前回あらすじ>庭園の花畑でアリアに見惚れたアベルは、キスをしようとして頭突きをかます。そこにジョウロを持った中年女性が近付いて来て……。
女王アイシスさまに会いに来たよー。
では、本編。
「さあさ、お花の手入れをしなくっちゃ。おやまあ! あんたも美人だねえ。女王さまに負けないほどだよ。だけどかなり華奢だねえ、そんな身体じゃ砂漠の旅は堪えるだろう? 気を付けておやりよ」
やって来た中年女性は独り言を呟き、花々に水をやり始めたが、アベルたちの存在に気付いて声を掛けてくる。
アリアの姿に一瞬目を見張ったかと思うと、眉をハの字にして「ちょっと待ってておくれ」なんて、告げて走って行ってしまった。
言われた通りそのまま待っていると、中年女性が【うえきばち】に植えられた【しろい花】の鉢植えを抱えて戻ってくる。
「あんたには白い花が似合うよ」
「とってもキレイ……ありがとうございます」
【うえきばち】で咲く【しろい花】の花弁は、瑞々しく白く輝いて、アベルにかつてのアリアの翼を思い起こさせた。
「ありがとうございます」
アベルが鉢植えを受け取り、【ふくろ】に仕舞う。後でキャビンに飾っておいてもいいかもしれない。
「やっと夜が明けたってのに、昼間も砂嵐が酷くって、買い物も隙を見ていくしかなくてね。ここの花たちが癒しなんだよ。砂漠を抜けるのは大変だろうと思うけど、砂漠を抜ける間は、その花に癒されるといいよ」
「え……?」
中年女性の話にアベルは目を丸くした。
「ん? どうかしたかい?」
「やっと夜が明けたって……、どういう……」
「ああ、あんたも気付いてなかった口かい? 旅人に多いんだよねえ、夜が三か月も続いてたなんて、嘘みたいな本当の話だよ。テルパドールの人間はわかってるんだけど、よそから来た人たちはわからないみたいだね。城の中はともかく、外は寒くて堪らなかったよ」
……気付いていなかった口。旅人に多い。夜が三か月も続いていた。テルパドールの人間はわかっている。よそから来た人はわからない。
数日前、やっと夜明けが来て、嬉しくて城のみんなで泣いちゃったよ――、と。
中年女性が目元に薄っすら浮かべた涙を拭うその様は。
「……アリア」
「うん、だね」
アベルがアリアに視線を送ると頷いた。
どうやらテルパドールの人々は、正確な時の流れを把握しているらしい。
クリエとシドー以外にサンタローズ、アルカパ、ラインハット、サラボナにも、ここまではっきり時の流れについて言及した人はいなかった。
テルパドールの人々と、これまで出会った他の町の人々との違いはなんなのだろう。理由はわからないが、他の人にも訊ねて同じことを言うのなら、この女性の言っていることは正しい。
「砂嵐のせいで、しばらくは旅立てないかもしれないけど、女王さまが解決して下さるって話だから、のんびりしておいきよ」
……中年女性が上の階でお茶が飲めるよ、と教えてくれたが、アベルたちは既に頂いたあとだ。
城内見学を続けるため、花のお礼を告げてその場を後にした。
「そっか……もう三か月経ってたんだね」
「うん……、つまりアリアは妊娠してる……!」
「だからわかんないってば……!」
自信満々で口にしてみたが、アリアは認めない。
なぜこんなにも頑なに認めないのか、不順がどうのと言っていたっけな……なんて、アベルはその辺りの女性の身体について、詳細までは把握できておらず、腕組みをする。
「そうかなあ……、まだ体調に変化が見られないだけなんじゃ……?」
アベルの目が細められ、アリアの下腹部を愛おしげにそっと撫でた。
「……ね、アベル」
「ん?」
「……そういうの、あんまり期待しない方がいいんじゃないかな。期待し過ぎて違ったら、がっかりしない?」
「え、なんで? 絶対できてると思うよ?」
……なぜアリアはそんなことを言うのだろう……。
いつも快活な彼女の表情は、珍しく笑顔がなかった。
それどころか、思い詰めたような顔をしている。
「……私、アベルの奥さんになったけど、子どもができるかはわからないよ?」
「ん? できるよ」
「ん? どういうこと?」
「……ん~、そりゃ、夫婦生活はしてるわけだし。……それに僕、ビアンカやフローラさんと結婚してた時、子どもがいたような気がするんだよ」
「ぁ……、そう……、なんだ……」
アベルの言葉にアリアの瞳が揺れる。
“やっぱりアベルには、別世界の夫婦の記憶があるのね”と、瞳が語り、返事をする声は暗かった。
(ああ、しまったっ! 今の、アリアに言ったら駄目なヤツだ……!)
「あっ……えっと、ごめん……。ホント、薄っすらとだけ、そんな……、気が、して……本当にそんな気がするっていう程度の、薄っすらね! っ、だっ、だからアリアにもできるかなって!」
いたような気がする――という、感覚だけがなんとなくあるだけで、これも記憶といえば記憶と呼べるのかもしれない。
……愛する夫が他の女性と夫婦であった時の話など、現妻のアリアも聞きたくはないだろう。
アベル自らも、アリアの元カレの話を聞きたくはないのだから。
無神経な発言をしてしまった。
だが、覆水盆に返らず。口から出た言葉はもう戻らない。
幸い、ビアンカとフローラとのそれぞれの夫婦の記憶は、まったく憶えておらず、記憶が降りてくることも、今のところない。
これは別の未来を歩んでいるからなのだと、自己解釈しているが、果たしてアリアに説明して理解してもらえるのだろうか……。
今、ビアンカとフローラの話を再び出せば、「その内降りてきたりするんじゃないのかな」なんて、彼女は笑顔で言いそうだ。
それでは無理して笑うのがわかってしまうアベルは、なにも言えなくなってしまう。
……その証拠に、アリアは口角だけ上げて、目は笑っていない。
笑っていないどころか、悲しそうに見える。
「……私はビアンカちゃんでも、フローラさんでもないから、二人と同じようになるかはわからないよ? 彼女たちと一緒にされても……」
「アリア……そんなこと……! 僕が――」
――無神経でした……! すみません……!!
アリアの悲し気な瞳に、アベルは人目も憚らず即座に足元、緑の絨毯へ膝を落とし、少しばかりオーバーな身振りで地面に手をつけ土下座する。
声には出せなかったが、平身低頭して許しを乞うた。
……アリアをビアンカとフローラと、同等に見たわけではない。
子どもはお互い欲しくて、今は努力している最中。
二人とも若いのだから、できてもおかしくはないではないか。
月の物が三か月もきていないのならば、そう考えるのが普通だ。
早合点過ぎかもしれないが、そう捉えても仕方のないこと……。
だが本人が違うと言っている。
まずは、妻の意見を尊重しておいた方が良さそうだ。
……アベルは額を地面に擦り付けた。
「……っ、まあ、とにかくっ! 教会で診てもらわないことにはわかんないよねっ! ほらアベル、座ってないで立って!」
「あっ、う、うん! そうだね!」
しばらく頭を下げたままにしていると、アリアの明るい声が聞こえて、顔を上げるようにと腕を引かれ立ち上がる。
今、彼女はどういう気持ちなのだろう……朗らかな顔だ。
すっかりいつものアリアに戻っていたため、アベルもそれ以上は何も言わないでおき、歩き出した。
「あ、あそこも木の床が敷かれてるみたい、誰かいるかも」
「行ってみよう」
庭園の東の壁沿いを行き、低木が規則的に並んだ場所を見つける。
その低木と低木の間から【木の床】が敷かれているのが見えた。
そこにも女王の睡眠区画と同じようなものがあるのだろうか。
アベルたちは木々の合間から見えた区画に立ち寄る。
【木の床】で区切られた区画には、白いテーブルクロスの掛かったテーブルで、【おどりこの服】を身に纏った女性がお茶をしていた。
「こんにち――」
「この城を訪れる旅人が求める砂漠のバラは……、かつて水を湛えていた地……オアシスだった場所で取れると言います。ならば、ここテルパドールも昔は豊かな土地だったのかもしれませんね」
アベルが声を掛けようとすると、女性は一方的に話し始める。
……まだ何も聞いちゃいないのに。
こういうの久しぶりだなあ……、なんてアベルは思いつつ、世界の理に忠実な人間あるあるだと、女性の話に傾聴した。
話を聞き終えたアベルたちは女性に会釈して、その場を後にする。
「ね、アベル、砂漠のバラってオアシスで聞いたよね。旅人が求めるって……そんなに人気だとは思わなかったな~」
「そうだね、アリアも欲しいかい?」
「ん~、手に入れるのが大変じゃないなら。名産品みたいだから、ゆうじいさんにプレゼントしてあげたいね☆」
「フッ、アリアって優しいよねー」
「アベルほどではー」
「フフフッ」
「ふふっ♡」
二人は【さばくのバラ】を見つけたら、ゆうじいにプレゼントすることにし、ついでに【さばくのバラ】の在りかについても訊ねてみたが、女性は砂漠にあることは知っているが、詳しい場所までは知らないらしい。
城下に詳しい人がいたような気がするから、そちらで訊いてみてくれとのことだった。
「……アリアは僕の後ろにいてね、顔出さないで」
「へ? あ、うんわかったよ……?」
……急なお願いに、アリアはわけがわからないままアベルの背後に隠れる。
先ほどの女性のいた区画から西に目を向けると、高級そうな赤い絨毯の敷かれた区画が目に入った。
そこにはアベルが女王だと見当を付けた黒髪の女性が、書類を手に、やって来たアベルたちに気付いて視線を向ける。
そういえば、庭園を回る前にいた戦士の男が見当たらない。
用事は済んだのだろうか……。
距離が近付くにつれ、女性の容姿がはっきりしてくる。
艶のある小麦肌はキラキラと輝き、前髪を真っ直ぐに揃えたショートボブ丈の 光沢を持つ美しい黒髪には【金】でできた 蛇を模った髪飾りを身に付け、鋭さを孕みながらも 優し気な切れ長の黒い瞳に、ぽってりとした潤う魅力たっぷりの厚い唇、一見細身ながらも肉付きのよい肉体。
衣裳は暑いからなのだろう、胸の谷間とへそが見えてしまうデザインで、露出が高め、【おどりこの服】とまではいかないが、似たようなものを感じる。
その身に纏う、アリアとは異なる強めのフローラルな香りが、
……彼女はエキゾチックな美に溢れていた。
全体的に白いアリアとはタイプが違うようで、妖艶な雰囲気を持つ美女だ。
年齢がいくつなのかはわからないが、自分たちよりは年上に見えて、アベルは一目で彼女が女王だと確信した。
「こんにちは」
――綺麗な人だなあ……。
女王に軽く会釈し、挨拶をする。
アリアの方が好みではあるが、それはさておき、一般的な観点で言えば美しい。
女王はアベルと目を合わせると、にこりと嫣然と微笑んでから口を開いた。
「ようこそいらっしゃいました。私がこの国の女王アイシスです。あなたがたも伝説の勇者さまのお墓をお参りに来たのですか?」
アベルの予想は当たっていたようで、女王が自ら名を名乗る。
あなたがたも――、との女王の口振りに、旅人がよく勇者の墓参りにやって来ることが窺え、アベルも例にならって首を縦に下ろした。
「はい」
――勇者の墓を調べれば、何かわかるかもしれない。
勇者の手掛りは今のところ、武器と防具以外ないのだ。
墓標に何か記されていればいいのだが。
「いいでしょう。あなたがたには なにかしら感じるものがあります。案内しましょう。私についてきてください」
「え、あっ」
……せっかちなのだろうか、女王は椅子から立ち上がり、目にも留まらぬ速さで歩いて行ってしまった。
ゲーム上、テルパドールは無視してもクリア可能ですが、アイシスさまとの交流を楽しみたいと思います。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!