前回のプチあらすじ>クリエとシドーは動力室に向かうウッツボの後について行った。……アリアは?
不器用な奴……?
では、本編どぞ。
「あっ、私も……!」
出遅れたアリアは背後からオコーゼの視線を感じ、慌てて二人について行こうとしたものの……。
「船は行商人に任せて、お嬢は俺と一緒に食事でもどうだ?」
急にオコーゼに呼び止められ食事に誘われる。
振り向いたアリアの目の前には間近に迫るオコーゼ。彼の頬は赤く、瞳孔が開き、真っ直ぐに自らを見下ろしている。
その視線が何だか熱いような……。
「っ……いや、あの私、アベルと一緒に食事するので……!(逃げ遅れた~!)」
――オコーゼさんっっ!! なんでそんな熱い瞳で私を見てくるんですかっっ!!
オコーゼの視線に、かつてカジノで声を掛けてきた男性客たちと同じものを感じたアリアは、急いで階段を駆け上がり食堂階を抜けて甲板へと逃げた――……がしかし、まわりこまれてしまった。
「……この間お嬢が俺のために作ってくれたハンバーガー、美味かった。あんたの気持ちはわかってる、俺も同じ気持ちだ……」
「あれは私が作ったものじゃなくってですね……!」
後ろから追い掛けてきたはずのオコーゼが、アリアのすぐ目の前に回り込み爽やかに語る。
さすがは用心棒。足が速く、間合いを詰めるのが上手い。
いつの間にか距離を縮められてしまった。
オコーゼとの距離が船に戻って来た時よりも近くなっている。
30センチにも満たない至近距離で見下ろされ、アリアは寒気を覚えぶるりと身体を震わせた。
……人間にはパーソナルスペースというものがある。
密接距離と呼ばれる45センチ以内に入れる者は、何か特別な事情がない限りごく近しい人間のみが許される。
アベルなら不快な感情はないというのに、オコーゼのこの距離感……。
不快どころか恐怖の何ものでもない。
壁に追い込まれているわけでもないし、オコーゼに悪感情があるわけではないが、まったく興味のない、背が高く体格の良い男に迫られれば恐怖しか感じない。
しかもオコーゼの云う【ハンバーガー】はエソスキーの手伝いで挟むのを少々手伝っただけで、配るのも船員皆に配っている。
……いったいそれがどうしてこうなった。
――ひぇぇ……オコーゼさん近いぃ……同じ気持ちってなに~……!?
オコーゼの中でどんな心境の変化があったのかは知らないが、今目の前にいる男の目は心を奪われた男の目に見える。
逃げるためには何が必要だろう……。
……アリアはこの場をどうにか切り抜けるため考えを巡らせた。
先ほどは普通に走って逃げてきたが回り込まれた。
体力はともかく、【すばやさ】は多少自信があるというのに、あっさりと回り込まれてしまった。
ならば【すばやさ】を上げれば逃げられるのでは?
そういえば【すばやさ】を一時的に上げる呪文があったっけ……と、オコーゼからの熱い眼差しを受けながら魔力を集中させる。
そんな時――。
「あ! アリアお嬢さま! おかえりなさい! ご無事でなによりッス!」
丁度良いところにアジスキーが通り掛かり、彼は朗らかに片手を挙げた。
「あっ、アジスキーさん!(丁度良いところに……!)」
「うッス! アベルさんは? ってオコーゼ! 見張りは!? 歩板出しっ放しッスよ! 魔物が乗って来たらどうするんスか!?」
アリアはアジスキーの登場にほっと息を吐く。
アジスキーが察してやって来たかは不明だが、駆け寄って来てオコーゼの肩を強めに叩いた。
「お、おう。今行く……。お嬢、じゃあまた後で……」
「え、あ、は、はい……?」
歩板をそのままにしていては不味いことがわかっているのだろう。
アジスキーに注意を受けたオコーゼは、アリアにはにかんでから素直に乗船口へ行ってしまった。
「……いやー、アリアお嬢さま災難でしたね。オコーゼの奴暴走しちまってて申し訳ないッス。一応止めたんスけど、あいつ、アリアお嬢さまに惚れちまったみたいで」
「えぇぇ……? だって、彼私のこと嫌ってたんじゃ……、不機嫌な態度しか取られたことなかったんだけど……」
「そうだったんスけどねー……――――」
アリアの疑問に、アジスキーが事情を話し始める。
……その話によると、オコーゼが始めアリアを敵視し嫌っていたのは本当のことらしい。
なんでも以前美人にもてあそばれ捨てられたことがあり、美人は性格が悪いと思っていたそうだ。
だがアリアの親切に触れていくうちに勘違いし、惚れてしまったという……。
「私人妻なのに困る……」
見た目に騙される人々のなんと多いことか――。
アジスキーの話を聞いたアリアは自己を見下ろしそう思う。
珍しい髪色に瞳、背は少々低めだが真っ白な肌。かなり人間離れした見た目であることは自分でも理解している。
町を歩けば男性からの視線を感じるし、アベルと再会する前はよく声を掛けられた。
だが今は結婚もし、指輪もきちんと身に付け落ち着いた人妻である。
「うーん……そこがいいらしいんスけどね……困った奴ッス。アベルさんがいれば寄って来ないと思うッスから、戻って来るまでは一人きりにならない方がいいッスよ。物陰に連れ込まれでもしたら危ないッス」
「えぇ……? それっていったいどういうこと……」
――それはつまり、人妻が好きということ……?
アジスキーの口振りは軽いながらもオコーゼが人妻好きと語っているように聞こえた。
「そのうち熱も冷めると思うんスよ。あいつ不器用な奴で、前もポートセルミで人妻に手を出して兵士を辞めさせられたくせに、また人妻に恋するとかアホかと。その前も人妻から手酷くフラれたとか言ってたし、人妻にしか恋しない馬鹿な奴なんス。しかも相手も自分を想ってるとすぐ勘違いするんス」
「うーん……(それなんて自意識過剰……)」
「だからアリアお嬢さまと初めて会った時は不機嫌だったから今回は大丈夫かなーと思ったのに、結局落ちててやっぱりなーって!! あっはっはっはっ!」
“だから気を付けて下さいねー……!”
語り終えたアジスキーは、頭の後ろを掻いて明るく笑って去って行った。
「ひぇぇ……(気を付けてって……わかってるのに一人にしないでくださいよ~……!)」
アリアは周囲を警戒し辺りを見回す。
アリアの現在地は船首付近。幸いオコーゼはまだ歩板を上げる作業をしており、こちらには気付いていない。
船に乗る際にクリエから聞いたオコーゼの恋愛話が本当だとは思わなかった。
……オコーゼ、彼は道ならぬ恋ばかりする男らしい。
クリエは仕事柄、オコーゼが人妻とデートする様を何度か目にしたことがあるそうで、しかもその相手が何人か変わっていたとか……。
その全てが人妻だという。
なぜ相手が人妻か判ったかと言えば、人妻も客だったから。オコーゼと来た客が、別日に夫婦でも買い物に来るから嫌でも気付く。
商売の手前、余計なことに首を突っ込むことはしないが、顔面をぼこぼこにされたオコーゼに毎度消毒薬と包帯の【救急キット】を売るのはクリエなのだ。
アリアには話さなかったが、オコーゼは“もう人妻は懲り懲りだ”と言っていたはずなのに懲りていない。
……アリアからすれば全年齢ゲームだというのに人妻好きの船乗りがいるとかやめて欲しいものである。
しかも物陰に連れ込まれでもしたらと脅されるとは……、これからも世話になる間柄だというのに気まずいことこの上ないではないか。
オコーゼは話が通じなさそうだし、アリア一人で対処するのは難しそうだ。
なれどまだ実害は出ていないし、夜の闇を払うのに奔走するアベルに相談するのは負担を掛けてしまうからできない。
なんとか己のみで対処せねば。わかってはいるが――。
――アベル~、早く来て~……。
まずは一刻も早く愛する夫に会いたい。
……アベルに会えば安心できるから。
そしてアベルを伴いそれとなくオコーゼに勘違いだよと伝えることができればいいとアリアは思う。
オコーゼの勘違いをアベルが知れば、船上が血の海になってしまいかねないから本人には秘密にしておくのがいいだろう。
……シドーの正体とオコーゼの懸想。
夫に話せない秘密が二つに増えてしまい、相談できずに心苦しいが仕方ない。
船から遠く、微かに見える名産博物館の灯りを見つめ、アリアはオコーゼから身を隠すべくその場を離れることにした。
◇
……クリエとシドーが動力室に入って三十分ほど経った頃――、ようやくアベルたちが船に到着した。
「オコーゼさん! お願いします……!」
「あ、アベル……チッ。今下ろす……」
停泊する船を見上げ、アベルは歩板を下ろすよう声を掛ける。
乗船口にはオコーゼが立っており、アベルたちに気付くと歩板を下ろし始めた。
「……?」
――今舌打ちした……? なんで……?
不器用な奴というより、迷惑な奴ですねぇ。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!