげてください。あなたならきっと彼女を幸せにできると信じています」
アンディの宣言にアベルは穏やかな瞳で彼の肩に手を置いた。
――フローラさんをよろしくね……この世界で僕が彼女を幸せにすることは不可能だから。
もう数えきれないほど幾度も結婚した別世界の自分の妻だった女性、フローラ。
アンディがいればきっと大丈夫だろう。
“どうか彼女を幸せにしてやって欲しい――。”
気持ち的に多少複雑な面もあるが、それがこの世界での縁なのだろう。
この世界でアベルとフローラの赤い糸は繋がっていなかった――ただそれだけのことなのだ。
……アベルは口にはできないがアンディの肩に触れる手に想いを込めて、彼にフローラを託した。
「アベルさん……」
アンディはアベルの想いを知ってか知らずか、深く頷く。
「……あ、そうだアンディさん。ルドマンさんの屋敷に灯りが点いていなかったんですが、なにか知りませんか?」
アンディにフローラを託したアベルは、これ以上この町で目ぼしい情報が得られないため、そろそろ次の町へ行こうと思っていた。
……だが、一つ気になることがある。
灯りの点いていない鍵の掛かった屋敷に入ることができなかったのはなぜなのか――。
今までどの世界でもこんなことがなかったアベルは、気になってルドマンの屋敷について訊ねた。
「え? ああ……そういえば、フローラが妙なことを言っていたような……」
「フローラさんはなんて?」
……なんと、アンディは何か知っているらしい。
アベルは続きを促す。
「朝が来ないって……。夜なのにルドマンさんと一緒に出掛けると言ってアベルさんたちが来られる前に町を発ちました」
「朝が来ない、か……」
――そうか、フローラさんとルドマンさんは気が付いているんだな……!
アンディの話にアベルがアリアに目配せすると、互いに頷き合った。
「あの……朝が来ないとはどういうことなんでしょうか……。フローラとルドマンさんはアベルさんたちが来られるかなり前に町を出た気がするんですけど、ついさっき出たような気もするんです」
「……僕らもそうだったけど、それは時間感覚が狂ってるんだと思います」
「時間感覚……ですか? それはいったいどういう……」
“アベルさんはいったいなにを言っているのだろう……?”
……アンディは不思議そうに何度も目を瞬かせている。
これは理解していない顔だなと、アベルはアンディの表情に苦笑いを浮かべた。
「……えっと、アンディさん」
「あ、はい?」
「……フローラさんたちが町に戻って来たら、伝言をお願いできますか?」
「はい……、なんてお伝えすればいいですか?」
ルドマンたちがいったい何をしに町を出たのかは知らないが、いつ帰って来るかもわからない。
せっかく明けない夜について気付いた人物を見つけたはいいが、待っている時間で他の町や村へ向かった方がいいだろう。
……アベルは次の町に向かうことにして、アンディに伝言を頼むことにした。
「朝はきっと来るから……って」
――ルドマンさんもフローラさんも空の様子と、町の人の反応にきっと不安になって出掛けたはず。
何か情報を得にうわさのほこらにでも行ったのか、はたまた別の場所か――アベルには見当がつかない。
だが戻って来た時に希望だけは失わないでいてもらいたい。
今はまだ解決する手立ては見つからないが、アベルはアリアと一緒に朝を迎えにいくつもりでいる。
だからルドマンとフローラには絶望しないで欲しいのだ。
……アベルはアンディの手を取り、強く握った。
「え? 朝はきっと来る……? なぜそんな当たり前のことを……? それだけでいいんですか? ……わかりました、伝えておきます」
アンディは要領を得ない顔のまま、首を縦に下ろす。
その一言さえ伝えてもらえれば、アベルが明けない夜について把握していることが伝わるだろう。
一通りの情報収集を終えて、また来た際に相談ができればいい――。
「それじゃあ僕たちはそろそろお暇しますね」
「服とお茶ありがとうございました」
「見ていてください。今にきっとフローラにふさわしい男になってみせます! よーしやるぞお! いち、にっ! いち、にっ!」
アベルたちが背を向けるとアンディは急にスクワットをし始め、去り行くアベルとアリアを見送った。
アンディとフローラのお話もいつか書けるといいなぁ。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!