前回あらすじ>妊娠の疑いで診察を受けたアリアだったが、はっきりしたことはわからないまま教会を後にする。
夫婦のコミュニケーションて大事。
では、本編。
◇
……夫婦だけで少し話がしたい。
早く【さばくのバラ】を探しに行きたいところだが、クリエたちにピエールとプックルを任せ、アベルとアリアは歩廊の下、日陰まで歩いて行く。
歩廊下に着くと【砂】を纏う風が少し和らぎ、診断を聞いてから黙ったままのアリアが、ようやく口を開いた。
「アベル……、ごめんね」
「謝ることじゃないよ。まだはっきりしてないだけかもよ?」
いつも笑顔で前を向くアリアが足元を見て、申し訳なさそうにするその姿に、アベルは努めて明るく応える。
早合点していたのは自分だが、まだ可能性は残っているではないか。
それに今、妊娠していなくとも、子は授かりものというのだから、次の機会を待てばいいだけだ。
……この時のアベルはまだ、事の重大さをよく理解できていなかった。
「うん……、でも月の物が不順だってこと、ちゃんと相談してなかったなって……」
「あ。けど、修道院生活中は毎月きてたよね?」
「うん……定期的にきてた」
「いつから不順になったの……?」
「……元々不順だったの、修道院生活中だけ毎月きてたってだけで」
「そうなんだ……」
アリアの話によると、再会前も不順だったらしい。
だが自分との再会後、修道院で一緒に生活している間は毎月きていた、とのこと。
元々同年代と比べても身体の小さかったアリアは、八年の眠りの中でシスターたちの尽力により成長することができた。
睡眠中の栄養は管を使った流動食で、栄養が充分に取れていたか定かではない。
そのせいもあるのかは不明だが、背も中々伸びず、成長不良で月の物の始まりが遅かった。
目覚めてすぐの頃は生きることに必死で、月の物のことなど気にしてはおらず、たまにきていた……程度の認識しかない。
再会後もたまにきており、毎月なくとも旅には有利なため、特に気にしていなかったらしい。
ともに過ごした修道院生活中は毎月きており、面倒くさいと思っていた――と。
「私……アベルが、ビアンカちゃんかフローラさんと結婚すると思ってたから……」
後れ毛を耳に掛けるアリアは後ろめたさからか、やっぱり俯いたままだ。
「それって……、じゃあ、サラボナを目指した時からってこと!? あれ? 一度ビアンカに会う前にきたって言ってたことあったよね!?
「そうだったっけ……? よく憶えてるね……」
「君のことなら憶えてる!」
アベルはアリアの両肩を掴み、訴えかける。
声が少し大きくなってしまい、アリアの肩がびくりと揺れた。
……アリアのことなら毎日観察しているのだ。
何を考えているのかまでは読めていないが、些細な変化を見逃しているつもりもないし、妻の過去の発言をしっかり憶えている自信もある。
「っ……そ、そう……。えと、一応結婚してから一回だけきたの。でもそれからまた止まっちゃってて……。これだと、妊娠しないんじゃないかなーって思ってて……」
「言ってよ! 僕たちは夫婦なんだよ!?」
――なんでそういうこと言ってくれないんだ……!? 言ってくれなきゃわからないじゃないか……!
アリアが困っているなら力になるし、不安に思っているなら、その不安を取り除いてやるというのに。
“ホウレンソウ”だと、常日頃言っていたはずが、アリアは報告と連絡はともかく、相談は滅多にしてこない。
なぜ、頼ってくれないのか――。
好きな女の不安すら、払拭できない男だと思われているのか。
アベルは自分が無能に思えてくる。
「っ、ごめん……。また前みたいに毎月くるようになるとも思っていたし、その……、私も少しは期待してたりもして。……アベルが子どもを楽しみにしてるから言えなかったの」
“だからごめんね……。”
最後にもう一度か細い声で謝罪し、縮こまるアリアがいつもよりも小さく見えた。
このままどんどん委縮して、いつか姿を消してしまうんじゃないかと心配になってしまう。
だからアベルは。
アベルはアリアの頬を両手で包み、そっと顔を上げさせると間近に覗き込んだ。
「アリア、なにか不安があるのかい? なにが怖い? 僕が全部吹き飛ばしてあげるよ?」
「……不安なんて別にないよ? ちょっと夜が長いのが心配だったけど、それもちゃんと解決できたし! うん、全然大丈夫、問題なし!」
優しく問い掛けると顔を上げた紫水晶には涙が滲み、零れ落ちそうだったが、それを堪えてアリアは微笑む。
不安はない――。
長い夜が心配だったが、解決できた。
そうか、それならよかった。
だが……、何かがおかしい。
アリアの発言に違和感を感じる。
彼女が素直に 自分の不安を言うことはないのはわかっている、大丈夫という言葉を鵜呑みにしてもいいのだろうか……。
シスターの話では、知らない内にストレスを溜めて、それが溜まり過ぎると月の物が止まることもあるということだ。
どんなことがあっても“大丈夫”と言い切るアリアは、自分でも気付かない内に……?
「……、……えーと、つまり。あー……、なんかわかってきた……? かも……」
――そもそもアリアは怖がりじゃなかったか……?
幼いアリアには、身を守るための保護呪文が翼に掛けられ、完全ではないにしても、多くの魔物の目を欺くことができていた。
だからアリアは臆病ながら、ひとりでサンタローズまでやって来れたし、徐々に戦えるようにもなった。
レヌール城ではよく泣き叫んでいたし、今もガイコツやオバケ関係は苦手で、魔物との戦いも多少は慣れてきた程度。
特に結婚後はあまり戦闘に参加させてないから、感覚も多少鈍っている。
アベルからすれば、何百、何千、何万と体験してきた戦闘も、アリアにとっては不慣れなことばかりだったろう。
別世界の記憶を一部だが なぜか持ち、恋人が別の誰かと結婚すると思い込んだり、滝壺に落ちて死にかけたり、感電死や串刺しといった危機にも見舞われ、さらには世界が闇に呑まれてあちこちを奔走……、自責で落ち込んだ夫を気丈に励まし、受け止め、癒し続けた。
“はあー……。”
アベルは深く溜息を吐き出す。
「ん……?」
「……たぶん、僕のせいだ。ごめんアリア。君が臆病で怖がりだってこと知ってたのに、君に僕の不安を受け止めてもらってた」
「……ん?」
「ストレスって知らない内に溜まるものだって、シスターが言ってたよね」
「あ、うん。でも、私ストレス解消においしいおやつをいただいてるよ? ふふふっ、お菓子の食べ過ぎでちょっと太っちゃったかも? ……。ぇ、えっ?」
アリアが腹の肉を摘まんで「お菓子少し控えようかな……」なんて言いながら笑い、思いの外しっかり腹に肉が付いていたようで、目を見開き焦り出した。
もう少し肉が付いた方がいいというのに、夫に見られていることに気付き、慌てたように両腕で腹を隠し、頬を赤く染める彼女のいじらしさが愛おしい。
……アベルはアリアを抱き寄せる。
「アリア……、僕、もう少し大人になるよ」
「ん……アベル……?」
「……アリアに癒してもらうのは好きだけど、アリアに負担を掛けてるならもう少し自重する」
絹髪の頭頂に囁き、確かな温もりを身に沁み込ませると、愛しみの気持ちと安堵感が胸を満たした。
だが、アリアの肉感は好み過ぎて駄目なのだ。
あまり長くハグしていると興奮してしまう。一旦離れた方がいいだろう。
そう気付いてアリアから身体を離そうとしたが、できなかった。
「負担なんて……。私も癒してもらってるし……」
ぎゅううぅぅ。
アリアがきつく抱きしめてくる。
柔らかい肉の感触と彼女の香りが鼻腔をくすぐり、満たされていた胸がいっぱいに膨らみ、弾けそうだ……。
「ンンッ! そ、それでも……! 君はすぐ無理をするからね……!」
「ムリしてないもん、旦那さまを甘やかすのは妻の特権なんだよ?」
「アリアぁ……♡」
「……ふぅ。アベルチャージ完了~! よっし、じゃあ! 次行ってみよう! いざ、ゆかん砂漠のバラ探し~!」
アリアに抱きしめられたら、勝手に下半身が反応してしまう。
【さばくのバラ】よりも妻を馬車に連れ込む方が大事に思え、アベルの手は白い頬に伸びたが、刹那彼女はパッとあっさり身体を離し、距離を取った。
足を肩幅に開き、いつもの朗らかな明るい笑顔に片手で腰を支え、もう片方の手は人差し指で砂漠を示す。
一瞬の間に気持ちを切り替えたというのか、無理して笑っているわけではなさそうだ。
それからアリアはさっさと一人で歩き出し、少し離れた場所にいるクリエたちの元へと歩いて行った。
「えぇー!?(そんなあっさり……!?)」
何の解決もしていないが、アリアに落ち込んだ様子がないため、アベルは慌てて追いかける。
一週間後にまた診てもらえば違う結果が出るかもしれないが、テルパドールに長居は、諸事情によりできないのだ。
それならば一度サラボナや、修道院に戻るのも手かもしれない。
アベルはアリアの体調を気にしつつ、ストレスを軽減すべく、ともに歩くことも念頭に置いて、これからの旅の方針を再考することにした。
アリアはチート持ちとはいえ、感覚は一般人なので、主人公のアベルたちとはメンタルが違うわけです。
※次回は砂漠のバラ探しです。
めっちゃ楽しんで書いているので、楽しみにして頂けたら幸いです♪
あ、グランバニアはまだまだ先でございます、悪しからず。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!