前回あらすじ>アリアの心身が心配でならないアベルだが、一緒に歩くことを念頭に置いて旅の方針を再考することにした。
砂漠のバラを採りに参りますわよ。
では、本編。
◇
……教会での用事を終えたなら、さて次は【さばくのバラ】探しである。
「へ~、砂漠のバラは城下じゃなくて、砂漠にあるのね」
「そうらしいよー」
アリアとクリエの話し声が、馬車の後ろから聞こえた。
昨日 防具屋で出会った若者の話では、【さばくのバラ】は宿に泊まったのち、朝テルパドール周辺を歩けば見つけられるという話だった。
現在アベルたちはクリエとシドーを伴い、テルパドールを出て、城周辺を探索中である。
今のところ砂漠の中に、【さばくのバラ】らしきものは見当たらない。
【さばくのバラ】が現れるのはテルパドールの周辺――、というのはあまりにも曖昧で、北なのか、南なのか。はたまた東か西か。
とにかく周辺を歩くしかなく、一行はまずはテルパドールの城が見える範囲で、東西南北 満遍なく辺りを見回しながら歩くことにした。
城から遠ざかれば遠ざかるほど、聖なる力の範囲を越えるために魔物も出るし、気温も日が昇るごとに徐々に上がって暑くなる。
アベルの額には玉の汗が滲み、手で拭い去った。
……これからどんどん気温も上昇してくることだろう。早いところ探し出し、テルパドールに戻って休みたい。
そんな過酷な状況下での【さばくのバラ】探しだが、クリエたちとの再会で、アリアには良い影響を与えてくれた。
『アリア、砂漠のバラ探しは一緒に歩こうか』
訊ねたら彼女は嬉しそうに頷き、また、クリエがアリアの護衛を買って出てくれたのだ。
戦うのは主にシドーが戦うから、ボクが守ってあげるよ、と。
クリエがアリアを守ってくれるなら、これほど心強いことはない。
サンタローズの洞窟で、一度も危険な目に遭うことがなかった共闘は、アリアも楽しかったようだし、いい経験にもなった。
それはサンタローズの洞窟とは多少勝手の違う、この砂漠においても同じだろう。
ならばアベルもアリアを気にせずに戦えるし、アリアもきっと満足してくれる。
「……アリアの楽しそうに歩く姿を見るのは久しぶりだな……」
馬車の後ろを時折振り返って様子を見てみれば、アリアが楽しそうに歩いていて、アベルはもっと早く歩かせてあげれば良かった、と少し後悔した。
「ん……? ね、クリエちゃん、もしかして、あれ……」
「あー! あれだー!」
しばらく城周辺を歩いていたが、テルパドールから南の方角、少し西に差し掛かったところで、後ろから女子たちの声が聞こえる。
その声にアベルは足を止め、前方を確認したが特に何も見当たらず、キョロキョロと左右を見回している内に、アリアがやって来た。
「アベル! あれじゃないかな、砂漠のバラ!」
「え?」
「あっち」
アリアは両手を伸ばし、アベルの頬を捉えると、【さばくのバラ】のある方角に顔を向けさせる。
どうも全く違う方角を見ていたようで、馬車の後ろ側で見えにくいが、二、三十メートルほど先に、不思議な形の【砂】の塊が微かに見えた。
「あ……」
「砂で埋もれてたのが、風に吹かれて出てきたみたい」
塊は、すっかり生暖かくなってきた 砂漠に吹く風に吹かれて転がる【砂】に埋まったり、顔を出したりと忙しいようだ。
そのため見逃してしまっていたらしい。
アベルが塊を視認すると、アリアの手が離れてしまった。
「そっか、あれが砂漠のバラだね」
「たぶんねー!」
妻からのスキンシップが終わってしまい、残念に思いつつ、少しだけ顔を出している【さばくのバラ】(暫定)を眺め、アリアに語り掛ける。
ところがアリアからの返事はなく、いつの間にか側にやって来ていたクリエが代わりに相槌を打った。
アリアはいったいどこに行ったのかと思ったが、近くでにこにこと微笑んでいる。
久しぶりに一緒に歩けたことが、そんなにも嬉しかったというのか――。
いつも笑顔だが、見るからに上機嫌な妻に、アベルはこれまで馬車に閉じ込めておいたことが、本当に彼女のためだったのか……、よくわからなくなってしまった。
「……ね、アリア」
「ん?」
「砂漠のバラ、君が採って来るかい?」
「え?」
「……今は魔物の気配もないし……、目と鼻の先だから、アリアが採ってくるといいよ」
【さばくのバラ】の採取をさせてあげたら、アリアは喜ぶかもしれない。
知らない内に、心の中に色々とため込んでしまう妻に、夫である自分ができることは、自然な笑顔を引き出してあげること……。
命の危険がある時はやむを得ないが、今は妻が楽しんでくれることが一番だ。
僅かでもストレスが軽減されるといいなと願い、アベルは離れた場所で採取を待つ【さばくのバラ】を、アリアに託してみることにする。
幸い辺りに魔物の気配はなく、風は多少吹いているが、砂嵐もない。
距離的にもし魔物が現れたとしても、対処できる。
「えー! そんなー! ボクが貰おうと思ってたのにー!」
「……、あはは……」
アリアの返事を聞く前にクリエが眉を寄せ、頬を膨らませた。乾いたアベルの笑い声が漏れる。
……そういえばクリエがいたのだ。
遠目だが、見たところ【さばくのバラ】はひとつしかない様子。
さてどうしたものか――。
こんな時、アリアはきっと。
「あ、よかったらクリエちゃんどうぞ? 私なら別に――」
「アリアっ!」
誰かが欲しいと言えば、アリアが譲るのはわかっていた。
笑顔で【さばくのバラ】をクリエに譲る妻の姿が、予想通り過ぎる。
【さばくのバラ】をプレゼントしたくて採りに来たというのに、これでは意味がない。
「あっ、そっか、アベルも欲しかったよね。ごめん(アイテム収集しないとだもんね……)」
「違う、そうじゃないっ! 謝らなくていい!」
――僕が【さばくのバラ】を欲しい理由は、君に贈りたいからだよ。
アリアは謝罪するが、そんな謝罪などアベルには不要。
「あ、うん……でも、どうしよう? 一つしかないみたいだよ? クリエちゃんが欲しいなら譲っても――」
「クリエちゃんたちは、明日採りに来ればいいと思う。明日の朝、またできてるはずだから」
……困ったように眉を下げるアリアの手を取り、アベルは告げた。
【さばくのバラ】は、一晩待てばまた手に入る。
クリエには明日また収集に付き合えば問題なし、今回は譲ってもらいたい。
「わおー。アベルお兄さんのケチー」
「明日もあるなら、明日採りに来ればいいんじゃないか?」
クリエの頬がぷくっと膨らみ、シドーがその頬に人差し指を突き刺す。
ぷぅーと空気が抜けていった。
どうせ今は“カケラ”の気配がないのだ、急ぐ旅でもなし、明日【さばくのバラ】を手に入れてから再出発しても問題なし。
昨夜アベルがアリアに贈りたいと言っていた【さばくのバラ】。
一度に一つしか手に入らないのなら、たまたま珍しいアイテムに、興味を示しただけのクリエに譲る必要はない。
クリエもそれを解っているはずで、ただ何となく言ってみただけ。
……アリアが譲るなんて言い出すとは思わなかったのだ。
「そんな……、ここまで一緒に来てくれたのに? やっぱり譲って、私たちが改めて明日採りに――」
「ストップ! アリアお姉さん、すぐ譲らない!」
「……え?」
それでも譲ると言うアリアに、クリエは待ったをかけた。
言い出しっぺはクリエ、自分であるが、アベルもアリアも、真面目過ぎて冗談が通じないから困る。
「ここは競争しよーよ」
「きょう……そう……?」
「そ! ここに線を引いて……、ボクと、アリアお姉さんで走って採りに行くの! 先に採ったもん勝ちね☆」
それなら文句ないっしょ、と。
クリエが鞘に収めたままの【はやぶさのけん】で、【砂】の上に一本の線を引き、二十メートルほど先に待つ【さばくのバラ】を、早いもの勝ち勝負で手に入れようと提案してくる。
……これならどちらが手に入れても、恨みっこなしでいいではないか。
「クリエちゃんがそれでいいなら……、けどクリエちゃん、足早いよね?」
「ボクは、ほら、地面に伏せた状態からスタートすればいいじゃん?」
「おぉ……ビーチフラッグスみたいね、それなら……」
早い者勝ち勝負の提案は受け入れられたようで、アリアが確認を取るようにクリエを窺う。
アリアの足は速いが、クリエの足も相当早い。
競争したことはないが、恐らくクリエの方が早いだろう。
負け戦はしたくないのか、クリエが地面に身体を伏せると、ハンデをもらったアリアは拳を握り締めてふんす、鼻息を漏らした。
「びーちふらぐ?」
「あ、ううん。それなら私にも勝機があるってことね?」
「そそ! 楽しそうでしょ!?」
「ふふっ、そうだね!」
うつ伏せのまま訊ねるクリエは「砂がサラサラしてるー!」などと、足をばたつかせつつ、両手は前後に動かし【砂】を撫で撫で。スタートを待っている。
「先に採った人のもの! 恨みっこなーし! で、いいよね、シドー君?」
「おー、いいんじゃないか?」
ちらりと見上げてくるクリエに、シドーも口角を上げ、白い歯を見せた。
スタートの合図はアベルお兄さんに頼むねとクリエが告げて、アリアはその場で屈伸を始める。
準備運動らしい……。
その内彼女は腕を曲げたり、前屈したりと本格的に身体を動かしだした。
そんなアリアをクリエは砂漠に寝そべったまま、両肘を地面について、顎を両手で支えながら嫌な顔などせずに見守っていた。
次回、後編。
からぁの~……。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!