前回あらすじ>浮気現場に乗り込んだアベルは、泣きじゃくりながら妻を連れ出したのでした。
ストレスはあかんのよ。
では、本編。
「アベル、大丈夫? これ……」
「……大丈夫。ちょっと許容範囲を超えただけ。アリアが女王と親密になり過ぎてる気がしてね、焼き餅焼いた」
アリアが申し訳なさそうな顔で、ハンカチを頬に当ててくれる。
アベルは“すんっ”と鼻をすすってから、自らの頬に触れる白い手を握った。
……泣き言を言うつもりはなかった。
けれどアリアの前では強がり続けることができない。
素直に伝えるから、慰めて欲しい――。
そんな想いが通じたのだろう、アリアが背伸びして頭を撫でようとするので、少ししゃがんでやる。
その不意を突いて彼女を抱きしめた。
「わっ!? あ、アベル……? ちょっ……クリエちゃ――!」
「……アリア、浮気しないでよ……」
――浮気ダメ、絶対……!
多分言っても無駄なのだと思う。
アリアは美女に誘われると断れない
わかっているが、言わずにいられない。
急に抱きしめられたアリアは、「クリエちゃんたちの前っ、前っ!」と慌ててアベルの胸や肩を叩いた。
後ろについて来ていたクリエとシドーはといえば、クリエの陽動で歩廊から砂漠を見渡し、「ほら、あそこに砂嵐が来てるよー!」などと、新婚夫婦の観察をしたいシドーの首を、無理やり城外方面へと移している……。
「浮気って……、女性同士だよ? そんなことあるわけ」
「……」
アリアが何度も手をぺちぺちと打ち付けてくるので、仕方なく解放してやる。
だが納得できないアベルの目は据わり、アリアを見下ろした。
「うわっ、信用してない感じ?」
「うん……、そこだけは信用できないかなー」
「そんなぁ……。昨日アイシスさまは、お母さんのお話をしてくれただけだよ? なんか、お姉さんみたいな感じかな……、憧れの……?」
「お姉さん……?」
「だって、おばさんには見えないでしょ?」
「まあ……」
美し過ぎてちょっとドキッとしちゃったけど……と、アリアは付け加え、女王とは浮気していないと言い張った。
まったく信用ができない……。
信用できないが、アリアの母の話が聞けたのならよかった。
複雑な心境ではあるが、この件はひとまず置いておき、早いところ教会に彼女を連れて行きたい。
そして城下の人々が起き出す前に、【さばくのバラ】探しに出なければ――。
……そう、愛する妻を男たちの舐め回すような視線から守るために。
アベルは昨日からシミュレーションした、今日の予定を淡々とこなすべく、アリアの手を再び取った。
「あとね、さっき話してた砂嵐についても昨日色々聞いたの。見慣れない魔物の目撃情報と、小さな砂嵐の関係――」
「悪いけどアリア。それ、あとで聞いてもいい? 今、時間がないんだ」
「え? うん、もちろんいいけど……。どこか行くの?」
「……」
話を続けるアリアの言葉を遮り、アベルの指が近くの下り階段を指し示す。
「下り階段……?」
「そ。この下が教会だからね」
「あ、教会ね。うん、わかった!」
……すぐに理解してくれたので助かった。
アリアに教会で診てもらうことの抵抗感は特になさそうで、最初は渋っていた診察を受けてくれるようである。
クリエたちに教会に行って来る旨を伝えたが、それを聞いた二人もついて来るらしい。
昨夜アベルが【さばくのバラ】の話をしたものだから、クリエも興味をもったようで、一緒に取りに行こうと約束していた。
今日はクリエやアリアに予定を乱される前に、速やかに診察を受け、自らが立てた予定通りに動きたいものである。
教会に立ち寄った後、【さばくのバラ】も採りに行きたいことをアリアへ伝え、アベルたちは教会へと向かった。
◇
歩廊の先にあった階段を下ると、床には赤絨毯が敷かれ、祭壇と教会のオブジェ、木の長机が前後に二台とそれぞれに椅子、シスターと神父が目に入る。
そこは昨日行くはずだった教会――。
修道院や、サラボナほどではないが、そこそこ大きな教会のようだ。
一日遅れたが、やっと辿り着いた目的の教会に、アベルは安堵した。
まだ早朝だからか祭壇にいる神父もシスターも眠そうで、あくびを噛み殺している。
早速アベルは神父に話し掛けた。
「おはようございます。神父様」
「生きとし生けるものはみな神の子。わが教会にどんなご用かな?」
「実は……、妻が妊娠しているかもしれないんです。診て頂きたくて、お願いできますか?」
アベルは隣のアリアを見下ろし、神父に診察を願い出る。
男性に診てもらうのは少々嫌な気もするが、新しい命の手前、四の五の言っていられない。
幸いなことに神父はかなりの高齢で、白髪の老人。許容できそうでよかったと、ほっと胸を撫で下ろした。
「それはそれは……。ではあちらで診てみましょうか。シスター、この奥方の診察を頼めるかな」
「はい、ただいま」
神父の呼び掛けに、教会のオブジェ前で祈りを捧げていたシスターがやって来る。
「どうぞこちらへ」と、アリアを近くの長机に連れて行った。
「あ、神父様は診ないんですか?」
「診察はシスターが致します。夜が長く続いたせいなのか、最近寝不足で判断ミスが増えまして。診察はシスターにお任せしているのですよ」
「そうですか、助かります(ラッキー!)」
「旦那さまも、お連れさまも近くのお席へどうぞ。簡単な問診と、神のおチカラで診断しますので、すぐに終わりますよ」
どうやら診察は神父ではなく、シスターがしてくれるらしい。
長い夜のせいで、老人である神父の力が弱まっているということなのか……。とにかくアリアの診察をするのが男性でなくてよかった。
アベルは神父に促されるまま、アリアとシスターが座る席の、後ろの席にクリエたちとともに着いた。
すでにシスターの問診は始まっており、脈を測ったり、体温を測ったりと色々としてくれているようだ。
診察が終わるまで、アベルたちは静かに待つことにした。
「ふう……、お疲れ様でした。これで問診は終わりです」
「ありがとうございました」
長机の上には【文房具】が置かれ、ノートに問診した内容が綴られている。
問診が終わると同時、アリアが頭を下げた。
「では、ちょっと診てみますね……」
「はい、お願いします」
シスターはアリアの下腹に手を
こんなことでわかるというのか……。
そういえば外傷は直接肌を診て然るべき処置を行うが、身体内部の異常については聖なる力で判別するのだった。
サンタローズで記憶喪失中のアリアを診たシスターリリィと、フィーロ神父も、一目で呪いに気付いていたっけなと、アベルは思い出した。
あの時はアリアに触れずとも呪いに気付いていたが、身体の異常――、妊娠の判別となると、勝手が違うのかもしれない。
「食欲も体調も正常、吐き気もなく、体温も高いわけではない。特に異常は見られませんね……」
「そんなはず……! 妻はもう三か月も月の物がきていないんですよ?」
しばらくしてシスターが目を開き、診断結果を口にする。
アリアは黙っていたが、納得がいかないアベルは、後ろの席からつい身を乗り出し、口を挟んだ。
「……うーむ。ですが、それだけだと現時点ではなんとも……。お訊きしたところ、奥さまは生理不順だということですし、旅人によくあることかもしれませんね」
「旅人によくある?」
「はい。旅は命の危険を伴うので、日々恐怖に晒されストレスが知らない内に溜まります。あまりにストレスが掛かり過ぎると、女性は月の物が止まってしまうことがあるのです。すると子どもができにくくなり、悩まれるご夫婦を何組も診たことがあります。特に砂漠は男性でも、体調を崩すことがある過酷な土地ですから……」
「そんな……」
……シスターの話に、アリアが黙り込んだまま神妙な顔をしている。その内目蓋を伏せるように俯いてしまった。
何度か聞いたアリアの言う“不順”にそんな理由が含まれているなど、アベルがわかるはずもない。
目の前で肩を落とす妻の様子が悲し気で、胸が締め付けられた。
「ただ、妊娠初期という可能性もあります。急ぐ旅でなければ、もうしばらくテルパドールに滞在されてはいかがでしょうか。一週間後にまた来ていただけますか?」
「……、わかりました」
診断は思いも寄らない結果で終わり、アベルはアリアに掛ける言葉が見つからず、また、クリエとシドーも空気を呼んだのか、一言も発することはなく……。
どう挨拶して出たのか記憶がないまま、一行は教会を後にした。
診察、手をかざすだけでオッケーとか便利!
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!